ジネットがドーナツを、ノーマがスープを、俺がカレードーナツを作る中、レジーナはゴムについての説明を始める。
「実はな、ウチの幼馴染に――」
「あ、ノーマ。そのスープさ、とろみつけられないか?」
「聞きぃや!?」
「いや、悪い。忘れないうちに言っとこうと思って」
外は寒かったので、とろみのついたスープで温まってもらおうと思ってな。
「確かに、寒くてもとろみのついたスープなら冷めにくいかもしれませんね」
「味付けは変えるかぃね?」
「そうですね。少しだけ薄味にしてみましょうか。とろみの分喉に留まる時間が少しですけれど長くなりますから」
「ほんじゃあ、具に葉物を入れてさっぱり感を出してみるかぃね」
「でしたら、練り物とかどうでしょうか? 甘くて美味しいですよ」
ジネットとノーマが楽しげに味付けを話し合う。
「とろみ言ぅたら、ゴムの原料のラテックスっちゅー樹液がねばねばのとろとろでなぁ」
「あー分かった分かった。聞くから、拗ねるな」
割り込んでくるレジーナを落ち着かせて、話を聞く。
「ウチの幼馴染に、薬草研究の一貫として樹木の研究をしとった研究者の息子がおってな」
「ワイルじゃなくてか?」
「それとは別の幼馴染や」
レジーナを連れ戻すためにオールブルームまでやって来た、第二王子派ナンバー2のワイル。
それ以外にも、レジーナには幼馴染がいたのか。
「ゴムの木自体はかなり昔に発見されとって、研究も結構進んどってん。せやけど、この幼馴染と、もう一人別の幼馴染が出会ぅたことで、ゴムの研究は飛躍的に進んだんや」
なんでも、レジーナには幼馴染が三人いて、一人はワイル、もう一人が樹木の研究者、そして最後の一人が天然素材を加工するための化学薬品の研究をしていたらしい。
「第二王子は幼馴染じゃないのかよ」
「子供の頃から知っとったけど、身分が違うさかいなぁ。卑猥な冗談言う以外では、そんな馴れ馴れしいこと出来ひんかってん」
「いや、卑猥な冗談言うのが最も馴れ馴れしいさよ。なんでそれだけは除外みたいな発想してるんさね……」
なぜかって?
レジーナだからだよ。
「で、樹木の研究しとったんが『ドスト』化学薬品の研究しとったんが『ロベリー』っちゅう名前やねん」
「……ん? その名前、マジか?」
「マジや。な? すごい偶然やろ」
面白そうに口元を押さえて、レジーナが話す。
レジーナの幼馴染の三人、ワイル、ドスト、ロベリー。
続けて読めばワイルドストロベリーになる。
ハーブの一種として、園芸店でも取り扱われている有名な植物だ。
「せやから、ウチはその三人のことを『チェリーボーイズ』って呼んどってん」
「ストロベリーじゃねぇのかよ!?」
「いや、せやかて、三人ともチェリー……」
「よぉ~し一回黙れ!」
名前、関係ないのかよ!?
こんな偶然なのに!?
「ドストの家は子だくさんでな。父親が『ガスト』言うねんけど、長男に『ギスト』って名前を付けやはってん」
「なんとゆーか、安直だな」
「で、次男に『グスト』、三男に『ゲスト』、以下『ゴスト』『ザスト』って」
「途中から名前付けるの面倒くさくなってるよな、その親!?」
「で、十四男がウチの幼馴染の『ドスト』。せやけど、さすがにご両親が高齢にならはってな、ドストが末っ子やねん」
「もう一人生まれていたら『バスト』になってたのに! ナ行は濁点付かないからね!」
「ヤシロ、うるさいさよ」
なんで俺だけ!?
レジーナも同罪だと思うけど!?
