「エステラ。『宴』の開催は何日後だ?」
「三日後だよ。ルシアさんと『BU』の領主たちの日程を押さえといたよ」
領主が八人も来るのか……めんどくせぇなぁ。
それに、マーゥルも来るし、下手したらデミリーやハビエルまで来るかもなぁ。
「ベッコ。通路はあとどれくらいで完成する?」
「あと四日……と言いたいところでござるが、あと二日半で終わらせてみせるでござる!」
「セロンとウェンディもなんとかなりそうか?」
「はい! 集光レンガも、両区の出入り口に設置する蓄光レンガも、間に合わせてみせます」
「トルベック工務店とハムっ子は全力でベッコたちの手伝いを頼む」
「もちろんッス!」
「で、ウーマロとヤンボルドとグーズーヤとハム摩呂他数名は遊具の設置だ」
通路の総指揮はベッコが執っている。
指示さえあれば大工は動く。ウーマロをベッコの下に付けておくのはもったいないので、別の仕事を振るのだ。
エステラが四十二区の地図を広げる。
遊具を設置するのは全部で四ヶ所。
教会に小さな遊具を。そして、ニュータウンに規模の大きな公園を作る。
他に大通り沿いで、大広場とは反対側の端に公園を作る。大広場は露天が出たりするからガキの遊び場にするわけにはいかないのだ。なので、反対側に作る。
で、東側にも一つ大きな公園を作る。
こちらは広い土地を利用して運動公園のようなものを計画している。
街道から気軽に行ける、緑を満喫出来る公園。
ネフェリーが地味だと言った東側に、新しい憩いの場を作るのだ。ホント、地味だったからな、東側。
「東側にも作ってくれるの!?」
「大通りにも!?」
「その予定だよ」
この計画を打ち出したのはエステラだ。
実は、デリアのところに作った足漕ぎ水車が、一部でトラブルを引き起こしていたのだ。
簡単に言えば、川から遠い場所に住んでいる子を持つ親が「あんな遠いところに通わされるこっちの身にもなってくれ!」と、領主に直訴してきたのだそうだ。
ガキはなんでもかんでも羨ましがる。するとそこに不公平が生まれる。
大人なら『仕方ない』で済ませられることでも、ガキとなると……な?
で、そんなガキの悲哀ってのを放っておけないのが、この区の領主なんだ。
結構な金を注ぎ込みやがった。
土地を買って、遊具に必要な木を買って、ウーマロたちを駆り出して。
「順番に、ってことにはなるけどね、さすがに」
「ううん! すごく嬉しい!」
「うん! 近所の子たち、きっと喜ぶよ!」
「あんた、やっぱいい領主さねぇ!」
「さすが、あたいらの領主だな!」
エステラにじゃんじゃん飛びついていく女子たち。
エステラの顔がノーマやデリアの『ダイナマイツ!』に埋もれる。
……羨ましい!
くそっ、俺が言い出したことにしておけばよかった。
「実はその案を出したのは、何を隠そうこのオオバヤs……」
「ヤシロさん。懺悔してください」
ちぃっ!
「本当に、素敵な街ですね。私たちの四十二区は」
騒ぐ連中を見つめ、ベルティーナがそっと顔をほころばせる。
こうまでやかましければ、普通顔をしかめそうなものだが……
「まるで、食い物を見ているような穏やかな顔だな」
「うふふ。そんなに『食べちゃいそう』な顔をしていましたか、私は」
いいや。
「いいなぁ~、好きだなぁ~」みたいな顔だ。
「俺がおっぱいを見る時のような顔だな」
「「懺悔してください」ね」
似たもの母娘にユニゾンで言われた。
同じ感情だと思うんだけどなぁ。
「遊具は、他の区に売り出せるいい商品になる。まずはニュータウンの遊具を完璧に頼むぞ」
「任せてほしいッス! 一回経験したッスから、よりよい物をお約束するッス!」
「じゃあ、ニュータウンより後に作る遊具は、もっとよくなるのね?」
「楽しみだなぁ~」
「え、あ、いや、あの、そ、そそ、そういう、わけけけ、じゃじゃ…………はいッス」
ぐんぐん上げられたハードルに、否定の言葉を述べようとしたウーマロだが、女子相手にうまく言葉が出て来ず、結局了承してしまった。
あ~ぁ。自分で自分の首締めてやんの。
「屋台の設置分手間が省けるから、なんとかなるよね、『棟梁』」
ぐいぐいとウーマロを追い詰めていく微笑みの領主。
ここであえて『棟梁』とか言っちゃうあたり……鬼だな、あいつは。
あれが優しいいい領主ねぇ。相手によるんだろうな、結局。
俺も、巨乳美女には優しく出来るが、ウーマロには無理だもんな。
「なんだか、オイラの扱いがぞんざいな気がするッス……」
「しょうがねぇだろ。俺もエステラも、巨乳が大好きなんだから」
「一緒にしないでくれるかい!?」
だってお前、ジネットにはすげぇ優しいじゃねぇか。
つまり、そういうことなんだよ。
「じゃあ、『宴』会場の設営班はこの資料を持って、前日にもう一度集合してくれるかい?」
「分かったッス。ウチの大工にはオイラから伝えておくッス…………と、伝えておいてッス」
