異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

122話その1 密室の会談・前編 -3-

公開日時: 2021年1月28日(木) 20:01
文字数:2,844

「おい、バカ面」

 

 少しずつ盛り上がってきたテンションに水を差すように、リカルドが口を挟んでくる。

 

「条件が良過ぎる」

「いいことじゃねぇか」

「舐めんな。うまい話にはきっと裏がある。ここまで露骨にウチが優遇されてりゃ、何かあると勘ぐれと言ってるようなもんだ」

 

 こいつはきっと、いろんな汚い連中を見てきたんだろうな。

 自然と相手の腹を探る癖がついている、可哀想なヤツなのだ。

 

「あぁ……俺がボインだったらお前を抱きしめてやるのに」

「全力でお断りだ、バカが」

 

 愛に飢えているんだな。だから、あんな性根の悪さが滲み出たような顔になってしまったんだ。

 

「醜い顔だ」

「ケンカ売ってんのか!? いいから答えろ! 何を企んでやがる!?」

 

 自分に有利であると、途端に不安になるヤツがいる。

 だからといって、自分に不利な状況だと不公平だと文句を言う。

 こいつはまさにそんなヤツだ。

 

 つまるところ、こいつはヘタレなのだ。

 騙されたくない、失敗したくない、恥をかきたくないってことばかり考えているからいつも思い切った決断が出来ない。だから改革が出来ない。だから、ジリ貧になるのだ。

 

 そんなヤツには、メリットよりほんの少し軽めのデメリットを示してやるのがいい。

「なるほど、そんなデメリットがあるのか。だが俺ならうまくやれる」……と、それくらいのくすぐりを入れてやると途端に燃え上がる。

 まぁ、見てろ。

 

「企んでいるのは、ずっと言い続けているが、街門の設置だ。そのために、お前を勝負のフィールドに引き摺り込もうとしている」

 

 こちらが参加を乞う立場だからな、多少はサービスをして「おいしい」と思わせないと食いつかないだろう。

 

「デミリーは、元から四十二区と四十一区の諍いを回避したいと言ってくれていた。今回、四十区にはかなり甘えてしまうことになるが……そこは経験も度量も俺たちとは年季が違う大物ってことで、胸を貸してもらうつもりだ」

「はっはっはっ! そうまで言われちゃ断れないよなぁ、アンブローズ」

「はははっ、まったくだ。しかもあのオオバ君の口からってのがいいね。彼はめったに人を褒めない男だからねぇ」

 

 豪快に、デカいオッサン二人が笑い合う。

 今回の一件はデミリーにとってはあまりうまみのない話なのだ。

 デミリーは下位二区を無視してしまえば、大きな損害は出さなくて済む。だが、デミリーは自ら首を突っ込んできた。エステラを救うために。

 

 四十区の領主はバカがつくほどに面倒見のいいお人好しなのだ。

 

「正直な話、オオバ君のおかげで収益が上がってね。砂糖の件では本当に感謝しているんだ」

「ワシの木こりギルドも、下水のおかげで仕事が増えて、嬉しい悲鳴を上げてるところさ」

 

 だから、投資には前向きだとデミリーは言い、ハビエルもそれを後押ししてくれると言う。

 

「ただし、そうだな……うむ、四十区が勝利したら、オオバ君を参謀として迎え入れさせてもらおうかな」

「えっ!?」

 

 突然のデミリーの発言に、エステラが声を漏らす。

 だが、デミリーは毒気の無い顔で笑い、手をパタパタと振った。

 

「四十二区から取り上げたりはしないよ。四十区がどうすればもっとよくなるか、再開発案をいくつか出してもらいたいのさ。もっとも、そうなれば数年間に亘り四十区に通いつめてもらうことにはなるけどね」

 

 えらく買い被られたものだ。

 四十区の再開発に携わるばかりか、その陣頭指揮をとれなど……四十二区の一般人なら大喜びをする大抜擢だろう。……俺は御免だが。

 何が悲しゅうて何年間もあんな筋肉と薄毛の街で……

 

「おい、アンブローズ。ヤシロを籠絡するなら、巨乳美女をたくさん用意しなきゃならねぇぞ」

「はっはっはっ。もちろん、考慮済みだよ。巨乳な美人秘書を三名ほどつけようじゃないか」

 

 行こうかな、四十区!?

