……で、日が昇って十時頃。いい頃合いだ。
「なんなんだい、まったく……こんなピラピラした服っ!」
バレリアが不機嫌そうに不満を撒き散らす。
…………と、見せかけて、物凄く嬉しそうに顔をほころばしている。
素直じゃねぇなぁ、本当に。
「カーちゃん…………綺麗だ」
「ばっ!? な、何言ってんだい!? 人様の前で、恥ずかしい亭主だねぇ、まったくっ! ………………でも、嬉しいよ。ありがとう」
あぁっ! だから、もうお腹いっぱいなんだって、ご高齢のイチャラブは!
ウェンディー! セロンー! もうこの際お前らでいいから、フレッシュなイチャラブ見せてー!
「けどまぁ……この履き物の音は、割と好きかもねぇ」
カラコロと、バレリアが下駄を鳴らす。
「よくお似合いですよ、その浴衣」
ジネットが言うように、バレリアの浴衣姿はなかなか見栄えのするものだった。
古き良き日本を思い起こさせる、趣のある仕上がりだ。
これを着てやることといったら、アレしかない。
「カ、カーちゃん!? あっち! なんかやってるよ!?」
花園の異変に、チボーが気付く。
いつもは虫人族たちの笑い声と甘い花の香りに満ちている花園が、今日は香ばしいソースの香りと、ドンドンという太鼓の音に満ちていた。
そう!
お祭りin三十五区だ!
レッツ、三十五区カーニバル!
「……なんだい、こりゃあ」
花園に到着すると、祭りの雰囲気が一気に視界を埋め尽くす。
やぐらに屋台。そして、その周りを楽しげに行き交うのは、浴衣に身を包んだ虫人族。
今日のイベントに合わせて、ウクリネスに用意してもらった有翼人族用の浴衣だ。
そして――
「遅かったな、カタクチイワシよ」
ルシアをはじめとした、『触角を生やした』人間たちだ。
「りょ、領主様に、触角が……」
バレリアは目を剥いて、辺りにいる人間に視線を巡らせる。
虫人族が浴衣で着飾り、同じ服に身を包んだ人間たちが、虫人族のような触角を頭から生やしている。
その光景は、自分たちを亜種だ亜系統だと思い込んでいる連中の、凝り固まった固定概念を揺るがすには十分過ぎるものだった。
現在ここにいるのは、シラハのとこのアゲハチョウ人族と、カブリエルたちの引っ越し屋連中。そして、そいつらの連れや、俺たちの考えに賛同してくれた連中だ。
あとから花園に訪れた虫人族も、希望すれば浴衣を貸してもらえる。
人間も、希望者には触角を贈呈してやる。
……かくいう俺も、アメリカ大陸の先住民の英雄的な、立派な羽飾りで隠してはいるが……頭に触角カチューシャを装着しているのだ。…………させられたんだよ。ジネットとミリィの、無言の圧力によってな。……キラキラした目で見やがって、くそ。
「おらおらぁ! 太鼓を鳴らせぇ、ヤロウどもぉー!」
「「「へい、親方っ!」」」
「川漁ギルドに負けんじゃねぇぞ、お前ぇらぁ!」
「「「オッス! 代表!」」」
川漁ギルドと狩猟ギルドの連中が競い合うように太鼓を打ち鳴らす。
デリア、張り切ってるなぁ。
「ベビーカステラいかがですかぁー!?」
「四十二区名物、魔獣のソーセージ! 美味しいよー!」
「……通はまず、たこ焼きを食べるべき」
四十二区の名物料理が屋台に並ぶ。
威勢のいい看板娘の声が見物客たちの購買意欲をそそる。
「期間限定、ネクター味のポップコーンやー!」
「ぁの……ね、ねくたーの飴も、ぁ、ありまぁ~すっ!」
ハム摩呂とミリィが、三十五区とのコラボ料理を振る舞っている。
お代は結構! 花園の花の蜜は商売には使用しない。
その代わり、費用は全部領主持ちだ。
日課なのか、それとも賑やかな音に誘われたのか。
花園に、三十五区の虫人族たちが続々と集まってくる。
みな一様に、目新しい料理に目を奪われ、触角を生やした人間に驚き、可憐な浴衣に羨望の眼差しを向けている。
そこには、人種の壁などなかった。
ただ、今を楽しもうというキラキラした目をした連中がひしめいているだけだ。
「こんなことが……」
目の前の光景が信じられないといった風に、バレリアは息を漏らす。
「あり得るさ」
バレリアが否定しかけた言葉を、先に肯定しておく。
こんなことはあり得ない、なんてことは言わせない。
「これが普通なんだよ。誰も、なんも変わらない」
虫人族たちが恐る恐ると、それでも興味津々とばかりに花園へ入ってくる。
こちらが用意したスタッフに誘導され、浴衣を着る者も出始めた。
こうやって、互いにいいものを吸収して、真似していくんだ。
そして、そんな交流から新しい文化が生まれる。
「もういい加減、つまんない線引きはやめにしようぜ」
クイッと、アゴで花園の中ほどを指してやる。
バレリアとチボーが揃って視線を向けた先には……
「はい、オルキオしゃん。あ~ん」
「あ~ん…………ん~、おいちぃ~よ、シラぴょん」
桃色空間に包まれたジジイとババアがイチャついていた。
「「シ、シラハ様!?」」
シラハが人間とイチャイチャしている。
それは、こいつらにとっては衝撃的な光景なのだろう。
……その前に、シラハの激ヤセに驚けよ。
よく認識できるよな、あの激変ぶりを目の当たりにしてさ。
「これは、一体…………あんた、何をしたんだい?」
「簡単なことだ」
賑やかに騒ぎ出す、花園にいる連中を指して、俺ははっきりと言ってやる。
「みんなで一緒にバカ騒ぎした方が、絶対楽しいだろってことを教えてやっただけだよ」
浴衣を着た虫人族が、触角を生やした人間におすすめの花の蜜を教えてやっている。
屋台でたこ焼きを買い、食べ方を教わったり、半分こしたりしている。
俺にとっては当たり前の、こいつらにとっては衝撃の風景が、そこにはあった。
「お~い! ヤシロの兄ちゃんよぉ!」
花園の外から、カブリエルが大きく手を振って俺を呼ぶ。
「試し打ち、していいかぁ!?」
「おー! よろしく頼むぜ!」
朝の打ち上げ花火。
美しさはいまいちかもしれんが、あの爆音はこの場にいる連中全員の度肝を抜くだろう。
本物は、結婚式当日までお預けだ。
「あんた、今度は一体何を……っ」
バレリアが言い切る前に、三十五区の上空に炎の花が咲く。
土手っ腹に響くような爆音が轟き、その場にいた全員が一斉に空を見上げる。
空には、白い煙がプカプカと浮かんでいた。
「夜に見るアレは、すげぇ綺麗だぞ」
「…………理解が追いつかないね……」
理解を超える出来事が次々に起こり、バレリアが眉間を押さえる。
難儀なヤツだな。
この雰囲気を楽しめばいいだけなのに。
「今打ち上げたのは花火って言ってな。お前たちの協力が無ければ作れないものなんだ」
「アタシらの?」
「あぁ。ウェンディの結婚式で完成品を見せてやるから、協力してくれよな」
「だ、誰が…………そもそも、アタシは、まだそんなもん認めたわけじゃ……」
「お母さんっ!」
厳めしい顔を逸らしたバレリア。
そんなバレリアを呼ぶ声がする。
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