「だってよ、エステラ」
「うん。聞こえてた」
これで、ウーマロとベッコとウクリネス、ウェンディとセロン、そしてノーマとイメルダが持ち場へと帰っていった。ハビエルは追い出した。
残ったのは、飲食関係の面々だ。
「今回は、工芸品とか土産物はなしだから、全部食い物の出店にするぞ」
「結構な数になりますね」
地図を見て、ジネットが出店の数を一つずつ指さして数えていく。
軽く二十を超える出店の数。そこからもう少し多くするつもりだ。
「新しく出来た料理が結構あるからな」
「麻婆豆腐に麻婆茄子ですね」
「ボクは、ピーナツバターが好きかな。ホットケーキに合うんだよね」
「……ドーナツ(各種)もある」
「甘いです! 肉まんこそがキングオブ新メニューです!」
「たい焼き美味しいよね! ビールには合わないけどね」
「綿菓子も、私好きだなぁ。ふわふわで可愛いし」
「リンゴ飴、結構美味かったよなぁ。あたいあれなら一日中かじってられるぞ」
ジネットはこだわり抜いた麻婆二種を、エステラは病みつきになっていた調味料を、マグダはケーキに続く人気商品を、ロレッタはジネットを驚かせた思い出の味を挙げた。パウラもネフェリーもデリアも、それぞれに好きな物を挙げる。
こうして列挙されると、随分とあるように感じるな。
「私は、甘酒が楽しかったです」
飲み会特有のあの雰囲気が気に入ったのか、ベルティーナは味ではなく楽しさを理由に甘酒を推薦した。
「ぁの……もぅ、終わっちゃ……った?」
そっと、陽だまり亭のドアを開けて、ミリィが入ってくる。
また花を頼んでいるのだが、森までその日に飾る花の下見に行っていたらしい。
飾る範囲を知るために寄ったのだろう。
「ミリィさん。最近の陽だまり亭の新メニューで、何が一番印象に残っていますか?」
「ぇ……ぅん……とねぇ……」
腕を組んで「ぅ~ん……」と頭をひねるミリィ。
なにあの可愛い生き物。持って帰りたい。
「ミリィって、食べ物に分類されないの?」
「連れて帰っちゃダメだよ」
「こちらでお召し上がりでも構わないが?」
「追い出すよ?」
横暴なり、微笑みの領主。
お前なんか、半笑いの領主になればいいのに
「ぁっ! ぁのね、みりぃね、こーんぽたーじゅすーぷが、ぉいしかった」
「あぁ、ポタージュもあったな」
「うふふ。最近は毎日注文があるので、すっかり定番料理のような風格ですね」
ソラマメを消費しようとして、ジネットが作り始めたんだよな。
残念ながら、コーンに主役の座を奪われてしまったわけだが。
「そこら辺を全部出そうとすると、結構屋台の数が必要になるよな」
「あ、あのっ!」
両手で拳を握って、ジネットが眉毛を「ぴくくっ」とつり上げる。
真剣な表情で俺に詰め寄ってくる。
「わ、わたしっ。今度はお店側にいたいです!」
料理を作りたい。
『宴』でみんなが飲み食いしている時に働きたいとは……とんだ社畜だな。
「あの、実はですね……お祭りの時は、わたしは陽だまり亭にいましたし、『宴』の時はお客さんで…………」
もじもじと、少し恥ずかしそうに、ジネットが上目遣いで俺を見つめてくる。
「出店で働いている人が、……ちょっと、羨ましかったんです」
「いや、お前、二十四区の教会でもやったろ。お好み焼きの屋台」
「あれは、その……お店ではなくて、賄いや朝の寄付のような雰囲気でしたし、すごく楽しかったのですが、それでも、なんと言いますか、お店とは違うと言いますか……」
「客が流動的で、来るかどうか分からない客を頑張って呼び込んだり、客足を見て仕込みしたり逆に控えたりと、そういう『商売』の駆け引きがしたいと?」
「はい! そうです。それです!」
行儀よく並んで、一人一回ずつの配給では物足りなかったのか……この社畜は。
言われてみれば、ジネットは毎日陽だまり亭での仕込みの量を、客足を見て調整してんだよな。あれ、楽しいんだ……分かんないなぁ、その感覚。相手が手のひらで踊ってるのを見てほくそ笑む、みたいな感じか? なら分かるが。
「『宴』の時のシスターが楽しそうで、ちょっとだけ、いいなぁ……って」
「うふふ。楽しかったですよ」
二十四区での『宴』は客が限られていたから、ベルティーナでもやり遂げられたのだ。
四十二区での『宴』となると、ベルティーナでは客を捌ききれないだろう。
ジネットが出店に立つのは、安心だな。
「じゃあ、盛大にその腕を振るってもらおうかな」
「はい! 任せてください」
やる気満々な様子で、ジネットが満面の笑顔を咲かせる。
今回の出店は、クオリティーが凄まじいことになりそうだな。
それから細々とした配置や料金設定、衛生面での打ち合わせが続き――
あっという間に、『宴in四十二区』の日がやってきた。
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