「あ、そうでした。デリアさんといえば」
ジネットがたい焼き片手に手をぽんと打つ。
尻尾を摘ままれたたい焼きがゆらりと揺れ、その向こうで大きな膨らみがぽぃんと揺れる。
「ふむ……揺れたな」
「どっちがさね?」
「……愚問」
「聞くまでもないです」
俺の背後から質問と回答がテンポよくもたらされるが、そちらは無視しておく。
ジネットが何かを言いたそうにこちらを見ている。聞いてやらねば。
「人の話を聞く時は視線を合わせるのが礼儀だが、照れて視線を合わせられない時は首の下あたりを見ていればいいんだっけな?」
「鼻の上あたりさよ!」
「……乳をガン見は尚失礼」
「そっちの方こそが照れるべき事由です」
俺の問いにテンポよく回答が返ってくるが、まぁ、それらも無視しておく。
鼻の上なんぞを見て何が楽しい。
「それで、デリアがどうしたって?」
「あの、ヤシロさん……もう少し視線を上げてくれませんか?」
「ごめん。視線が谷間に挟まって抜け出せないみたいだ」
「ヤシロさんっ」
やや強くなった語調に視線を上げると、ジネットが両頬をぷっくりと膨らませていた。
あれ、俺なんかいいことしたっけ? 今、ご褒美的なものもらってる気がするんだけど。
目の前にぷっくり膨らんでいる物があれば押したくなるのが人間というもので……
俺は膨らんだその両頬を親指と人差し指で押し潰した。
「ぷしゅ」と、ジネットの口から空気が漏れ、ジネットの顔が真っ赤に染まる。
「ふにゅっ!? も、もう、もう! なにするんですか!? わた、わたしは怒っているんですよ、むぅ!」
あれ? 俺やっぱ、なんかいいことしたっぽいな。
すごく可愛いものが目の前で展開されている。
「こんなに緩みきった男の顔ってのも、なかなか見れるもんじゃないさね……」
「……店長は一挙手一投足、すべてが萌え要素」
「無自覚なのがさらに凶悪です」
「も、もう。みなさんも変なこと言わないでください。わたしは怒っているんですよ」
自称「怒り」という名の「癒し」を辺りに振りまくジネット。
ノーマなんか、仕事で溜まった疲れが癒されていくような顔をしている。おそらく、マイナスイオンでも出ているんだろう、ジネットから。
「むぅ! もう、デリアさんが『足漕ぎ水車の回転が悪くなってガタガタし始めたから見てほしい』って言いに来たこととか教えてあげませんもん!」
「えっ、もうガタついてんのか足漕ぎ水車?」
「ヤ、ヤシロさん、どうしてそのことをっ!?」
「あれ? 店長さんって、こんなに天然だったかぃね?」
「……ノーマは店長の天然を過小評価している」
「店長さんの天然は、四十二区随一です」
「そ、そんなことないですよ!?」
やはりというか、ジネットと長くいると、その天然振りを目にすることは多くなるようで、マグダもロレッタもきちんとその辺を理解していたようだ。
俺がいない時でも散々やらかしたんだろうなぁ。容易に想像できるぜ。
「ジネット……お前がナンバーワンだ」
「そんなことないですっ!」
むぅむぅと、腕をふりふり、たい焼きをゆらゆらさせるジネット。
「確かに、ちょっと……のんびりしているところは、ありますけれど……」
ちょっと……か?
「で、でもっ、それならシスターだって!」
「もぐっ!? もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐぐ!」
矛先を母へ向けるジネットと、それを否定している――らしいベルティーナ。
あぁ、うん。ベルティーナも相当なもんだよな。「もぐもぐ」で否定できてる気になってるあたりが、特に。
「もぐもぐ……ごくん。私は、ジネットほどおっちょこちょいさんではないですよ」
「シスターは以前、『頭上注意』の看板に頭をぶつけていました!」
うわぁ、おっちょこちょいだ。
「そ、それなら、ジネットだって。干したお布団をしまいに外に出たら、思いの外日差しが気持ちよくて、ちょっと街道を散歩したくなって、散歩を楽しんだ挙げ句にお布団をしまい忘れて家に入っていったではないですか!」
おっちょこちょいだ!?
「それならシスターだって!」
「やめるさね、二人とも。……ヤシロがなんだか癒されてるさよ」
「はぅっ!?」
「ヤ、ヤシロさん。笑わないでください! 私はおっちょこちょこちょいではありませんので!」
「おっちょこちょい」がまともに言えないくらいにおっちょこちょいなベルティーナ。
なんだろう、この母娘。見てると癒やされる。
「……ノーマにも、そういう癒されエピソードが存在すれば……」
「ですねぇ。男性はそういうのに弱いそうですし、もう少しくらいは……」
「何が言いたいさね、マグダとロレッタ!? アタシにだってあるさよ、可愛いおっちょこちょいエピソードくらい!」
なぜかムキになるノーマ。
しかし、ノーマのおっちょこちょいエピソードは聞いてみたい。
さぁ、聞かせてもらおうか!
「えっと……アタシが前に、お手洗いにお花を飾ろうとした時の話なんさけど」
「……キャラを履き違えるという、高度なおっちょこちょい」
「妖艶とメルヘンは共存できないです!」
「うるさいさね! そこはどうでもいいんさよ!」
メルヘンでセクシーなノーマのことだ。
きっと「花で飾る」ではおさまらず「埋め尽くす」くらいまでいってしまったのだろう。……おっちょこちょいめ。
「ちょっと夢中になって、気が付いたらお手洗いが花に埋まっていたんさね……」
な?
「で……数週間して、花が枯れたら…………その後に夥しい数の虫が……っ!?」
「「「ぎゃああああ!?」」」
想像しちまった!?
物凄いぞわぞわした!
「おっちょこちょいの範疇超えてるです!」
「……マグダは金輪際ノーマの家のお手洗いを使用しない」
「違うんさね! 自分の色を出したくて、ミリィに許可をもらって森に採りに行ったんさね! 自分の思うままに花を摘んでいたら、大量に虫を呼び寄せる系の花がいくつも含まれていたって、後日ミリィに聞かされて……」
「詳しい説明いらないです!」
「……ノーマ、ちょっと離れて」
マグダとロレッタがノーマからスススッと距離をとる。
俺も、半歩下がる。
えぇい、ぞわぞわするっ。
「まったく癒されなかったです」
「……店長との明確な差は、そういうところに出ている」
「美人で気立てがよくて巨乳でも独り身なのには理由があったです」
「……天然は、微笑ましいレベルを超えると害悪」
「散々な言われようさね!?」
思いがけず、ノーマの秘密を垣間見てしまった。
天然って、許される範囲ってのが、あるよな。うん。
「やっぱり、店長さんがナンバーワンです」
「……クイーンオブ天然」
「う、嬉しくないですよ!?」
「害のない天然は誇るべきです!」
「誇れません!」
「……歩く萌え要素」
「そんなことないですもん!」
「最強おっぱい」
「ヤシロさん、懺悔してください!」
また俺だけ……
からかわれて顔を真っ赤に染めるジネットを眺めているのも乙なものなのだが……
その向こうで不服そうにむくれるベルティーナと、悲しそうに肩を落とすノーマが視界に入って……微妙な気持ちになる。
その後、ジネットは照れ隠しから、ベルティーナは元気を取り戻すために、ノーマは傷付いた心を癒すために、それぞれが同時にたい焼きへとかぶりついた。
たい焼きには、心を落ち着ける要素がある――のかも、しれない。
いや、ないけどな。
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