異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加59話 最終競技の必勝法 -2-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:2,410

 つまるところ、エステラは俺の身を案じていたのだ。

 メドラやルシアが大騒ぎしたせいで、運動会の優勝者は好きな人と付き合える的なくだらないうわさが流れ、それに触発されて「まさかねぇ、ないよねぇ」とは思いつつも「もしかしたら……」なんて淡い期待が胸の奥にくすぶり始めてしまった連中が確かにいて、そんな連中が静かに優勝を狙っている状況ともなれば、白組は負けるわけにはいかない。

 それを理解していながらも、エステラは大会委員長としても、青組チームリーダーとしても俺に協力するわけにはいかなかった。それは、ともすれば八百長にもなり得る行為であり、その行為はスポーツマンシップを酷く冒涜する行為だから。

 そんなことをすれば、この区民運動会は意味を見失う。意義をなくす。

 参加したすべての者を裏切ることになる。「最初から勝者が決まってんのに、なに必死になってんの、ば~か」なんて、そんな意図がなくてもそう見えてしまう。

 

 だからエステラは俺を焚きつけた。

 

 他人の足を引っ張ってばかりじゃ勝てない。正々堂々と勝利を収める方法をもっと真面目に考えろ――と。

 まぁ、それはあくまでエステラの意見であって、他人の足を引っ張らず正々堂々戦えば勝てんのかっていうと、それはまた別の話になるわけだが、とにかく、エステラはエステラなりに俺に「頑張れ」と伝えたかったのだ。

 

 それが叱咤となるか激励となるかは微妙なラインで、今回はあぁいう形の方がいいと、こいつは判断したんだろうな。

 厳しい現実を突きつけて、俺が奮起することを狙った――まぁ、その『厳しい現実』ってのが、そもそも俺がわざと生み出した虚構であったからエステラはむくれてここでむぅむぅ文句を垂れているんだけれども。

 

 とにかく、「もっとしっかりしろ!」と俺のケツを引っ叩きたかったのだろう。

 

 落ち込んでいる俺に優しく寄り添って慰めの言葉をかける。

 そんな選択肢もあったろうに、立場とか世間の目とかを気にしてそれが実行できない。

 あ~ぁ、まったく。

 

「エステラはとんだツンデレさんだな」

「だっ、誰が!? ……デレて、ないし」

 

 まったく、末恐ろしいよ、『強制翻訳魔法』……ツンデレが普通に通じるようになってやがる。激おこぷんぷん丸が流行り出すのも時間の問題か?

 

 なんにせよ。

 エステラは全力で運動会に取り組んでいる。

 俺に対し、手を抜くなんてことは一切しないだろう。

 

 けれど、内心では俺を応援してくれている。

 優勝しろと、願っている。

 

 ……で、まぁ。そのいくつかの感情が入り混じった結果、不器用なこいつは必要以上に俺に対してきつく当たってくるんだけどな。

「ちょっとでも甘い顔をすると贔屓だって思われちゃうかも!? 普通にしなきゃ……普通ってどんなんだっけ!?」みたいな葛藤の末、やり過ぎているのだ。……不器用さんめ。

 

「まぁ、でもアレだね」

 

 腹ん中でくすぶっていたもやもやが晴れたような顔で、エステラが俺に指を突きつける。

 

「実はほんのちょこっとだけ遠慮とかしていたわけだけれども、でなければもっとぶっちぎりだっただろうしね、意識的にせよ無意識的にせよボクはたぶん手を抜いてしまっていたんだと思うんだけどね――」

 

 などと照れ隠し満載な前口上を垂れて。

 

「これで心置きなく君を倒せるよ!」

 

 と、どう反応すればいいのか分からんことをのたまいやがった。

 そういう強がりっぽい照れ隠し、こっちが照れるからやめてくれない?

 いや、まぁ、倒そうと努力する分にはいいんじゃないの?

 

 もっとも――

 この期に及んでもまだ、俺に勝てるなんて思っているようじゃ、優勝は到底無理だろうけどな。

 

 

 なぁ、エステラ。気付いてないのか?

 

 

 

 

 

 お前はもう、俺の毒に冒されているんだよ。

 

 

 

 

 

「エステラ。もう時間も遅い。次が最後の競技とはいっても閉会式なんかもあるんだ。さっさとやっちまおうぜ」

「うん。そうだね。それに、ジネットちゃんの夕ご飯も待ち遠しいしね」

 

 小腹を「くるる」と鳴らしてエステラが自軍へと駆けていく。

 すっきりした顔しちゃってまぁ。俺はそこまで心配されるキャラじゃねぇっつの。ジネットの心配性が伝染うつったんじゃねぇだろうな、あいつ。

 

「コメツキ様」

「可能な限りご期待に添えたかと思いますが、如何ですか?」

「おう、イネス、デボラ。心配ない上々だ」

「それは何より」

「最低限の仕込みは出来たと、そう解釈していいのですね?」

「いいや、それは違うぞデボラ」

 

 最低限なんてもんじゃない。

 

「最高だ。お前らが味方で本当によかった。文句の付けようがない」

 

 イネスとデボラを中心にモコカやニッカが走り回ってくれたおかげで、『時間ばっちり』だ。

 マグダとロレッタのコンビもこういう仕掛けは得意な方だが、ここまでぴたりと理想通りということはさすがに難しい。

 

「まさかの、大絶賛……ですね」

「ちょっと、びっくりしましたね……」

「いや、マジで今回はすごいよ」

 

 こいつらは、俺以外の白組の選手をさり気なく動かして、棒引きと騎馬戦でうまく点数の調整をしてくれた。

 棒引きの獲得数が一本でも異なっていれば、騎馬戦の順位が一つでも違っていれば、この結果にはたどり着けなかった。

 

「お前らは、最高だ」

「デボラさん……」

「イネスさん……」

「「私、ここの子になります!」」

「いや、自区には帰れ」

 

 給仕長を二人も雇う余裕はさすがにねぇよ。

 持て余しちまう。

 

 このデキる給仕長は点数だけでなく、時間の調整もバッチリ行ってくれた。

 棒引きの後の『オオバヤシロ除外大作戦』の芝居の尺も、だらだらと逃げ回っていたように見えた騎馬戦も、すべて管理された時間の中に収まっているのだ。

 とはいえ、不確定要素が多いだろうと大体二十~三十分くらいは余裕を見ていたのだが、現在の誤差はたったの五分だ。

 実に絶妙。

 

 早過ぎず、遅過ぎない。

 

 ロレッタがもたらしたスペシャルな情報が間違っているとも思えない。

 念のためロレッタの顔を確認してみたところ、物凄い自信満々な顔で首肯が返ってきた。

 間違いはないらしい。

 

 

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