異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

292話 最高の一日 -2-

公開日時: 2021年8月25日(水) 20:01
文字数:4,509

「レジーナ、いるか?」

「いらへんわ、あんなもん」

 

 自分で自分を「あんなもん」って……

 

「じゃあ、もらって帰ろうかな」

「ほぅ……っ!? ……自分、乙女の心臓止めて、どこを揉み倒す気ぃなん? 心臓マッサージは揉み揉みとちゃうで?」

 

 誰もそんなこと言ってねぇし、もしお前の心臓が止まったら揉み揉みした後で正しい心臓マッサージをしてやるよ。

 

「ちょっと怪我をしてな。手当てを頼みたい」

 

 勝手知ったるレジーナの店。

 相変わらず日が差さず、じめっとした空気が充満している。

 ただ、薬の匂いが少し落ち着く。

 

「やっぱ、いいな。この店」

「せやろ? その通路の奥には、脱ぎ散らかされたおぱんてぃが散乱しとるしな。最高やろ?」

「脱ぎ散らかすなよ、おぱんてぃ」

 

 一個くらいなくなっても分かんないんじゃないか?

 試してみようか?

 

「あ、いっけね。忘れ物――」

「一回も上がったことないウチの居住スペースに忘れもんしたんか? 器用やなぁ、自分。えぇから座ってこの茶ぁでも飲んどり」

 

 強制的に椅子に座らされた。

 出されたお茶は、かすかにスパイスの香るスモーキーな、いつものお茶だった。

 

「うん、美味い」

「ほなよかった」

 

 にへらっと笑い、俺の向かいへと椅子を持ってくるレジーナ。

 向かい合って座ると、何かを言う前に俺の左手を掴んで持ち上げた。

 

「よく分かったな、患部が」

「そら、袖切れとるし、さっきから左腕かばっとったしな」

 

 よく見ている。

 

「お前、医者みたいだな」

「せやろ? けど、薬剤師やねんで」

「エロ薬剤師な」

「いや、なんで知ってんの? 今穿いてるパンツが今日でちょうど六年目を迎えて、かーなーりーシースルーになっとること」

「捨てろよ、さすがに」

 

 お前、パンツは『穿けばセーフ』じゃないからな?

 穿くことによって逆にアウトになることもあるからな?

 

「ん……?」

 

 ふざけたことを言いながらも手を動かしていたレジーナが眉間にシワを寄せた。

 

「随分と、似合わんことしてきたみたいやね」

 

 傷口を洗い、消毒して、薬を塗っていくレジーナ。

 惚れ惚れするような手際のよさだ。

 

「ほな、包帯しよか」

「あ、特殊メイクするからそのままで」

「特殊メイク?」

 

「また、訳の分からんこと言い出して……」みたいな顔をするレジーナに、ことのあらましを説明する。

 ここ最近起こったことから、今日のゴロつき排除の流れ、そしてこれからやろうとしていることを。

 

「やっぱ似合わんなぁ。自分は殴り合うより、頭使ぅて相手を罠にはめる方が似合ぅとるで」

「自分でもそう思うよ」

 

 だが、俺は拳を振るった。

 拳というか…………

 

「なぁ、俺はここにいていいと思うか?」

 

 バオクリエアを離れオールブルームへやって来たレジーナ。

 おそらく、境遇で言えば一番俺に近い。

 こいつになら、少しだけ弱音を吐ける、そんな気がしている。

 

「俺が何かをする度に、どこかからいちゃもんがつけられ、その規模は回を増すごとにデカくなっていく。今回のことは、口先でどうにか出来る範囲を超えていた……」

 

 脅して、屈服させて、心をへし折って、そこまでした後で双方のメリットになることを提示して手を差し伸べる。

 そんなやり方で敵対勢力を抑えつけてきた。

 メリットは双方にあり、反感も恨みも不平不満も、なんとか抑え込んできた。

 

 暮らしが豊かになれば、人は不満を忘れる。

 たとえ一時的であろうと、その瞬間は素の心で協力し合える。

 

 そんな関係が構築されれば、その後多少の不公平があろうと「あいつのやることだから」と大目に見てもらえる。

 そうしておけば、こちらにもメリットが巡ってくるからと――信頼を担保に不満を飲み込んでくれる。

 

 

 だが、そんなやり方が通用しない相手もいる。

 ウィシャートが、まさにそういう男だ。

 

