あたし、失格しちゃったです。
勝つことも、最下位になることも出来ず……最低です。
勝つためにどうすればいいか考えて、考えて、考えて、すごく焦って、もうこれしかないって思った方法が、間違いだったです。
あたし、ここ一番で大ポカやらかしちゃったです。
なのに、みんなは「よくやった」「頑張ったな」って言ってくれて……ぐっときちゃって……「泣くな。泣いちゃダメです」って、自分に言い聞かせてたですのに……お兄ちゃんが来てくれて……
「俺は、嫌いじゃなかったぞ」
……って、あたしのこと、褒めてくれたです。
頭、もふもふって、撫でてくれたです。
「失格してごめんです」って謝ったら「計算通りだ」って。
「お前が、みんなの心を一つにしてくれたんだ」って、「ロレッタ。ありがとな」って……
そんなのもう、我慢できるわけないじゃないですか。
あたしはお兄ちゃんの手を振り解いて更衣室に駆け込んで、顔は見せられないですけど声だけは元気いっぱいに大丈夫だって、心配いらないですって伝えたです。
「次の試合からは、あたしがもっともっと盛り上げるです! 盛り上げ隊長ロレッタの本領発揮です! 乞うご期待です!」
もう、正直限界で、早くドアを閉めて一人になりたかったですけど、でも――
「それからですね…………」
――でも、これだけはどうしても直接言っておきたくて、今を逃せば絶対言えなくなるって分かってるから、顔は見れないですけどお兄ちゃんの前で、あたしの言葉で、感謝を伝えたです。
「実は聞こえてたです……あたしも一応獣人族ですから、耳、ちょっとだけいいです…………だから、つまり、その…………『ここでの一勝より、ロレッタの体の方が大事だからな』って、言ってくれて、嬉しかったですっ!」
限界、超えたです。
お兄ちゃんが何か言う前に、全力でドアを閉めちゃったです。
心臓がバクバクして、ドキドキして、くらくらして……
「ちょっと待てぇえ! おま、お前!? き、聞いて…………ぅおおお!? 忘れろぉ!」
ドアがドンドン鳴って、お兄ちゃんの声が聞こえてきて……ちょっと、笑ったです。
お兄ちゃんの声を聞いていたら、なんだか落ち着いて、心地よくて。
しばらく叫んだ後、お兄ちゃんの足音が遠ざかっていって、あぁ行っちゃうなぁって思ったら急に――
「……ぐじゅっ」
それは、本当に急にやってきて――
「……ふぇっ……ぅぇぇえええええっ!」
涙が溢れ出したです。
お兄ちゃんがそばにいるから大きな声は出せないなって思ってて、でもお兄ちゃんが遠ざかっていったから、もう我慢しなくていいかなって、そう思ったら止まらなくなったです。
「ぅぅうっ……ひぐっ……ぅぅううう~ぅっ!」
悔しくて……悔しくて悔しくて……っ!
「負け……ちゃった、ですぅ……っ!」
勝って、みんなに一勝をプレゼントしたかったです。
お兄ちゃんの役に、立ちたかったです……っ!
「負け……っ、ちゃっ……! ……ぅぇぇええっ!」
誰もいない部屋の中で、一人きりで、思いっきり泣いてやったです。
家でもお店でも、こんな姿を見せたことはないです。
長女ですし、看板娘その2ですし、こんなみっともない姿、誰にも見せられないです。
だから、一人きりの時は特別に許してあげるです。
思いっきり泣いていいですよ、あたし。
「ぅわぁぁああっ! ぅぇぇええぇん! ちきしょぉぉおお……でぇす……っ!」
あぁ……、頑張ったですね、あたし。
こんなに我慢してたんですね。
ちょっとだけ、自分を褒めてあげるです。
我慢をやめて、声を出して、涙を出し切ってしまえば、少しだけ気分が落ち着いたです。
洟を啜って、「んぁぁあー!」っと声を出して、両頬をぺしりと叩いたです。
よし!
弱気なロレッタはもうおしまいです!
みんなが、お兄ちゃんが元気づけてくれた、いつもの元気いっぱいロレッタちゃんに戻るです!
いや、みんなの声援を一身に受けてパワーアップした――
「超ハイパー……『盛り上げる』ってなんて言うですかね? えっと……フィーバーロレッタちゃんになって、この後の試合を応援しまくるです!」
まずは、顔を洗うです。
ここには、メイクを落とすための水がめがあると聞いて……い……
「まいど、超ハイパーフィーバーロレッタはん」
「レジーナさんが住み着いてるです!?」
更衣室の中にレジーナさんがいたです。
何やってるですか、こんなところで!?
外にいるのが嫌で引きこもってたですか!?
他所の区に来てまでも引きこもるですか!?
