連中がどやどやと出店に殺到する様を眺めていると。
「ヤシロさん、ヤシロさん!」
ジネットが俺の裾を引っ張ってきた。
「見てください。ハム摩呂さん、たこ焼きがとっても上手なんですよ」
「手の平返しの、名人やー!」
「いや、それあんまいい意味じゃないぞ、ハム摩呂」
「はむまろ?」
「ジネットも言ってたろ、さっき、『ハム摩呂さん』って!?」
なんで俺の時だけ理解されないのか……
器用にくるくるとたこ焼きをひっくり返していくハム摩呂。
随分と調子よくリズミカルにひっくり返している。
……調子に乗って何か失敗しなきゃいいけどな…………と思っていると。
「あぁー! ついうっかりの、大惨事やー!」
ハム摩呂のヒジが油を入れているボトルにぶつかり、倒れた。油が鉄板の上にぶちまけられる。
「危ねっ!?」
「火……は、出ませんでしたね。よかったです。ハム摩呂さん、火傷しませんでしたか?」
「うん……」
「こらー! ハム摩呂、何やってるですかー!?」
「今年最初の、大失態やー……」
騒ぎを聞きつけて、ロレッタが飛んでくる。
倒れたボトルを起こし、零れた油を拭く。
幸い、火事にはならずに済んだ。
「調子に乗っているからですよ!」
「しゅーん……」
「まぁまぁ、ロレッタさん。大事には至らなかったわけですし。ハム摩呂さんにもお怪我はなかったようですし」
「店長さんは甘いです! こういう時はきっちり叱ってやらないと、また同じ事を繰り返すです!」
「海より深い、反省やー……」
「ほら、このように反省されているようですし。……ね?」
「もぅ……店長さんに免じて、今回は許すです。でも、気を付けるですよ……怪我とかしちゃ、ダメですからね」
おぉ、姉デレだ。
新しいジャンルを見た気がした。
「けど……たこ焼き、油まみれやー……」
「これは、作り直しですね」
「いや待て!」
ただ油を振りかければいいというわけではないのだが……これは、修正が利くかもしれん。
「ハム摩呂、ちょっと代われ!」
引火しないようにたこ焼き用の鉄板に油を流し込む。
くぼみに油が滑り込んでいき、ぱちぱちという音を立てる。
その上で、綺麗な球体となったたこ焼きをしばし転がして……
「カリふわ揚げたこ焼きだ!」
「ふぉぉお!? お兄ちゃんが、なんか新しい物生み出したです!?」
いや、新しくない新しくない。
日本じゃ、大手チェーンがやってるお馴染みの手法だ。
「試しに食ってみろ。熱いから気を付けろよ」
ヘコむハム摩呂に揚げたこ焼きを差し出す。
熱々のそれを口に放り込んで……カリッと咀嚼する。
「ん~~~~~~っ!」
熱いらしく、口を押さえて走り回る。……だから言ったのに。
そして、ぴょんぴょんとジャンプをし始めて、なんとかかんとか飲み込む。
その後の第一声は……
「地獄の、ご馳走やー!」
味は、申し分なかったらしい。
「お、美味しいんですか、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
「いいから、味の感想を言うです!」
「月夜に舞い散る、花びらのごとしやー!」
「分かんないです! 比喩が突拍子もなさ過ぎて美味しいのかなんなのか分かりにくいです!」
「うまいを越えた、美味しさやー!」
「美味しいんですね!?」
そう確認を取り、揚げたこ焼きを試食しようと振り返るロレッタ。
「……あふっ、あふっ……でも、おいひぃですぅ~」
「……新しい発見。カリふわ……よい」
「ぬはぁあ!? 店長さんとマグダっちょがもうすでに食べてるです!?」
「なんだか、いい香りがしますね~」
「ベルティーナさんが来たら、あたしの分なくなるです!? 急いで食べるです!」
そう言って、揚げたこ焼きを一つ口へと放り込んだロレッタは――
「ん~~~~~~っ!」
ハム摩呂とまったく同じ事をしていた。……やっぱ、姉弟なんだな。飛ぶな飛ぶな。冷めないから、そんなんじゃ。
「ハム摩呂さん。とても素敵な発見をしましたね」
「失敗したのに?」
「はい。失敗は恥じるものではありません。そこに成功の種があるんですよ」
「ぅはーい! 店長さんの、お墨付きやー!」
