「お~! お師匠、精が出まくりやがってんなですね!」
ぱたぱたと足音を響かせて、モコカがやって来る。
相変わらず敬語はおかしいままだ。直してやれよ、師匠か雇い主。
あぁ、ダメだ。どっちも敬語とか気にしないタイプの人間だったな。
「取材はもういいのかい?」
「ばっちりだぜですよ! 胸がない方の領主様!」
「誰と比較してかな!?」
「三十五区のルシシシ様だぜです!」
「ルシアさんとはどっこいどっこいだと思うけどね!」
いや、エステラ。
AとBでは違うぞ。
「つか、なんだよ『ルシシシ様』って」
「そう呼んでくれって抜かしやがったですから、そう呼んでやってんだぜです」
「……ちなみに、お前はなんて呼ばれてる?」
「モコモコだぜです!」
……あいつ、ネーミングセンスの欠片もねぇな。
「ついでだから、『ヤシシシ』って呼んでやるぜですよ」
「やめてくれ。ルシアと同じカテゴリには入れないでもらおうか」
同類だと思われたくないし、極めて言いにくいしな『ヤシシシ』。
「あ、あの。では、わたしのことはっ?」
「店長だぜです!」
「……です、よね」
わくわくしていたジネットが一瞬でしょんぼりする。
そういや、ジネットにあだ名を付けるヤツってなかなかいないよな。
アホのルシアが『ジネぷー』とか訳の分からん呼び方をしているくらいだ。
大抵は『店長』か。
「俺があだ名を付けてやろうか?」
「本当ですか!?」
「やめておいた方がいいよ、ジネットちゃん。ヤシロの目線を見てごらんよ…………『ぼいんちゃん』とか付けられるよ」
「ひゃぅっ!? も、もう! 懺悔してください」
「俺、何も言ってないのに!?」
まぁ、視線はばっちり『そこ』に固定されていたけども。
「そういえば、拙者もあだ名というものとは無縁でござるなぁ」
「じゃあ、クソムシとかどうだ?」
「さらっと出てくる言葉がえげつないでござるな、ヤシロ氏」
「ん? ダメか? どっちが気に入らないんだよ、クソか? ムシか?」
「両方でござるよ」
何が気に入らないのかさっぱりだ。
「あぁ、そうだ。クソ師匠、今度描くイラスト、出来たら添削しやがれください!」
「それは構わないでござるが……ヤシロ氏に影響されてクソ師匠って言うのをやめるのが条件でござる」
「分かったよです、師匠ムシ!」
「ムシもやめるでござる!」
モコカは、天然の精神クラッシャーなのかもしれない。
悪気を一切感じさせることなく、相手の心を抉りにいきやがる。
こいつは……育てれば面白いオモチャ……いや、仲間になりそうだ。
「ヤシロ氏がろくでもないことを考えている時の顔をしているでござる故、しばらく接触禁止でござるぞ」
「おう! 了解だぜです! あっち行きやがれですよ、ヤシシシ!」
「エステラ~、なんかムカつくぞ、あの師弟」
「自業自得だと、ボクは思うけどね」
ヤな言葉だなぁ自業自得。
自分の業を他人に押しつける、自業他得って言葉、流行らないかなぁ。
「あの、モコカさん」
「なんだですか?」
「イラスト、完成したら見せてくださいね」
「おう! まかせとけってんだですよ!」
ジネットに向かってビシッと指を立てて、モコカは坂道を駆け上がっていく。
「んじゃ、早速描いてくらぁ、です! あばよです!」
勢いよく螺旋階段を駆け上っていくモコカを見上げ、スカートで上るとパンツ見えそうだなぁ~ということに気が付く。
「なぁ、エステラ。ここの売店で望遠鏡売らねぇか?」
「なるほど、覗き見防止の柵を取り付けることにしよう。アドバイスありがとうね、ヤシロ」
ちっ……こいつは本当に嫌な性格をしてやがる。
絶対売れるのに。
たまにサクラを雇って見せパン美少女を上り下りさせるだけで売り上げ爆上げ間違いなしなのに!
…………なんだ、そのいかがわしい店は!?
