異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

166話 領主会談 -2-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:3,475

「最悪の店だったな!」

 

 どこが優良店だ。押し売り業者じゃねぇか!

 

「また……増えてしまった…………ははっ、ははは……」

 

 両手に豆の袋を抱えて、エステラが能面みたいな顔で乾いた笑いを漏らし続けている。

 くそ……地味に重い!

 

「なんでインクを買って、豆が付いてくるんだよ! しかも今度はエンドウ豆!」

 

 どうせなら落花生で統一して欲しかったぜ。……エンドウ豆、どうやって消費しようかなぁ。

 ずんだ餅でも作るか?

 

「つか、豆、何種類あるんだよ」

「無論、七種だ」

 

 自分では荷物を一切持たないルシアが涼しい顔で言う。

 七種……たしか、『BU』加盟区は二十三区から二十九区の七区だから……各区が一つの豆をアホほど大量生産してるってわけか。

 ここのソラマメのように……

 

「なんで収穫量にノルマまで設けてるくせに、こんな押し売りみたいなことしてやがんだよ……」

 

 余るなら作らなきゃいいだろうが。

 

「まぁ、それも理由があってのことだ。気になるなら尋ねてみればいい」

 

 事情を知っているのであろうルシアが、ついっとアゴで前方を指す。

 

「あそこに集まっている、『BU』の中枢たちにな」

 

 視線を向けると、そこは朝に訪れた領主の館だった。時刻は正午。いよいよ乗り込むわけだ、敵の本陣へ。

 領主の館には、朝はなかった豪奢な馬車が何台も停まっていた。

 まさに、今しがた集結したばかりなのだろう。これから厩へ移動させるところらしい。

 

「まずは、この邪魔な荷物を馬車へ置きに行くか」

 

 手ぶらのルシアが、ギルベルタの抱える豆袋を指して言う。

 俺も賛成だ。こんなもんを持って会談なんぞ出来るはずもない。

 

 豆を置きに厩へ向かうと、朝対応してくれた『お馬番』の爺さんがにこにこと馬車まで案内してくれた。

 俺たちの馬車は、馬から外されて車庫の一番奥へと移動させられていた。……他の領主が全員帰るまで外に出させない腹積もりなんだろうな。

 

「お客様方の馬車はあちらになります」

 

 最奥を手で指し示し、爺さんはぺこりと頭を下げる。

 そして、馬車へ向かおうとする俺たちの背中に、こんな呪いの言葉を投げかけやがった。

 

「お客様への贈り物を馬車に積んでおきました。心ばかりのおもてなしでございます。どうぞ、お納めください」

 

 その言葉に、背中から嫌な汗が噴き出す。

 俺とエステラは揃って駆け出し、ルシアの馬車の扉を開けた。

 

 そこには、木箱が人数分積み込まれており、その中にはびっしりとソラマメが詰まっていた。

 ……ここに来て、自区の名産品…………

 

「喜んでいただけたようで何よりでございます。……では」

 

 ニヤリとほくそ笑んで、爺さん……いや、ジジイが場を離れる。

 ……馬車に鍵でもかけておくべきだった。物が盗まれるよりも性質が悪いかもしれん。

 

「……ヤシロ。ソラマメの美味しい食べ方、何パターンくらい知ってる?」

「…………ジネットに聞いてくれ」

 

 ソラマメ……どうやって食ってたかなぁ…………塩茹でくらいしか思い浮かばない。いや、何かあるはずだ。思い出せ…………女将さんの知恵袋に、きっと何かいい情報が眠っているはずだ…………思い出せ、俺!

 

「豆のことはそれくらいにして、領主どもに会いに行くぞ。問題は、水門と賠償……どちらも譲るわけにはいかん問題だ。気を引き締めろ、二人とも」

「――はい。そうですね」

 

 エステラの表情が引き締まる。

 そんな様を見つめていると――

 

「カタクチイワシ」

 

 ――ルシアに名を呼ばれた。

 

「そんな、『気を引き締めるついでに胸まで引き締めちゃって、ぷぷぷっ』みたいな顔で見てやるな、気の毒だ」

「見てねぇわ!」

「……ヤシロ……君って男は……」

「だから、見てねぇって!」

「エステラ様。それよりも、ルシア様にかなり酷い暴言を吐かれていたことにお気付きください」

「え? ……あ、そうか!」

「さぁ、今こそ、『人のことが言える胸か、このなだらかおっぱい。コインが挟めるようになってから言え』と反論してください」

「いい度胸だな、エステラよ!?」

「落ち着いてほしい思う、ルシア様。ナタリアさんのもの、今の発言は。そして、『五十歩百歩』思っている、ここにいるみんなが」

「「誰が五十歩百歩だ!?」」

「とりあえずお前ら……全員酷いな」

 

