「お待たせしました。これが、ウチのトウモロコシです!」
ヤップロックが息を切らせて戻ってくる。
全身びしょ濡れだ。ちょっと出ただけでこれか……帰りが憂鬱だな。
ゴトリとテーブルに置かれたトウモロコシは全部で二十本ほど。
どれも小ぶりで硬そうだった。
まぁ、金が無くて品種改良とか土壌改善とか、そういうことも出来ていなさそうだし……この程度の品質のものしか作れないんだろう。
「…………………………ん?」
いや……待てよ。
これって…………
俺は、テーブルに置かれたトウモロコシを一つ手に取りじっくりと観察する。
この粒…………
「硬いでしょう? 茹でても焼いても、なかなか食べられるものではなくて……いや、お恥ずかしい」
「……硬そう」
マグダがトウモロコシを手に取り少しだけ残念そうな表情を見せる。
生で食おうとすんじゃねぇよ。
「これをそんな風に食いたいんだったら、未熟なうちに収穫しなきゃダメだぞ」
「そうなんですか?」
俺の言葉に、ヤップロックが目を丸くする。
このトウモロコシは、完熟してしまうと皮が硬くなり食えたものじゃなくなる。
「それじゃあ、今ウチにあるヤツはみんなダメですね……完熟させてしまった上に、腐らないように天日で乾燥させてあるんですよ……」
「乾燥させているのかっ!?」
思わず声を上げてしまった。
ヤップロックが体を小さくして、今にも泣き出しそうな顔をする。
「は、はい……鳥のエサにするには粉にする方が都合がよくて……それで、粉にしやすいように乾燥させてしまったんです、すみません、すみません!」
半泣きで謝り続けるヤップロックの両肩を、俺は力任せに掴む。
「ひぃいっ! 申し訳ございませんっ!」
「でかしたっ!」
「………………へ?」
気の抜けた目で、ヤップロックが俺を見つめる。
なんて顔してんだよ。もっと誇れよ。
お前、いい仕事したんだぜ。
「その粉、見せてくれるか?」
「え……あ、はい! ただいま!」
ヤップロックが全速力で家を出て行く。
なんでかウエラーまでもが一緒になって家を出て行ってしまった。
夫の不祥事を妻が庇おうとでもいうのか? 不祥事でもなんでもないのだが……
「ヤシロ。説明してくれるかな?」
黙って事の成り行きを見守っていたエステラが静かに口を開く。
「鳥のエサで、どうしてそんなに喜べるんだい?」
「鳥のエサじゃねぇ。人間様の主食だ」
「主食、ですか?」
ジネットも不思議そうな顔をこちらに向けている。
「そもそも、トウモロコシというのはイネ科の植物で……まぁ小麦や米の仲間なんだ」
「……けど、硬い」
マグダが憎々しげにテーブルの上のトウモロコシを指で転がす。
「だから粉にするんだよ」
「にしても、その喜びようは普通ではない気がするんだけど?」
そりゃそうだろう。
抱えていた懸案事項が二つ同時に解決したんだからな。
「ったく、ウーマロの野郎。紛らわしいことしやがって」
思わず悪態を吐いてしまった俺を、誰が責められるだろうか。
ウーマロがスウィートコーンを持ってきて「四十二区にもトウモロコシがある」なんて言うから、俺はてっきりスウィートコーンの話だとばかり思い込んでいた。
違ぇじゃねぇかよ。
「このトウモロコシは、フリントコーンだ」
「フリント……何か違うんですか?」
「何もかもが違う」
雨傘と日傘くらいの違いがある。
使用用途がまるで違うのだ。
スウィートコーンは皮が薄く、糖分も多く含んでいるため、茹でたり焼いたりして食べるのに適している。だが、皮が薄過ぎるために乾燥させるとカサカサに干からびてしまい、製粉することは出来ない。
フリントコーンは逆に皮が厚く硬い。だから齧りついて食べるのには適さないが、しっかり乾燥させることが出来、製粉に向いているのだ。
そして、粉になるということは……
「トルティーヤが作れるぞ!」
「『とるてぃーや』?」
ジネットは、また不思議そうな顔をして小首を傾げる。
不思議がっていろ。お前がそういう顔をするとうまくいくフラグが立つのだ。