不許可だな。近所にはロレッタの妹たちも住んでるし。うん、不許可だ。
「ところで、モコカ氏の言っていたイラストというものに心当たりがあるでござるか?」
「あれ、聞いてないのか?」
「拙者は何も」
そうか。
てっきりベッコに話してアドバイスでももらってるのかと思っていたのだが。
「前に『宴』をやっただろ? あの時の料理が『BU』の領主どもにウケてな。四十二区の料理特集を『BU』の情報紙でやるんだってよ」
「おぉ、その話なら聞いたでござる。お勧めの店はないかと尋ねられたので、拙者は陽だまり亭とカンタルチカをお勧めしておいたでござる。そうでござったか、あれは食べに行くためのリサーチではなかったのでござるか」
途中まで知ってて、詳細は知らないのか……モコカ、どこを面倒くさがってんだよ。
……いや、あいつは素で話し忘れてるんだろうな。
「なら、たぶんお前のアドバイスのせいなんだと思うが、モコカが陽だまり亭とカンタルチカの売り子のイラストを描くことになったんだとよ」
「売り子を、でござるか? メニューではなく?」
「あいつ、まだ食い物を美味そうに描けないんだよ」
「あぁ、なるほどでござる」
モコカは、ベッコのようにリアルなイラストは描けない。
誇張し、簡略化されたデフォルメイラスト専門だ。
なので、料理の絵を描いてもその美味さがうまく伝わらないのだ。
「それでね、四十二区の食堂は料理が美味しいだけじゃなく、売り子さんも可愛いんだよと教えてあげたら、『なら、それを描くぜです』……って、なったわけさ」
と、先ほど陽だまり亭であったことのあらましを得意げに語るエステラ。
その後に、「どうだい? 結構似てただろう?」と小鼻を膨らませる。なにそれ、モノマネが苦手なジネットをディスってんの? んで、さほど似てもいなかったしな。
「いやはやしかしながら、陽だまり亭はもとより、カンタルチカも可愛らしい売り子さんと評判でござるし、情報紙に載れば他区からのお客が増えるやもしれんでござるな」
「もとよりそのつもりさ。……ふふふ、外貨を稼ぐよ」
「エ、エステラ氏、顔が若干ヤシロ氏っぽいでござるぞ」
「なっ!? し、失敬だな!」
「――っていうお前が失敬だっつの」
情報紙の影響力はいやというほど知っている。
陽だまり亭にも客が増えるだろう。
「……あとは、ニュータウンから大通りに向かう道で工事でも始めさせておけば、客足を独占できるな……ふふふ」
「ヤシロ。悪巧みは口に出さず心の中だけでやるように」
「うふふ。ダメですよ、ヤシロさん」
ジネットは俺のナイスな作戦に否定的なようだ。
マグダを使えば即座にトルベックの連中が道路工事を開始してくれるというのに。
「カンタルチカさんは手強いライバルですけれど、正々堂々と負けないように頑張りましょうね」
「正々堂々…………うっ、頭痛が……!」
「どんだけ拒絶反応出てるのさ、その言葉に」
だって、正々堂々とか、いざ尋常にとか……ほんのちょっと裏から手を回せば簡単に叩き潰せるって知ってるのにわざわざそれに乗っかるとか……ないわぁ。
「『不正々々こそこそ』と戦わないか?」
「そんな淀みきった言葉を生み出さないでくれるかい?」
「なぁに、心配なさらずとも大丈夫でござろう? カンタルチカとは客層がかぶらず棲み分けが出来ていると聞いているでござるよ」
「バッカ、ベッコ! 棲み分けなんかしてねぇよ、たまたまそうなってるだけで! 俺はその客層も根こそぎ奪い取るつもりだぞ!」
「泣くでござるぞ、パウラ氏……」
「バッカ、ベッコ! 金儲けは命がけなんだよ! 泣いたぐらいで手加減できるか!」
「ヤシロ、さては『バッカ、ベッコ』って言いたいだけなんじゃないのかい、実は」
うむ。なんとなく口に馴染んでな。
つい多用してしまった。
「ところでバッカ」
「ベッコでござるよ!? そっちじゃない方が名前でござる!」
なんだよ、ややこしい名前しやがって。
「お前が情報紙にイラストを寄稿するって話はどうなったんだ?」
「あぁ、それがでござるな。拙者、現在こちらの仕事が楽し……立て込んでおりましてな」
「いいな、お前らは。好きなことを優先できて」
「いやいや。領主様直々の公共事業でござる故、最優先しているだけでござるよ」
この街の連中は仕事と趣味の境界線が曖昧過ぎるんじゃないか。
どいつもこいつも楽しんで仕事をやってやがる。だからブラック企業が増えるんだよ、この街。誰も不満を抱いてないのが不思議なところだ。
「楽しみですね、情報紙」
「そうだね。ニューロードを使って『BU』の若者が四十二区観光に訪れる……うん、楽しみだね」
「無知で同調現象にめっぽう弱い若者を釣り上げて暴利をむさぼれそうだな。うん、楽しみだ」
「あ、ごめんヤシロ。入ってこないでくれるかい」
「ヤシロさん、真面目に、正々堂々ですよ。……うふふ」
狩人だって、無防備な鹿が目の前にいればこれ幸いと躊躇いもなく狩って「ラッキーラッキー」と鼻歌交じりで戦果を自慢するというのに。
まぁいいさ。やりようはいくらでもある。百人の客がいれば百通りの儲け術があるのだ。ふっふっふっ……
と、なんだかんだと俺も楽しみにしていたわけだ、四十二区の情報が情報紙に載ることを。
そいつが後々、あんな騒動を連れてくるなんて思いもせずに。
それから俺たちはしばらくの間、情報紙の話題で大いに盛り上がることになる。
四十二区中が一枚の紙っぺらに大はしゃぎするのだ。……田舎者丸出しだな、まったく。
とりあえず俺も、二枚買ったけどな。
いやほら。保存用に、一応な。
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