「今度は何を企んでいるんだい?」
「企むだなんて…………俺がそんなことするように見えるか?」
「見えるわっ! そうとしか見えないと言っても過言ではないわいっ!」
まったく。いつまでたっても険のあるヤツだな。
「どうする気だい? 今回は『楽しい雰囲気でこっちの要求をのんでもらおう大作戦だ!』とか言ってたのにさ。空気最悪じゃないか」
「難しいよなぁ……ほら、俺って、巨乳としか打ち解けられないからさぁ」
「それはおそらくボクに対する何かしらの皮肉なんだろうけれど、それを認めるとボク自身の非巨乳を認めることになるから意地でも認めない」
「ごちゃごちゃうるさいよ! 一体なんなんだい!?」
時刻は早朝五時過ぎくらいか。
空は暗く、街はまだ眠りの中にいる時間帯だろう。
「大声出すなよ。近所迷惑なヤツだな」
「誰のせいだい!?」
そりゃお前、お前をきちんと教育しなかったお前の母親か、でなければ……
「……ウーマロ?」
「久しぶりッスね、この流れ!?」
普段着ない衣装を身に着けてテンション上がってるんだろうな。
ウーマロがノリノリだ。
「用がないなら帰っておくれ。アタシはあんたらと話すことなんか何もないんだ」
「用ならある。あるから来たんだ」
「こっちにはないね」
「なんだよ、事前に言っておいただろう? 『また来る』って。約束は守らないとカエルにされちまうからな」
「時間と状況を考えなっ!」
「鱗粉、飛んでんぞ」
「…………っ、飛ばしてんだよ!」
そんな「当ててんのよ!」みたいな言い方されてもな……
「それじゃあ、正式にお誘い申し上げるとするかな」
「な、なんだい、改まって……気持ち悪いね」
俺は紳士のような振る舞いで、バレリアに手を差し出す。
「付いてきてほしいところがある。きっと、お前たちが望んでいる光景が見られるはずだ」
「…………」
差し出した俺の手をジッと見つめ、バレリアは無言を貫いた。
ただ、どんな感情の表れなのかは分からんが、触角が忙しなくぱたぱた動いていた。
「ふ、ふん……誰があんたの誘いになんか……舐めんじゃないよ、クソガキが。アタシを誘おうなんざ、十年早いね!」
と、変態タイツマンに陥落した女が言う。
このツンデレ……きっとチョロいんだろうな。
「そう言わずに……一緒に花園へ行ってくれませんか、お嬢さん」
低音のダンディな声を意識して発すると、バレリアの体から鱗粉が「ぶゎっさぁ!」と飛散した。ってこら! 飛ばすなっ!
「し、ししし、仕方ないねぇ、ちょ、ちょっとだけだよっ!」
心が揺れ動いてるー!
ぐらんぐらんだな!?
「……ヤシロ。ボクは君が怖い」
「俺も、まさかここまでチョロいとは思わなかったよ……」
ホント、少しだけ心配になるよ。虫人族の素直さって。
「待て待て待てぇーい!」
オーダーメイドの服を着て、チボーが家から飛び出してきた。
怒っているのか、鱗粉が飛びまくっている。
「カーちゃんに手を出すと、ワシが承知せんぞっ!」
「あんた……」
チボーは、バレリアを背に庇うようにして俺の前へと立つ。
「別にバレリアをどうこうするつもりはねぇよ。ちょっといい物を見せてやろうってだけさ。お前も一緒に来いよ」
「ダメじゃ! そうやって甘言にかどわかされて、一体どれほどの亜系統が涙を流したか…………っ!」
拳を握り……俺たちが怖いのか、その拳はガクガクと震えていたが……力強くチボーは啖呵を切った。
「カーちゃんはワシが守る!」
「あんた…………二十数年ぶりに……カッコいい……ぽっ」
あ~、もう年配のイチャラブお腹いっぱいなんで。やめてもらえるかな?
つか、無理やりにでもやめさせる。
「チボー……」
「なんじゃい!? どんなことを言われようと、ワシは引き下がらんぞっ!」
「……四十二区での、謎の一泊」
「カーちゃん! この男はな、こう見えてなかなか紳士的なヤツ……いや、お方なんじゃよ! ワシが保証する! 付いていこうじゃないか! きっといいことがある! いや、なくても行こう! な? カーちゃん!? 頼むからっ!」
チボー陥落。
「……ヤシロ」
なぁ、エステラ。
そんなため息交じりで俺の名前呼ぶのやめてくんない? これってみんなのためじゃん? 俺、頑張ってんじゃん?
つか、名前呼んどいてその後何も言わないのってなんなの?
「バレリアさん。もしお暇でしたら、本日、少しだけお時間をいただけませんか?」
「う…………むぅ。しかしねぇ……」
ジネットが敵意のない顔でバレリアに話しかける。
バレリアも、ジネットには強く出られないようで、言葉を濁している。
ジネット。お前のそのほんわかオーラ、チート過ぎない?
俺も欲しいわぁ、それ。
「……分かった。付いていってやるよ」
「カーちゃん…………助かりますっ!」
「なんであんたがいの一番に礼を言うんだい!? 訳の分かんない亭主だねぇ、まったく!」
なぜかって?
それはな、お前の返事如何によって、チボーの命が闇へと葬り去られることになるからさ……他ならぬ、お前の手によって。
「それで、こんな朝っぱらからどこへ連れて行こうってんだい?」
「さっきも言ったと思うが、花園だ」
「……こんな朝早くに、花園で何をしようってんだい?」
「ん? あぁ、いや。今はまだ準備中だから、そうだな……十時くらいになったら出掛けようか」
「じゃあなんでこんな朝早く来たんだい!?」
いや、だって。
時間ぎりぎりに来て、留守だったとか、シャレにならないじゃん?
こっちは物凄い人員を動かそうとしているわけで……「中止でーす!」とは行かないんだよ。
「予約だ!」
「あんたはもうちょっと、常識と礼節を身に付けな!」
「君は、ヤシロに『死ね』と言うのかい!?」
「ヤシロさんにはそんな高度なこと不可能ッス!」
「出来るのであれば、とうに拙者らで……!」
「世の中な、諦めってのも肝心なんだぜ、奥さんよぉ」
「よぉし、エステラ、ウーマロ、ベッコにウッセ。一人ずつかかってこいや、相手になろう」
常識と礼節くらい弁えとるわ!
弁えた上で、「あ、こいつらには必要ねぇや」って判断してんだよ!
「じゃあまぁ、参加が決まったってことで……ジネット、エステラ」
「はい!」
「待ってたよ」
ジネットとエステラが左右からバレリアを挟み込む。
手には大きな袋。袋には、ウクリネスの店の紋章が入っている。
「な……なんだい、あんたたち?」
にじり寄るジネットとエステラに、バレリアが身を引く。
チボーは、もう完全に妻を助けることは放棄したようだ。隣で直立している。
さぁ、バレリア。観念してもらおうか。
「やっておしまいなさいっ!」
俺の合図で、ジネットとエステラがバレリアに襲いかかった。
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