「ついに、ニュータウンの集合住宅が全棟完成したんッス!」
「それはすごいですね。おめでとうございます!」
「あ……ぃぁ、はぃ…………ありがとうッス……」
うまいっ!
話の腰を折るナイスタイミングだ!
ウーマロの話など聞いてやる時間はないのだ。
「それで、次の作戦だが……」
「ちょっと待ってほしいッス! オイラ、重大発表があるッス!」
……ちっ。
今日はやけにグイグイ来やがるな。
一体なんだというのだ?
「なら早く言え。こっちは忙しいんだ」
「コホン……僭越ながら…………実は、オイラ……っ!」
「あ、そういえばウーマロ。君、こっちに引っ越してきたんだってね?」
「今からその話をしようとしてたッスのにっ!」
エステラが、見事に空気を読まないネタバレをかます。
そうか。領主だから住民の転出転入は一報がいくのか。
「って!? なんでお前が引っ越してきてんだよ!?」
「支部が出来たからッス!」
「お前、トルベック工務店のトップだろうが!」
「トップが支部にいちゃ悪いなんて決まり、どこにもないッス!」
「本部はどうすんだよ!?」
「ヤンボルドがなんとかするッス!」
キツネ顔で満足げな笑みを浮かべるウーマロ。
こ……このバカキツネ。マグダ恋しさに、ついに引っ越しまでしてきやがった……
「マグダ。今後ウーマロと話す時は、語尾に『なんかキモイから』をつけるように」
「なんの嫌がらせッスか!? マグダたんはそんなこと言わないッスよね!?」
「……そう。マグダはそんなこと言わない。なんかキモイから」
「むはぁ!? 言わないって言った直後にぶっこんでくるマグダたん、マジ天使っ!」
「……マグダならなんでもいいのかい、君は?」
エステラがドン引きだ。
「い、いや、ち、ちち、違うッスよ!? あ、あああ、あのあのあの、おおおいおいオイラははは……っ」
「あぁ、もう! お前はマグダと俺以外を見るな!」
緊張し過ぎて何が言いたいのかさっぱり理解できん。
「ほほぅ……『俺以外のヤツを見んじゃねぇよ』…………っと」
「何メモってんだ、レジーナ!? お前やっぱもう帰れ!」
「いや、やっぱもうちょっと観察させてもらうわ!」
くっそ。キラキラした目をしやがって。
もういい。あいつは無視だ無視。
「で、マグダをストーキングするために引っ越してきたんだっけ?」
「違うッスよ! もちろん、マグダたんと同じ街で同じ空気を吸っていたいって気持ちが九分九厘を占めるッスけど、他にも理由はあるッス!」
「九分九厘も…………じゃあもう、他の理由とかどうでもいいじゃないか……」
エステラがさらにドン引きしていく。
「四十二区はヤシロさんがいるッスから」
「『ヤシロさんなしじゃ生きられないッス』……っと」
「レジーナ。お前、耳悪いの?」
障害物も遮蔽物も何もないわずか数メートルの距離なのに、なぜかレジーナの耳に入った言葉はおかしな変換がなされているようだ。
「ヤシロさんと仕事すると楽しいんッス。なんか普段よりいい汗がかける気がするんッスよね」
「『ヤシロさんとすると楽しいんッス。なんか普段よりいい汗がかける気がするんッスよね』……っと」
「なんかすごく大事な語句が抜け落ちてたぞ、レジーナ」
「ヤシロさんとの仕事が一番楽しいんッスよ」
「『ヤシロさんとのアレが一番楽しいんッスよ』……っと」
「え、なに、お前、その道の天才なの? 俺にとっては天災でしかないけども」
「だからッスね、トルベック工務店が今よりもっと大きくなるには、オイラが四十二区にいるのがベストだと判断したんッスよ。これはお世辞ではなく、大工としての勘でッス!」
「『はぁあん! ダメッス、ヤシロさん、こんなところで……! み、みんなが見てるッス!』……っと」
「一文字も掠ってねぇじゃねぇか!? 腐ってるのは耳、脳みそ、精神のどれなの!?」
「って、聞いてるんッスか、ヤシロさん!?」
「あぁ、すまん。レジーナに夢中だった」
「……………………『レジーナに夢中だった』……っと」
なぜ、それをメモった?
「とにかく、オイラが四十二区に住むのはトルベック工務店の利益のためッス。それに、最近は四十二区での仕事がメインになってるッスから。現場の近くに住めるのはありがたいッス。四十二区と四十区を毎日往復するのは疲れるッスからね」
爽やかな笑顔を振りまくウーマロ。
きっと、引っ越しが決まり清々しい気持ちになっているのだろう。
お気に入りの女の子の近くに住めるとなればテンションも上がるわな。
おまけに仕事もうまくいっているし、今のウーマロには何一つ憂慮することなどないのだ。
バラ色だ。
楽しさ絶好調だ。
……なら、ここらで灰色の現実を突きつけてやるか。
「ウーマロ、引っ越してきたのはいつだ?」
「今朝完了したところッス!」
「そうか。で、明日から四十区の下水工事始めるから、よろしくな」
「四十区でっ!?」
「また明日から往復の毎日だな」
「……なんて、絶妙なタイミング…………っ!」
まさに絶妙。
ウーマロには、何か、いちいち小ボケを挟まないと我慢が出来ない神様でもついているのだろう。
この面白人生め。ちっとも羨ましくないけど、傍から見てるとすげぇ楽しいぞ。
「すまない、ウーマロ。本当はもう少し猶予があるはずだったんだけど……」
がくりとくずおれたウーマロを心配してか、エステラが申し訳なさそうに声をかける。
「十日前に領主と話をつけて、先方の準備が整ったと今日連絡があったんだ。日程を君たちと相談したかったのだが……」
「ウーマロは、こういうサプライズが好きかと思って、勝手に決めておいたぞ!」
「……というわけなんだ」
「いや……いいんッス…………ヤシロさんと付き合っていくと決めた時から、こういう仕打ちは覚悟の上ッスから……」
「『ヤシロさんと付き合っていく……覚悟の上ッスから』……っと」
「あれ、まだ帰ってなかったのかレジーナ?」
食堂の中で盛大に腐ってんじゃねぇよ。
衛生面で問題が発生したらお前のせいだからな。
「……ウーマロ」
「マ、マグダたん……」
うな垂れるウーマロに、マグダがとてとてと近付いていく。
そして、ウーマロの肩にぽんと手を置き、まっすぐに顔を見つめながら平坦な声で呟く。
「……今日からは、『帰っていく』から『帰ってくる』に変わった」
「マ、マグダたん…………っ!」
「……ウーマロは、頑張って仕事をして……ここに帰ってくる」
「そ、そうッスね…………そうッスよねっ!」
「……なんかキモイから」
「………………まだ続いてたんッスか、その語尾……」
持ち上げて落とす…………腕を上げたな、マグダ。
「さて、場の空気が温まったところで本題に入るが」
「……オイラ、なんか踏み台の気分ッス」
いじけるウーマロは無視して、俺はついに本格的に乗り出す決意を表明する。
何にって?
決まってんだろ!
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