異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加55話 棒を引く者たち -1-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
更新日時: 2021年4月3日(土) 15:03
文字数:3,023

「ホントか、ママ!?」

「あぁ。狩人に二言はないよ」

 

 棒引き開始直前、メドラがウッセに『賭け』を持ちかけた。

 

「あんたらが、アタシ個人よりも多く棒を獲得できりゃあ、特別訓練を免除してやろう」

「うぉぉおお! マジか!? よぉおし、やってやろうぜ野郎ども!」

「「「うぉおお!」」」

「ただし、アタシが勝ったら特訓が『猛特訓』にレベルアップするからね」

「「「「…………」」」」

 

 負ければ死……

 さぁ、どうする狩猟ギルド?

 

「い、いや、ここで引いたら、それこそ俺らは特訓が必要な腰抜けになっちまう!」

「そ、そうっすね!」

「折角ママがくれたチャンスだ」

「そうですよ、やってやりましょうぜ!」

 

 ウッセの一言で、狩猟ギルドの闘志に火がついた。

 ウッセたちは賭けを受けるそうだ。

 

「いいか野郎ども! 五人がかりでママを抑え込めばいいんだ! 出来ねぇ話じゃねぇ!」

「そうっすね! オマケに、選手への攻撃は禁止されている!」

「ってことは、まかり間違っても死にゃあしない!」

「こんな安全な条件でママとやりあえる機会はそうそうないですぜ!」

「これでママに勝ったら、四十二区支部に箔がつくってもんだ!」

「そうだ、野郎ども! こいつは、ママと真正面からやりあえるチャンスだ!」

「「「「そうだ! 直接攻撃さえなければたぶん死なないし! ちょっとしか怖くない!」」」」

 

 威勢がいいのか腰が引けてるのか……

 

「ふふん。よく賭けに乗ってきたね。もしここで賭けに乗れないなんて腰抜けなことを言っていたら、たった今から猛特訓を開始していたところだったよ。ふはは、命拾いしたね、あんたたち!」

「「「「「…………あはは」」」」」

 

 乾いた愛想笑いしか出てこなかったか。

 かっさかさだな、今のお前らの顔。

 

「それじゃ、全力でぶつかってきな! 楽しみにしてるよ」

 

 どしーんどしーんと、怪獣が選手待機列へと去っていく。

 ウッセたちが冷や汗を流しながらも、鋭い眼光でその背中を睨みつけている。

 

「やってやろうぜ、なぁ、みんな!」

「「「「おう!」」」」

 

 なんだかんだと、こいつらも狩人なんだな。

 危険な狩りほど燃えてくるらしい。

 

 と、メドラがこっそりとこちらに視線を向ける。

 小さく手を上げて合図を送っておく。

 

 

 これが俺とメドラの賭けだ。

 

 

 メドラ一人と狩猟ギルド五人。どちらが多く棒を獲得できるか。

 青組と黄組の得点を競うものではない。あくまで、メドラ個人と狩猟ギルド五人との対決だ。

 

 もちろん、俺は狩猟ギルドの勝利にベットしている。

 まぁ、連中が勝てるとは思ってないけどな。

 重要なのは、メドラと狩猟ギルドの連中が『棒引き』という競技の結果とは別の勝負に夢中になることだ。

 もし、エステラやナタリアがウッセたち狩猟ギルドに加勢したら、それは狩猟ギルドの得点にはならない。

 そういう条件だから、ウッセたちは狩猟ギルドとしてしか行動しないだろう。

 青組の団結力はこれで壊滅だ。

 

 同時に、メドラを五人がかりで封じてもらう。

 完全に封じることは出来ないだろうが、まったくの自由にさせてしまうよりかは遥かにいい。

 メドラがその気になれば、一人で50本全部の棒を獲得することだって出来てしまうのだ。

 それを抑え込んでもらう。

 

 

 互いに足を引っ張り合い、互いに潰し合え。

 

 

 

「うまくやったつもりでいるのかな?」

 

 涼しげな表情をしたエステラが俺の前に現れる。

 何もかもを見透かしたような顔で。

 

「君の思惑通りに事が運べばいいね」

「さて。なんのことかな」

「目に付くものばかりに捉われていると、足を掬われることになるかもしれないよ」

「忠告か?」

「いいや、警告さ」

 

 薄く笑って、そして真剣な表情をみせる。

 

「トップは譲らない。ボクのプライドにかけても、ね」

 

