「それじゃあ、次はアタシが行ってくるさね」
健康的な体操服から夜のオーラを滲み出させて、ノーマが艶っぽくコースへと踏み出す。
お尻のラインが芸術の域に達している。観光名所に出来そうなくらいにいいラインだ。
…………拝んでおこう。なむー。
「え~っと……」
取ったお題を広げる姿も色っぽく、会場中の男どもが「あわよくば、これを機にお近付きに……!」的な前のめりになっている。必死過ぎんだろ、ヤロウども。
「お客様の中で、資産が100万Rb以上ある人はいるかぃね~?」
前のめりだった男たちが押し黙る。沈黙。
いや、まぁ……気持ちは分からんでもないんだが……
「ノーマ。ここ、結婚相手探す場所じゃないから……気持ちは分かるんだけど」
「違うさよ!? 書いてあるんさね! それにアタシは相手の男に金なんて求めな…………『気持ちは分かる』ってどーゆー意味さねっ!?」
ノーマが物凄い形相でこっちに向かってきた。
ヤバイ! 逃げよう!
資産が100万Rb以上という条件なら、リカルドはそれに合致する。
……が、なんというか、こう……雰囲気的に? 結局リカルドは名乗り出なかった。
いやほら、「あの領主、金であの美人買う気だぜ……ひそひそ」みたいな印象になっちまうからな、この空気だと。
人が悪かったな。これがロレッタやデリアならそんな空気にはならなかったろうに。……ノーマの、内から滲み出す無意識の必死さがそうさせてしまったのだろう…………
「ヤシロぉ! 待つさね!」
「悪かった! ヒントやるから! ネックとチックならそーゆー空気にならないから! あいつらにしとけ! もしくはマーゥル!」
「……そうさね。それじゃあ、マーゥルさんにお願いしてくるさね」
振り回していた煙管を谷間にしまい、ノーマが貴賓席へと向かう。
……ネックとチックを連れて行くと「年下を篭絡か!?」みたいに思われると考えたんだろうな……難しいお年頃だな、ノーマ。
そして、なんて引きの強さだ。
笑いの神でも憑いてんじゃないのか?
「……マグダが行く」
気配と足音を消し、マグダが発進する。
改めて見ると、忍者みたいなヤツだな。目で追っていても見失いそうになる。
きっと、本気を出されたらすぐ撒かれちまうな。
てってりーぷっぷーと軽やかに走り、迷うことなく一枚の紙を引く。
そして、振り返りざまにこちらにサムズアップを突きつけてくる。
どうやら、リカルドを連れて行けるお題を引き当てたらしい。さすがマグダだ。こういう時に外さないデキる獣っ娘だ。
「……お客様の中に」
平坦な声で言いながら、リカルドのまん前に立って胸を張る。
その視線はリカルドに対し「ついて来い」と物語っている。
リカルドもそれを察し、にやりと、戦いに赴く直前の戦士のような表情を見せた。
「……土下座してでもマグダに踏まれたい人はいますか?」
「レジーナ! お前、なんてお題入れてんの!?」
確証はないがまず間違いないので下手人を非難しておく。
そして、どんな手段を使ってでも参加したそうだったリカルドはというと……目を逸らしてやがった。
まぁ、ゴールしたら『確認作業』があるからな。
衆人環視の中じゃ出来ないだろうよ。
「どうやら、お父様が命拾いしたようですわね」
一度ゴールしたイメルダが待機列へ戻り、俺たちのもとへとやって来る。
……そうだな。あのお題を引いたのが妹やシェリルだったら、ハビエルは喜んで名乗りを挙げただろうな。
よかったよ、今日がハビエルの命日にならなくて。
「HEY、チック! 聞いたかい!?」
「オフコースさ、ネック!」
「「マグダたん、プリーズ!」」
「おい、誰かあそこの変態アリクイ兄弟を止めてこい」
「そうッス! 区外退去を命じるッス! 代わりにオイラが踏まれるッス!」
「ごめーん。ここのキツネも追加でー!」
結局、マグダはアリクイ兄弟を引き連れてゴールし、「……踏まれたいという気持ちは本物」と、実行委員に告げて変態を踏むことなく帰ってきた。
そりゃそうだ。無料でそんなサービスしてやる必要はないのだ。
何がっかりしてやがんだ、あのアリクイ兄弟は!
