異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加18話 ある雨の日の陽だまり亭の中で -1-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:3,754

 四十一区でのイベント――え~っと、名前なんだったかな……まぁいいか、とりあえず――『素敵やん?』が終了して数日が経っていた。

 イベントの日は晴れていたのだが、その翌日からは結構な強さの雨が続いている。今年は本当に気候のバランスが崩れているようだ。……俺、関係ないよな? たまたまだよな? もう勘弁だぞ、『BU』の連中みたいな難癖つけられるのは。

 

「雨、止みませんねぇ」

 

 陽だまり亭の窓から空を眺め、ジネットがため息を漏らす。

 

「きっと、下着が洗濯できずに、そろそろ換えがなくなるのだろう」

「そんなことないですよ!? ちゃんと用意してありますもん!」

 

 思わず口から漏れ出したモノローグに頬を膨らませるジネット。

 数に余裕があるのなら――

 

「ちょっとくらい分けてくれてもいいのに」

「もう、ヤシロさん!」

 

 いかんな。

 雨続きで客足が落ちたせいか、つい言葉が漏れてしまう。独り言が増えてきたのかな。

 

「オイラは、今だけは雨で感謝ッスけどね」

 

 陽だまり亭のテーブルに巨大な紙を広げて、嬉しそうにお絵かきをしているウーマロ。

 

「子供か、お前は。働けよ」

「今まさに働いているところッスよ!?」

 

 ウーマロが描いている絵を覗き込むと、そこには四十一区の地図が描かれていた。路地裏の辺りだ。

 

「領主様の許可も出たんで、路地の形まで含めて再開発するんッスよ」

 

『素敵やん?』のあと、四十一区領民の前で『美の通り』構想を語った直後は、観衆の中から不満そうな声が出ていた。特に男連中から。

 しかし、その後、ウクリネスの衣装に身を包み、ナタリアたちの手によってお洒落に変身した街の女性たちが登場すると、会場の空気は一変した。

 最初のうちは、そこに並ぶお嬢さん方が自区の領民だと信じてもらえなかった。曰く、「こんなべっぴん、一度だって四十一区で見たことねぇぞ」ということらしく、彼女たちの知り合いが「確かに俺の知り合いだ」と証明するまで「どっかのお洒落な上流階級の人間でも呼んできたんだろう」的な空気は続いた。

 

 しかし、それが自区の、それもそこらへんに普通にいる一般人だと分かるや、会場の空気は一気に上書きされた。

 男どもは「マジか……あんな美人に変われるものなのか?」と。

 女性たちは、「どうやったの? 教えて!」と。

 

 そこからは話が早かった。

 繊細さの欠片もないリカルドに代わって、俺が彼女たちの変貌振りの秘密を、ちょっとときめく要素をふんだんに散りばめつつ説明し、「この変身は、誰にだって出来る」という点を強調、そして実際にその日半日体験した女性たちに感想を語ってもらって、まんまと釣り上げたのだ。『綺麗になりたい女性たち』を。

 参加した女性たちは年齢も職業もばらばらで、それはつまり「どんな人でも綺麗になれる」ということの証明だった。

 

「その、『綺麗になるための通り』を、この四十一区に作ろうってわけだ!」

 

 俺のそんな呼びかけに、女性たちは期待を膨らませていた。

 

 そして、直接は関係なさそうな男どもも……まぁ、ちらちら見てたよね。変身したお洒落女子たちを。

 マグダ情報によれば、大食い大会で四十二区の応援をしていたチアリーダーたちが美女ぞろいで、常々「うらやましいなぁ」「ウチの区にもいてくれたらなぁ」「でも、四十一区に美女なんて……なぁ」とか思っていたらしい。

 お前らが美女を育める環境づくりを怠ってきたからだろうが。

 いるにはいるんだぞ。オシナみたいな天然美女が。

 それに気付かず、またそんな女性たちが安心して暮らせるような街づくり――特に仕事関連の改革を後回しにし続けた結果、四十一区を離れちゃったり、お洒落するような時間と金がなくなったりしたんじゃねぇか。

 

 かつての四十二区は、金はなくとも仕事はあったからな。

 エステラは、とにかく領民の居場所だけは守ろうとしていた。自区がどんどん貧しくなろうとも、領民の尊厳だけは傷付けまいとしていたのだ。

 おのれのすべてをかけるに値する仕事ってのは、人間の尊厳を守ってくれるとても大切なものなのだ。

 仕事がないって、つらいからな。

 

 ……まぁ、そのせいでワーカーホリックだらけなのかもしれないけどなぁ、四十二区は。

 

 ともあれ、そんなこんなの後に、巨大ブナシメジ像(四十一区名:精霊神像)のある広場で開催されたお祭りは盛況を博し、領民たちは『変わることへの不満』よりも、『新しいものへの期待』が上回ったようだっだ。

 祭りの賑やかさが、大食い大会を思い出させたのかもしれない。

 はっきりと四十一区が変わった、きっかけのあの時を。

 