「俺のいた世界のとある地域で主食として食べられている、パンのようなものだ」
「トウモロコシのパン……ですか?」
「まぁ、そんなところだ」
トルティーヤが作れるのであれば……
教会が規定する、『小麦を使用した生地を石窯で焼くもの』から外れる。
小麦ではなく、トウモロコシを使うのだから。
「お待たせしました!」
ヤップロックが大きな袋を担いで戻ってきた。
ウエラーはその袋が濡れないように大きな獣の革で雨をよけていた。
なるほど、粉だから濡らさないようについていったのか。よく気の回る嫁だ。
……少し女将さんを思い出す。
二人で苦労をしてきたんだろうな。
だが、喜べ。
お前らの苦労は今日までだ。
俺は袋の中に詰められたトウモロコシ粉を手に取る。
……よし、これならいけるな。
「ヤップロック」
「は、はい!」
「明日からこの粉を定期的に仕入れたい。製粉まで込みでお前に頼みたい。どうだ?」
「え………………も、もちろん! 喜んでやらせていただきますっ!」
ヤップロックの顔に、ようやく笑みが戻る。
そうだ、笑え笑え。
この粉は状態がとてもいい。
不純物も混ざっていないし、粒も揃っている。サラサラで上質のトウモロコシ粉だ。
色も香りもいい。
ヤップロックの仕事が丁寧である証拠だ。ウエラーが挽いた粉かもしれんが、そんなものはどちらでも構わない。
こいつらに任せれば、陽だまり亭では安定した、高品質のトルティーヤが提供できる。
タコスなんかを作れば人気になるかもしれない。
また、こいつをパンとして焼くことだって出来る。
これが、今現在この街では無価値として扱われているとは……
この街には、まだまだ『お宝』が眠っているかもしれないな。
「……ヤシロ」
「ん? どした、マグダ?」
マグダが俺の前までとてとてと歩いてきて、「んまっ」と口を開けると、口の中から粉が「ザラァ……」っと出てきた。
「……あまり美味しくない」
「まんま食うなよっ!? 捏ねて焼くの!」
「……食べたい」
「お前、どっかで狩りでもしてきたの? 何その食欲?」
「あの、わたしも……その『とるてぃーや』というものに興味があります」
「ボクも、是非食べてみたいね」
こいつらの食い意地は底が知れないな。
とはいえ……
「陽だまり亭に戻らなけりゃ焼けないぞ」
「戻りましょう! 粉は、私が持っていきますので!」
なぜか、ヤップロックが物凄く乗り気だ。
「私も見てみたいのです。ウチのトウモロコシが……必要とされなくなったウチのトウモロコシが、もう一度誰かに必要とされる姿を……」
まぁ、農家としては、そういう感情を持つのは当然かもしれんな……
「じゃあ、戻って焼いてみるか」
「はい! わたしもお手伝いしますね」
ジネットがこの上もなく上機嫌だ。
陽だまり亭の新メニューが増えそうで喜んでいるのだろうか。
「ヤシロさんは、やっぱりすごいです」
そっと手を合わせ、微かに唇に触れるように口元へ添える。
寒い時に手に息を吐きかけるような仕草で、合わせた手の中に呟きを落とす。
「ヤシロさんは……みんながなくしそうになった夢や希望を、思いもよらない方法でよみがえらせてくれる、魔法使いのような人です……」
とんでもない買い被りだ。
俺が使ってるのは魔法でもなんでもない。相手の心理をついた口先のテクニックだけだ。
所謂、『騙しのテクニック』だ。
こちらは限りなく広い視野で物事を捉え、相手の視野を限りなく狭くさせる。そういうやり方なのだ。
こんな種と仕掛けだらけのトリックもどきを魔法だなんて言ったら、それこそ詐欺だ。
「夢をよみがえらせてくれる……そうですね。ヤシロさんはまさにそんなお方です」
「おい、やめろ! その敬われ方はすげぇ気持ち悪い!」
「ゴミ回収ギルドは、夢再生ギルドです!」
「やめろぉぉおーっ!」
俺がそんな寒い団体を作ったと思われるのは心外だ!
なんだ『夢再生ギルド』って!?
三流詐欺師の作った詐欺団体か!? 寒過ぎるわ!
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