 ……いやいや。巨乳如きにつられるわけが………………いや、待て……だがしかし……

 

「……クズが」

「人を勝手に蔑んだ目で見てんじゃねぇよ」

 

 オッサンどもの会話を聞いて、リカルドが俺に侮蔑の視線を向けてくる。

 まったくもってお門違いだ、その非難は。

 

「残念だったね、スチュアート! ダーリンはアタシみたいな適度な巨乳が好きなのさ! 数を揃えりゃあいいってもんじゃないんだよ! ねぇ、ダ~リン?」

 

 会心のウィンクを寄越してくるメドラ。……その誤情報どこで発信されたの?

 

「……テメェ…………マジか……」

「汚物を見るような目で見てんじゃねぇよ」

 

 酷い濡れ衣だ。べっちゃべちゃで風邪引きそうだぜ。

 

「エステラさんは、その会話には割り込んでいきませんの?」

「発言権を得る前に勝手に発言しないでくれるかい、イメルダ?」

 

 視線も合わせずエステラがイメルダをバッサリと切り捨てる。

 

「乳の大きさと人としての価値は比例する……それがヤシロさんの基本スタンスですわ」

「ねぇ、お前ら。いつから『精霊の審判』怖くなくなったの?」

 

 俺が発動させないと思ってんのか? 俺、やる時はやっちゃう男だぜ?

 

「………………」

「無言でこっち見てんじゃねぇよ、なんか言えや、こら」

 

 リカルドが体を椅子に預け、路傍のブタのフンに群がるコバエでも見るような目で見てきやがる。

 そういう冷たい視線は美女以外がやっても相手をイラつかせるだけなんだぜ。殴るぞコノヤロウ。

 

「そんなわけで……」

 

 そろそろまとめてもいい頃合いだろう。

 

「こっちはやる気十分なわけだが…………」

 

 真正面に立ちまっすぐに目を見つめて言ってやる。

 

「あとはお前次第だぜ、リカルド。…………どうする?」

 

 独断は出来ないと持ち帰るか……まぁ、それが普通の判断なのだろうが……こいつはそうはしない。

 目がギラギラしてやがる。まるで狩人みたいだ。

 ここまでお膳立てされて敵に背を向けるのは、狩猟を誇りとするお前らには出来ないよな?

 

「いいだろう。テメェのくだらねぇ提案に乗ってやる」

 

 あくまで横柄に、リカルドはこの話に乗ってきた。

 エステラの負けず嫌いとは質の違う、プライドの高さが見え隠れする確固たる意志の元に。

 

 お前、領主やめたら狩猟ギルドに入れよ。

 メドラの影響を受け過ぎてんだと思うぜ。

 

 もっとも、俺を狩ろうとして、俺の罠にまんまとかかっちまったのはお前だけどな。

 

「三区で大食いを競い合い、最も多く食べた者がいる区が優勝。各区が最強の一人を選出し衆目の元正々堂々勝負をする。勝った区は、負けた区へ一つだけ強制権を発動できる。――そういうことでいいんだな」

「ルールはこれから俺が提案するものを聞いてもらいたい。気になる点があれば言ってくれていいが、まずは聞いてほしい。それと一つ……一番重要な部分だけあらかじめ訂正させてもらうぜ」

 

 大筋はリカルドの言った通りで構わない。

 

 だが、一ヶ所だけ、大きく違う部分がある。

 

「選抜する人数は、一人じゃない」

「は?」

 

 俺は一歩前に出て高らかに宣言する。

 

 

「大食い大会は、選抜メンバーによる団体戦で行う」

 

 

 まんまとリカルドをフィールドに引き摺り込めた。今回の会談は成功だと言えるだろう。

 さぁ、リカルド、これから馬車馬のように働いてもらうぞ。

 

 俺たちのために、な。

 

 

 

 

 

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