というか……
「見てたですかぁぁあああ!?」
「いや、なに。たまたま通りかかったらな、なんや聞こえてきてなぁ」
「密室にたまたま通りかからないでです!」
見られたです。
見られてしまったです。
長女の見られてはいけないみっともないとこを、見られてしまったです!
こうなったら……消えてもらうしか…………
「こらこら。あくどい顔で人のこと見たらアカンで」
「レジーナさんがいなくなっても、たぶん誰も気付かないです」
「おほぉ~う、傷付いてる女子は他人を傷付けることも厭わへんねんなぁ」
むぅ……!
なんか、無性に恥ずかしいです!
「しゃーない! 誰にも見せられへん姿を見てしもたんやさかい、ウチも誰にも見せられへん姿を見せたろ。これでお相子やね!」
「ってぇ! なんで服を脱ごうとしてるですか!?」
「いや、せやから誰にも見せられへん姿を――」
「見せなくていいですよ!?」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「見せたいですか!? いいから服を着てです!」
てきぱきとはだけられていく服をグイっと持ち上げて着直させるです。
ウチの妹ですか、レジーナさんは!? 世話が焼けるです!
「ホンマ、頼りになるなぁ、応援隊長はんは」
らしくなく、すごく優しい声でレジーナさんが言うです。
いつも冗談しか言わない口で、すごく優しい、温かい声で……
「せやから、みんなに好かれとるんやろね」
――そんなこと、言ってくれたです。
「レジーナさん、優しいですぅぅ……」
「ほいほい。こんな薬臭い胸でよかったら、いくらでも使ぅてんか」
「ぅぅう……っ!」
レジーナさんの胸に顔をうずめると、微かに薬の匂いがして、なんだか妙に落ち着いて、また涙が溢れてきたです。
とっても温かくて、柔らかくて、レジーナさん着痩せするタイプです。
「……ダイナマイツ」
「あぁ、やっぱ同じ店で働いとったら感染るんやなぁ。由々しき事態や」
「レジーナさん……」
「ん~?」
「……さっきの、お兄ちゃんに言うと、大変なことになるので言っちゃダメですよ」
「『薬臭い胸でよかったら、いくらでも使ぅてんか』って? 誰が言うかいな。すり減ってなくなってまうわ」
お兄ちゃん、すり減るまで使うですか。
由々しき事態です。
……くす。ちょっと真似してみたです。
「ん。ちょっとは元気出たみたいやね」
「えへへ……」
レジーナさんが頭をぽんぽんしてくれて、「あぁ、あたし甘えたかったんですかね」って思ったです。
店長さんやお兄ちゃんが甘えさせてくれるですけど、今は、レジーナさんくらいの距離間がちょうど心地よいです。
あぁ、レジーナさんがいてくれてよかったです。
全身で寄りかかっても怒らないでちゃんと受け止めてくれて……
「レジーナさん、お兄ちゃんみたいです」
「失敬な! 慰めて悪口言われるとは思わへんかったわ」
「褒めたですよ!?」
ばっと顔を上げたら、レジーナさんがくすくす笑ってたです。
それで、あたしの涙を指で拭ってくれて……
「ほな、元気が出たんやったら着替えて応援頑張りや」
「はいです!」
素直に返事できたです。
「その前に、薬飲んどき。お腹、楽んなるさかい。そこの紙よぅ読んでな」
レジーナさんが指さしたテーブルの上には、水筒と薬と一枚の紙が置いてあったです。
紙を覗き込んでみると、『お腹の薬一包を、コップ一杯の水でゆっくりと飲むんやで』と書かれていたです。
「いや、口で説明してです!?」
「せやかてウチ、人見知りやさかい……」
「今さら発症するですか、人見知り!? さっきかなり仲良しな雰囲気だったですよね!?」
「あはは、そやねー」
「愛想笑いもいいとこですね!? 声、かっさかさじゃないですか!?」
なんですこの人!?
心の扉、どんだけ頑丈です!?
セキュリティ万全過ぎて悪影響出てるですよ!?
「ほなウチ、ロッカーの中隠れとるさかい、薬飲んだら出てってな?」
「そんなところに隠れてるから、あたし気付かずにここで泣いちゃったですよ!? 密室の中のさらに密閉空間に住み着かないでです!」
「あはは、うんうん、善処するわ~。ほな」
「『ほな』じゃないです!? 『バタン!』じゃないですよ!? レジーナさん! レジーナさん!?」
……あぁ、この人はダメです。
ダメな人です。
あたし、この大会が終わったら、レジーナさんのところに通い詰めて、もっと仲良くなってやるです!
レジーナさんを前向き女子に生まれ変わらせるために!
そんな決意を胸に、あたしはチアガールの衣装に着替えたです。
あたしの応援でみんなの気持ちを前向きにするために。
あたしには、あたしにしか出来ない仕事がある。そう思ったですから。
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