「カタクチイワシ、送っていってやろう。ソラマメも大量にあるし、みな疲れているだろうし、ウェンたんともう少し長く一緒にいたいしな」
「最後のが本音だろう、お前」
ガタゴトと揺れる馬車の中、ルシアが小鼻を膨らませいて恩着せがましく言う。
この後、しばらくウェンディたちには会えなくなると踏んで、ギリギリまで粘るつもりなのだろう。まぁ、こっちは楽が出来るからありがたいけどな。
真っ先に陽だまり亭へと向かい、その後セロンとウェンディを送り届けて、ルシアたちは三十五区へ帰るという。陽だまり亭には寄っていかないらしい。
まぁ、早く帰らないと真夜中になっちまうからな。
「ソラマメの積み下ろし、ボクも手伝うよ」
一方のエステラは陽だまり亭に寄っていく気満々だ。
小腹でも空いているのだろう。
かく言う俺も、マーゥルの家であれだけ食ったにもかかわらず小腹が空いている。
出先で食うと安心感の差からなのか、帰宅後に腹が減ることが多い。
日本のオッサンどもが、飲み会のあとに家でお茶漬けを食いたがる気持ちが、今なら少し分かるな。
「ナタリアも寄っていくか?」
「そうですね……」
エステラが身軽な時でも、ナタリアは何かと仕事を抱えていることが多い。
なので念のために尋ねてみたのだが……
「四十二区には、あの情報紙の影響が及んでいないため、私はモッテモテではないんですよね…………行く意味がせませんね」
「芸能人きどりか!?」
ちやほやされなきゃ行きたくないとか、たわけたことを抜かすな。
「しかし、今日は精神的にも肉体的にも少々疲労してしまいました。店長さんにお会いして、癒されたい気分です」
エステラに付いての遠征。
それも、相手は領主の姉である貴族だ。
ナタリアはずっと気を張っていたのかもしれないな。主に恥をかかせないように。主の身に危険が及ばないように。
なんだかんだと、ナタリアは頼りになる給仕長なのだ。
「店長さんにお会いして、あのぽぃんぽぃんの枕で一眠りしたいです」
「あのぽぃんぽぃんは枕じゃねぇよ! けど、今度俺にも貸して!」
「では、順番で」
「君たち、陽だまり亭への出入りを禁止するよ? 領主権限で」
人が心の疲れを癒そうとしているというのに、妨害工作とは何事だ!? 領主が聞いて呆れるぜ!
そうこうしているうちに、よく見慣れた風景が窓の外を流れていき、馬車は陽だまり亭へとたどり着いた。
「おかえりなさい。みなさん、お疲れ様です」
馬車の音を聞きつけてか、陽だまり亭の前にはジネットを始め、従業員がずらりと並んでいた。
マグダに、ロレッタ、デリアにノーマにウーマロだ。
「……お前ら、仕事しろよ」
「違うんだよ、ヤシロ! ドーナツが飛ぶように売れてな、あたいたちも帰るに帰れなかったんだよ! な、ノーマ?」
「ホント、大変だったさね」
とんとんと、腰を叩くノーマ。
「重そうだな。揉んでやろうか?」
「重そうな箇所と、揉んでほしいであろう箇所は別なように見えるんだけど?」
バカモノ。重そうな箇所と揉みたい箇所は同じだろうが。
しかし、こいつらは律義にも陽だまり亭に残って手伝いをしてくれてたわけだ。労ってやるくらいはしないとな。
「というわけで、ウーマロ。ソラマメを食料庫に運んでおいてくれ」
「なんでッスか!?」
「手伝ってくれたこいつらを酷使は出来ないだろうが!」
「オイラはお客ッスよ!?」
「何言ってんだよウーマロ。お前は、たとえ客でも、こき使われる側の人間だろ?」
「そんな『側』に立った記憶ないッスけども!?」
なんだかんだと理由を付けてはサボろうとするウーマロにソラマメを運ばせる。
その間に、俺はマグダを呼び寄せる。
