異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加11話 クマ対サルの真っ向勝負 -1-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:3,001

「さぁ~あ、いよいよやってきたです! 世紀の大一戦! 無謀にも四十二区へ牙を剥いたトウモロコシ泥棒が自身の釈放をかけて、四十二区屈指のソルジャー・オブ・ウォーリアー、川漁ギルドギルド長デリアさんとの決闘に挑むです! 果たして挑戦者は、絶対無敵、元気爆発、熱血最強の甘い物大好きファイター・デリアさんにどこまで食らいつけるのでしょうかー!?」

 

 今朝方まで貧血を起こして倒れていたロレッタが熱い実況をしている。……あいつ、もう仕事復帰させてもいいんじゃね?

 つか、いろいろツッコミたいなぁ……まぁ、触れない方がいいか。うん。

 なんか楽しそうだし、やらせておくか。

 

「さぁ、解説のイメルダさん。今回の戦い、どう見るです?」

「野蛮ですわね」

 

 わぁ、なんて無謀なキャスティング。

 イメルダは、自分が絡まないことにはとことん興味がないんだから解説なんか出来ねぇよ。

 

「今回の挑戦者は、四十二区にケンカを売ってきた賊ということですけど、イメルダさんはどう見るです?」

「野蛮ですわね」

「片や、そんな無法者の挑戦を受ける我らが四十二区チームの代表はデリアさんです。気合い十分そうですけど、どう思うです?」

「野蛮ですわね」

 

 おーい、その解説壊れてないか?

 テープレコーダーでももうちょっと多彩だぞ。

 

「まさか、こんな大所帯で来るとはね」

「まぁ、流れでな」

 

 やはりというか、エステラはぞろぞろとやって来た俺たちを見て苦笑を漏らしていた。

 スペース的に余裕があって、観戦している者に被害が出にくそうなのがせめてもの救いか。

 

 決闘の場所として選ばれたのは、監獄にある広いグラウンドだった。

 むき出しの土は踏み固められており、ここで日々厳しい鍛錬が行われていることを物語っていた。

 

「一応、罪人を見張る兵には相応の強さが求められるからね。……デリアには遠く及ばないけれど……はは」

 

 と、いうことらしい。

 エステラのとこの兵士も、一応鍛錬とかしてんだな。

 

 監獄は、領主の館からさらに奥――四十一区へ続く道を進んで一本路地へ入った先にあり、来ようと思わなければ近付くことすらないような場所に建っている。

 万が一罪人が逃げ出したとしても、領民への被害が最小限で抑えられるようにとの配慮だ。

 四十二区で捕まった罪人は、きっと路地を出て四十一区の方へ逃げるだろうからな。そっちへ行った罪人はそっちで対処してくれというのは、割と無責任な思考だと思わないでもないが……まぁ、俺がとやかく言うことではないし、仮に隣の区に迷惑がかかったとしても相手はリカルドだ。心も痛まない。

 

「さぁ! 現在収監されている囚人がほとんどいなくて暇を持て余した看守たちが見守る中、間もなく、ゴングです!」

 

 ……うん。

 基本的に、四十二区って治安いいんだよな。

 あんまり犯罪の話も聞かないし、あったとしても酔っぱらい同士のいざこざくらいだ。

 それに、そういう連中が捕まったとしても、甘々の領主が軽ぅ~い罰を与えてさっさと釈放しちまうようで、四十二区の監獄はいつも開店休業状態なのだ。……取り壊しちまえよ、こんな無駄な施設。いや、なきゃ困るんだけどさ。

 

「犯罪者に甘い措置ばっかしてると、四十二区が犯罪者パラダイスになるぞ」

「大丈夫だよ。……ナタリアを怒らせようなんて無謀な考えを持ってる人間は、最早四十二区にはいないから」

 

 領主の館の給仕長は冷酷無比で恐ろしいほどに強いのだと、領民には認識されている。

 そういえば、ロレッタもかつては「すごく怖い方で、実はちょっと苦手」と言っていた。

 まぁ、今では……

 

