異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加55話 棒を引く者たち -2-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:3,875

 参加選手が出揃い、入場門からトラックの中へと移動を開始する。

 

 

 青組は、エステラとナタリアを筆頭に、ウッセを含む狩猟ギルドが五人、牛飼いが二人に、牢屋を守る兵士が一人という布陣だ。ガッチガチに手堅い布陣ではあるが、狩猟ギルドの五人がほぼ動けないとなると実質半分の人数で戦うことになる。さぁ、どうするエステラ。

 

 黄組は、パウラとノーマに、怪物メドラ、それから金物ギルドと飲食店から元気のいい人材を投入している。メドラばかりが目立つが、機動力のウェイトレス軍団とパワーの金物ギルドの乙女たち、バランスのいい布陣だ。パウラの勝ち誇ったような表情、相当自信があるようだな、この布陣に。お手並み拝見といこう。

 

 そして赤組は、デリアとミリィとイメルダにギルベルタ、それから川漁ギルドと木こりから数名ずつが参加している。こっちは機動力というよりパワー押しのような布陣だ。この中でギルベルタがどう立ち回るか、注目すべきはそこだな。

 

「おーっほっほっほっ! ワタクシの華麗なる棒捌き、とくとご覧に入れますわ!」

 

 ……うん。イメルダは別にいいや。

 けど、参加したってことは目立てる自信があるのか。まぁ、こちらもお手並み拝見といくか。

 

 

「それでは、選手の皆様は自軍の陣地内へ入ってください」

 

 

 給仕の声が響き、選手の準備が整う。

 その上で、再度ルールの確認が行われる。

 選手への攻撃は禁止。危険な妨害は禁止。敵陣地の棒を強奪する行為も禁止。

 さらに、棒が破損した場合得点はなし。要するに強引に奪い合って折ってはいけないというわけだ。そうしておけば乱暴な行為は自ずと減ってくれるだろう。

 そうしてもう一点、棒を放り投げて陣地に入れるのは禁止となっている。

 いち早く棒のもとへ向かい、すべての棒を誰も手出しが出来ないくらいに空高く放り投げて陣地に落下させる――そんな作戦を取らせないためだ。メドラ辺りならそれくらいの芸当をやってのけるだろうからな。

 棒は、陣地まできっちりと持ち運んでもらう。

 

「以上、ルールを守って競い合ってください。では――よぉーい!」

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 鐘が鳴り響き、各チームの選手が陣地からわっとあふれ出していく。

 

 白組の選手が一斉に散らばっていく。

 徒党を組むのではなく、一本でも多くの棒に触れるよう指示してある。

 

「ちっ! プランBだ!」

「「「「へい!」」」」

 

 やっぱりな。

 

 狩猟ギルドが勝利するために取り得る作戦は二つ。

 最初に荒稼ぎをしてメドラとの差を広げるか、もしくは最初からメドラの妨害に走ってポイントを取らせないか。そのどちらかしかないのだ。

 

 各チーム十名の選抜選手、合計四十人に対し棒は五十本。

 全員が一本ずつ棒を手にしたとしても、最初はフリーになる棒が十本ある計算になる。

 棒が投げられない以上、どうあっても棒と陣地の往復に時間がかかる。単純な計算では五人いる狩猟ギルドの方が圧倒的に有利なのだ。――妨害さえ、なければ。

 

 だから俺たちが妨害してやった。

 白組は分散し、片手に一本ずつ棒を持たせた。

 十人で二十本。

 最初の作戦は、フリーの棒を敵に渡さない事。

 

 カブリエルやヤンボルドたち力自慢の連中が棒をがっちりと抑え込んでくれれば、狩猟ギルドといえど荒稼ぎは出来なくなる。

 当然、白組以外の連中もポイントを稼ごうと躍起になっている。

 狩猟ギルドの独壇場にはならない。いや、させない。

 

 そうなれば、連中が取るべき手段は自ずと絞られる。

 

 

 五人がかりで怪物メドラを抑え込む。

 

 

 それこそが、俺たちの望む最たるものなのだ。

 

「陣地には帰さないぜ、ママ!」

 

 二本の棒を持ったメドラの前に、三人の狩人が立ちはだかる。二人は後方に回り込んでいる。

 

「ほぅ。攻撃を諦めて守りに徹するのかい? 狩人としては随分と消極的じゃないのかい、あんたたち」

「いいや、ママ。そいつは違うぜ」

 

 ウッセがメドラの前へと一歩踏み出し、そして一気に詰め寄る。

 

「こいつは、総攻撃だ!」

「ママを狩れぇ!」

「やっちまえぇ!」

「「うぉぉおおおお!」」

 

 五人の狩人に襲い掛かられたメドラ。しかしメドラは少しも焦ることなく、体の動きだけでそれをいなしていく。

 マタドールのようにひらりひらりと突進してくる狩人たちをかわし続ける。

 

「まだまだ、そんな動きじゃあアタシを捕らえることは出来ないよ」

 

 確かに、指一本触れられていない。

 しかし、メドラもまた陣地へは近付けていない。

 ある種の膠着状態が続く。

 

「よし、お前ら! ママを抑え込んでおけよ! 俺が一本棒を取ってくる! それでママを抑えこみゃあ、1対0で俺たちの勝ちだ!」

「「「「へい!」」」」

 

 ウッセが残りの四人に指令を出して対メドラ戦線から離脱する。

 メドラを抑え込めばウッセを妨害する者はいない。……わけはなく。

 

「させないさよ!」

「ちぃ! 金物ギルドか!」

 

