「おいおい……」
ハビエルと話をした翌日。
対決当日の四十二区街門前にて、俺は唖然としていた。
「野郎ども! オースティンやゼノビオスに後れをとるんじゃねぇぞ!」
「「「おぉぉおおおっ!」」」
四十区の木こりどもが暑苦しい筋肉を盛り上がらせて咆哮している。
「おい、ハビエル。たしかお前は一人でやるんじゃなかったか?」
「いやぁ、それがよぉ」
苦虫を噛み潰したような表情でハビエルは髭をいじくっている。
その後ろから、ホクホク顔のデミリーが顔を覗かせた。
「私の差し金だよ、オオバ君」
この頭部露出狂が何かを仕出かしたらしい。
自分で『差し金』とか言うかね。
「折角面白そうなことをやるからさ、木こりのみんなにも話をしてあげたんだよ」
「まったく、アンブローズは……余計なことをしてくれおって」
どうやら、ハビエルの意向も聞かずにデミリーが勝手に木こりを焚きつけたようだ。
「私も、百年に一度の木材を四十二区に持っていかれたのが悔しくてねぇ」
と、全然悔しそうではない顔で言う。
「今回、木こりたちの力を借りて、アレを上回る木材を手に入れたいと思ったんだよ」
聞けば。今回、最も品質のいい木材を用意した者には、領主から金一封が授与されるらしい。
しかも、品質のいい木材を入手したという認定証を発行し、その栄誉を区全体で称えるのだという。
名誉と金。そりゃ、この暑苦しいオッサンたちは飛びつくだろうよ。
「もちろん、君たちの対決の邪魔はしないよ。オオバ君がスチュアートよりも品質のいい木材を用意できれば、たとえそれ以外の木こりよりも見劣りしたとしても、オオバ君の勝ちでいい。こちらはただ便乗するだけだから」
「だとよ、ハビエル。お前が一番しょぼい木材しか取れないって思われてるぞ」
「なんだと、アンブローズ!?」
「そんなことは言ってないだろう!? オ、オオバ君、煽るのはやめておくれよ」
ふん。
こっちの意見も聞かずに便乗した罰だ。
他のヤツらが根こそぎ品質のいい木材を持っていってしまったら、俺やハビエルが見つけられる可能性が落ちる。そこんところを考慮していない時点で、すでに迷惑はかかっている。
……けどまぁ。それでも俺は負けないけどな。
「イメルダ」
「分かりましたわ」
イメルダの背中をぽんと押すと、イメルダは一歩前へ出て、美しい姿勢でよく通る声を発する。
「みなさん。本気は出さないでくださいまし」
「「「卑怯だぞ、オオバヤシロー!」」」
吠えるがいい、木こりども。
卑怯なんて言葉は、俺のために開発されたようなものなのだ。
「プロの木こりに、その手は通用しないと言ったろうが」
ハビエルはまったく動じず、余裕の笑みを浮かべている。
なので、もうひと押ししてみる。イメルダの背中をぽん。
「本っ気で嫌いになりますわ」
「ど、どどど、どうしよう!? どうしたらいいんだぁぁああ!?」
「スチュアート、落ち着いて。オオバ君の手中に面白いように嵌っているから」
イメルダがいれば、木こりたちには負けないんじゃないだろうか。
よし! 勝ちの空気が流れているうちに宣言しておこう。
「さぁ、みんな! 正々堂々戦おうじゃないか!」
「ヤシロ、お前。さっきの今で、よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるよなぁ……」
「本当、領主としてちょっと見習いたいよ、その面の皮の厚さ……」
オッサン二人が俺を称賛している。
ふふん! まいったか!
