異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

391話 新居と通達 -3-

公開日時: 2022年9月28日(水) 20:01
文字数:4,040

 さぁ、騒がしいのがいなくなった。

 ……と、思ったら。

 

「ヤシロちゃん! 見てください。大人向けハンドクリームポーチを作ってみたんです。したちぃのシルエットを利用しつつ、サイズを小さくしたことで控えめで目立たない、オシャレなワンポイントになったんです!」

「ヤシロ、見ておくれな! あの後いろいろ考えて、金型をもう一個追加したんだけどね、これがなかなかいい出来になったんさよ! これ! ここに金色を少し差し込むことでぐっと印象が変わったと思わないかぃ? これは、特別なプレミア缶に使えると思うんさよ!」

「お前ら、もう一回寝てこい」

 

 昨日、陽だまり亭でたっぷりと寝かせた二人が、もうフルパワーで活動してやがる。

 たぶん、今日、寝る気ないだろ?

 

「昨日しっかりと寝かせていただきましたので、大丈夫です」

「そうさね! もうあと二~三年くらい寝なくても平気な気がするさよ」

「気のせいにもほどがあるぞ!?」

 

 三年寝太郎は聞いたことがあるが、三年不眠太郎はたぶん生存できないだろう。生物として。

 

「お二人とも、パウンドケーキはいかがですか?」

 

 運動場でシフォンケーキが売られているということで、ちょっと趣向を変えてパウンドケーキを作ってみた。

 

「ヤシロさんの提案で、ドライフルーツを入れてみたんですが、これがちょっとすごいことになったんですよ」

 

 普通にドライフルーツを入れただけなのだが、なぜかジネットが物凄く興奮して「これはすごいです! すごいわっしょいわっしょいです!」と大盛り上がりしていたのだ。

 使ったのはパイナップルとオレンジ。あと、四十一区の、マンゴーだ。

 

 こういうのが、お土産に喜ばれるんだよな。

 ほら、三十区の土産物屋に一枚噛ませてもらえることになったし?

 こーゆーの、試作していかなきゃじゃん?

 

「ドライフルーツやナッツを入れたパウンドケーキは、七日くらい日持ちするから、贈り物にも打ってつけなんだ。ちょっと食って感想を聞かせてくれないか?」

「そういうことなら、いただくさね」

「そういえば、陽だまり亭の新メニュー、全然いただいてませんでしたね。お仕事が楽し過ぎて」

「お仕事が楽しいのはいいことですね。ですが、無理はし過ぎないでくださいね」

 

 うむ、お前が言うなジネット。

 講習会からこっち、全然休んでねぇじゃねぇか。

 睡眠こそきっちり取っているとはいえ。

 

 運動場でイベントをやっている間、どこかで丸一日完全休業日を作るか?

 マグダたちも連れて、どこか買い物でも行ってくればいい。

 そしたら、俺は一日中寝る! 寝溜める!

 

「んっ!? 美味しいさね!」

「上品な甘さですね。これなら、大人も子供も楽しめそうです」

「わたしもそう思います。これは、わたしもとても好きな味なんです」

 

 まぁ、ジネットは婆さんが好きそうな食い物が好物だからなぁ。

 婆さんが好きそうなというか、婆さんがくれそうな食いもんがな。

 今川焼きとか。

 絶対レーズンバターサンドを作ったら喜ぶだろう、こいつ。

 

「陽だまり亭には、どんどん新しい物が増えていくさね」

「いつ来ても新しい発見がありますものね」

「アタシら金物ギルドだって!」

「ウチの服屋も負けていられませんっ!」

「お前ら、二人で温泉とか行ってきたら!?」

 

 もうダメだ、この二人。

 一回四十二区の外に連れ出さなきゃ、もう治らないよ、その病!

 

「温泉といえば、三十三区の街門を出た先にあるらしいですね」

「ジネットは行ったことあるんだっけ?」

「わたしはありません。外に出ることも、ヤシロさんと出会うまではありませんでしたから」

 

 お、おぅ……そうか。

 なんか、アレだな。俺が無理やり連れ出したみたいで、なんか、アレだな。

 まぁ、マグダと一緒に森に行ったり、最近じゃ港に行くのに街門の外には出るからな。

 うん、四十二区では普通のことだ、うん。

 

「あ~っと、三十三区っていやぁ、変わり者の領主のいる区だっけ?」

「変わり者かどうかは存じませんが、まだお会いしたことがない方ですね」

「そこには温泉があると」

「はい。そう聞いています」

 

 鉱山と酒の街三十三区。

 鉱山の近くには温泉まで沸いているらしい。

 

「言葉が通じなくなるのが残念ですが、一度くらいは行ってみたいですね。みんなで」

 

 ジネットがそんなことを言う。

 温泉か……

 

「言葉が通じないということは……『懺悔しなさい』も聞き取れないからセーフ!?」

「顔と態度で察するさね」

「セーフじゃないですよ、ヤシロちゃん」

「もう、懺悔してください」

 

 やっぱダメなのかぁ。

 でも、温泉はいいな。

 大浴場とは違う良さがある。

 

「ところで、あのキツネは今日もどっかで家を建ててるんかぃね?」

 

 一度店内を見渡し、ノーマが言う。

 

「建てたと言えば、庭先にあった家がそうだな」

「またっ!? ……あんなもんを建てたんかぃね……アタシがいない間に……」

 

 とんとんと、テーブルを指で叩き、眉間にシワを寄せる。

 やめとけ。折角の美肌にシワがつくぞ。

 

「あっ、そうさね!」

 

 ぽんっと手を打ち、その反動でぽぃんと揺らし、ノーマが晴れやかな表情をする。

 釣られて俺も「ぱぁあ!」って顔になる。

 