「ぅう……ごめん、ね、まぐだちゃん……ネックとチックが……」
「……ミリィが謝る必要はない。すべてはマグダが小悪魔だからイケナイだけ」
その返答が正解はどうかはさておき、今後レジーナ案件は無条件で交換可能にしておかなきゃいかんな。
「うっし! 次はあたいの番だ!」
腕の筋をぐぐっと伸ばした後、勢いよく飛び出していったデリア。
お題を引くや、マグダと同様こちらにサムズアップを送ってきた。
「オイ、お前~! あたいが選んでやるから一緒に来いよ!」
「おい、オオバ! ちゃんとしつけとけよ、領主に対する口の利き方!」
なぜ俺に言う。エステラに言え。
そして、デリアはあれで結構ちゃんとしてるんだぞ。
必要な相手にはきちんと敬意を表しているからな。おのれの敬われなさ加減を嘆き、省み、悔い改めろ。
「んだよ? 参加したくねぇのか? じゃあ他のヤツ探すぞ」
「ちっ……言うだけ言ってみろ」
「『あたいの全力パンチに耐えられる人』だ!」
「無茶言うな、獣人族!」
ちっ。リカルドのヤツ、デリアのパワーを知ってやがったのか。
一回殴られてみればよかったのに。
「おきゃくたまのなかで~、シェリルを抱っこしてくれる人~!」
「はぁーい! はいはい! ハビエルオジサンが抱っこしてあげるよ~!」
「ちょうどいいですわ、デリアさん。あそこの筋肉を連れてお行きなさいまし。全責任はワタクシがとりますわ」
「そっか。んじゃハビエル。よろしく!」
「ちょっと待って!? 君、パワーだけで言えばメドラやマグダちゃんと同じぐらいの娘だよな!?」
「あっはっはっ! さすがにあそこまでのバケモノじゃねぇよ、あたいは」
「Aランク超えたらみんなSランクなんだよ!? 一般人にとってはみんな等しくオーバーキル!」
でかい体をゆすって抵抗するハビエルだが、デリアが強引に首根っこを掴んで引き摺っていった。
あのオッサン、全力で戦えばメドラ並みのパワーだと聞いたんだが……老いたか、ハビエル?
そうして、ゴール地点での『確認作業』。
「んじゃ、行くぞ!」
「やーめーてー!」
思わず、耳をふさいでしまった。
鈍い音、響いてきてたなぁ……
しかし、さすがは木こりの英雄! デリアの一撃を喰らっても「痛っっっっっっっった!? なにこれ、メッチャ痛い!」と大騒ぎする程度だった。
常人なら頭蓋骨が粉砕されてるか、細胞レベルで消滅していたことだろう。
まだまだ衰えていないな、木こりの英雄!
よっ! ナイスやられ役!
「イメルダー!」
きらきらした顔をして、デリアが駆け戻ってくる。
「お前んとこの親父さん、すっげぇな!? あたい、全力でやったのに全然効いてなかったぞ!」
「いや、悶絶していましたわよね?」
「なんかカッコいいなぁ、お前の親父さん!」
「幼女を抱っこしようと必死でしたけれど?」
「なぁ、今度また貸してくれねぇか? 組み手の相手してほしいんだ!」
「それでしたらいくらでも」
「ちょっと待て、イメルダ!? 勝手に恐ろしい契約結ばないでくれるか!?」
なんか、変なところでハビエルが尊敬を得たようだ。
デリアが楽しそうだ。こいつの親父さんは間違いなく強かっただろうし、思い出したりしたのかもしれないな。
うんうん。存分に相手してもらいなさい。
デリアは成人しているし、ハビエルの毒牙にかかることもないだろう。
安全だね☆(デリアの方はね☆)
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