異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

241話 領主会談始まる -1-

公開日時: 2021年3月25日(木) 20:01
文字数:3,535

 正午過ぎ。

 エステラとルシアの乗った馬車が二十九区領主の館へと到着する。

 二人の給仕長が警戒するように主の前に立ち、慎重な足取りで館の中へと足を踏み入れる。

 

 廊下を進み、以前と同じく『BU』の領主が勢揃いしている会議室へと通される。

 

 会議室の中にはすでに七領主が揃い、入ってきたエステラとルシアを無言で見据えている。

 トレーシーとドニスも、『BU』側の領主として出席している。さすがは領主。どっしりと構えている。

 心持ち、ネネが緊張しているようにも見えるが、ドニスのところの執事は落ち着き払った様子だ。そのあたりは経験の差、資質の差だろう。

 

 エステラとルシアが席に着き、背後にナタリアとギルベルタが寄り添う。

 睨み合う両者。

 室内の空気が張り詰める。

 

「よく来た。こちらは時間を浪費するつもりも、またそうしなければいけない理由もない。よって、速やかに通達だけを行い今回の会談は終了するものとする」

「異議ありだ」

 

 例によって、一方的な口調で押しつけられる二十九区領主ゲラーシーの言葉を、ルシアが凛とした声音で跳ね返す。

 

「そちらの要望を素直に聞き入れる理由もまた、こちらにはないのでな」

「そなたらは、裁かれる立場であることを忘れてはいけない。我々が受けた被害と苦痛を知り、十分な反省と賠償をしなければいけないことを肝に銘じる必要がある」

「ろくにこちらの言い分も聞かずに一方的に制裁を加えるというのであれば、それは侵略に他ならんぞ。我々が黙って従うと思うか?」

「そうなれば、そなたらの区はオールブルームから孤立し、一切の物流は途切れ、滅亡へと突き進む覚悟を強いられるだろう。繰り返すが、これはすでに決定されたことなのだ。そなたらはただ黙ってこちらの言い分を聞き入れるべき立場であることを強く認識する必要がある」

 

 なんともまどろっこしい言い回しで、ゲラーシーは淡々と言葉を続ける。

 まるで、用意された文章を読んでいるかのように。

 

 実際、用意された文章を読んでいるだけなのだろう。

 いくつかのパターンがあり、それに沿った決まり文句を口にしているのだ。

 二十四区教会の前で会った時、ヤツはこんなしゃべり方をしていなかった。

 マーゥルの屋敷へ面接に来ていた『型にはまった若者たち』が、今のゲラーシーと同じことをしていた。

 

 つまり、反論されることは想定済みで、その上で相手の反論を封殺するように仕組まれているのだ。最初から。

 それで、こちらが強硬手段に出れば、それもまた決められた方法に則りさらなる制裁を加え、屈服するまで延々といやらしい圧力をかけ続けるつもりなのだ。

 こちらが音を上げて、賠償金を支払うと言うまで。永遠に。

 

 もっとも、それは――『相手が想像の範疇に収まっていた場合』のみ適用できる危うい戦法だ。

 

 バンドワゴン効果というものがある。

 人は、いくつかの選択肢のうち、一番多くの支持を集めた選択肢を正しいと思い込んでしまうものなのだ。

 明らかに間違っていると思っても、自分以外の全員が間違っていないと言えば、なんとなく間違っていないのではないかと思ってしまう。人間は、無意識下で周囲に合わせようとする習性を持っている。

 

『BU』のやり方は、まさにそのバンドワゴン効果を利用した圧力に他ならない。

 一対七で、向こうのテリトリーに連れ込まれ、「お前が悪い」と責め立てられる。

 そうすると、人間は「本当に自分が悪いのかもしれない」と思ってしまう心の弱い生き物なのだ。

 

 だが。

 今回は二人だ。

 しかも、一人は心臓に毛の生えたようなルシアで、もう一人は――俺が入れ知恵しておいたエステラだ。

 

「では、交渉は決裂ということで」

 

 エステラが、『俺がそうしろ』と言っておいたとおりに席を立つ。

 

「待て! どこへ行く!?」

 

 慌てたゲラーシーが声を荒らげる。

 なんだ……もう予想の範疇を越えちまったのか?