偶然にも、揚げたこ焼きを発見した(っていうか、俺に思い出させた)ハム摩呂が、ジネットに褒めてもらって大喜びをしている。
「ヤシロさん。これ、美味しいです」
「そうか」
「是非作り方を……」
「お前は、今日くらい客で居続けろよ」
「ぁう……そ、そう、ですね。折角みなさんがこうして準備してくださったんですから、ね」
とはいえ、「覚えたいな~」「教えてほしいなぁ~」みたいな顔は抑えられていない。
このワーカーホリックめ。
「あ、シスター。浴衣、とても似合ってますよ」
「もぐもぐ……そうですか? ありがとう……もぐ……ございます」
「なぁ。食べながらしゃべるなって、誰かに教わらなかったか?」
誰かベルティーナに教えてやれよ。
しかしながら……
浴衣姿のベルティーナは実に絵になっている。片手に持った揚げたこ焼きがいいアクセントだ。
黄色い鮮やかな浴衣は、ベルティーナにしてみれば派手な色合いなのかもしれないが。着慣れていない初々しさと、大人の女性の淑やかさがどちらも楽しめて、非常に眼福である。
珍しくアップにまとめた髪もいい。うなじから三本ほど垂れているほつれ毛がセクシービームを出しまくっている。
「あとでジネットもエステラと一緒に着替えてこいよ」
「わたしたちの分もあるんですか?」
「あぁ。ナタリアが中で着付けしてくれるから」
「そうですね。では、お店を回った後で…………いえ、やっぱり先に着替えてきてもいいでしょうか!?」
どうやら、浴衣で出店を回りたいらしい。
「じゃあ、行ってこい。それまでは俺が一本毛の相手をしておいてやるよ」
「ヤシロさん。ダメですよ」
「へいへい。領主様のお相手をさせていただきまする」
「くす。では、少しだけ、待っていてくださいね」
ぺこりと頭を下げるジネット。先に行くかと思いきや、やはりエステラを待つようだ。
「エステラ。あと、リベカとソフィーも、浴衣着てこいよ」
「あ、うん。それじゃあ、ちょっと失礼して……」
「なんじゃ? ワシにも着せてくれるのじゃ? あの可愛い色の服、ワシとお姉ちゃんの分もあるのじゃ!?」
「よろしいんですか?」
「あぁ、折角だからな」
嬉しそうに駆けていくリベカとソフィー。その後を、ジネットとエステラが追いかけ、後方からバーサとバーバラが忍び寄る。
……ババアども、ヤツらも着るつもりか…………
「というわけで、男だらけになっちまったが、ちょっと見るか?」
「そうだな……」
「あの、僕は……えっと……リベカさんと一緒が……」
「よし、フィルマン。出来たての揚げたこ焼きを食わせてやろう。ほら、あ~ん!」
「ちょっ、やめてください! 最初のあ~んは、リベカさんにと決めて……ってぇ!? なんですかその禍々しいまでに湯気の立ち上った食べ物は!? 絶対熱いじゃないですか!?」
「あ~んが嫌なら、これを二個一気に食え!」
「死にますよ!?」
バカモノ。死因に『猫舌』なんてのがあり得るか。
死にはしない。
ただ、死ぬほど熱いだけだ。
「じゃあ、遊具に乗れ」
「嫌な予感しかしませんが!?」
「ドニスもどうだ? 童て……もとい、童心に戻って」
「なんだ、今の悪意ある間違いは? ん? なんだ、ヤシぴっぴ」
「そ、そうマジになるなよ……冗談だって……」
そうか。
マーゥルに操を立てているドニスは……その可能性が…………DDではなくDT……冗談で言っていいことではなかった。ここは深く反省して――
「「ぎーーーやーーーーーーーーー!」」
ドニスたちを楽しませてあげよう!
「ヤシロさんっ、それ以上速度を上げると、領主様と後継者さんが飛んでっちゃうッスよ!?」
ドニスとフィルマンをグローブジャングルに乗せ、俺とヤンボルドとハムっ子で回す。全力で回す。最終的にヤンボルドのシャレにならないパワーで回す!
「「いーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーっ!」」
うんうん。楽しそうだ。
これで、さっきの無礼も記憶から抹消されたことだろう。
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