異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加64話 最強のパンの一角 -3-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:3,322

「そんなに『美味しそう』だったか?」

「いえいえ。確実に『美味しい』ですよ」

 

 それは、『儲け的に美味しい』だろうが。

 

「ピザソースのレシピを教えてやろうか?」

「本当ですか!?」

「んだよ、ワザとらしい。その権利が欲しくてエステラの話に割り込んできたんだろうが」

「ほほほ。さて、なんのことでしょうか」

 

 白々しい。

 エステラが自分のために「ピザトーストの販売をして~」なんて言い出したから慌てて妨害してきたくせに。

 それは市場に流してこそ真の利益が得られると。

 

「ですが、ヤシロさんがこうもすんなり私のお願いを聞いてくださるとなると、何か裏がありそうで怖いですね」

「裏はある。というか、交換条件がある」

 

 そう言っても、アッスントは驚かなかった。そんなもんは重々承知の上ということだ。

 

「お伺いしても?」

「ピザソースが発売されれば、食パンの売り上げは当初の見込みより格段に跳ね上がるはずだ」

「えぇ、その通りでしょうね」

「だったら、教会に恩を売れるよな?」

「恩……ですか。どうでしょうね、教会は個人や企業に借りを作らない組織ですから」

「直接『恩に着る』なんて態度を見せなくとも、『あ、こいつは手元に置いておいた方が得策だ』くらいの打算はするだろう?」

「それはもちろん。打算は彼らの特技――いえ、習性ですから」

「アッスントさん。言葉が過ぎますよ。ヤシロさんも」

 

 ベルティーナに静かに叱られた。

 

「アッスント。ベルティーナに謝っとけ」

「申し訳ありませんでした、シスター」

「いえ。気を付けてくだされば、それで」

「ついでに俺の分も謝っといてくれ」

「それはご自分でどうぞ」

 

 しょうがないので、一応「ごめんなさーい」と口にしておく。

 

「それで、教会に恩を売って何をしようというのですか?」

「いや別に。変なことはしないぞ?」

「ほほほ。ヤシロさんはご冗談がお好きなようだ」

「本当だよ。ただ、ほら、四十二区って一番端っこだし、崖の下だし、日陰も多いし、精霊神『様』とか教会のお偉い方々の目も届き難いんじゃないかなぁ~って」

「要するに、お目こぼしが欲しいと?」

「人聞きが悪いなぁ。ルールに則った、なんら違法性のないことだぞ? ただ、すごく紛らわしいだけで」

 

 その『紛らわしい』ってところにイチャモンをつけないでほしいな~っていうのが、俺の望みだ。

 権力者ってさ、自分が気に入らないことには難癖つけて糾弾してくるじゃん?

 そういうの、ヤシロきらぁ~い。

 

「優しい目で見守ってくれたら、ヤシロ嬉しい☆」

「やめてください。折角胃に収めたパンを大地に還しそうになりますので」

「吐きそうとか、ひどぉ~い! ヤシロし・ん・が・い!」

「ヤシロさん、やめましょう。ね? ね!」

 

 アッスントの顔色が心底悪くなってきたのでいい加減にしておく。

 結構可愛いと思うんだけどなぁ……

 

「……ヤシロ。完売」

「こっちも売り切れたです、お兄ちゃん!」

「ホットドッグもソールドアウトだよ」

 

 こちらの隠し玉を売りつくした三人娘がにこにこと集まってきた。

 こういう調理法があると知っていれば、家でやってみようと思うヤツが現れる。そうすればパンの売り上げは上がるだろう。

 

 だから、この隠し玉三種のレシピを公開しようと思う。

 それでパンの売り上げが上がって、貴族なんかがこぞって食うようになってくれれば、教会は収入が増えて万々歳だろう。

 

 だから、すみっこの方でひっそり息を潜めているような四十二区のことなんか一切見ないでいてほしい、いや見ないでいてくれることだろう。うん。

 

 見渡せば、会場中にあったパンはすべてなくなっていた。

 いくら大量に用意したと言っても、四十二区に、二十九区や四十一区からも人が押し寄せていたのだ。とても足りる量ではない。

 

 これだけの人間を満足させるほどのパンを集めるのは難しいのだ。

 金銭的にも、生産力的にも。

 

「食い足りないヤツは、この次パンが焼かれる日にでも購入してくれ」

 

 それがいつになるのか。それは教会の匙加減一つ。

 そうそうないことだろうが、教会の不興を買えばパンの製造を中止するという強硬手段を取られることも、まぁないとは言えない。

 