「そんでな。ロベリーはいろんな加硫促進剤を研究しとるねん」
何をさらっと話に戻って『ウチ関係あらへんで~』みたいな顔してやがるんだ、こいつは。
「あの、ヤシロさん。『かりゅうそくしんざい』ってなんですか?」
「ゴムの性質を変えるための薬剤……って言えばいいのかな?」
「まぁ、せやね」
ゴムの木の樹液、ラテックスを乾燥させ燻すだけでもゴムにはなる。
だが、それはとても硬く、伸縮性も乏しく、切れやすい。
ラテックスから不純物を除去して乾かした後、硫黄や様々な薬剤を添加することで、ゴムの伸縮性や強度、硬さが変わるのだ。
何を入れればどうなるかは、非常にややこしいので割愛する。そこら辺を調べてるのが、ロベリーって研究者なのだろう。
研究者が好んで調べるようなことは、研究者に任せておけばいい。
あいつらの脳は興味のあることに特化した常人離れした作りになってるからな。
「ほんで、そのゴムっていうのは、一体どういう物なんさね?」
「伸縮性に富んだ素材。水を通さない素材。密着性の高い素材。圧力に強い素材。反発力に富んだ素材。衝撃吸収剤としても有能だ」
他にも、絶縁体としても高い効果を発揮するが、それは説明しなくていいだろう。
そもそも、電気がないし。
「なんだか、不思議な素材ですね。想像が出来ません」
「レジーナ。何かゴム製品はないのか?」
「バオクリエアで買ぅてきたもんやったら、いくつかあるで」
そう言って、レジーナがポケットから取り出したのは、ゴム紐だった。
芯にゴムを使用し、その周りを細く色鮮やかな糸で編み込んである。
これを切って結べばヘアゴムになるだろう。
「へぇ、大したもんだ」
「面白い感触ですね」
「こんなに伸ばしても切れないんなんて、すごいさね」
三人でゴムをみょいんみょいんさせる。
「バオクリエアでは、馬車の車輪にゴムのシートを貼って衝撃吸収に使ぅとったっで」
分厚いゴムを車輪に巻き付ければ、確かに多少は衝撃を吸収するだろう。
……が。
「ゴムをチューブ状にして、中に空気を入れておけば、もっと衝撃を吸収できるぞ」
空気を溜めるゴムチューブを硬いゴムで覆う。つまり、タイヤだ。
木の車輪にゴムシートを巻き付けるより、遙かに衝撃を吸収してくれる。
「それ、どうやるん?」
「いや、それは研究者に丸投げしてくれよ」
「原理を教えてくれたら、ウチがドストとロベリーに言ぅてゴムを融通してもえぇで」
「マジか!?」
「もとより、ゴムの有用性は認めとったさかいに、今回バオクリエア行くんやったらゴム持って帰ったろ思ぅててん。加工前のラテックスと加硫促進剤をいくつか持って帰ってきてんけど、必要があったら、ゴムの木を輸入してもえぇかもしれへんな」
「輸入の前にミリィに聞いてみるか。もしかしたら森に生えてるかもしれん」
「せやね。ウチ、木と葉っぱの形覚えとるさかい、今度聞いてみるわ」
ゴムか……
ゴムがあれば……
とりあえず、手押しポンプに、荷車のタイヤの改良、パンツの改良に……あ。
「自転車、作れねぇかな……」
全部を鉄でじゃなくても、木製でもいいし。チェーンとタイヤは鉄でなんとか作って、タイヤをゴムで……
もし自転車が作れれば、移動が随分と楽になる。
それに、馬車や荷車が改良されれば、遠出するのが楽になる。
そうなれば、観光に行ってもいいってヤツが増えるかもしれない。
何気に、長時間の馬車はキツいからな。
「ちょいとヤシロ」
すっと、ノーマの細い指が俺の頬に触れる。
頬を滑るようにすーっと移動する指は、俺のアゴを摘まむと、くいっと横を向かせた。
「その『じてんしゃ』ってヤツ……ひょっとして、金物ギルドの力が必要なんじゃなぃんかぃ?」
爛々と輝く瞳がこちらを見ていた。
……あ、ダメだ。
自転車なんか頼んだら、ノーマが死んじゃう。
イベント前日に徹夜でぬいぐるみを作ったノーマを翌日、つまり昨日、たっぷり寝かせるつもりだったが、ミリィを送ってもらったことで強制的に寝かせることが出来ず、今日は午前中から陽だまり亭の手伝いをしてくれていた。
ヤバ。
この人、全然寝てない。
「まぁ、まだ、ゴムが使えるかどうか、分からないし……」
「そのゴムってのは、金物と組み合わせることで、無限の可能性を生み出せそうな気がするんだけどねぇ……違うんかぃ?」
やだ、この人の嗅覚、鋭過ぎ!?
確かに、金物とゴムの組み合わせは無限の可能性を秘めている。
だが……お前は寝ろ!
睡眠時間を削るほど仕事に没頭すると……ウクリネスみたいになっちゃうよ!
これ以上ノーマの睡眠時間は削れない。
俺は、しばらくの間ゴムについての情報を秘匿し、レジーナとこっそり研究することにした。
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