 ノーマがウッセの掴んだ棒に手を掛ける。

 直径20センチの頑丈な木の棒がミシミシと音を上げる。

 

「こっちはテメェに構ってる暇はねぇんだよ! その手を離せ!」

「そっちの事情なんか知ったこっちゃないさね。欲しけりゃ奪ってご覧なよ、アタシからさぁ!」

「ちぃっ!」

 

 ノーマお得意の相手の力を受け流し逃がす動き。柔よく剛を制す。

 長い棒を器用に動かしてウッセを面白いように翻弄するノーマ。デリアとの特訓のおかげなのか、力押しの相手とは相性がいいらしい。

 ウッセ的には厄介な相手だろう。

 

「時間を食うわけにはいかねぇ!」

 

 さっさと見切りをつけて、ウッセが棒から離脱する。

 そして、ノーマよりも与しやすいと判断したのか、そばにいたバルバラの持つ棒へと狙いを変えた。

 

「おっ、なんだよ! これはアーシんだぞ!」

「たった今から、俺のなんだよ!」

 

 ウッセは掴んだ棒を、バルバラの力が入らない方向へと回転させる。

 ウッセが握り込むように棒を右回転させれば、向かい合って棒を持つバルバラの手首は外側に開く。それでは力が入らない。

 その一瞬、力が逃げた隙に一気に棒を抜き去り、ウッセが自軍へと駆け戻る。

 

「あっ! 待て、お前! ズルいぞ!」

 

 慌てて追いすがるバルバラだが、何度棒を握ってもウッセの巧みな棒捌きによって振り払われる。

 ウッセもしっかりと柔よく剛を制すの精神を体得しているようだ。ノーマを避けたのは、ノーマの技術が高過ぎてまともにやり合えば時間を取られると判断したからなのだろう。

 普段から魔獣を相手に、自分はもちろん仲間の命を預かる立場のウッセ。即断力と潔さはさすがだ。

 

 バルバラでは相手にならないだろうな。

 

「よし! 一本獲得だ! 今戻るぜ野郎ども!」

「くそぉ! もう一回アーシと勝負しろぉ!」

「また今度な!」

 

 バルバラをかわして、ウッセがメドラと戦う仲間のもとへと帰っていく。

 バルバラが猛追するが、まるで相手にされていない。眼中にないという扱いだ。

 

「おっ、おサルの娘。あんたも来たのかい?」

 

 ウッセについて自分の前にやって来たバルバラに対し、メドラが笑みを浮かべる。

 

「折角来たんだ、この棒が欲しいならくれてやるよ」

 

 と、両手に一本ずつ持った棒をバルバラの前へと差し出す。

 バルバラが手を伸ばすとサッと棒が引かれ、バルバラの腕が空を切る。

 

「ふっ。どうした? いらないのかい?」

「ん……にゃろう!」

 

 ムキになったバルバラが我武者羅に手を出すが、メドラはギリギリ掠らないくらいの絶妙な動きで棒を操る。

 完全に遊ばれている。

 もちろん、青組の狩人たちもただそれをボーっと見ているわけもなく、五人がかりでメドラの持つ棒を奪取しようと試みているのだが、全員まとめていいように翻弄されている。

 

「っしゃあ! 掴んだぜ!」

 

 狩人の群れを隠れ蓑にし、突如飛び出したバルバラがメドラの持つ棒に手を掛ける。

 

「へぇ、やるねぇおサルの娘。けど……!」

「へっ!?」

 

 だが、メドラがわずかに手首を返しただけで、バルバラの体はぽーんと浮き上がり弾き飛ばされていった。

 

「今のは攻撃じゃあないよ。あのおサルの娘の力の方向を変えてやっただけさ。要はおサルの娘の自爆だね」

 

 確かに、メドラの言う通りだ。今のは棒でバルバラを弾き飛ばしたというより、突っ込んでいったバルバラの体が、その勢いのまま飛んでいったという感じだった。

 あれだな。合気道みたいなイメージだ。

 

 器用に逃げ回るメドラの棒を捕らえるには一瞬の、研ぎ澄まされた爆発的スピードが必要とされるが、その速度で突っ込めば自身の勢いで吹き飛ばされてしまう。

 あんなもん、攻略法なんてねぇじゃねぇか。

 

「どうした、ボウヤども。動きが鈍くなってきたじゃないか。もう降参かい?」

「まだまだぁ!」

「アーシだって、諦めねぇえええぞぉ!」

「はははっ! おサルの娘が一番元気だね!」

 

 メドラが棒を振り回す。

 その風圧でバルバラとウッセたち狩人が吹き飛ばされる。

 やっぱ、メドラは人類ってカテゴリーに入れちゃいけないヤツなんだって。

 

「それじゃあ、陣地に帰らせてもらうよ」

「待ぁ…………てぇ!」

 

 這いずり、起き上がり、メドラの持つ棒へと飛びつくバルバラ。

 凄まじい執念だ。

 だが、気持ちだけでは覆せない差というものがある。

 

「いい目だね、おサルの娘。あんたはもっともっと敗北を知って、そして強くなりな。そうすりゃ、名前くらいは覚えてやるよ」

「うるせぇ! お前なんかに名前を覚えてもらわなくて結構だ!」

「はははっ! 敗北の前に、身の程を知るこったねっ!」

「うわぁっ!」

 

 メドラが棒を軽く引き、勢いよく突き出す。

 それだけで、バルバラの体は紙のおもちゃのように地面の上を転がっていった。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 大の字で倒れ込むバラバラ。夥しい量の汗が噴き出している。

 バルバラは、もう立ち上がれないだろう。

 

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