 俺たちを潰せれば、利益などどうでもいい。

 面子を潰したヤツを潰す。

 そんなことに重きを置くようなクズだ。

 

 口先だけの大人しい戦い方じゃ、こちらが食い尽くされる。

 

 

 それでも、悩む。

 

 

「俺が動けばついてくるヤツがいるんだ。俺が怪我をすれば怒ってくれるヤツがいるんだ……俺がいることで、そんなヤツらを暴力の渦に巻き込んでしまうかもしれない……」

「アホやな、自分は」

 

 ぽふっと、包帯が額にぶつかった。

 

「『みんな仲良く』が通じるんは、双方がそう思ぅとる時だけや。片方が『相手を蹂躙したろ』思ぅとるような関係で、非暴力的な対応なんか通用するかいな」

 

 レジーナは、あまり見せない鋭い目線で「平和が一番って思ぅとる人ばっかりやとえぇねんけどな――」と、故郷の話を始めた。

 

「バオクリエアはな、近隣の小国を植民地にして、奴隷支配をしてあそこまで大きくなった国やねん」

 

 薬学や香辛料など、先進的な技術を持つ大国バオクリエア。

 その前身は、とある小さな国だった。

 

「薬学に長けとった隣の国を攻め滅ぼし、人々を蹂躙して、技術と知識を奪い取った。そんで、その薬学の知識で毒薬や爆薬を量産して次々に近隣国家を襲撃していき……現在の大国になったんや」

 

 バオクリエア生まれのレジーナは、その事実を知らずに育っていたらしい。

 自分の生まれた国は技術力を持つ素晴らしい国だと信じて疑わなかった。

 幼い頃から素晴らしい環境で薬学を学んでいたのだという。

 

 だが、ある時国の外へ出る機会があり、その旅先で事実を知った。

 

「ウチが見たんは、到底人が住めんような場所に住むことを強要された人々の姿やった――」

 

 レジーナはその頭脳と技術でバオクリエアでは名の通った薬剤師だった。

 国の中枢に近しい人間だったのだろう。

 だからこそ、そういった事実を知らされたのだそうだ。

 

 バオクリエアの人間らしくあれと。

 

「奴隷を踏みつけ、奪った技術で武力を得て、誰よりも強大な力を手にして、すべての国を植民地にし、奪った金で贅沢をして死ぬまで生きる――そんなもんが、あの国の目指す未来なんやと言われたわ」

 

 武力を持ち、近隣諸国を侵略していく巨大国家。

 そんな国のそばにいて「みんな仲良く」なんて言ってりゃ――食い物にされるだけだよな。

 

「幸いなことに、現国王様はその悪しき習慣を是正しようっちゅう立場やねん。先代と先々代、その前とその前くらいまで、み~んな侵略国家万歳な王様やったらしいんやけど、現国王は違ぅた。近隣の国にも支援金を出して、きちんと生きられるようにって……」

 

 だが、それに反発する者たちもいる。

 レジーナに奴隷たちを見せたヤツなんかは、そっちの人間なんだろうな。

 技術のあるレジーナを味方に引き込んで、「現国王の考えは間違っている!」とでも言わせたかったのか。

 

「ウチには、何も出来へんかった。せやから、せめて現国王様のためになるような研究をしようって頑張ってた――おっと、話が逸れてもぅたな」

 

 にへらっと笑って、少し恥ずかしそうに頬をかくレジーナ。

 こいつが自分の過去を語るのは珍しい。

 ただ、……うん、なんか分かる。

 抗えないほど大きなものに敵対する難しさや無力感なら、俺も知っている。

 そんな時は、結局、今自分に出来ることを精一杯やることしか出来ないのだ。

 

 現国王ですら、過去の慣例や悪しき習慣を覆せていないのだ。

 一般人たる俺たちが一人で何が出来るっていうんだ。

 でもだからといって何もしなくていいとは思えない。

 

 レジーナも、いろいろ悩んだんだろうな。

 

「自分が他人を傷付けたぁないっちゅう性格なんは、よぅ知っとる」

 

 誰がだよ。

 俺はそんないい人じゃねぇっつの。

 

「せやけどな、いつかは天秤にかけなあかん時があるんや」

 

 自分の大切な人と、敵。

 どちらかを傷付けなければいけないとすれば、どちらを傷付けるか。

 逆に言えば、どちらを守るか。

 

