「ジネット」
「はい」
「これから俺が言う言葉を聞いて、意味が通じるかどうかを教えてくれ」
「分かりました。意味が分かるかどうかを言えばいいんですね」
「そういうことだ」
さて、例文はどんなものにするかな…………反応が分かりやすい方がいいか……なら……
「ジネット。俺とモーニングコーヒーを飲まないか?」
「コーヒーですか? 淹れましょうか?」
立ち上がりかけるジネットを手で制する。
確実に『モーニングコーヒーを飲む』という意味で捉えているな。
裏に隠された意味には気付く素振りもない。
では、次だ。
「ジネット、俺とにゃんにゃんしないか?」
「ネコ、ですかにゃん?」
おぉう、なんだ、そのネコ語!? ちょっと可愛いじゃねぇか!
……じゃ、なくて。
伝わっていないな。チョメチョメでも一緒だろう。
じゃあ、次は本格的に……
「ジネット。お前を抱きたい」
「ぅぅえええっ!?」
反応あり、だ。
『抱く』を『抱く』以外の意味で受け取った。
『強制翻訳魔法』の翻訳結果は、こちらが思っていることがそのまま伝わるというよりかは、相手がその言葉の『正しい意味』を理解しているかどうかによるところが大きいのかもしれない。
「ジネット。一発ぶちかまさねぇか?」
「なっ! なにを、言っているんですか!? エ、エッチなのはダメですよ! ざ、ざざ、懺悔してくださいっ!」
耳まで真っ赤にして、ジネットが怒っている。
『一発』はちゃんと通じるのか。
「ジネット。ズッコンバッコン……」
「懺悔してくださいっ!!」
流れで言葉の意味を解釈したようだ。
擬音は、使い方によってはどちらにも転ぶということか。
たぶんこの流れで『にゃんにゃん』と言えば、意味は通じるだろう。
「な、なんなんですか!? 急にエッチことを言い出して」
「いや、すまん。お前の素の反応を見るために、あえてエロいことを言ったんだ。気に障ったなら謝る」
「い、いえ……そんなに、怒っているわけではありませんし……で、でも……急にそういうことを言われると……その…………恥ずかしいです」
顔を真っ赤に染め、肩をすくめてもじもじとし始める。
わぁ……にゃんにゃんしたぁ~い…………
はっ!?
いかんな。
体は高校生でも、心は三十代を折り返したオッサンなのだ。いささかオッサン丸出し過ぎだ。
ちょっとセクハラが過ぎたか……自重しよう。
もし、『強制翻訳魔法』の翻訳結果が、相手側の理解度によるところが大きいとなると、知識のある者には嘘は吐けないってことになる。……それは厄介だな。
置き換え言葉は諸刃の剣だな。
では、こちらが意図しない翻訳がされるなんてことはないのだろうか?
こちらが全然まったく微塵もそんなつもりなく発した言葉が、相手に変な意味で伝えられるという場合だ。
例えば、「新人のみよこちゃん、おっぱい大きいよねぇ」という『褒め言葉』が『セクハラ』と捉えられる場合……あ、これは違うな。もっと別の例えを……
「ジネット」
「はい」
「『ムスメ』の反対はなんだ?」
「え? ……『ムスコ』でしょうか?」
「それが、俺の子なら?」
「えっと……『ヤシロさんのムスコ』……?」
……ニヤリ。
「じゃあ、そいつが愚かなヤツだった場合は?」
「え~っと…………『ヤシロさんの愚息』……ですか?」
……ニヤニヤ。
「では、その愚かな息子がとても立派だったら!?」
「え、えっと! ……ヤ、『ヤシロさんのご立派な愚息』です! ……って、愚かなのに立派?」
……ニンマリ、ニヤニヤ。
いやぁ、なんかニヤニヤしちゃうなぁ……って! 違う違う!
女子にエッチな言葉言わせてニヤリしている場合じゃないんだ。
中学の頃、黒板に『タケムラタケコ ラブラブポンチ』と書いて、「お前、この文章を逆さまから十秒以内に言えないだろ~!」とクラスの女子を挑発し、大声で音読させたことを思い出した。自分が発した言葉を理解した後の女子の顔といったら…………ニヤニヤニヤニヤ……
って! だから! そんなセクハラをしている場合じゃないんだって!
どうもいかんな。
見た目は子供、頭脳は大人、性的好奇心は男子中学生! その名は、オオバヤシロ!
……って、俺は随分残念な生き物になってしまっているようだ……自重しよう……自重……
ここで思考を切り替え、得た情報はきちんと精査しておく。
ジネットが意識していないであろう言葉は、そのままこちらに伝わった。
わざわざ卑猥な意味に変換されるということはなく、言った言葉は言ったままこちらに伝わったのだ。
仮にエロい隠語を言わされたとしても、ドストレートに翻訳されるわけではないらしい。
『アソコ』は『アソコ』と訳され、放送禁止用語を発したことにはならないようだ。
ということは、警察なんかが使う『ホシ』や『シロ・クロ』や『アカウマ』なんかはそのまま使えそうだな。ちなみに、『アカウマ』は『放火』のことだ。
となれば……
拾得物を自分の懐に入れることを『ねこばば』と言い、世間では泥棒だとされている。
だが俺はそうは思わない。RPGの勇者も、横スクロールアクションのヒーローも、拾ったものは自分の所有物だとして憚らない。正義の象徴たる勇者やヒーローがだ。
俺はそちらこそが正しいと思っている。拾ったものは俺のもの。だからそれを『盗んだ』などとは思わない。
そこで、実験だ。
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