異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

338話 願ってなどない再会 -4-

公開日時: 2022年2月27日(日) 20:01
文字数:3,921

 ゴッフレードの登場に、厨房内はにわかにざわついた。

 

「おーおー、随分な歓迎ぶりじゃねぇか」

 

 非難の空気を察したのだろう、ゴッフレードが邪悪な顔をさらに邪悪に歪める。

 というか、今まで誰も気付かなかったのだろうか?

 壇上にいた俺はともかく、周りにいた連中は気付いてもよさそうなものだが。

 

「騒がれるのが嫌なら、さっきまでのちゃちな変装を解かなんだらよかったんじゃぞい」

「ちっ……コーリンのジジイか。よく見てやがる」

「ほっほっほっ。他人が隠そうとする物ほど目に留まる性格なんでのぅ」

 

 タートリオが口をあけて笑う。

 どうやらゴッフレードは変装をしていたらしい。

 ほぅ。力任せで正面から脅してかかる強行策しか取れない馬鹿かと思いきや、身を潜め息を殺して相手のそばににじり寄る狡猾さも持ち合わせていたとは。

 

 ゴッフレードの接近に気付かず、うっかりと口を滑らせて泣きを見たヤツが何人もいそうだな、こりゃ。

 

「ゴッフレード。ここになんの用だい?」

 

 エステラが飛んできてゴッフレードの前に立つ。

 

「随分な言い草だな。なんだ? 俺はここにいちゃいけねぇのか?」

「他者に悪意をまき散らさないというのなら、問題はないけどね」

「ふん。酷ぇ言われようだ」

「そう思うなら、少しは自分の言動を省みるといいよ」

 

 エステラとしても、四十二区で散々暴れ回っていたゴッフレードに好印象は持っていないだろう。

 こいつがいる場所では、必ずと言っていいほど騒ぎが起きる。そういうヤツだ、ゴッフレードは。

 

「まぁ、安心しろや。今回は何もしねぇ。ちょっとこの男に用があるだけなんでな」

 

 ゴッフレードの厳つい顔が俺を見る。

 

「『何もしない』か。随分と迂闊な言葉を口にしたもんだな」

 

 こちらを見るゴッフレードに言ってやる。

 その発言は、取りようによっては嘘に仕立て上げられる。

 飯を食うことや歩くこと、会話をすることだって『何もしない』に反することになる。

 

 だというのに、ゴッフレードは余裕の笑みを崩さない。

 

「テメェは知らねぇだろうが、その程度の言葉尻は、いくら取ろうが『精霊の審判』では裁けねぇんだよ」

「お前……試したのか?」

「当然だろう。『精霊の審判』は最大の武器だ。詳しく知れば知るほど、自分の力が大きくなる。そういうもんだろうが」

 

 悔しいかな、その意見には俺も賛成だ。

 だが、おいそれと実験できないのが『精霊の審判』ってやつなわけで……

 

「お前、それは『誰で』試したんだ?」

「ほ~ぅ。さすが、察しがいいじゃねぇか」

 

 過去に一度会っただけの俺のことをどこで評価したのかは知らんが、「さすが」なんて言葉が出てくるあたり相応に警戒されているようだ。

 

「『なんでもする』なんてふざけた命乞いをしてきたヤツに『今すぐ死ね』と言ってやったことがある。当然そいつはそれを拒み、俺はすかさず『精霊の審判』を使った」

 

 この街の連中がよく口にする「なんでもする」。それを実験しやがったのか。

 

「だが、そいつはカエルにはならなかった。ふん、『それは言葉の綾だ』とでも言いたいのか知らんが、『精霊の審判』は発動しなかった」

「それは、相手に悪意がなかったからじゃないのかい?」

 

 ゴッフレードの言葉にエステラが噛み付く。

『精霊の審判』は、誰かが誰かを騙そうとして発した悪意ある嘘しか裁けない――そんな清廉潔白な魔法なんじゃないかと淡い期待を込めて。

 だが、そんな期待は今すぐ捨てるべきだ。

 

「悪意なんざ関係ねぇ。その証拠に、俺が罠にかけて嘘を吐かせたヤツはあっさりカエルになりやがったからよ」

 

「がはは!」と笑うゴッフレードを見て、エステラが眉間に深いしわを刻む。

 エステラだけじゃない、周りにいる連中がこぞって顔を顰めている。

 パウラに至っては牙を剥き出しにして威嚇している。

 

「不可能だからかもしれねぇな」

 

『なんでもする』『何もしない』が『精霊の審判』に引っかからないのだとすれば、そもそも履行できないから除外されていると仮定することも出来る。

 

「『なんでもする』って言ったヤツに『飛べ』だの『百年息を止めろ』だの言っても出来るはずがない。最初から不可能なことが分かっているのに、それを嘘と糾弾するのは馬鹿げている――と、精霊神が考えている可能性はあるな」

 

 そんな俺の推論に、ゴッフレードが「ほぅ、おもしろいな」と呟く。

 

「だが、持論をぺらぺらしゃべる野郎はただのバカだぜ。おい、ベックマン。期待外れなんじゃねぇのか、この男?」

「考えもなくただしゃべったわけじゃねぇよ」

 

 ベックマンに何かを吹き込まれ、俺を評価していたのか。

 で、ちょいと小手調べってな具合で、俺を試していたとでもいうのだろう。ふざけたヤツだ。

 

「あまりに有用な情報を、お前がぺらぺらしゃべりやがったんでな」

 

『なんでもする』『何もしない』は『精霊の審判』に引っかからない。

 それは、実験してみなければ分からない貴重な情報だ。

 おいそれと試すことは出来ず、下手をすれば一生確認することも出来ないような内容。

 