「というわけで、オイラは今、『美の通り』の設計図を描いているんッス。この後、ミニチュアを作って全体的なバランスを整えるんッスよ」

「あぁ、だとしたらウーマロ。色使いに関してちょっと口を挟ませてくれ」

「色……ッスか?」

 

 ウーマロの描いた通りの設計図に、俺は色の指定を書き込んでいく。

 ついでに、『五本目』へ入る曲がり角付近に建設しようとしていたらしい三階建ての建物を削除する。

 

「ちょっと、ヤシロさん!? その建物は訪れる人へのインパクトを与える重要な役割があってッスね……!」

「インパクトはもうちょっと手前でやってくれ」

 

 奥へ通じる通路に、こんな圧迫感のある建物はそぐわない。

 

「こういうのを建てるなら、入り口だな」

「いやいや。入り口は間口を広く取って開放的にした方がお客さん入りやすいッスよね?」

「逆だ」

 

 これが店ならば、広い間口は入りやすいといえるだろう。

 しかし、今回は『通り』だ。

 間口が広く、奥のほうに圧迫感を与えるような巨大な建造物を据えてしまっては、人の足は奥へは向かない。むしろ遠ざけてしまうことになる。

 

「入り口に圧迫感を与える建物をドーンと建てることによって、決して狭くはない道幅を狭いと感じさせることが出来る」

「狭く感じさせるメリットは何かあるんッスか?」

「対比で奥の方が広く感じるだろう?」

 

 遊園地の入場ゲートは、たいてい巨大なオブジェで飾られている。

 入場者を整列させるという役目もあるのだが、あれには視覚的な狙いも含まれているのだ。

 圧迫感があり狭さを感じさせる巨大な入場門の前に立つと、門越しに開放的で明るい園内が見える。「この門を越えれば、その先に楽しい場所がある」と、入場する前から期待が膨らむように設計されているというわけだ。

 

 こういうのを、サバンナ効果という。

 まぁ、ざっくり言うと、人間は暗い場所にいる時には明るい方向へ進みたがる性質を持っており、目指す先が明るいと安心感を覚えるものであると、そんな感じの話だ。

 建築においても、玄関を明るく照らすよりも、玄関から見える廊下の奥を明るくする方が、帰ってきたときの安心感が増すとされている。

 ホテル等でも、エレベーターホールをあえて落ち着いた照明にして、廊下を暖色系の間接照明などで明るく照らし、奥へ進む際の不安感を払拭しているところは多い。

 

 人は、進む先が薄暗いと不安を覚え、明るければ安心する。そういう単純な生き物なのだ。

 

「なので、『美の通り』の入り口に象徴的な大きな建物をドーンと置いて、奥へ続く道は広く、奥へ行くほど明るくなるように設計してくれ。二階建てとか塔とかなくしてな」

 

 奥の店はこっそり通う秘密のお店――とはいえ、スパイが好んで歩くような薄暗い道にしたいわけではない。

『ひっそり』は、あくまで気分的なことであって、実際は歩きやすく安心感のある通りにしなければいけない。

 なにせ、そこを通るのは女性なのだから。

 変質者が潜んで悪さをするなど、たったの一度もあってはいけない場所なのだ。イメージが大切だからな、こういうのは。

 

「で、入り口から見える縦の通りは、奥の方を暖色系にしておいてくれ」

 

 暖色系の色には、視覚的に距離を近く感じさせる効果がある。

 同じ距離にある壁でも、寒色系は遠く、暖色系は近く感じるのだ。

 なので、一番奥の突き当たりの壁を暖色系にしておくと、奥行きがさほどないように感じられ、『五本目』までの距離を近いと感じ、「遠い」「行くのメンドイ」というネガティブ要素を払拭できるというわけだ。

 

「で、路地に入ったらなるべく寒色系が目に付くようにしておいてくれ」

 

 寒色系は遠く見える。つまり、それだけ空間が広く見えるのだ。

 

 思い出してみてほしい。幼い日に訪れた遊園地のわくわく感を。

 巨大な門に出迎えられ、その存在感に圧倒され、思わず見上げるとその向こうに抜けるような青空。入場の待機列が進むにつれて徐々に見えてくる門の向こうの楽しげな空間。

 開放的な空間が広がり、明るい音楽が漏れ聞こえ、先に入った客たちが行き交う様がちらちら見える。

 そうして、門の前にまで来た時に味わう、これから「何かが始まる」という期待感。

 これでもかと威圧感を与えてくる巨大な門を潜り抜けることを許可された特別感。

 そして、門を潜り抜けた先で目にする、圧倒的な開放感。

 

 思わず、走り出したくはならなかっただろうか。

 そんな感情を、大人だって持っているのだ。いくつになっても。

 

「とにかく、奥へ進む縦の通りは開放的に、実際店が並ぶ路地はスタイリッシュに頼む」

「なるほどッス。店に着くまでの道のりも、もうすでに商品の一部なんッスね」

「付加価値の一つだな」

「分かったッス! やってみるッス!」

 

 言って、ウーマロは楽しげに設計図を修正し始める。

 

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