「ヤシロ様。ご指名の方をお連れしました」
夜道からスッと姿を現したナタリア。その傍らにはモリーがいた。
「モ、モリー!? お前、なんでここに……」
「兄ちゃんが、無茶するつもりだって聞いて…………」
「聞いてって……」
パーシーが俺を見る。
そう、俺がそう伝言を頼んだ。
「お前が早まった真似をするとは思っていなかったが、念のためにナタリアに監視を頼んでおいたんだ。そのついでに、モリーに伝言を頼んだ」
「監視…………全然気が付かなかった……」
「当然です。私はメイド長ですよ?」
いや、その肩書きはここで名乗りを上げるようなもんではないと思うけどな。
「モリー、お前…………知ってたのか?」
対面する兄妹。
モリーは立ったまま、俯いている。
微かに顔を上げると、小さく頷いた。
「……知ってた。兄ちゃんがやってること、全部…………」
「……なんで…………」
「毎日、工場稼働させてたら分かるよ、そりゃ……」
「…………え、マジで?」
アホだ。アホがいる。
こいつ、どこまでも隠し事が下手なヤツだな。
「ケアリーさん兄弟には、本当に申し訳ないと思ってる…………けど、兄ちゃん、私のために頑張ってくれてるの、知ってるから…………何も言えなくて……」
ぼとぼとと、モリーの瞳から涙が零れ落ちていく。
「……ごめんね、兄ちゃん。兄ちゃんにばっかりつらい思いをさせちゃって……」
「バ、バカッ! いいんだよ! 悪いのは全部オレなんだから! モリーが泣くことなんて何もねぇ! なぁ、そうだろ!? オレが悪いんだよな!? モリーには、関係ないよな!?」
すがるような目が俺を見つめている。
「な、なぁ、あんちゃん! 罰ならオレが一人で全部受ける! ケアリー兄弟に与えた損害も全部保証する! だから、モリーだけは見逃してくれねぇか!? こいつ、マジで何も悪いことしちゃいねぇんだよ!」
「違うっ! 兄ちゃんは私のために……私のせいで悪いことしてたんだよ! だから悪いのは私! 罰なら私が受けるべきなの!」
「そうじゃねぇよ、モリー!」
「兄ちゃんはバカなんだから黙ってて!」
「酷ぇよ、モリー!?」
その反省を、他人に指摘される前に出来ていれば大したものだったんだが。
「俺に知られなきゃ、明日も明後日も同じことをしていたんだろ?」
「…………そ、それは……」
「今お前たちがしているのは反省じゃない。後悔だ。バレて追い詰められるようなことをしてしまったと後悔しているに過ぎない。反省しているフリはやめろ。アリクイ兄弟に失礼だ」
「…………」
「…………」
バレてから口にする「ごめんなさい」は「申し訳ない」ではなく「許してください」の意味合いが大きい。それは、反省ではなく保身だ。身勝手な現実逃避だ。
「あの……ヤシロさん…………」
ジネットが、俺の隣にそっと歩み寄り、何かを言いたげな瞳で見つめてくる。
またそういう目をする……
「マグダ」
「……なに?」
アリクイ兄弟に実際会ったのは俺とマグダだけだ。
俺以外の人間の、客観的な意見が聞きたい。
「あのアリクイ兄弟は、不幸に見えたか?」
「……否定。この上もないほどに、幸せそうだった」
「あいつら喜んでたよな。自分たちの作物が売れて」
「……そして、たまに差し入れなんかを持ってきてくれる『いい人』に出会えたことも」
「あ、あんちゃんたち……一体、何を……?」
戸惑うパーシーに、俺は尋ねる。
とても根本的な問いだ。
「お前らが、あのアリクイ兄弟に、何か悪いことをしたのか?」
「……は?」
「誰も価値を見い出せなかった野菜の利用法を見つけて、街で唯一購入してやっていたのが、お前なんだろ? それのどこが悪いことなんだよ」
「だ、だから、それは……えっと、さっきも言ったろ? ケアリー兄弟が受け取るべき正統な利益を、オレが……横取りしたって……」
「価値? 売れもしない臭ほうれん草にか?」
「それは、本物の価値を知らないから……」
「知らなきゃ商品になんて出来ねぇだろうが」
「はぁ?」
パーシーが混乱したような表情で頭をかく。
そんなパーシーにアッスントが声をかける。
「少しいいですか、パーシーさん。我々商人は、商品の価値に対価を支払って売買しています。いくら秘められた価値があろうと、それを提示できなければその商品は無価値……こう言ってしまうと根も葉もありませんが……ゴミも同然です」
「ゴ、ゴミ……」