 そんな貴重な情報を、このゴッフレードが無償でペラペラしゃべった。

 その裏に、何もないなんて信じてやるほど、俺は純粋な心を持っちゃいない。

 

「勝手に押しつけられた情報で、後々恩着せがましく振る舞われるのは迷惑なんでな。これでチャラだ」

「……ふっ。気に食わねぇ野郎だ」

 

 後々になって「あの時、いい情報をくれてやっただろうが」とか「断るならあの情報を綺麗さっぱり忘れろ」とか、無理難題を吹っかけられては堪らん。

「そんなもん知るか」とすっぱり切り捨てることも可能だろうが、それをすんなりやらせてくれないのがこーゆータイプの悪党なのだ。

 

 怖い顔とむっきむきの筋肉でこっちの言い分を強引に封殺する。

 この手の悪党がよくやる手だ。

 勝手にちょっとした親切を押しつけといて「恩があるだろ?」とたかってくるなんてのは、いちいち記憶しておくのも馬鹿らしいほどたくさん耳にした。

 

 もう一つ言えば、ゴッフレードのこの情報が嘘か本当かも分からない。

 うっかりやらかした失言を取り繕うための、口から出まかせだってこともある。

 なんなら、「あ、『なんでもする』はセーフなんだ」と思わせて、「実は嘘でしたー! はい『精霊の審判』~!」なんてことも考えられる。

 

 今すぐゴッフレードに『精霊の審判』をかけてやれば、その真偽だけは確かめられるんだが。

 

「今の言葉、『精霊の審判』をかけてもいいわけ?」

 

 とか思っていると、パウラが険しい顔でゴッフレードの前に立ちはだかった。

 ホント嫌いなんだな、ゴッフレードのこと。

 

「あぁ、いいぜ。ただし……その後で何をされてもいいって覚悟があるならな?」

 

 見ると呪われる絵画くらいにおぞましい顔つきでパウラを睨みつけるゴッフレード。

 パウラは「ひぅっ!」っと息をのみ硬直してしまった。

 ルピナスが俺にやってみせた『殺気を飛ばす』ってヤツかもしれない。

 ゴッフレードくらい凶悪な顔つきになると、相手は呼吸すら困難になるようだ。

 

「それくらいにしといてやれ」

 

 パウラとゴッフレードの間に体を割り込ませて、ゴッフレードを睨みつける。

 

「こいつの店は、お前のせいで散々迷惑を被ったんだ。嫌われたくらいで逆切れしてんじゃねぇよ」

 

 割り込んだ俺に、ゴッフレードが殺気をぶつけてくる。

 だが、来ると分かっていればこんなもんはどうということはない。

 一歩も引かずその目を睨み返してやる。

 

「…………」

「…………」

「……へっ。やっぱり、気に食わねぇ野郎だな、テメェは」

 

 ゴッフレードが息を吐き、打ち付けられていた殺気が消える。

 俺の背後でパウラが地面にへたり込んだ。

 

「あんま危ないことに首を突っ込むなよ」

「……うん。ごめん」

 

 パウラに言って、励ますつもりで頭をぽ~んぽんと撫でる。

 尻尾がゆっくりと一度揺れた。

 まぁ、とりあえずは大丈夫だろう。

 

「で、どうする? その女に代わってテメェが『精霊の審判』をかけてみるか? 知りてぇだろ、ことの真偽がよ?」

 

 まぁ、知っておくに越したことはないが……

 

「やめとくよ」

 

 今はやらない方がいい。

 

「ここの連中は人の裏をかくのも、善意の仮面を被った悪意を見抜くのも下手過ぎるからな」

 

『なんでもする』に『精霊の審判』は使えない。そんな中途半端な知識を鵜呑みにしてしまえば、きっとそれ以外のところで簡単に足をすくわれる。

 一つの有益な情報を得ることで万能感を覚え、警戒心が薄れるのが人間だ。

 詐欺の手口を一つ教えられて「これで自分は大丈夫」と油断して、別の手口にあっさり引っかかる。そういう生き物なのだ。

 

「誘い込み漁ってのもあるしな」

 

 手口をばらし「もう手も足も出ないや~」と見せかけ、油断したターゲットを一瞬で刈り取る。そんな詐欺も存在する。

 

「こいつらは、例外なんてなく、全部が全部『精霊の審判』に引っかかると思っているくらいでちょうどいい」

 

 それくらいの警戒心を持ってしてもまだ足りないくらいだ。

 例外があるなんて中途半端に警戒心を緩めるのは危険だ。

 

「なので、検証はしない。残念だったな」

「ふん……、人が珍しく親切に教えてやったってのによぉ」

「ゴッフレード。少しは言葉の勉強をしろよ」

 

 ちっとも残念そうには見えないあくどいニヤケ顔に向かって言ってやる。

 

「親切ってのは、自分の利益のために他人を操るって意味じゃねぇよ」

 

 俺の言葉に、ゴッフレードは一度真顔になり、そして豪快に笑い出した。

 

「ははははっ! やっぱりテメェは俺と同じニオイがするぜ」

 

 悪党には悪党のニオイが分かる。

 こんな極悪人に認められるほど、俺の悪党臭は衰えてないってわけだ。光栄だね、けっ!

 

「いいだろう。認めてやる――力を貸せ」

 

 ゴッフレードが妙に黒々とした瞳をぎらつかせて口角を持ち上げる。

 それは決して笑顔などではなく、獰猛な獣の表情だった。

 

 

 

 

 

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