 現在、総合トップの青組。

 この競技で引き摺りおろされるようなことはしない。そんな宣言か。

 

「精々頑張れよ。こっちはこっちでベストを尽くすまでだ」

「君の口から出た言葉でなければ、素直に聞き入れられただろうけど……警戒させてもらうよ。十分にね」

 

 言いたいことだけを言って、エステラが去っていく。

 ナタリアが随分と真剣な表情をしていた。青組の状況を理解して本気を出す……なんて決意をしていなけりゃいいんだが。

 

 ふと見ると、パウラとノーマがこちらを見ていた。

 笑っているのか怒っているのか、なんとも判別しにくい表情だ。

 あいつらも、俺がメドラ封じの一手を打ったことに気が付いている様子だ。

 

『メドラさん一人封じただけで勝てるつもりなの?』

 

 なんて、そんな声が聞こえてきそうな顔だな。

 

 赤組は引き続き『打倒白組! 追い越せ青組!』とシュプレヒコールを挙げている。

 きっと万全の態勢でこの競技に挑むのだろう。

 

「英雄!」

 

 白い鉢巻をぎっちぎちに結んだバルバラがやって来る。

 

「勝てるよな?」

 

 期待するような目。

 ここまで俺が何かを企み、実行してゲームを動かしていた。そんな風に思い始めたのかもしれない。

 だが、実際結果は残せていない。

 そんなヤツに期待なんか寄せんじゃねぇよ。

 

「やってみなけりゃ分からねぇよ、そんなもん」

「なんだよ! 勝つって言えよぉ!」

「勝ちたきゃ、勝てるように頑張れ」

「おう! アーシ頑張るぞ!」

 

 バルバラには何も伝えていない。

 こいつの場合、あれこれ考えると体が止まるだろうからな。

 お前は自由に動けばいい。

 

 せいぜい、引っ掻き回してくれ。

 

「ヤシぴっぴ。こっちの準備は整いやがったですよ」

 

 モコカ、そしてイネスとデボラがやって来る。

 給仕チームで個別のミーティングを行っていたようだ。

 

「こちらも、とりあえず役割分担を終えました」

 

 ソフィーが男衆を引き連れて報告に来る。

 ヤンボルドにカブリエルにマルクス。ソフィーも含めて力自慢の四人組だ。

 

「……時は満ちた」

「作戦通りにやってやるです!」

 

 マグダとロレッタも気合い十分というところだ。

 

「よし、それじゃあみんな。相当厳しいミッションだが、よろしく頼むぞ」

「……皆の者、出陣」

 

 マグダの号令に従い、選手が待機列へと向かう。

 

 マグダ、ロレッタ、イネス、デボラ、モコカ、ソフィー、ヤンボルド、カブリエル、マルクス、そしてバルバラ。以上十名が白組の代表選手だ。

 俺は参加しない。力やスピードで狩猟ギルドやデリアたちに敵うわけがないから。

 俺はここから戦況を見て指令を出していく。ソフィーもいるし、秘密の伝達も可能だ。

 

 リベカは、ちょっと危険なので外しておいた。

 メドラ対狩猟ギルドが行われるしな。巻き込まれ事故で怪我なんかされたら、俺がいろんな方面から恨みを買いかねない。

 

「おねーちゃーん! が~んばるのじゃー!」

「「「みんな~! 勝って~!」」」

 

 かわいい隊を引き連れて、リベカが声援に熱を入れる。

 ここが天王山だと、理解しているのだろう。

 

 そうだリベカ。応援に力を入れてくれ。作戦通りに。

 

 腕を組み、余裕の表情を浮かべて他のチームを睥睨する。

 こっちは全然焦っていない、余裕綽々だと見せつけるように全身でアピールする。

 追い詰められたのはそっちだぞと、無言のメッセージを送っておく。

 

 エステラやノーマがこちらをじっと見つめていた。

 なんだよ。俺は出ないぞ?

 当然だろ。こっちは『優勝』を見据えて動いてるんだ。目先の勝負になんか構ってられねぇんだよ。

 なりふり構わずやってやる。

 まぁ、精々頑張ってくれ。そうでなけりゃ、こっちが困る。

 

 隣を見れば、ルシアが俺と同じポジションにいた。

 出場はせず、全体を見渡して指示を出す位置に陣取っている。

 視線が合うと、挑発的な笑みを向けられた。

 

 そっちも精々頑張ってくれ。白組のためにな。

 

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