「ヤシロちゃん」

「……めっ、ですよ」

 

 まぁまぁ、パウンドケーキでも食べてなさい。

 こっちのことはいいから。

 

「アタシがあのキツネに温泉旅行をプレゼントしてやるさね。休みもなく働きづめの体を、じっくりと癒やしてこられるようにさ」

「それは素敵な提案ですね。きっと、ウーマロさんも喜ばれますよ」

「……で、その間にあいつの居場所を根こそぎ叩き潰しておいてやるさよ……くっくっくっ、帰ってきた時、帰る場所はもうないんさね……っ」

 

 なんでここまで仲悪いんだかなぁ。

 とどけ~る一号や、大衆浴場では協力し合った仲なのに。

 

「アイツばっかり新しい技術教えてもらって、ズルいさね!」

 

 そんなことはないと言いたい。

 というか、一番新しい技術を教わってるのはウーマロじゃなくてジネットだろうな。

 けど、誰からも妬まれないのは、人徳のなせる業かねぇ。

 

「新しいものはわくわくして、どきどきして、とても楽しいですけれど……」

 

 そんな人徳の固まり、ジネットが胸元を押さえて言う。

 

「昔からあるものも、大切にしたいですよね。たくさんの思い出と一緒に」

 

 なんでもかんでも新しいものがいいというわけではない。

 変わらないありがたさというものもある。

 

「新しいお料理が増えても、懐かしい味を求められると、やっぱり嬉しいですから」

 

 そう言って、チラリと俺を見る。

 ……クズ野菜の炒め物ばかりを頼む俺に、何か言いたいことがあるのか?

 言わなくていいぞ。

 いや、マジで!

 

「そうですね。これまで作ってきた衣装も、それ以前からこの街にあった服も、みんな大切にしないといけませんね。……うふふ。少し、目新しいものに夢中になり過ぎたかもしれませんね。少し自重します」

「そうさね……。ある程度形になったら、アタシも少し肩の力を抜いて、アトラクションでも見てくるかぃねぇ」

 

 前のめりに全力疾走していた二人が、ジネットの一言で立ち止まった。

 さすがミス人徳。

 言葉の重みが違うねぇ。

 

「じゃあ、今日はみんなでイベントでも覗きに行くか? 午後からの営業は休み……には、したくないだろうから、『運動場で営業中』ってことにして」

 

 どうせ、イベントの間は人が来ない。

 ジネットを連れ出しても問題はないだろう。

 

「そうさねぇ……行ってみるかぃ、ウクリネス」

「そうですね。うふふ。ヤシロちゃんとお出かけなんて、お店の娘たちに羨ましがられちゃいますね」

 

 え、なに?

 俺、モテてんの?

 参考までに店の娘たちのカップ数教えてくれる?

 

 いや、参考までに。

 

 そんな話をしていると、ロレッタんとこの三女が飛び込んできた。

 

「あ、ウクリネスさん。やっぱりこちらでしたか!」

 

 ヒューイット家にしては珍しく、まともな口調でしゃべれるしっかり者の三女。

 随分と焦った様子でウクリネスに詰め寄る。

 

「あのっ、新しい体操服とブルマって、在庫ありますか? お店にあった分、全部買っちゃったんですけど」

 

 ぶるまぁ?

 え、なんで?

 

「なんで今さらブルマなんだ?」

「あ、お兄ちゃん。あのね、妹たちは元気過ぎるから、ちょっと本気で遊ぶ時は体操服で遊ばせてるの」

 

 まぁ、動きやすいわな。

 つーか、ちょっと本気で遊ぶって、お前らレベルだと何しでかしてんのか怖くて聞きたくないな。

 

「それで、どうせなら全員に新品買ってあげようって、お姉ちゃんが」

「いや、だから、なんで今、ブルマなんだよ?」

「運動場だったら似合うかなって」

 

 う~ん、要領を得ない。

 運動場にブルマは映えるだろうが、今はイベント中で運動するスペースなんか…………まさかっ!?

 

「明日から、他区のお店もオープンするって聞いて、お姉ちゃんが『むはぁ! これは負けてられないです! すでに味を知られているウチは絶対的不利ですが、それでも負けないのが陽だまり亭魂ですっ!』って」

「うっわ、めっちゃ似てるな、ロレッタのマネ」

「それでね、マグダたんが『……では、妹たちにはひわ……快活で元気いっぱいな体操服で売り子をしてもらうのがいい。きっと、お客がたくさん釣れる』って」

「うぅん……マグダのマネは微妙だな」

 

 というか、マグダ~?

 ぽろっと『卑猥』って言いかけたよな、お前?

 なんて客の心理を掴んだマーケティングなんだ。

 

「それなら、倉庫の方にたくさんありますよ。今年の運動会に向けて、準備は抜かりありませんから。今ご用意しますね」

 

 言って、席を立つウクリネス。

 席を離れる際、俺へと向き――

 

「既存の技術も、まだまだ必要とされるんですね」

 

 ――と、嬉しそうに言って店を出て行った。

 まぁ、定番ってのは、押さえておいてハズレはないからな。

 

「何しでかす気なのか、見に行ってみないとな」

「そうですね。様子を見に行ってみましょうか」

 

 俺は頭痛を覚えて、ジネットは楽しそうにくすくす笑って。

 とりあえず、視察に行かないとと結論を出す。

 

「……で、結局ウクリネスは働きに戻っちまったんさねぇ」

 

 一人、ノーマが「まったく……」とため息を吐く。

 ……が、お前は他人のこと言えないからな、マジで。

 

 

 

 

 

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