「とりあえず入るか。オレぁ、荷物を運んでやるから先に入っててくれ。なぁに、話は付けてある。出迎えてくれるだろうよ」
荷車を固定しながらモーガンが言う。
エステラが先頭に立ち、俺とジネットがそれに続く。
簡素な丸太小屋。そんな外観のトムソン厨房。どこかアメリカの片田舎を連想させる店構えだ。ウェスタンブーツのブロンド美女がウェイトレスをやっていても違和感はないかもしれない。
「ウェスタンブーツにブロンドとくれば、もれなく巨乳だよな……にやり」
「ヤシロ、表につないで放置されたくなければ口を閉じるように」
買い物中の飼い主を店の前で待ってる小型犬扱いか? 「きゃーかわいいー抱っこしたーい」って美女が群がってきたらどうする。どう収拾をつける気だ。
こっちはウェルカムだけどね!
「大きな扉だね」
エステラが鉄製の大きな扉を見上げる。
確かにデカい。
店に対して扉がデカ過ぎる。
「絶えず鉄板を熱しているからな。営業中はそのドアを全開にして開けっ放しにしてあるんだよ」
なるほど。
間口を広くとって、店内の熱と煙を外へ逃がそうということなのか。
見れば、店の外壁に開けた扉を固定する金具が取り付けてあった。ここにつないで開きっぱなしにするのだろう。
それが今閉まっているということは、今は営業中ではないということか。
時刻は昼過ぎだ。普通なら開いていてもおかしくない時間なんだが……
「夕方から開けるのか?」
飲み屋の中には、夕方からオープンして明け方までやっている店もある。
ここもそうなのかと思ったのだが、モーガンが黙って首を振る。
違うのか。
ってことは、俺たちが来るから店を閉めて待機していたか……客が入らないから開けていなかったのか……
「とにかく入ってみようか」
エステラが鉄の扉を引く。
きぃ……と、金属のこすれる音がして大きな鉄の扉が開く。
すると店の真ん中に、一人の女性がうずくまっていた。
「大丈夫ですか!?」
ジネットが叫び、俺は思わず駆け出していた。
背を丸め、床にうずくまっている女性のそばにしゃがみ、外傷の有無を調べ、肩に触れようとしたところで、うずくまっていた女性が声を上げた。
「心の底からすみません!」
え?
…………土下座?
ん、言われてみれば、そう見えなくもない、というか、そうとしか見えないが……え? なんで?
「あ、あの、トムソンさん……」
「申し訳ありません!」
ジネットが声をかけると、一層大きな声で謝罪が返ってくる。
「とりあえず、落ち着いてください。ほら、顔を上げてください。ね?」
「す、すみません……」
おどおどと顔を上げたのは少しやつれた、大人しそうな大人美女だった。
目の下に黒いラインが縦に入っており、少々蠱惑的なメイクにも見えるが、清潔感のある気弱なお母さん、そんなイメージだ。清楚なお嬢様が年齢を重ねたって感じで、授業参観に来れば「いいなぁ、綺麗なお母さんで」と言われそうな雰囲気ではある。
ただ、いかんせん幸が薄そうで、見ていると心がざわつく。
笑えば美人だと思うんだけどなぁ。眉根が終始寄りっぱなしだ。
「ふぅ……」
「落ち着かれましたか」
「はい……落ち着いたところで、申し訳ありません!」
「ぅええ!?」
落ち着いてからの全力土下座。
一回落ち着いたからそれでOKとかじゃないから!
一回落ち着いたならもうずっと落ち着いといて!
「とりあえず、立たせるか」
「そう、ですね。トムソンさん、一度椅子に座りましょう。……ヤシロさん」
土下座を辞めない母ガゼルを見かねて、ジネットが俺に目配せをしてくる。
優しくエスコートしろってことか。
しょうがねぇな。
「ほら、掴まれ。肩を貸してや……」
「いやぁぁああああ! 主人以外の男性に触れるなんて出来ません! 汚れちゃうっ!」
おぉーう……俺、バイキン扱い?
