「はっはっはーっ! なんだこれ!? すっげぇおもしれぇ!」
バカ筋肉がテカテカした顔で餅を搗いている。
……ついてきやがった。くそ。
「元気がいいな、エステラの『お友達』」
「やめて。ボクの名誉に傷が付くから」
「うふふ。酷いですよ、お二人とも」
にこやかに、ベルティーナが俺たちを叱る。
先生、正当な仲間外れは個人に許された権利だと思います!
「みなさんで、仲良くいただきましょうね」
この教会では、仲間外れはダメらしい。
というわけで、本日は教会で餅つき大会が開催されている。
どいつもこいつも参加したいと言い出して、結局こんな年の瀬ギリギリになってしまった。
去年もこの時期だったし、恒例になるかもな――年末の餅つき大会。
……で、その流れで何人か陽だまり亭に泊まりに来るんだろう? もう、諦めたよ。好きにすればいい。
「ヤシロさ~ん。もち米が蒸し上がりましたよ~!」
現在、リカルドがアホみたいに杵を振るいまくっている臼とは別に、スタンバイされた臼と杵があと4セットある。
やりたがるヤツが大量にいる上に、大量に食べたがっているヤツがいるからな。
食べたがっているヤツが大量にいるんじゃなくて、「大量に食べたがっている」シスターがいるんだよ。臼五個体制でも足りるかどうか……
経験者でうまく回してどんどん餅を量産したいってのに。
「アホのリカルドは遠慮を知らないからな」
「一人で臼を一つ独占しちゃってさぁ……まったく、リカルドは」
「いいじゃないですか。子供たちも楽しそうですし」
呆れて嘆息する俺とエステラを宥めるようにジネットがフォローを入れる。
確かに、乱打と呼ぶに相応しい餅つきを披露しているリカルドの周りにはガキどもが群がり、そのパワフルでダイナミックな動きに声援を送っている。
「すっげぇ! めっちゃ速~い!」
「音、すご~い!」
「力持ち~! すごいねぇ~!」
「はっはっはっはっ! 子供らは素直で可愛いもんだなぁ! おい、貴様ら。間違ってもオオバみたいな大人にはなるんじゃねぇぞ!」
「「「なかなかやるじゃん、リカルドのくせに~!」」」
「くっそ、もう手遅れかっ!」
リカルドに「がぁ!」っと牙を剥かれたガキどもが「きゃははは!」と楽しげに逃げ出す。
蜘蛛の子を散らすように、リカルドの周りからガキどもがいなくなった。
「おい、いじめるなよ、リカルド」
「やかましい! 八割方貴様のせいだろうが、オオバ!」
なんで俺のせいなんだよ。
ガキどもが誰に憧れるかなんざ、俺の知ったこっちゃねぇよ。
ただまぁ、少々カリスマ的過ぎちゃう俺にも、多少は罪な部分があるかもしれないけどな、あっはっはっ。
「はいはい。くだらない争いはそこまでにして――リカルド、もうそのお餅は出来てるよね?」
「ん? あぁ、たぶんな。粒はなくなってるが、一応確認をしてくれ」
「どれどれ……、うん。上出来だよ。お疲れ様」
「お……おぅ」
エステラからの素直な激励に、言葉を詰まらせるリカルド。
モテない男子中学生が好きな女子に話しかけられた時みたいな顔してんぞお前。
「じゃあ、次はこれね」
と、餅を取って空いた臼に蒸したてほかほかのもち米を投入するエステラ。
「お腹を空かせた子供たちと、お腹を空かせた大工たちと、物凄くお腹を空かせたシスターがいるから、急ぎでよろしくね」
「待て! 貴様、俺をアゴで使う気か!?」
「リカルドがいると助かるなー。やっぱり力じゃ敵わないやー。頼りになるなー」
「テメェ、そんな棒読みのセリフで俺を乗せようなんざ…………ちっ、今回だけだぞ!」
乗せられたぁ!?
え!?
マジで!?
チョロっ!?
「あいつ、遊郭に連れて行ったら、一晩で破産しそう」
「ダ、ダメですよ、そんなところへ行っては……っ」
「行かねぇよ」
焦るジネットに苦笑が漏れる。
つか、ないだろ、そんな店。見たことないし。
……え、あるの?
…………あるの、か?
