「まぁ、そんなわけで。美女予備軍のみなさんにあるものを見てもらいたい」
『美女予備軍』なんて、ともすれば胡散臭くなり過ぎそうな褒め言葉も、同じ立ち位置の同類が複数いる場所ではあざとい冗談となってくれる。
「やだ、もう! お上手ね」くらいの軽口を叩いて聞き流せる、それなりに気分のいいお世辞になってくれる。
来日したハリウッドスターが『日本の女性はみんな綺麗です。何人か連れて帰りたいよ』なんて、セクハラまがいの発言をしてもお茶目なリップサービスととられるようなものだ。
俺の言葉に、目の前の女性たちはくすくすと笑いを漏らしている。「な~に言ってんだか」ってなもんだ。だが、これくらいの空気感が程よい。
「ナタリア、頼む」
「かしこまりました」
俺の合図に、広場の中に作られた控え室からナタリアたちが姿を現す。
出てきたのは、ナタリアとウクリネス。
そして、『美容』に興味津々な四十二区の有志たちだ。……つまり、いつものメンバーだ。ジネットにマグダにロレッタにデリアにノーマにイメルダ。
ベルティーナとレジーナとミリィは今回は不参加だ。
ベルティーナはみだりに四十二区を離れられないし、レジーナは言わずもがな。ミリィは、カンタルチカの手伝いのために生花ギルドの仕事を休んでくれていたのだが、その穴埋めがあるようだった。今度ちゃんと埋め合わせをしないとな。
「これから、みなさんと同じ四十一区の一般的な女子に、ちょっと変身してもらおうと思う」
そう言って合図を出すと、控え室からバルバラが現れた。……ウクリネスに連行されてきた、と言った方が的確かもしれない。
バルバラについてきていたテレサは、ジネットがしっかりと面倒を見てくれている。
「さて、みなさん。この女性……正直、どうだろう? 美人だと思うか?」
問いかけるも、女性たちはうんともすんとも言わず、ただ近場の人間と視線を交わすだけだった。
「う、うっせーな! いちいち聞かなくても、アーシなんか美人なわけねぇだろう!?」
俺に牙を剥くバルバラ。
なんだよ。お前が自分で言い出したことなんだぞ? ポップコーンを食いに来る約束をすっぽかしちまって心苦しいから「なんだって言うことを聞く」って。
だから、お前は大人しく見世物になっていろ。
「まぁ、このように。いまいちパッとしないどこにでもいそうな彼女なわけだが……」
「うっせぇつってんだろ!?」
バルバラも、やっぱ一応は女子なんだな。容姿をいじられるとムカつくくらいには。
だったら前髪くらい切れよ……ったく。
バルバラは、目が隠れるくらいに前髪が長く、その髪も一切手入れされていないせいでぼさぼさのもはもはだ。
当然スキンケアもしてないし、唇も荒れ放題、小鼻には――何を触った手で鼻を触ったのか――黒ずんだ汚れがついている。
服もまぁ、かろうじて着ていられる程度のボロだ。到底お洒落とはいえない。
そんなバルバラを見た女性たちはみな思うだろう。「私の方が勝ってる」と。
そりゃそうだ。バルバラは生きることに精一杯の極貧生活を余儀なくされていたのだから。普通の生活を送っていた女子よりもお洒落度は低い。
だからこそ、活きてくる!
「じゃあ、今のこいつの顔、姿、服装、纏う雰囲気をよぉ~っく、覚えておいてくれ」
そうもったいぶって、ウクリネスたちに合図を送る。
ニコニコ顔のウクリネスを筆頭に、ナタリアやネフェリー、パウラ、ノーマ、イメルダが控え室へと入っていく。――バルバラを拉致して。
少し待ち時間が出来るので、その間にベッコにバルバラ(ビフォー)の絵を描いてもらう。バルバラ(アフター)と比較するためだ。
まるで生き写しのようなその絵に、観衆やリカルドが感嘆の声を漏らす。
ふふん。すごいだろう。やらねーぞ。
そんなこんなで二十分ほど待ち、いよいよ変身したバルバラが姿を現す。
ウクリネスに背を押され、控え室からおそるおそる出てきたバルバラは、ふわふわと風に揺れるスカートを押さえて、どこに力を入れていいのか分からないといった様子で、俯いてゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「な、なぁ……アーシ、なんか変じゃないか? こんな、ぴらぴらした服……」
と、羞恥に頬を染め再登場したバルバラは、俺の睨んだとおり息をのむような美人に変貌していた。
こいつがいまいちパッとしないように見えていたのは、あの鬱陶しい前髪と汚れ、それとしかめっ面のせいだった。
それらを整えて、ほんのりとメイクを施し、素材を引き立たせるファッションで全身をコーディネートしてやると、見違えるような美人になった。
まぁ、想像を超えてくることはなかったが、今後オシャレに慣れてもっとナチュラルな笑顔でも作れるようになれば、もっと輝きを増すだろう。
とはいえ、まずまずの出来だ。十分合格点を与えられる。その証拠に、バルバラのビフォーを微妙な顔つきで見ていた観衆が、思わず「綺麗……」なんて呟きを漏らしてしまっているからな。
「おねーしゃん、どうしたの?」
「バルバラさん、綺麗に変身されたんですよ」
「おねーしゃん、きれぃ?」
「はい。とっても」
ジネットに説明してもらい、テレサが嬉しそうに頬を緩める。
早く見せてやりたいもんだ。綺麗になった姉の顔を。
それで、ベッコの描いた絵の隣に立ってもらったりして、「こんな短時間で綺麗は作れる!」ということをこれでもかと見せつける。
観衆の目が、女性たちの瞳が、俄然意欲に燃え始める。
「それじゃあ、そろそろ体験してみるか? 『綺麗への第一歩』を」
「「「はい!」」」
黄色くはないが、希望を見据えた活きのいい声が発せられる。
少し先の未来を想像してきゃっきゃとはしゃぐ女性たち。
年齢によって反応は若干異なるものの、誰もが一様に期待感を表情ににじませていた。
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