「ホントか、ママ!?」
「あぁ。狩人に二言はないよ」
棒引き開始直前、メドラがウッセに『賭け』を持ちかけた。
「あんたらが、アタシ個人よりも多く棒を獲得できりゃあ、特別訓練を免除してやろう」
「うぉぉおお! マジか!? よぉおし、やってやろうぜ野郎ども!」
「「「うぉおお!」」」
「ただし、アタシが勝ったら特訓が『猛特訓』にレベルアップするからね」
「「「「…………」」」」
負ければ死……
さぁ、どうする狩猟ギルド?
「い、いや、ここで引いたら、それこそ俺らは特訓が必要な腰抜けになっちまう!」
「そ、そうっすね!」
「折角ママがくれたチャンスだ」
「そうですよ、やってやりましょうぜ!」
ウッセの一言で、狩猟ギルドの闘志に火がついた。
ウッセたちは賭けを受けるそうだ。
「いいか野郎ども! 五人がかりでママを抑え込めばいいんだ! 出来ねぇ話じゃねぇ!」
「そうっすね! オマケに、選手への攻撃は禁止されている!」
「ってことは、まかり間違っても死にゃあしない!」
「こんな安全な条件でママとやりあえる機会はそうそうないですぜ!」
「これでママに勝ったら、四十二区支部に箔がつくってもんだ!」
「そうだ、野郎ども! こいつは、ママと真正面からやりあえるチャンスだ!」
「「「「そうだ! 直接攻撃さえなければたぶん死なないし! ちょっとしか怖くない!」」」」
威勢がいいのか腰が引けてるのか……
「ふふん。よく賭けに乗ってきたね。もしここで賭けに乗れないなんて腰抜けなことを言っていたら、たった今から超猛特訓を開始していたところだったよ。ふはは、命拾いしたね、あんたたち!」
「「「「「…………あはは」」」」」
乾いた愛想笑いしか出てこなかったか。
かっさかさだな、今のお前らの顔。
「それじゃ、全力でぶつかってきな! 楽しみにしてるよ」
どしーんどしーんと、怪獣が選手待機列へと去っていく。
ウッセたちが冷や汗を流しながらも、鋭い眼光でその背中を睨みつけている。
「やってやろうぜ、なぁ、みんな!」
「「「「おう!」」」」
なんだかんだと、こいつらも狩人なんだな。
危険な狩りほど燃えてくるらしい。
と、メドラがこっそりとこちらに視線を向ける。
小さく手を上げて合図を送っておく。
これが俺とメドラの賭けだ。
メドラ一人と狩猟ギルド五人。どちらが多く棒を獲得できるか。
青組と黄組の得点を競うものではない。あくまで、メドラ個人と狩猟ギルド五人との対決だ。
もちろん、俺は狩猟ギルドの勝利にベットしている。
まぁ、連中が勝てるとは思ってないけどな。
重要なのは、メドラと狩猟ギルドの連中が『棒引き』という競技の結果とは別の勝負に夢中になることだ。
もし、エステラやナタリアがウッセたち狩猟ギルドに加勢したら、それは狩猟ギルドの得点にはならない。
そういう条件だから、ウッセたちは狩猟ギルドとしてしか行動しないだろう。
青組の団結力はこれで壊滅だ。
同時に、メドラを五人がかりで封じてもらう。
完全に封じることは出来ないだろうが、まったくの自由にさせてしまうよりかは遥かにいい。
メドラがその気になれば、一人で50本全部の棒を獲得することだって出来てしまうのだ。
それを抑え込んでもらう。
互いに足を引っ張り合い、互いに潰し合え。
「うまくやったつもりでいるのかな?」
涼しげな表情をしたエステラが俺の前に現れる。
何もかもを見透かしたような顔で。
「君の思惑通りに事が運べばいいね」
「さて。なんのことかな」
「目に付くものばかりに捉われていると、足を掬われることになるかもしれないよ」
「忠告か?」
「いいや、警告さ」
薄く笑って、そして真剣な表情をみせる。
「トップは譲らない。ボクのプライドにかけても、ね」
現在、総合トップの青組。
この競技で引き摺りおろされるようなことはしない。そんな宣言か。