「さっきの解説がポンコツだったので、今度は戦いのプロフェッショナルを呼んだです」

「どうも、解説のナタリアです」

「さぁさぁ、ナタリアさん! 今回の試合、どう見るです!?」

「そうですね。川漁ギルドのギルド長デリアさんに注目したいところです」

「ほ~ぅ! プロっぽいです! こういうの待ってたです! ちなみに、どんな点に注目ですか!?」

「この試合中、何バウンドするのか、非常に気になりますっ!」

「どこに注目してるですか!?」

「乳です!」

「分かってるですよ!? 改めて言わなくていいです!」

「おっぱいです!」

「なんで言い直したです!? 言わなくていいって言ったですのに!?」

「◎×★◇です!」

「それもう、よい子には聞かせられない表現ですよ!? 誰かこの給仕長つまみ出してです!」

「おっぱいを……摘まむ!?」

「退場ー! もう退場です! ちょうど空いてる牢屋いっぱいあるですからしばらく入ってくるといいです!」

 

 ……と、こんな感じになっちまったけどな。……はは。

 素を知らないヤツにとっては、まだまだ怖いんだろうな、ナタリアは。

 もっとも、ナタリアを知る者の方こそが、ナタリアの怖さを理解しているんだろうけれど。……あいつは俺の中の『本気で怒らせちゃいけないリスト』に名前が入っている人物だからな。

 

「まったくもぅです! 揃いも揃って残念な人ばっかりです。こうなったら、最初から残念臭のしているレジーナさんに解説を頼むです。期待値が低い分がっかりも少ないです」

「辛辣やなぁ、自分。まぁ、否定はせぇへんけど」

「それで、レジーナさん的に気になることとかあるです?」

「せやなぁ、ウチから言えることは、おっぱいを摘まむ前にはきっちりと爪の手入れを……」

「退場ー!」

 

 ……こんなアホ満開の区で、犯罪なんか起こらないんじゃないかな、今後。

 

「ヤシロさん。あの……大丈夫でしょうか、デリアさん」

 

 鍛錬所を眺める俺の隣で、ジネットが祈るように手を組んでいる。

 

「本人がやると言っているんだ。信じて見守ってやろうぜ」

「そう……ですね。……どうか、怪我などなさいませんように」

 

 組んだ指をアゴに添え、真剣に祈りを捧げるジネット。

 格闘技とか、観戦できないタイプなんだろうな。

 

 鍛錬所を取り囲むように兵士が並び、その背後に俺たちは陣取っている。

 一応、手枷を外されたバルバラが俺たちを襲わないように守ってくれているのだ。……とはいえ、ここの兵士には一切信用がおけないけどな。みんな人間だし、獣人族の相手が務まるとは思えない。

 

 なので、俺はノーマのそばにいる。うん、すごく安心。

 

「おまけに、あの外套の下が薄い浴衣だと思うと、妄想も膨らむというものだ、うっしっし」

「ヤシロ。声に出てるさよ」

 

 マジでか!?

 じゃあ、もういいか。

 

「観戦中、気分が盛り上がってぽろりしねぇかなぁ!?」

「デカい声で何言ってんさね!?」

「ヤシロさん、ダメですよ、もぅ」

「ノーマはあたしとネフェリーで守るから」

「はいはい、ヤシロ。ちょっとそっちつめてね」

 

 俺をぐいぐいと押し、ノーマと俺の間にパウラとネフェリーが割り込んでくる。

 おい。ノーマとの距離が空くと、万が一の時に危険が増すじゃねぇか。

 

 まぁいい。

 こっちにはエステラもいるしな。

 ノーマほどではないらしいが、こいつもなかなか強いのだ。頼りにはなる。

 

「エステラ、お前に期待してるぞ」

「ふぇ!? ボ、ボクにぽろりを!?」

 

 アホか!

 お前にそんなもん期待できるか!

 ぽろりするほどないくせに!

 

「ぽろりはジネットの担当だ」

「担当しませんよ!? もう、懺悔してください!」

 

 ……ちっ。

 

 と、そんなことをやっている間に、デリアの方は準備万端のようだ。

 両腕の筋を伸ばし、気合い十分に鍛錬所の中央に立っている。

 

 空は暗いが、この付近も光るレンガが煌々と灯りを放っているので十分に明るい。

 闇に乗じて脱獄ってのは、最早不可能な明るさだ。

 

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