 そんなもんは考えるまでもないことだ。

 だが、人間はいざという時に躊躇ってしまう。

 その天秤を無視して、「どっちも傷付かないように」と考えてしまう。

 

 その結果、悲劇を引き起こすことも、ある。

 

「昔な、バオクリエアと敵対している国の騎士が瀕死の重傷である村に逃げ込んだんや。バオクリエアの植民地やったその村の老夫婦が、その騎士を哀れに思い手厚い看病を施した――」

 

 立つこともままならなかった騎士だったが、老夫婦の献身的な看病の甲斐あって奇跡的に回復し、身動きが出来るまでになった。

 そうなった騎士が取った行動は――

 

「――老夫婦の惨殺。そんで、その村の住人の虐殺やった」

 

 親切が響かないヤツはたくさんいる。

 その騎士にしてみれば、その村にいるすべての人間が憎い敵国人だったのだ。

 看病されていることすら屈辱だったかもしれない。

 

「けど、その老夫婦を責めてえぇんかどうか、ウチには分からへん」

 

 老夫婦が騎士を助けなければ、村の者たちは死なずに済んだ。

 老夫婦の親切は、自己満足な迷惑行為だったのか。

 それは難しい問題だな。

 

 ジネットなら、誰になんと言われようとその騎士を助けただろうし。

 俺もそうするかもしれない。

 

 しかし、結果は残酷で……か。

 俺にも分かんねぇな、何が正しいのかなんて。

 

「もし、自分が自分のことを許せへんって思うんやったら、ウチんとこおいで。誰かを守った自分とは比較にもならへん、弱者を見殺しにするしか出来へんかったゴミみたいな腰抜けよりマシやって思わしたるさかい」

 

 あぁ……

 やっぱ、こいつはずっと後悔しているんだな。

 バオクリエアにいた時から、バオクリエアを出た後でも、ずっと。

 

 すべての人を救うなんて、そんなこと一人の人間に出来るはずもないのに。

 

 

 ……他人になら、そう言ってやれるのにな。

 ホント、不器用だよな。俺も、こいつも。

 

 

「レジーナ、愚痴を聞いてくれて助かった。おかげで心の整理が出来たよ」

「さよか。まぁ、悩みは尽きへんもんや。盛大に悩みや、青年」

 

 カラカラと笑って俺の肩を叩くレジーナ。

 その腕を取って、強引に引き寄せる。

 

「……へっ?」

 

 胸の中に飛び込んできた細過ぎる体をぎゅっと抱きしめる。

 俺の心を軽くしてくれたお返しに、お前の心の中の重苦しいもんも、少しだけ軽くしてやるよ。

 

「お前がいてくれて助かってる。過去はともかく、これから先、お前に頼る予定がぎっしりだ。助けられなかった者の何倍も、これからお前は人を助け続ける。お前なら、きっとそうなる」

「…………」

「あんま悩み過ぎるなよ。……ハゲるぞ」

「ぷふっ!」

 

 俺の背をぎゅっと掴んでいたレジーナの手がぺしぺしと背を叩く。

 

「しょーっもな!」

 

 けらけら笑って俺から離れ、穏やかな笑みを浮かべて目尻の涙を拭う。

 

「おおきにな。胸がちょっと軽ぅなったわ」

「マジか!? おっぱい減ってないか、ちゃんと測っとけよ」

「せやね。自分が帰った後で測るわ」

「そんな遠慮しなくていいのに」

「自分はちょっとくらい遠慮しぃや?」

 

 いつもの顔で冗談を言い合い、俺は特殊メイクに必要な道具をもらって立ち上がる。

 ここに留まるのは、無理そうだ。

 レジーナにも時間が必要だろうし。

 

「じゃ、道具もらってくな」

「明日、完成形見に行くわ。朝ご飯、ご馳走したってな」

 

 そんな挨拶を交わして、俺はレジーナの家を出た。

 

 

 

 家の前には、寂しそうな顔をしたエステラが立っていた。

 

 

 

「やっぱり気にしてたんだね、『精霊の審判』を使ったこと」

 

 まったく、察しが良過ぎて嫌になる。

 

「この不器用者」

「お互い様だろうが」

 

 

 少し暮れかけた道を、エステラと二人、話しながら歩くことにした。

 

 

 

 

 

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