「それで、ヤシロよぉ。オースティンとゼノビオスはどこだ?」
挨拶でもしたいのか、ハビエルがきょろきょろと辺りを見渡す。
「もう森に入ってるぞ」
「なにぃ!?」
「いや、だって。期限は決めたけど、開始時刻は決めてなかったじゃねぇか。勝負はもう始まってるぞ?」
「お前……っ! ホンットそういうところズルいよなぁ!?」
肩を揺すり、ムズがるガキのように地面を足でグリグリするハビエル。
うわぁ……可愛くな~い。
「まぁいい! それくらいのハンデでちょうどいい! ワシも行くぞ!」
大砲のようなハビエルの大声に、給仕たちがピシッと姿勢を正す。
そうして、ハビエルは他の木こりよりも先に門へと向かって歩き出した。
「日没を楽しみにしていろよ、ヤシロ! 吠え面かかせてやるからな!」
右腕を高々と掲げ、勝利宣言とともに門を超えて森へ入っていく。
ハビエルが出発したことで他の木こりも俄然気合いが入ってきた。
「よぉおしっ! 滅多にない、ギルド長に挑戦できる機会だ! テメェらぁ! ぬかるんじゃねぇぞぉ!」
「「「ぅぉおおおおおっ!」」」
「ギルド長をあっと言わせてやろうぜぇっ!」
「「「ひゃっはぁぁぁあーっ!」」」
鈍器のような筋肉を振り回し、凶器にしか見えない斧やマサカリを担いで木こりたちが門へとなだれ込んでいく。
……主人公に瞬殺されるザコキャラのようだ。
「ヤシロさん。ワタクシたちもそろそろまいりませんこと?」
「まぁ、待て。まだ揃ってないんだ」
「誰が来ますの?」
「……待たせた」
イメルダの問いに答えるようなタイミングで、俺の待ち人が雁首揃えて登場する。
「心強い味方と、偉大なるスポンサー様さ」
「まぁ……」
そこにいたのは、外行きの完全武装をしたマグダと、ニッカポッカみたいな形状の作業服を着たロレッタ。そして、いつもよりも動きやすそうなスポーティな格好をしたエステラがいた。
「この方たちでしたの」
さらに、みんなより少し離れた位置に、ジネットが立っていた。
大きなバスケットを持って、遠足にでも行くような活動的な格好で。
「……それにしても、装備がバラバラですわね」
「まぁ、俺らは外行きの装備とか持ってないからな」
門の外でも通用しそうな装備は、マグダとイメルダが身に着けているものくらいだ。
さすが本職とでも言うべきか、イメルダもそれなりに強そうな装備を身に纏っている。木こりの出で立ちだ。
てっきり、こいつなら森の中にまで日傘を差して優雅に歩いていくものだとばかり思っていた。なので、ちょっと意外だった。
「森は死と隣り合わせの危険な場所ですわ」
「……うむ。特に、四十二区の門は森の深層に出るため魔獣のレベルも凶悪」
「その通りですよ、お兄ちゃん! 店長さんも! 油断し過ぎです!」
俺とジネットの服装にダメ出しをするロレッタ。
……いや、お前も大概だろう?
「どっから持ってきたんだよ、そんなニッカポッカ?」
「ウーマロさんに借りたです!」
「あぁ、トルベックの作業服なのか」
しかしなんだな……普通に似合うな、お前。
陽だまり亭をクビになってもそっち方面で食っていけそうだな。
「ちなみに! 今回だけ特別に借りて着ているだけですからねっ!」
「なんだよ。何も言ってないだろう」
「言ってなくても『陽だまり亭をクビになってもそっち方面で食っていけそう』みたいな顔したです! 絶対やめないですからね、あたし!?」
こいつはエスパーか。
それとも、俺の顔はそんなに分かりやすいのか?
試しに……ロレッタの左の下乳、ロックオン!
「にょはぁ!? 左の下乳だけをガン見しないでですっ!」
ふむ。
分かりやすいらしいな、俺の顔。気を付けよう。
「あの……、わたしの格好は、問題あるでしょうか? 持っている服の中で一番動きやすそうな物を選んだんですけど……」
不安げな顔でジネットが聞いてくる。
ジネットが武器や防具を持っているはずもなく、コレでも精一杯頑張った方なのだろう。
しかし、気になるのはバスケットだな。
「弁当か?」
「はい! みなさんで召し上がりましょうねっ」
完全にピクニックだな。
まぁ、ジネットはそれでいいだろう。
剣を振り回して魔獣をバッサバッサと切り倒していくところなんか見たくもないし、想像も出来ん。
「店長さんは森の外どころか、お出かけにも慣れていないでしょうし……仕方ありませんわね」
「ふぇっ!? あ、あの。ここ最近は、割と、出掛けている……方、ですよ? さ、三十五区とか、行きましたし! お泊まりもしましたし!」
安全な三十五区と外の森では比較にならないんだろうが……ジネットにしては活動的になった方だ。
「……大丈夫。店長とヤシロは、マグダが守る」
「あたしも守ってです、マグダっちょ!?」
「…………………………え?」
「その『間』が地味に心を抉るですよ!?」
涙目で訴えるロレッタ。
まぁ、心配すんな。マグダのことだ、ロレッタを危険な目に遭わせることはまずないだろう。
「ボクも、深層の魔獣相手だとちょっと自信ないかもなぁ……」
マーシャに付いて、たまに門の外へ行くエステラだが、いつもは三十五区側ばかりで、森へ入ることは滅多にないらしい。
いつもよりも物々しいナイフなんかを腰に差してはいるが、果たしてどこまで通用するのか。
「まさか、イメルダがツートップの片翼を担う時が来るとはね」
「おほほほっ! 森に関してはワタクシの方が何枚も上ですわ」
そりゃそうだろう。本業なんだから。
「ですが、エステラさん」
「ん、なに?」
「胸に鉄板を仕込んできたことは褒めて差し上げますわ」
「残念だけど、自前なんだ、コレ! ……誰の胸が鉄板だ!?」
果たして。
こんな騒がしいメンバーで森へ入って無事でいられるだろうか……うん、考えるまでもないな。無理だ。
つーわけで。
俺は頑張らないことを選択する。
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