 口調が戻ってるぞ。

 まだまだこれからだろうに。

 

「ここが話し合いの場でないというのであれば、ここに留まる意味はありません。我々は、身に覚えのない嫌疑をかけられ、現在不当な弾圧を受けている。これは、精霊教会が認めている『自由に生きる権利』を著しく侵害する行為に他なりません。統括裁判所への提訴も含めて、あらゆる可能性を捨てず、こちらの対応を決めさせていただきます」

「いいのか?」

 

 ゲラーシーの声が元のトーンに戻る。

 統括裁判所への提訴が、ヤツらの範疇に入っているのだろう。

 

「統括裁判所は、個々人の感情や境遇は考慮しない。絶対的な証拠と理屈による公正な審判を下す場所だ。そこへ出るというのであれば、こちらも全力をもって我々の正当性を証明してみせよう。その用意はすでにある。提訴をすれば、そなたらはその生涯において比類無き屈辱と惨めさを味わうことになるだろう」

 

 エステラが無言でゲラーシーを見つめる。

 そして。

 

「ごめん、ちょっと何言ってんのか分かんないや」

「んなっ!?」

 

 エステラが爽やかな笑顔で言い放つ。

 同時に、ゲラーシーは顔を引き攣らせて立ち上がる。

 そんなやりとりを見て、ルシアが大口を開けて笑い出した。

 

「ははははっ! 言うようになったではないか、エステラよ」

「黙れっ! あまりに無礼ではないか、クレアモナ! ここがどこだか分っているのか!?」

「筋書き通りにボクたちを陥れるための罠が張られた場所……ですよね?」

「……なん……だと?」

 

 ゲラーシーが言葉に詰まる。

 筋書き通りと言われたことに戸惑ったのかもしれない。

 

「ボクたちの反応を見て、何通りかある定型文の中から適当なものを選んでいるんですよね?」

「何を根拠に……」

「その反論も、『精霊の審判』に引っかからないようにと用意されたものですね」

 

「そんなことはない」と言えば、それは明確な嘘になる。

 だから、「何を根拠にそんなことを言っているんだ」という言葉を選ぶ。これなら、ただの質問だからな。

 嘘を言わずに、相手には「見当違いだ」と思わせることが出来る言葉だ。

 

 ゲラーシーは、用意された文章を読む時に、口調と声のトーンが変わるから分かりやすい。

 エステラもその変化には気が付いているようで、ゲラーシーの言葉なのか、シナリオどおりのセリフなのかの判別はついているようだ。

 

 もっとも、俺が教えてやったから気が付いただけかもしれないけどな。

「あいつ、領主会談と普段では口調が違うぞ」ってな。

 

「罠にはめようとしているのであれば、あなた方は明確な敵です。相応の対応を取らせてもらいますよ」

 

 冷静に、極めてはっきりと、エステラが宣戦布告を行う。

 内心、心臓バックバクなんだろうけどな、あの小心者は。

 けれど、この宣戦布告が――それだけの反感を持っているという明確な意思表示が、後々重要になってくるのだ。

 堂々と見せつける必要がある。

『微笑みの領主』なんて、舐められた名で呼ばれている、甘ちゃんのエステラにはな。

 

「そうなれば、そなたらには甚大な被害が及ぶことになると、明確に理解する必要があるぞ!」

「なぜ……『甚大な被害が及ぶ』と、明言されないのですか?」

「……くっ」

 

 ゲラーシーの顔が歪む。

 苦虫のスムージーでも一気飲みしたような顔だ。

 

 言えるはずがないよな。断言なんか出来ない。

 断言すれば、甚大な被害が及ばなかった場合、『精霊の審判』でアウトだ。

 かといって、甚大な被害――ちょっとやそっとではなく、確実に四十二区を追い詰めるような壊滅的な被害――そんなものを与えてみろ、それは『BU』からの侵略行為に他ならない。

 その言葉は、口にした瞬間言い訳が出来なくなり、逃げ道がなくなる。

 

 だから、「~する必要がある」だの、「~しなければいけない」だの、高圧的且つ抽象的で有耶無耶な言葉しか吐けないのだ。

 バレてんだよ、ド三流。

 

 お前らは数が揃わなければ何も出来ない。

 そして、数を揃えるためには、誰かがその『数』を統率しなければいけない。

 群れを率いるのは、言うほど容易ではない。

 

 少なくとも凡例に従って、セオリー通りの戦法しかとれないようなヤツは、必ずぼろを出す。こういう、アドリブを要求されるような事態に陥ればな。

 

 エステラの発したほんのわずかな反論で言葉に詰まってしまったゲラーシー。

 あの一癖も二癖もある領主どもが、いつまでヤツを『リーダー』と認め、おのれの区の存亡をかけてまでついていくだろうか。……不安だろう、ゲラーシー?

 

 狼狽えろ、狼狽えろ……ゲラーシー…………

 

 ――と、優位に立っているはずのエステラを見ると……そわそわとし始めていた。

 堂々と構えていろよ。今はお前が追い込んだ形になってるんだから。

 チラチラ辺りを見渡すな。いくら、俺から言われていたことを全部言い尽くしたからって。多少はアドリブで応戦してみろよ……まったく。お前が狼狽えてどうすんだっての。

 

 じゃあ、まぁ、……そろそろか。

 

 

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