異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

367話 会場入り、そして開場 -3-

公開日時: 2022年6月24日(金) 20:01
文字数:4,418

「朝から大変だったようだね」

 

 人でごった返す街門をくぐり抜けると一気に歩きやすくなる。

 街の中より門の外の方が一息付けるってのは、変な感じだけどな。

 それだけ、港までの道が安全になったということか。

 

 ……いや、メドラとハビエルが揃ってるからだろうな、この安心感は。

 

「アッスントが一人でお祭り騒ぎしてただけだぞ」

「昨晩、ボクのところにも来たよ。なんか、ちょっと涙目だったけど」

 

 アッスントはエステラに直訴しに行ったようだ。

「絶対卵が足りなくなるから近隣から買い漁る許可をその区の領主に言ってもぎ取ってくれ」と。

 普通に取引する分には、アッスントは四十区から四十二区内で自由に商いが出来るが、今回のように根こそぎかき集めるとなると、住民への影響が大きくなるため領主にお伺いを立てるのが普通なのだそうだ。

 ついでに、出来ることなら三十五区から三十九区と『BU』からも卵を融通してくれるようにと、領主経由で行商ギルドに連絡をしてもらったらしい。

 

 アッスントと各区の領主から連絡が行ったことで、なんとか卵は集まりコレと言ったトラブルはなかったらしい。

 ただし、事情を聞かれ、今後卵が品薄になりそうだという情報を提供する羽目になったと、アッスントは悔しそうに言っていた。

 一人で抱え込めないレベルの話は、タダでくれてやってでも協力者を確保しとけっての。

 

「ホント、がめついヤツだよな」

「さすが、君の親友だね」

「え、やめて」

 

 だって入会費と年会費まだもらってないし。

 ちなみに、一度入会すると二年間は解約できず、更新月以外で解約すると違約金が発生するシステムだ。

 親友って、それくらいの覚悟でなるものじゃん?

 

 

 で、いつもなら朝一で陽だまり亭に乗り込んできて、ジネットと一緒に行動したがるエステラが、なんでこんなに遅かったかというと――

 

「貴様の計画性のなさが一番の問題なのだ。少しは頭を働かせたらどうだ、カタクチイワシ。こちらにまで迷惑をかけおって」

「――と言いながら、昨日は遅くまで奮闘していた、ルシア様は。嬉しかった、きっと、友達のヤシロの役に立てることが」

「そんなことはないぞ、ギルベルタ! 私は、ジネぷーの新メニューに期待をしていただけで……えぇい、こっちを見るな、カタクチイワシ!」

 

 あぁ、うん。

 なんか元のルシアに戻った気がしてちょっと安心しちゃったな、俺。

 下から来るルシア、結構怖かったんだよね。

 やっぱルシアはこうでなきゃ。

 

 ――というわけで、ルシアを館で迎えて、一緒にやって来たわけだ。

 今回、領主たちにも招待状は出してあるし、貴賓席のようなものは設けてあるが、そもそも港の工事自体が三十五区との共同事業みたいなものだったので、ルシアだけは別枠なのだ。

 

 VIPオブVIPだな。

 

「お前のことをVIPエレキバンと呼んでやろう」

「なんだ、その聞き慣れない呼び名は?」

「『肩こり知らず』という意味だ!」

「ならば私ではなくエステラに相応しいものではないか!」

「え、ルシアさん? 帰りたいんですか? 止めませんけど?」

 

 エレキバンの話をしていたのに、いつの間にかおっぱいの話になっていた。

 まったく……

 

「なんでもかんでもおっぱいに結びつけるなよ、おっぱいマニアたちめ」

「貴様だ、それは!」

「君にだけは言われたくないよ!」

 

 ちっぱいが肩を怒らせている。

 未来永劫、凝ることがない肩を。

 

「間もなくです」

 

 ナタリアが、少し先行しながら俺たちを誘導する。

 左右をメドラとハビエルが守っているので、前をナタリア、後方をギルベルタが守る形を取っているのだ。

 

 港から直進し、右へと曲がる。

 この辺はマーシャが襲われそうになった場所なのだが、現在は死角をなくすように角に駐在所が作られている。

 ここには常に警備兵が駐在することになる。

 交代で、昼夜問わずに、ずっとだ。

 

