「痩せたいならノーマの料理を習えよ。運動も大切だけど、食い過ぎはよくないぞ」
と、甘い物を好きなだけ食っているナイスバディが言っている。
説得力ねぇよ。
いや、そのとおりなんだけども。
「ノーマさんのお料理は、お昼に習うはずでした……」
暗い表情でモリーが言う。肩を落とし、背中が丸まっている。
「はずって、ノーマのヤツすっぽかしたのか?」
「いえ! きちんとお昼前に来てくださいました……ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「……お昼前にあんドーナツを四つほど食べたから、おなかが全然空いてなくて……」
ノーマが陽だまり亭のドアを開けた時、視界に飛び込んできたのは、口の周りに粉砂糖をいっぱいつけた、あんドーナツを頬張ったモリーの姿だった……というわけで、ノーマから「デリアのところで限界まで絞られておいでな……ね?」と、黒ぉ~い笑顔で言われてしまったというわけだ。
「ダイエット料理……それはそれでどんな味なのか楽しみにしていたのにっ!」
「なぁ、ヤシロ。モリーって、意外とバカなのか?」
「仕事で関わっている分には、出来た妹なんだけどなぁ」
私生活がちょっと残念なんだよなぁ、意外と。
あと、意志が弱い。
貧乏で食えなかった反動なのか……単純に自分に甘いのか。
甘いのかもなぁ、砂糖工場の工場長だから。
「あ、でもヤシロ。あたい今日、四十一区のヤツらに体操教える日だぞ?」
「あぁ、本当はそれに参加しようと思ってたんだが……」
これ以上陽だまり亭にモリーを置いておくと、来た時よりも丸く太ましくしてしまいそうだったんでな。
せめて、来た時よりも少しでも軽くして帰してやりたいじゃないか。
「川漁で何か手伝える仕事はないかと思ってさ」
「おぉ! それは助かるよ。実は今朝オメロを特訓したら寝込んじゃってさぁ」
「……なにやらせたんだよ?」
「ん? 騎馬戦の特訓だけど?」
「来年に向けて!? 気が早いなんてもんじゃないな!?」
「だって、ウーマロに勝たなきゃだしさぁ!」
「あんまりやり過ぎると、オメロ死んじゃうぞ」
「あっはっはっ! 大丈夫だよ、オメロは無敵だから」
いやいや。天敵のお前が言っても説得力皆無だから。
「オメロさんって、デリアさんにしごかれている割には、結構ふっくらした体型してますよね?」
「あぁ、あいつ結構筋肉あるのに丸い体してるんだよなぁ。鍛え方足りないのかな?」
「いや、たぶん種族差だろう……鍛え足りないことは絶対ないから」
デリアのそばにいて、一番被害を受けてるんだ。過剰なことはあっても不足はない。絶対ない。
「はっ!? ヤシロさん、もしかして私のお腹周りも……種族差の可能性が……?」
「それで納得できるなら別に俺は構わないけどな」
「…………出来ません。すみません、ちょっと現実逃避しました」
モリーは、きちんと現実に戻ってこられるいい娘だ。
まぁ、今日一日で若干見方が変わってしまったけどな。
「というわけで、デリア。悪いけどモリーに手伝いをさせてやってくれないか?」
水はまだ少し冷たいが、水の中での運動はカロリーを消費しやすい。
陽だまり亭にいるよりはいい運動になるだろう。
「じゃあオメロの代わりに、三時のおやつ作りを頼む!」
「何やらせてんの、副ギルド長に!?」
あっれぇ~?
あいつが丸いのって、種族差とかじゃない可能性もあるの?
デリアの分の甘い物を作って、味見とかしてたりするのか? デリアに合わせて甘い物食ってたら、一般人はすげぇ太るぞ。
「あの……すみません、おやつは、ちょっと……」
甘い物から逃げるためにここに来たのに、ここでも甘い物を作らされたりしたら……モリー、絶対食うからな。
うん。確信できる。モリーは意志の弱い娘!
「んだよぉ、じゃあ甘い物どうするんだよぉ」
「代わりに、陽だまり亭からあんドーナツをお持ちしますので、ね?」
「おぉ! あんドーナツかぁ! いいなぁ! あたい、あれまた食べたい!」
「ですので、モリーさんに何かお仕事のお手伝いを」
「じゃあオメロの看病を」
「あの、体を動かすお手伝いは、何かありませんか?」
「ん~……」
この季節の川は流れが速い。
特に、こいつらプロが仕事をする場所は水深が深くなったりするところもあり、素人には危険だ。
だからだろう。デリアはあまりモリーを川に入れたくない様子だ。
「デリア。川漁ギルドの連中に課している特訓でもいいぞ。軽くモリーを鍛えてやってくれないか?」
「あぁ、それでいいなら構わないけど……結構厳しいぞ?」
「是非お願いします! 私、この弱い心を鍛え直したいんです!」
うむ。鍛え直しなさい。
鍛え直して、俺の理想のモリーに戻ってください。
「んじゃあ。おーい! 見習いー!」
デリアの声に、河原から三人の少年が駆け寄ってくる。
どいつもこいつもあどけない雰囲気の残るガキばっかりだ。ケモ耳や尻尾が生えているところを見ると全員獣人族のようだ。
デリアの号令にピシッと背筋を伸ばして集合する。
「モリーにお前らの仕事を手伝わせてやってくれ」
「え…………いいんですか?」
「女の子なのに……?」
少年たちが困惑の表情を見せる。
そんなにハードなことさせてんのか? いや、オメロの処遇を見てるとなんとなく察しはつくが……
「私、どんなことでも耐えられます! ちょっとつらくてもやってみたいんです! お願いします!」
勢いよく頭を下げるモリーに、少年たちは困ったよう互いの顔を見合う。
デリアは「へぇ、ウチに欲しいなぁ」とか言いながらモリーを好意的な目で見ている。
「それじゃあ……一緒にやりましょう、か?」
と、少年の一人がモリーに声をかけ、モリーは「はい!」と返事をする。
嬉しそうなモリーの顔を見て、少年たちは少々複雑そうな表情ではあるが笑みを見せた。
これだけのやる気を見せれば、無下には出来ないのだろう。
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