「そんな使えもしないゴミを、お金を出して引き取るようなお人好しを、私は一人しか知りません……んふふ」
アッスントがこちらに視線を向ける。
やめろ、見んな、キモイ。
「手にしたゴミをどう利用するかは、手にした方個人の問題なのではないでしょうか?」
「だ、だが……」
「もしそれでも良心の呵責に苦しむようでしたら…………そうですねぇ……とある方の受け売りで申し訳ないのですが……そのゴミの正しい使い方を教えて差し上げればよろしいのではないですか?」
「……正しい、使い方……?」
「えぇ。そうすれば、自分たちが作っている作物に価値があることも分かり、誇りも持てるでしょう。当然、作物の値は上がりますが、それでも貴族ほどまでは値を釣り上げることはないでしょう」
アッスントの意図が読めず固まるパーシーとモリー。
ただ、責められているわけではないということは察しているようで、モリーの涙は止まっていた。
「えっと……つまり…………どういうことだ?」
パーシーが頭をかき、こめかみを押さえ、腕組みをして空を仰ぎ……最終的にお手上げ状態で俺へと視線を向けた。
「『これまで黙っててごめん。実はそれはすごい作物なんだ。今度から適正価格で買うからこれからもよろぴくね☆』って言やあいいんだよ」
「だ、だけどよぉ……!」
「いいんだっつの!」
テメェがきっちりケジメをつけりゃ、あとはこっちが、文句なんて言う必要もないほどヤツらをバックアップしてやるっつってんだからよ。
「パーシー。お前の工場は明日から休みなしでフル稼働だ」
「は? え……うん?」
「ロレッタ、工場とアリクイ兄弟のところへ派遣できる弟妹を十人ずつ確保できるか?」
「はいです! 今月、年少組から年中組にクラスアップした子たちがいるです! もう働けるお年頃です!」
「アッスント。貴族からの締めつけを喰らっている弱小砂糖工場と、農地を無駄にさせている優良農家の洗い出しを頼む」
「はいはい。私のように心根の美しい面々をピックアップいたしましょう」
アッスントのように……だと、スゲェ不安だが。まぁ、こっちの意図は汲んでくれるだろう。ならよしだ。
「エステラ。貴族の抑え込みを頼む」
「無茶ぶりにもほどがあるよっ!?」
「ナタリア。エステラの応援を」
「フレーフレーお嬢様」
「そのまんま過ぎるよ、ナタリアッ!?」
最初の一ヶ月ほど貴族の目を逸らすことが出来れば、販売の土壌は構築できるだろう。
「ジネット」
「はい」
「パーシーが作る『新砂糖』の普及のために、陽だまり亭に新しいメニューを作りたい。許可してくれるか」
「はい。喜んで」
「あと、ベルティーナに話があるんだが」
「では、明日の朝一番にお話できるよう、お願いしておきますね」
許可を取らなければ販売できないからな。
まぁ、ベルティーナなら、即OKを出してくれるだろうが。なにせ、ベルティーナは甘党だからな。
「そして、マグダ」
「……なに?」
マグダが俺をジッと見上げてくる。
今日の昼、ジッと俺を見つめていたあの目で。
「これでいいか?」
頭に手を載せて、髪をくしゃくしゃと撫でる。
本当に珍しいことに、あのマグダが俺におねだりをしたのだ。
あの時。
アリクイ兄弟の畑で土下座をして、「妹を守りたい」と懇願したパーシーを見て、マグダは無言で俺を見つめてきた。
その瞳は如実に『彼らをなんとか助けてやってほしい』と物語っていた。
ジネットのお人好しが感染したんだな。俺にも多少は自覚症状があるし……やはりひとつ屋根の下に暮らすとそうなってしまうのだろう。パンデミックだ。もう手がつけられない。
なので諦めて、人助けくらいしてやる。
ただし、そのついでに俺に大いなる利益をもたらす仕組みは組み込ませてもらうけどな。
「砂糖が流通するようになれば、あいつらの生活は安定するだろうし、もう二度と、あんな真似をしなくて済むだろうよ」
「……ヤシロ。もしかして、マグダのために?」
まぁ、そういう節も、あるっちゃあるかもな。
「…………ヤシロ」
マグダはまぶたを閉じ、自分の髪を撫でる俺の手にそっと触れる。
「……ありがとう」
ゆっくりとまぶたを開けたマグダの顔は、少しだけ……微笑んでいるように見えた。
こいつにも、歳の近い友人が出来ればいい。
なんとなく、大切にしたい人が増えることはいいことだ。教育上な。
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