 俺がドン引きしてるって、誰か気付けよ。領主の館でなんの話してんだ、お前ら。

 つか、気を引き締めろよ。

 

「鍵がかかるならしっかり施錠しとけよ。これ以上増えられても捌き切れん」

「了解した、私は。しっかりとかけておく、鍵を」

「あと、『BU』の連中が集まってるみたいだけど……そいつらが各々『手土産だ』とか言って豆渡してこないだろうな?」

「それは大丈夫だ。あくまで、『自区内での消費』にノルマがあるだけで、外に持ち出しては意味がないからな」

 

 ……なんというか、ガキが決めたみたいなルールだな。

 制度として未熟なんてもんじゃねぇだろ、それ。

 

「んじゃ、行くか」

「そうだね。みんなとの約束もあるし、四十二区にとって有利になるよう頑張ろう」

 

 拳を握り、エステラが力強く言う。

 

「我々も、くだらぬやっかみで損益を出さぬよう、気合いを入れねばな」

「了解している、私は」

 

 ルシアとギルベルタも気合い十分だ。

 

「では、まいりましょう。僭越ながら、入り口までエスコートさせていただきます」

 

 姿勢を正し、戦闘モードのナタリアが俺たちを先導するように歩き出す。

 敷地内にいる者たちがこちらをチラチラと窺っているが、毅然と進むナタリアに気後れしているように見える。

 その後ろにはルシアもいるわけで、こいつらが揃って本気オーラを出すとかなりおっかない。

 

 もし、こいつらと面識がなく、いきなりこのオーラを浴びせられたら、俺なら一時退却を選択する。それほどまでに隙がない。

 まったく、大したもんだよ、こいつらは。

 

 ――と、そんな二人の背中を見つめ、エステラが少し悔しそうな表情を浮かべる。

 

「ボクも……いつかはあぁいう威厳が出せるように……」

「無理すんなって。あぁいうのは、一種の才能だから」

「でも、ボクだって領主なんだし、いつかは……っ!」

「お前はお前のいいところを伸ばせばいいんだよ」

 

 エステラが他人を寄せつけないオーラを撒き散らす様なんて想像できない。

 こいつは、他人に寄り添って、誰より身近に立って一緒に悩みを解決してくれる、そんな領主であるべきだ。

 

「ナタリアはお前を裏切ったりはしない。なら、役割分担でいいじゃねぇか」

「……そう、かな?」

「そうだよ」

「……うん。そうだね」

 

 エステラには、エステラにしかない武器がある。

 そして、その武器は――初見の俺を一時撤退させる『だけ』のこいつらのオーラよりもはるかに強力で手強いものだ。

 

 お前は自信を持っていい。

 俺を、こんなところまで引っ張り出せる、その能力をな。

 

 ……ま、教えてやらないけど。

 

「ようこそ、三十五区領主、ルシア・スアレス様。四十二区領主、エステラ・クレアモナ様。お待ちしておりました」

 

 館の入り口に、眩しいくらいの銀髪をした美女が立っていた。

 ピンと伸びた背筋、決して大きくはないのに耳にはっきりと届くよく通る声、そして主張し過ぎない明確な存在感。

 おそらく、この館の給仕を取り仕切る長なのだろう。

 心なしか、ナタリアとギルベルタから張り合うような闘気が発せられている気がする。

 

「我が主の元へご案内いたします。こちらへ……」

 

 姿勢を崩さず振り返り、銀髪の給仕長が俺たちを館へと誘う。

 入り口の左右に控え大きなドアを開け支える給仕も、まるで無機物のように存在感を消し影に徹している。

 ナタリアの顔をそっと窺い見ると、給仕たちの所作、立ち居振る舞いを余すことなく素早くチェックしている。対抗意識でもあるのだろう。

 

「ヤシロ様……」

 

 俺の視線に気が付いたのか、姿勢を崩さないまま、ナタリアが俺だけに聞こえる小さな声で話しかけてきた。

 

「給仕長がナンバーワンでEカップです」

「どこ見てたんだよ、お前!?」

「ヤシロ様と同じところを、です」

「勝手に人の視線の行き先決めつけてんじゃねぇよ」

 

 俺レベルになると、わざわざ見なくても、歩く時の音で分かんだっつうの。

 

 長い廊下を進み、仰々しい扉の前へとたどり着く。

 入り口をこんなにデカくする必要があるのかというような大きさのドアが威圧感たっぷりに立ち塞がっている。

 

「こちらで主がお待ちです。どうぞ、お入りください」

 

 給仕長の礼に合わせて、ドアの両サイドに控えていた給仕たちが音もなく動き、ドアを静かに開く。

 

 開け放たれたドアの向こうには大きく長いテーブルが置かれており、横一列に七人の偉そうな連中が座っていた。

 まるで、裁判官と陪審員の前に連れ出された被告人のような立ち位置だな、俺ら。

 

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