 この角を曲がれば港が見える。

 

 

「おぉ……」

 

 思わず声が漏れた。

 昨日、ほぼ完成という状態を見ているのだが、それをさらに超えてくる、華やかな港がそこに存在した。

 

「一日で随分と変わったなぁ」

「当然ですわ! ワタクシが合格を出した港ですのよ」

 

 港の入り口で、自慢げに仁王立ちをして俺たちを迎えたのは先行していたイメルダだった。

 メドラとハビエルは、八割くらい完成したところまで見ていたようで、驚く俺やエステラ、ルシアの顔を見て得意げににやにやしている。

 

「おぉ、しっかりしてるな」

 

 敷き詰められたレンガはがっちりとしていて、ちょっとやそっとでは壊れそうにない強度に思えた。

 

「これだけしっかりしてりゃ、ボナコンが紛れ込んでもレンガが剥がれることはないだろうね」

 

 と、メドラがお墨付きを与える。

 ボナコンが踏んでも壊れないレンガ。

 なんか売れそうだな。

 

「わっ! ヤシロ見て!」

 

 領主会談では、随分と成長した姿を見せていたエステラが、俺の服の袖を引っ張りながらぴょんぴょん飛び跳ねて声を弾ませる。

 子供か。

 デッカい山場を超える度にリセットさせてんじゃねぇよ。

 

「すごく豪勢な屋台みたいだね」

 

 港の一角に、全席オープンテラスのレストランみたいなスペースがあった。

 ビアガーデンというか、ハワイのコンドミニアムに併設されている、気軽に飲んで食って騒げるレストランみたいな、そんな雰囲気だ。

 

 港の外周を取り囲むように長ぁ~い調理スペースが設けられ、少し距離をあけて丸テーブルと椅子が大量に用意されている。

 海側にちょっとしたステージが用意されていて、その真ん前にやたらと豪華な貴賓席が結構な広さで確保されている。

 祇園祭の有料観覧席みたいに、少し高くなっており、下がどんなに混雑しようとも騒々しさや息苦しさを感じることなく、賑やかな喧噪を適度に楽しめることだろう。贅沢な。

 

「ヤシロさ~ん!」

 

 ウーマロがげっそりとやつれた顔で、きらきら輝きながら駆けてくる。

 

「ウーマロ、寝ろ」

「それはもう、今日が終わったら全大工、丸一日寝込む勢いで寝る予定ッス」

 

 見れば、港のすみっこの方に無数の大工が転がっていた。

 イベントまでになんとかしないとな。

 

「エステラ、錘ってあるか?」

「沈めないであげてね」

「仕方ない。『ご自由にお持ち帰りください』って看板を立てかけておいて、金物ギルドの乙女たちを呼び寄せよう」

「やめてあげてッス! 本番にはシャキッとさせるッスから!」

 

 いやぁ、物凄い勢いでハケそうだと思ったんだがなぁ。

 ダメかぁ。

 あそこの乙女、可愛い男の子か、筋肉か、好みが両極端だからなぁ。

 

「じゃあ、ヤシロ。ボクたちは式典での進行について話してくるから」

「おう。今回俺は舞台には上がらねぇからな」

 

 発案者ということで、着工式ではステージに引っ張り出されたが、今回はエステラとルシアにお任せだ。

 今回は結果として様々な領主や貴族、権力者たちに関わってもらうことになった。

 その辺の連中もステージには上がらないのに、俺がひょこひょこ登るわけにはいかないのだ。

 

 それに、俺には仕事があるしな。

 

「よし! じゃあ、寿司の準備をするか」

「うむ。早く握って食わせるのだ、カタクチイワシ」

「あなたはこっちですよ、ルシアさん!」

 

 ステージへ向かいかけていたエステラが物凄い速度で戻ってくる。

 つまみ食い欲がダダ漏れのルシアを拘束して、強制的にステージへと引っ張っていく。

 奔放過ぎんだろ、領主。

 

「あとで食べに行くので、美味しいところを取っておくのだぞ!」

 