「ヤシロさん。……め、ですよ」
頬っぺたをつねられた。
餅のように。もち~ん、と。
……あるんだ。
今度ハビエルにでも聞いてみよう。
……いや、俺の知る中で、一番穢れた大人は誰かなぁ~って想像した時に思い浮かんだのがハビエルだったもので、つい。
「……リカルド。お餅つきはエンターテイメント」
「その通りです! 掛け声が必須です!」
厨房からマグダとロレッタが出てきて、ひたすら杵を乱打するリカルドにダメ出しをする。
その隣に陣取って、手本を見せてやるとばかりに杵を構えるマグダ。ロレッタは餅をひっくり返す係だ。
「……ロレッタ、準備はいい?」
「任せてです! ぽっと出の力任せな領主さんに、本物の餅つきを見せてあげるです!」
「……あーゆーれでぃ?」
「いぇ~いです!」
「……スタンバイOK?」
「出来てるですよ!? どっか気に入らないところあるですか!? どこで躓かれてるか、皆目見当がつかないですよ!?」
マグダの尻尾が嬉しそうに天を衝く。
構ってもらえて嬉しいらしい。
そして、びしっと杵をこちらへ――エステラへと突きつける。
「……マグダたちの餅つきを、我らが領主様に捧げる」
「……へ?」
急に言われて、エステラが目を丸くする。
二秒ほど経つと、口元が嬉しそうににや~っと緩んでいく。
「リカルドばっかりが目立っているから、気を利かせてくれたのかなぁ、マグダ? うふふ、可愛いなぁ」
マグダはそういうところで非常に気が利く娘ではあるのだが……たぶん違うぞ。
「……いざ」
「参るです!」
「……はぁ~っ」
「「ぺったん、ぺったん!」」
「むぁああっ、そーゆーことか!?」
うんうん、そーゆーことだ。
「よかったな、領主様☆」
「うるさいよ。君のせいだからね、あの二人があぁなっちゃったのは!」
だから、なんでもかんでも俺のせいにするなっつーの。
「そいじゃあ、お子たち。順番に並んで、餅つきを始めるさよ」
「ちゃんとあたいらの言うこと聞くんだぞ! でないとケガするからな!」
「「「はぁ~い!」」」
ノーマとデリアが空いた臼でガキどもに餅つきをやらせてくれる。
うんうん。任せられる人材がいるととても楽だ。
「みんな、楽しそうですね」
「豪雪期に一回やったろうに……」
「それでも、楽しいことは何度でも嬉しいものですよ」
そんなもんかねぇ。
かくいうジネットも、楽しそうにしている。
ガキどもの「ぺったん、ぺったん」の声に合わせて体を揺すって。
「ぺったん」「ぷるるん」「ぺったん」「ぷるるん」と揺れている。
「餅つき、楽しいなぁ~!」
「なら、餅つきに視線を向けるよ・う・に!」
エステラが俺の首を強引に臼へと向け固定する。
やめろ! 俺には見守っていなければいけないものがあるんだ!
ベルティーナにも、ジネットを見守ってやってくれと頼まれているんだ!
見守りたい、揺れるその胸を! 「ぷるるん」「ぷるるん」をっ!
「さぁ、残り一個はオイラたちがやるッスよ!」
「「「へい、棟梁!」」」
「その前に、今はマグダたんの華麗な餅つきを堪能するッス!」
「「「ぶーぶー!」」」
「うっさいッスよ!」
ウーマロも元気そうだ。
心なしか、大工どもがはしゃいでいるように見えるのは、昨日の話を伝え聞いたからかもしれないな。
「あれ、棟梁? なんか姿勢歪んでないっすか?」
「ガスライティングやめろッス! 歪んでないッスよ! ご近所のお婆さんに『いつも背筋伸びてて「いなせ」ねぇ』って言われてるッスよ!」
お前、そんなこと言われてんのか。
確かにウーマロの背筋はピンと伸びていて姿勢も綺麗だが……狙われてないよな、その婆さんに? 気を付けろよ。特に風呂上がりとか。この街のババアども、時にアグレッシブだからな。「爺さんの若い頃にそっくりだわ」とか言い出したらダッシュで逃げろ。地の果てまで逃げろ。
「大工さんたち、明るいお顔になられましたね」
ぽつりと、ジネットが呟く。
まぁ、言われてみれば、陽だまり亭の浴室や大衆浴場を作っている時の連中はどこかやけっぱちに見えなくもなかったかもしれない。
おそらく、ウーマロやヤンボルドが連中を鼓舞していたんだろうな。
その責任をトップだけで背負って。
無茶し過ぎだ。
「しょーがねぇ。ジネット特製の、美味い餅でも食わせてやるかぁ」
「はい。では、腕によりをかけて作りますね」
連中には何よりの褒美になるだろうよ、美少女の手料理なんてもんは。
せいぜい、来年も気張りやがれ。
「ぺーったん! ぺーったん!」
威勢のいいガキどもの声が響く。
三十五区で披露する新商品の試作も兼ねて、ジネットが張り切って味付けをしている。
マグダとロレッタも、三十五区でのお披露目に向けた練習のつもりなのか、いつにも増して真剣に取り組んでいる。
エステラはと言えば、のんきな顔でお汁粉を啜っている。
いつもと同じように見えて、やっぱりどこか違う雰囲気なのは年の瀬だからだろうか。
どことなく、どいつもこいつもいつもよりちょっとだけはしゃいでいる気がする。
「こういうの、ギルベっちゃん、絶対好きですよね」
「……うむ、やらせると喜びそう」
「では、私も。ギルベルタさんに後れを取らないよう練習しておきましょう」
ナタリアが負けず嫌いの片鱗を覗かせつつ餅つきに参加したりする中、日は着々と暮れていく。
空が赤く染まって、藍色が広がっていき、やがて夜になる。
そんな変化を眺めながらふと思う。
「あぁ、今年も終わりだなぁ」
そんな、誰に聞かせるでもない呟きを拾って、ベルティーナが俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「お疲れ様でした。また来年もよろしくお願いしますね」
「……ま、ほどほどにな」
「はい。ほどほどに」
餅つき大会は夜中まで行われ、ありったけのもち米を餅へと変えた。
乾燥させて切り餅を作り、鏡餅を作り、一部はおかきの生産へと回される。
なかったものが誕生して根付くってのは不思議な気分だ。
なんとなく、実家の雑煮が食いたくなった。
ジネットに頼めば作ってくれるだろうか。
そんなことを思いながら、今年は暮れていった。
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