異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加35話 お客様の中にレース -3-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:2,983

「それじゃあ、次はアタシが行ってくるさね」

 

 健康的な体操服から夜のオーラを滲み出させて、ノーマが艶っぽくコースへと踏み出す。

 お尻のラインが芸術の域に達している。観光名所に出来そうなくらいにいいラインだ。

 …………拝んでおこう。なむー。

 

「え~っと……」

 

 取ったお題を広げる姿も色っぽく、会場中の男どもが「あわよくば、これを機にお近付きに……!」的な前のめりになっている。必死過ぎんだろ、ヤロウども。

 

「お客様の中で、資産が100万Rb以上ある人はいるかぃね~?」

 

 前のめりだった男たちが押し黙る。沈黙。

 いや、まぁ……気持ちは分からんでもないんだが……

 

「ノーマ。ここ、結婚相手探す場所じゃないから……気持ちは分かるんだけど」

「違うさよ!? 書いてあるんさね! それにアタシは相手の男に金なんて求めな…………『気持ちは分かる』ってどーゆー意味さねっ!?」

 

 ノーマが物凄い形相でこっちに向かってきた。

 ヤバイ! 逃げよう!

 

 資産が100万Rb以上という条件なら、リカルドはそれに合致する。

 ……が、なんというか、こう……雰囲気的に? 結局リカルドは名乗り出なかった。

 いやほら、「あの領主、金であの美人買う気だぜ……ひそひそ」みたいな印象になっちまうからな、この空気だと。

 人が悪かったな。これがロレッタやデリアならそんな空気にはならなかったろうに。……ノーマの、内から滲み出す無意識の必死さがそうさせてしまったのだろう…………

 

「ヤシロぉ! 待つさね!」

「悪かった! ヒントやるから! ネックとチックならそーゆー空気にならないから! あいつらにしとけ! もしくはマーゥル!」

「……そうさね。それじゃあ、マーゥルさんにお願いしてくるさね」

 

 振り回していた煙管を谷間にしまい、ノーマが貴賓席へと向かう。

 ……ネックとチックを連れて行くと「年下を篭絡か!?」みたいに思われると考えたんだろうな……難しいお年頃だな、ノーマ。

 

 そして、なんて引きの強さだ。

 笑いの神でも憑いてんじゃないのか?

 

「……マグダが行く」

 

 気配と足音を消し、マグダが発進する。

 改めて見ると、忍者みたいなヤツだな。目で追っていても見失いそうになる。

 きっと、本気を出されたらすぐ撒かれちまうな。

 

 てってりーぷっぷーと軽やかに走り、迷うことなく一枚の紙を引く。

 そして、振り返りざまにこちらにサムズアップを突きつけてくる。

 どうやら、リカルドを連れて行けるお題を引き当てたらしい。さすがマグダだ。こういう時に外さないデキる獣っ娘だ。

 

「……お客様の中に」

 

 平坦な声で言いながら、リカルドのまん前に立って胸を張る。

 その視線はリカルドに対し「ついて来い」と物語っている。

 リカルドもそれを察し、にやりと、戦いに赴く直前の戦士のような表情を見せた。

 

「……土下座してでもマグダに踏まれたい人はいますか?」

「レジーナ! お前、なんてお題入れてんの!?」

 

 確証はないがまず間違いないので下手人を非難しておく。

 そして、どんな手段を使ってでも参加したそうだったリカルドはというと……目を逸らしてやがった。

 

 まぁ、ゴールしたら『確認作業』があるからな。

 衆人環視の中じゃ出来ないだろうよ。

 

「どうやら、お父様が命拾いしたようですわね」

 

 一度ゴールしたイメルダが待機列へ戻り、俺たちのもとへとやって来る。

 ……そうだな。あのお題を引いたのが妹やシェリルだったら、ハビエルは喜んで名乗りを挙げただろうな。

 よかったよ、今日がハビエルの命日にならなくて。

 

「HEY、チック! 聞いたかい!?」

「オフコースさ、ネック!」

「「マグダたん、プリーズ!」」

「おい、誰かあそこの変態アリクイ兄弟を止めてこい」

「そうッス! 区外退去を命じるッス! 代わりにオイラが踏まれるッス!」

「ごめーん。ここのキツネも追加でー!」

 

 結局、マグダはアリクイ兄弟を引き連れてゴールし、「……踏まれたいという気持ちは本物」と、実行委員に告げて変態を踏むことなく帰ってきた。

 そりゃそうだ。無料でそんなサービスしてやる必要はないのだ。

 何がっかりしてやがんだ、あのアリクイ兄弟は!