「精々頑張れよ。こっちはこっちでベストを尽くすまでだ」
「君の口から出た言葉でなければ、素直に聞き入れられただろうけど……警戒させてもらうよ。十分にね」
言いたいことだけを言って、エステラが去っていく。
ナタリアが随分と真剣な表情をしていた。青組の状況を理解して本気を出す……なんて決意をしていなけりゃいいんだが。
ふと見ると、パウラとノーマがこちらを見ていた。
笑っているのか怒っているのか、なんとも判別しにくい表情だ。
あいつらも、俺がメドラ封じの一手を打ったことに気が付いている様子だ。
『メドラさん一人封じただけで勝てるつもりなの?』
なんて、そんな声が聞こえてきそうな顔だな。
赤組は引き続き『打倒白組! 追い越せ青組!』とシュプレヒコールを挙げている。
きっと万全の態勢でこの競技に挑むのだろう。
「英雄!」
白い鉢巻をぎっちぎちに結んだバルバラがやって来る。
「勝てるよな?」
期待するような目。
ここまで俺が何かを企み、実行してゲームを動かしていた。そんな風に思い始めたのかもしれない。
だが、実際結果は残せていない。
そんなヤツに期待なんか寄せんじゃねぇよ。
「やってみなけりゃ分からねぇよ、そんなもん」
「なんだよ! 勝つって言えよぉ!」
「勝ちたきゃ、勝てるように頑張れ」
「おう! アーシ頑張るぞ!」
バルバラには何も伝えていない。
こいつの場合、あれこれ考えると体が止まるだろうからな。
お前は自由に動けばいい。
せいぜい、引っ掻き回してくれ。
「ヤシぴっぴ。こっちの準備は整いやがったですよ」
モコカ、そしてイネスとデボラがやって来る。
給仕チームで個別のミーティングを行っていたようだ。
「こちらも、とりあえず役割分担を終えました」
ソフィーが男衆を引き連れて報告に来る。
ヤンボルドにカブリエルにマルクス。ソフィーも含めて力自慢の四人組だ。
「……時は満ちた」
「作戦通りにやってやるです!」
マグダとロレッタも気合い十分というところだ。
「よし、それじゃあみんな。相当厳しいミッションだが、よろしく頼むぞ」
「……皆の者、出陣」
マグダの号令に従い、選手が待機列へと向かう。
マグダ、ロレッタ、イネス、デボラ、モコカ、ソフィー、ヤンボルド、カブリエル、マルクス、そしてバルバラ。以上十名が白組の代表選手だ。
俺は参加しない。力やスピードで狩猟ギルドやデリアたちに敵うわけがないから。
俺はここから戦況を見て指令を出していく。ソフィーもいるし、秘密の伝達も可能だ。
リベカは、ちょっと危険なので外しておいた。
メドラ対狩猟ギルドが行われるしな。巻き込まれ事故で怪我なんかされたら、俺がいろんな方面から恨みを買いかねない。
「おねーちゃーん! が~んばるのじゃー!」
「「「みんな~! 勝って~!」」」
かわいい隊を引き連れて、リベカが声援に熱を入れる。
ここが天王山だと、理解しているのだろう。
そうだリベカ。応援に力を入れてくれ。作戦通りに。
腕を組み、余裕の表情を浮かべて他のチームを睥睨する。
こっちは全然焦っていない、余裕綽々だと見せつけるように全身でアピールする。
追い詰められたのはそっちだぞと、無言のメッセージを送っておく。
エステラやノーマがこちらをじっと見つめていた。
なんだよ。俺は出ないぞ?
当然だろ。こっちは『優勝』を見据えて動いてるんだ。目先の勝負になんか構ってられねぇんだよ。
なりふり構わずやってやる。
まぁ、精々頑張ってくれ。そうでなけりゃ、こっちが困る。
隣を見れば、ルシアが俺と同じポジションにいた。
出場はせず、全体を見渡して指示を出す位置に陣取っている。
視線が合うと、挑発的な笑みを向けられた。
そっちも精々頑張ってくれ。白組のためにな。
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