 と、引き摺られながら叫ぶルシアをまるっと無視して、俺は会場に設営された寿司カウンターへ向かう。

 そこでは、ねじり鉢巻をしたジネットとマーシャがネタの配置を確認していた。

 

「準備は万端か?」

「はい。出来ることはすべてやりました」

「マーシャは?」

「デリアちゃんがお手伝いしてくれるから百人力~☆」

 

 ウィシャートのところへは危なくて連れて行けなかったが、やっぱりマーシャはデリアに水槽を押してもらうのが一番なんだろうな。

 

「で、そのデリアは?」

「むぅ……あっち~」

 

 膨れたマーシャが指さした先は、当然というか……スフレホットケーキの方だった。

 

「なぁなぁ、ノーマ! あたいにも一個焼いてくれよ~! この後食べてる時間なさそうなんだよ~! なぁ!」

「うるさいさねぇ!」

「友達だろう~!?」

「え、デリアがそんな説得方法を使うなんて……デリア、初めての搦め手じゃない?」

「ネフェリー。デリアも普通の女の子だから。あれくらいは普通にやるって」

 

 デリアの搦め手に驚愕の表情を見せるネフェリー。

 ……いや、搦め手じゃねぇよ、あんなもん。

 

「もう! 私の方がも~っとお友達なのにぃ! 親友なのにぃ!」

「年会費払ってないんじゃねぇの?」

「ヤシロさん。お友達には、そのようなものは発生しませんよ」

 

 え、それってジネット限定の話じゃなくて?

 取り入れた方がいいぞ、この制度。

 不労所得って、幸せを運んできてくれる魔法の言葉だから。

 

「やぁやぁ! ベストフレンド、ヤシロ君!」

 

 暑苦しい顔と声と言い回しで、なんでか四十区随一のオシャレカフェ『ラグジュアリー』のオーナーシェフ、ポンペーオが港へやって来た。

 呼んでねぇぞ。

 

「こういうのからは、金を巻き上げていいと、俺は思うんだ」

「みなさん、大切なお友達ですよね? 大切にしてあげてください」

「いや、別に大切では……」

「うふふ。冗談ばっかりですね、ヤシロさん」

 

 いや、至って真剣なんですが。

 

「今日は新たなスイーツを発表すると聞いて、駆けつけたよ」

「まだ開場前だ。摘まみ出される前に出てけ」

「私もお手伝いしようじゃないか! そして、レシピを教えてくれたまえ!」

「ノーマ~!」

 

 面倒なので丸投げしてしまおう。

 きっと、ノーマとパウラとネフェリーは焼くので手一杯になるだろうし、ミリィ一人で盛り付けはキツいだろう。

 なら、自ら無償労働を買って出たこいつを使えばいい。

 

 こいつなら、盛り付けをうまくやるだろう。

 

「向こうの女子四人をうまくサポートして、今日一日を無事に乗り切ったらレシピをくれてやる」

「やる! やろうじゃないか! お安いご用さ! さぁ、レディたち! 私を頼りたまえ!」

 

 パウラが「くわっ!」っと嫌そうな顔をしたが、ノーマが「まぁ、やりたいってんなら、せいぜいこき使ってやりゃあいいんさよ」と悪ぅ~い顔で笑っていたのでうまくやってくれるだろう。

 

「にぎり部隊、準備はいいか?」

「はい。頑張ります!」

「二人とも、フォロ~よろしくね~☆」

「軍艦部隊は?」

「やる気十分です!」

「……始まる前から、余裕の勝利宣言」

「給仕部隊!」

「お任せください。皆様の手を止めずに済むよう、テレサさんと協力してお客さんを回してみせます」

「がんばぅー!」

「あとで妹とナタリアが手伝いに来るから、うまく連携して客をさばいてくれ」

「はい。立派な領主になる修行だと思って、精進します!」

 

 うん。絶対どこの領主もこんなことはしてないけどな。

 

「んじゃ、本番――無事に乗り切るぞ!」

「はい!」

「……うむ」

「おぉー、です!」

「頑張ります!」

「がばぅー!」

「私は、適度にする☆」

 

 

 こうして、港の完成イベントが、始まった。

 

 

 

 

 

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