 

「ぅう……ごめん、ね、まぐだちゃん……ネックとチックが……」

「……ミリィが謝る必要はない。すべてはマグダが小悪魔だからイケナイだけ」

 

 その返答が正解はどうかはさておき、今後レジーナ案件は無条件で交換可能にしておかなきゃいかんな。

 

「うっし! 次はあたいの番だ!」

 

 腕の筋をぐぐっと伸ばした後、勢いよく飛び出していったデリア。

 お題を引くや、マグダと同様こちらにサムズアップを送ってきた。

 

「オイ、お前~! あたいが選んでやるから一緒に来いよ!」

「おい、オオバ! ちゃんとしつけとけよ、領主に対する口の利き方!」

 

 なぜ俺に言う。エステラに言え。

 そして、デリアはあれで結構ちゃんとしてるんだぞ。

 必要な相手にはきちんと敬意を表しているからな。おのれの敬われなさ加減を嘆き、省み、悔い改めろ。

 

「んだよ? 参加したくねぇのか? じゃあ他のヤツ探すぞ」

「ちっ……言うだけ言ってみろ」

「『あたいの全力パンチに耐えられる人』だ!」

「無茶言うな、獣人族!」

 

 ちっ。リカルドのヤツ、デリアのパワーを知ってやがったのか。

 一回殴られてみればよかったのに。

 

「おきゃくたまのなかで~、シェリルを抱っこしてくれる人~!」

「はぁーい! はいはい! ハビエルオジサンが抱っこしてあげるよ~!」

「ちょうどいいですわ、デリアさん。あそこの筋肉を連れてお行きなさいまし。全責任はワタクシがとりますわ」

「そっか。んじゃハビエル。よろしく!」

「ちょっと待って!? 君、パワーだけで言えばメドラやマグダちゃんと同じぐらいの娘だよな!?」

「あっはっはっ! さすがにあそこまでのバケモノじゃねぇよ、あたいは」

「Aランク超えたらみんなSランクなんだよ!? 一般人にとってはみんな等しくオーバーキル!」

 

 でかい体をゆすって抵抗するハビエルだが、デリアが強引に首根っこを掴んで引き摺っていった。

 あのオッサン、全力で戦えばメドラ並みのパワーだと聞いたんだが……老いたか、ハビエル?

 

 そうして、ゴール地点での『確認作業』。

 

「んじゃ、行くぞ!」

「やーめーてー!」

 

 思わず、耳をふさいでしまった。

 鈍い音、響いてきてたなぁ……

 

 しかし、さすがは木こりの英雄! デリアの一撃を喰らっても「痛っっっっっっっった!? なにこれ、メッチャ痛い!」と大騒ぎする程度だった。

 常人なら頭蓋骨が粉砕されてるか、細胞レベルで消滅していたことだろう。

 

 まだまだ衰えていないな、木こりの英雄!

 よっ! ナイスやられ役!

 

「イメルダー!」

 

 きらきらした顔をして、デリアが駆け戻ってくる。

 

「お前んとこの親父さん、すっげぇな!? あたい、全力でやったのに全然効いてなかったぞ!」

「いや、悶絶していましたわよね?」

「なんかカッコいいなぁ、お前の親父さん!」

「幼女を抱っこしようと必死でしたけれど?」

「なぁ、今度また貸してくれねぇか? 組み手の相手してほしいんだ!」

「それでしたらいくらでも」

「ちょっと待て、イメルダ!? 勝手に恐ろしい契約結ばないでくれるか!?」

 

 なんか、変なところでハビエルが尊敬を得たようだ。

 デリアが楽しそうだ。こいつの親父さんは間違いなく強かっただろうし、思い出したりしたのかもしれないな。

 うんうん。存分に相手してもらいなさい。

 デリアは成人しているし、ハビエルの毒牙にかかることもないだろう。

 安全だね☆(デリアの方はね☆)

 

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