「……帰る」
「待ってヤシロ! 確かに今のは傷付く! 分かるけど、このまま放置するときっと何倍も面倒くさいことになると思うよ!」
「その面倒くささを背負い込むのは俺じゃなく領主であるお前だ。俺は関係ない」
「お願いします! 力を貸してください、このとーり!」
エステラが素直に頭を下げた!?
まぁ、分かったんだろうなぁ……「あ、またメンドクサイ人種だ」って。
しかも、一度接した以上無視して放置もしておけない。エステラの性格だとな。
で、俺に頭を下げるのが一番リスクと面倒が少ないと踏んだのか。
お前……すげぇな、なんか。潔いプライドの捨て方だよ。
「はぁ……。座らせてやれば」
「そうだね。彼女に関しては、全般的にボクが受け持とう。ほらあれだよ。女性版のウーマロだと思って、割り切って接しよう。ね?」
なるほどな。
ウーマロの拒絶って、女子たちにはこんな感じに映ってたのか。
けどウーマロは「汚される」とか言わないしなぁ…………くすん。
「ヤシロさん。ヤシロさんは何も悪くないですよ」
ぽふぽふと、ガキにするようにジネットが俺の頭をなでる。
…………くっ、頭ぽんぽん、意外と効果高いな。不覚にもちょっと慰められてしまったぜ。あんまここまでへこむこともないしな。初めて慰めの効果を実感したよ。
「がははっ、やっぱりやっちまったか、レーラ」
「モーガンさん……」
大笑いしながらモーガンが入ってくる。
ってことは、お前知ってたな? 俺がこの母ガゼル――レーラに接触するとこういう結果になるってことを。
なんてヤツだ! 性根が腐れ落ちているに違いない。
「こいつはレーラつってな、ウチのペペと幼馴染なんだ」
ペペってのは、牛を逃がした妙にデコの広い牛飼いか。
「こいつはペペに触れられそうになると『毛根が死んじゃうー!』ってよく逃げ回ってたもんだ」
「性格えげつないな、この女!?」
エグいくらいに暴言がさらさらと!
見た目はお淑やかで清楚な感じなのにねぇ~。
「ボーモとの馴れ初めもな……」
「も、もう、やめてください、モーガンさん!」
耳まで赤く染めて、両手で顔を覆うレーラ。
「脊髄バッキバキに粉砕しちゃいますよ!」
「がはは! お前にゃまだ無理だ」
いや、会話の内容!
それ、笑って言い合える内容じゃないからな!?
それが日常なの? えぇ……カルチャーショック。
そんな会話を気にも留めず、モーガンは面白がって二人の馴れ初めを語り始める。
「レーラが崖から落ちそうになったのを、間一髪ボーモが腕を掴んで助けてやったんだよ」
おぉ……この女に触ったのか。すげぇ勇気だな、ボーモ。
「で、崖から引っ張り上げられたレーラが開口一番言ったのが『責任取って結婚するか、私と一緒にこの崖から落ちて朽ち果てるか選べ!』だったんだと」
まず最初に「ありがとう」でしょうが!?
どーゆー教育されてたの、お宅で!?
「で、ボーモのヤツは思ったんだ」
『こいつ、ヤベェ』ってか?
「『こいつしかない!』って」
「どーなってんだ、そいつの思考回路!?」
「一途な人だったんです……きゃっ!」
「きゃっ!」じゃねぇよ。「ぎゃー!」案件だよ、どっちかって言うと。
昨日のオバケコンペで、今の話をしていたら最優秀賞とってたろうよ。
実体験ってとこが一層怖ぇよ。
「オスの牛に顔を舐められた時は『がっ!』で『ぼきぃ!』だったもんな」
「ワイルド!」
「やめてください、……恥ずかしい」
なにが!?
教育方針を間違え過ぎた両親が?
恥の前に畏怖の念しか感じませんけれども!?
「心根は優しいヤツなんだ」
「お前、心根さえ優しけりゃなんでも許されると思うなよ?」
こちとら、目に見える優しさが欠損しているヤツとは距離を取りたく存じます!
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