突然、エステラが俺を指さし『精霊の審判』を発動させた。
俺の全身が淡い光に包まれる。
……こいつ、なんの前触れもなく…………怖ぇヤツだ。
しばらくして、俺の全身を包み込んでいた光が消失する。
「へぇ……どうやら『危害を加えるような真似はしていない』っていうのは本当みたいだね。……今のところは」
「だからそう言ってるだろう!」
……危ねぇ。
あの巨乳に少しでも邪な気持ちを抱いていたら、俺はカエルになっていたかもしれない。
俺の目的は、明確に『この街の情報を得ること』と『宿』と『飯』だ。
巨乳に目を奪われる程度は許容範囲ということか……よかった、リビドーに負けなくて。
「でも、だからと言って君が信用に値するってことにはならないよね」
「別に、お前に信用してもらう必要はねぇよ」
「はっきり言って、ボクは君を信用できない」
真顔で、きっぱりと宣言された。
「……けど、ジネットちゃんは君を信頼しているようだし……まぁ、君が何かおかしな行動を起こさないうちは、特に事を荒立てるような真似はしないでおくよ」
「お前……なんでそこまでジネットを気にかける? 親友だからって理由だけか?」
このエステラという女は、そんな単純な正義感だけで動いているようには見えない。
こいつの目は、善意の向こうに自分の利益を見据えている……そう、俺と同じ詐欺師の目をしているのだ。
「言ったろ? ボクはジネットちゃんの作る料理に惚れ込んでいるのさ。あの味をなくしたくない。これは、相当な理由になると思うけどね」
「だったら、俺をあの食堂から追い出すのはやめた方がいい」
「と、言うと?」
「俺がいなくなれば、遠からずあの食堂は潰れるぞ。ジネットに経営は無理だ」
「ふむ……確かに」
エステラは腕を組み、うんうんと頷く。
「じゃあ、君があの食堂を立て直すって言うのかい?」
「俺があそこに住んでいて不自由を感じなくなる程度のレベルまでは、な」
俺の答えに、エステラはくすりと笑いを零す。
それは、先ほどまで張りつけていた鉄仮面を外したような、素直な笑みに見えた。
「面白いね、君は。自分に正直で、欲望に素直で、極めてバカで……頭がいい」
切れ長の目をくりっと丸めて、俺を見つめてくる。
隙のない視線。
こいつは……油断ならないヤツだ。俺の直感がそう告げている。
「執行猶予をあげるよ」
「俺は犯罪者かよ」
「極めて重要な被疑者ってところかな」
「失礼なヤツだな」
「それはお互い様だ」
エステラは、子供のように頬を膨らませ胸を押さえる。
素直な怒りを表現する様は、意外に可愛らしかった。
「しばらく君を観察させてもらう」
「絵日記でもつけるのか?」
「君の成長記録には興味がないなぁ。けど……怪しい素振りを見せればいつだって追い出すからね」
エステラはそう言い残して、一人教会へと向かって歩き出す。
随分な言い草だ。
別にお前の許可などなくても俺はいたい場所にいてやる。
「お前にあるのか? あの食堂から俺を追い出すなんて権限が」
遠ざかる背中に言葉を投げると、エステラは立ち止まり、首だけをこちらに向けた。
「追い出すのは食堂からじゃなくて、四十二区からさ」
そして再び前に向きながら、最後にこう付け加えた……
「……『香辛料』君」
「――っ!?」
……こいつは、知っているのか?
あの張り紙を……俺が細工する前のあの似顔絵を、見てやがったのか……?
確認しなければ。
はっきりさせなければ。
そんな思いから、俺は足を走らせ、教会の入り口でエステラの腕を掴まえた。
掴んだ手を乱暴に引き、強引にこちらを向かせる。
「お前……っ!」
「え、ちょっ、うわ……っ!?」
教会の入り口に設けられた段差に足をかけていたエステラは、俺が強引に引き寄せたことで足を滑らせ、俺に向かって倒れてきた。
このままでは二人揃って転倒してしまう。
咄嗟にそう判断した俺は、あいた左手で傾くエステラの体を支えた。
……ふにゃん。
「……ひっ!?」
微かぁ~に、柔らかい感触が手のひらに当たる。
左手を見ると、俺の手は真っ平らなエステラの胸に押し当てられていた。
…………うん。ほんのちょっとだけだけど…………あった。
「…………殴っていいかな?」
「いや、これは、人助けだ。事故と不可抗力とラッキースケベは糾弾されるべきではないと、俺は思う」
「……いい加減、離してくれないかな?」
「エステラ、俺の国にはこんな言葉があるんだ…………『あと、五分』」
左の頬を引っ叩かれた。
「君のこと……信用するのやめようかな?」
「……いや、俺は逆にお前を信用することにしたぞ……お前は、女子だ」
グッと、親指を立てて突き出すと「最初からそう言ってるだろ」と、軽めのデコピンをもらった。
うむ。なんというか、ちょっと優しさを感じるデコピンだった。「今回はこれで許すから、次からは気を付けてよね」的な、寛容な制裁だ。
エステラは俺を残して教会へ入っていき、俺も少ししてからその後を追った。
と、玄関口にジネットが立っており、俺を出迎えてくれた……の、だが。
顔が紅い。
そして、頬がぷっくりと膨らんでいる。
眉毛がくにゅんと吊り上がっており、怒っているように見える。
「エ、エッチなのは、ダメだと言ったはずですよっ! 懺悔してください!」
こうして、俺は朝食の前に礼拝堂奥の懺悔室へ連行され、小一時間の懺悔を強要された。
不可抗力だと訴えるも、シスターベルティーナはそれを是とせず、己の中の悪事を懺悔せよと言うばかりだった。
なので、「ぺったんこなのにちょっと気持ちいいと思ってすみません」と、懺悔しておいた。
揺るぎない巨乳派の俺が、ほんの一瞬ツルペタ派に心奪われた瞬間だった……そこを懺悔すると、ベルティーナは、とても重いため息を吐き、「……もう、行って構いません」と解放してくれた。
かくして、俺の罪は浄化されたのだ…………ろうか?
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