異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

5話 聞こえ方 -5-

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:01
文字数:2,121

「ジネット」

「はい」

「これから俺が言う言葉を聞いて、意味が通じるかどうかを教えてくれ」

「分かりました。意味が分かるかどうかを言えばいいんですね」

「そういうことだ」

 

 さて、例文はどんなものにするかな…………反応が分かりやすい方がいいか……なら……

 

「ジネット。俺とモーニングコーヒーを飲まないか?」

「コーヒーですか? 淹れましょうか?」

 

 立ち上がりかけるジネットを手で制する。

 確実に『モーニングコーヒーを飲む』という意味で捉えているな。

 裏に隠された意味には気付く素振りもない。

 

 では、次だ。

 

「ジネット、俺とにゃんにゃんしないか?」

「ネコ、ですかにゃん?」

 

 おぉう、なんだ、そのネコ語!? ちょっと可愛いじゃねぇか!

 ……じゃ、なくて。

 伝わっていないな。チョメチョメでも一緒だろう。

 

 じゃあ、次は本格的に……

 

「ジネット。お前を抱きたい」

「ぅぅえええっ!?」

 

 反応あり、だ。

『抱く』を『抱く』以外の意味で受け取った。

『強制翻訳魔法』の翻訳結果は、こちらが思っていることがそのまま伝わるというよりかは、相手がその言葉の『正しい意味』を理解しているかどうかによるところが大きいのかもしれない。

 

「ジネット。一発ぶちかまさねぇか?」

「なっ! なにを、言っているんですか!? エ、エッチなのはダメですよ! ざ、ざざ、懺悔してくださいっ!」

 

 耳まで真っ赤にして、ジネットが怒っている。

『一発』はちゃんと通じるのか。

 

「ジネット。ズッコンバッコン……」

「懺悔してくださいっ!!」

 

 流れで言葉の意味を解釈したようだ。

 擬音は、使い方によってはどちらにも転ぶということか。

 たぶんこの流れで『にゃんにゃん』と言えば、意味は通じるだろう。

 

「な、なんなんですか!? 急にエッチことを言い出して」

「いや、すまん。お前の素の反応を見るために、あえてエロいことを言ったんだ。気に障ったなら謝る」

「い、いえ……そんなに、怒っているわけではありませんし……で、でも……急にそういうことを言われると……その…………恥ずかしいです」

 

 顔を真っ赤に染め、肩をすくめてもじもじとし始める。

 わぁ……にゃんにゃんしたぁ~い…………

 

 はっ!?

 いかんな。

 体は高校生でも、心は三十代を折り返したオッサンなのだ。いささかオッサン丸出し過ぎだ。

 ちょっとセクハラが過ぎたか……自重しよう。

 

 もし、『強制翻訳魔法』の翻訳結果が、相手側の理解度によるところが大きいとなると、知識のある者には嘘は吐けないってことになる。……それは厄介だな。

 

 置き換え言葉は諸刃の剣だな。

 

 では、こちらが意図しない翻訳がされるなんてことはないのだろうか?

 こちらが全然まったく微塵もそんなつもりなく発した言葉が、相手に変な意味で伝えられるという場合だ。

 例えば、「新人のみよこちゃん、おっぱい大きいよねぇ」という『褒め言葉』が『セクハラ』と捉えられる場合……あ、これは違うな。もっと別の例えを……

 

「ジネット」

「はい」

「『ムスメ』の反対はなんだ?」

「え? ……『ムスコ』でしょうか?」

「それが、俺の子なら?」

「えっと……『ヤシロさんのムスコ』……?」

 

 ……ニヤリ。

 

「じゃあ、そいつが愚かなヤツだった場合は?」

「え~っと…………『ヤシロさんの愚息』……ですか?」

 

 ……ニヤニヤ。

 

「では、その愚かな息子がとても立派だったら!?」

「え、えっと! ……ヤ、『ヤシロさんのご立派な愚息』です! ……って、愚かなのに立派?」

 

 ……ニンマリ、ニヤニヤ。

 

 いやぁ、なんかニヤニヤしちゃうなぁ……って! 違う違う!

 女子にエッチな言葉言わせてニヤリしている場合じゃないんだ。

 中学の頃、黒板に『タケムラタケコ ラブラブポンチ』と書いて、「お前、この文章を逆さまから十秒以内に言えないだろ~!」とクラスの女子を挑発し、大声で音読させたことを思い出した。自分が発した言葉を理解した後の女子の顔といったら…………ニヤニヤニヤニヤ……

 って! だから! そんなセクハラをしている場合じゃないんだって!

 どうもいかんな。

 見た目は子供、頭脳は大人、性的好奇心は男子中学生! その名は、オオバヤシロ!

 ……って、俺は随分残念な生き物になってしまっているようだ……自重しよう……自重……

 

 ここで思考を切り替え、得た情報はきちんと精査しておく。

 

 ジネットが意識していないであろう言葉は、そのままこちらに伝わった。

 わざわざ卑猥な意味に変換されるということはなく、言った言葉は言ったままこちらに伝わったのだ。

 仮にエロい隠語を言わされたとしても、ドストレートに翻訳されるわけではないらしい。

『アソコ』は『アソコ』と訳され、放送禁止用語を発したことにはならないようだ。

 

 ということは、警察なんかが使う『ホシ』や『シロ・クロ』や『アカウマ』なんかはそのまま使えそうだな。ちなみに、『アカウマ』は『放火』のことだ。

 

 となれば……

 

 拾得物を自分の懐に入れることを『ねこばば』と言い、世間では泥棒だとされている。

 だが俺はそうは思わない。RPGの勇者も、横スクロールアクションのヒーローも、拾ったものは自分の所有物だとして憚らない。正義の象徴たる勇者やヒーローがだ。

 俺はそちらこそが正しいと思っている。拾ったものは俺のもの。だからそれを『盗んだ』などとは思わない。

 

 そこで、実験だ。

 

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