 この街でのパンというのは気軽に食べられるものではないのだ。

 メロンパンが500円だしな。高いわな。

 

 だ・か・ら。

 

 さっき俺が口にした言葉。

『食い足りないヤツは、この次パンが焼かれる日にでも購入してくれ』の、続きを話す。

 

「――もしくは、よく似た美味しい~ヤツを食べればいいんじゃないかな?」

 

 合図を出すと、ギルベルタが大きな荷車の蓋を開く。

 そして、ジネットが荷車から陽だまり亭の新商品を一種類ずつトレーに載せてよく見える位置へとやって来る。

 マグダとロレッタも、ジネットの後ろに控えて臨戦態勢だ。

 

 会場中のパンが消え、それでもまだ帰るには惜しいとこの場にとどまっていた多くの観衆の目が、今ジネットへと集中する。

 ジネットの持つトレーへと。

 

 そこに並べられた、少しだけクタッとした外観のパンによく似た食べ物。

 そう。こいつは――

 

「これは、陽だまり亭の新メニューのドーナツだ」

「ドーナツ……ってあの?」

 

 と、エステラが指で空中に輪っかを描く。

 そうそう。そのドーナツだ。

 ただ、現在陽だまり亭で取り扱っているものとは少々趣が異なる。

 

 菓子パンが誕生し、その味に、食感に感動した後だからこそ、きらりと光る新しいドーナツ。

 

「エステラ、これを食ってみろ」

「うわっ、なんかベタベタするよ!?」

「いいから、食ってみろ」

「う、うん……あ~ん…………………………うまっ!?」

 

 エステラの肩が震え、体がのけぞる。見事なオーバーリアクション。お前グルメレポーターになれるぞ。

 

「ヤシロ、これって……アンパン?」

「いいや、あんドーナツだ!」

「あんドーナツ?」

「こちらはクリームドーナツで、こちらがチョコクリームドーナツです」

「物凄く菓子パンに似ているんだけれど?」

「何を言う、エステラ。まったくの別物じゃないか」

 

 ドーナツはオーブンでは焼かない。

 油で揚げて作るのだ。

 なのでこれは教会の定めるところの『パン』には該当しない。

 

 たとえ、見た目や味がとってもパンに似ていたとしても、これは紛れもなくドーナツであり、間違ってもパンではない。

 なので教会の領分は一切侵していないし怒られる要素は皆無!

 それでも文句を言ってきたりしたら……ヤシロ怒っちゃうゾ☆

 

「みなさん、どうぞ召し上がってください。種類がありますので、お好きな物を」

「はいはーい! こっちはロレッタちゃんお勧めのクリームドーナツですよー!」

「……あんドーナツは、ちょっと、すごい」

「食べてほしい思う、私も。この味を、多くの者たちに」

 

 ギルベルタも交えた陽だまり亭の面々が観衆にドーナツを配り歩く。

 ドーナツを口にした者たちからは次々に「美味い!」「美味しい!」という声が上がる。

 菓子パンの後に一回ホットドッグやピザトーストを挟んだから、口の中の甘さもリセットされていただろうし、ちょうどいい塩梅だっただろう。

 

 甘いのが続くと重いからな。

 

 何種類ものドーナツを食べ比べ、わいわいと盛り上がる観衆たち。

 そんな中で浮かない顔をしているのがウチの領主様だ。

 

「君はまた……こんな際どい抜け道を……」

 

 エステラが重いため息を吐く。

 若干顔色が悪いのは「もし教会に目をつけられたら……」という危惧からか?

 だから、教会の売り上げに貢献してやろうってんじゃねぇか。ピザソース、独占しないでレシピを公開してやるんだからよ、それで食パンを大量に売れよ。行商ギルドも潤うし、農業ギルドだって仕事が増える。いろんな分野の人間がハッピーになれる方策じゃねぇか。

 

 俺は、基本的に他人の利益を羨まない。

 それが、こちらの損益に繋がらないうちは。

 他所が儲けるなら、好きなだけ儲けていればいい。

 他者を蹴落としたところでこちらの利益が上がるわけではない。長期的に見て厄介ごとを持ち込まれないことこそがこちらの損益防止になる。結果利益につながる。

 

 なら惜しまないさ、知識くらい。

 

 だから、な?

 パンじゃなくてドーナツなんだから、セーフだろ?

 

「もし文句を言われたら……」

「そうすれば調理過程を見せてやればよいではないか」

 

 エステラの危惧を、ルシアは笑い飛ばす。

 そうそう。一切石窯使ってないから。

 

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