「マグダ。すまんがハニーポップコーンを用意してくれないか?」
「……それなら、ストックがある」
「じゃあ、それをくれ」
「……進呈する」
綺麗に梱包されたハニーポップコーンを受け取り、馬車へと戻る。
ナタリアがアレだけ疲れてたんだ、きっとこいつもくたくただろう。
「ギルベルタ。これをやろう」
「私にか、友達のヤシロ?」
「頑張ったご褒美だ」
疲れた時には甘い物が効くからな。
帰り道で摘まめばいいさ。
「…………嬉しい」
ポップコーンの袋を見つめ、ぽつりとギルベルタが呟く。
もしかしたら、誰かに何かをもらうなんてことは、そうそうないのかもしれない。
黙ってじっと、じぃ~っとポップコーンの袋を見つめるギルベルタ。
表情が乏しいから分かりにくいが、きっと喜んでくれているのだろう。
「ここの子になる、私はっ!」
「うん、喜んでくれてるのは分かったから、一回落ち着け。な?」
ちょっと、喜ばせ過ぎたようだ。
ルシアから、とてつもない殺気のこもった視線を向けられている。……怖い怖い。
「必ずまた来る、私は、ここに。また遊んでほしい思う、私は、友達のヤシロ!」
「え、なに。遊びの一環だったのか、今日の遠征……」
遊ぶなら、タイミングを選んでくれな。
「それでは英雄様、領主様。失礼いたします」
「本日は、いろいろとありがとうございました」
馬車の中でセロンとウェンディが頭を下げる。
あいつら疲れないのかな、あんな肩っ苦しい性格してて。
「カタクチイワシ」
馬車が出発する間際、ルシアが窓から顔を出して俺を呼んだ。
「怖い夢を見て泣け」
そして、それだけ言い残して、馬車は走り去っていった。
……何がしたかったんだよ、あいつは。
つか、あいつも怖い夢とか見て泣くのかね。そういう言葉が出てくるってことは、少なからずそういう経験があって、それがつらいと認識してるってことだろうしな。
馬車が見えなくなって、ようやく一日の仕事が終わった、そんな気がした。
「んじゃ、あたいらも帰るな」
「今日はぐっすり眠れそうさね」
「あぁ、ご苦労だったな。今度ケーキでも御馳走するよ」
「おっ! またデートか!?」
「期待してるさね」
いや……別に二人きりってつもりで言ったわけじゃないんだが……むしろ、お前らが二人で食ってくれよ。
「ヤシロー、また『檸檬』に行こうなー!」
などと、陽だまり亭の利益にならない発言を残して去っていくデリア。絶対陽だまり亭のケーキを食わせてやる。
「ほいじゃ、アタシも……」
「あ、ノーマは少し待ってくれ」
帰ろうとするノーマを呼びとめ、ソラマメ運搬を終えたウーマロを待つ。
「終わったッスよ~」
「遅い!」
「もうちょっと労いの言葉が欲しいッス!」
何を贅沢な。
労いの言葉はやれないが、代わりにいい話をしてやろう。
「ウーマロ、ノーマ。明日、イメルダを連れてここに来てくれないか? 頼みたいものがあるんだ」
「やるッス!」
「任せるさね!」
早いっ! 早いよ、決断するのが!
お前ら大丈夫か? 『精霊の審判』があること忘れてないよな?
「やる」って言った後、「やっぱやりたくない」って言ったらカエルにされるんだぞ?
どんだけ安請け合いしてんだよ。
「何を作るかは明日、改めて説明するから」
「なんだかオイラ、わくわくしてきたッス」
「大工と共同作業ってことは、結構大がかりな物を作るんさね。腕が鳴るさよ」
こいつらは、こっちが不安になるくらい都合のいい職人になっちまったなぁ……
絶対ジネットのせいだ。
お人好しが感染したんだろうな、うん。
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