異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

383話 いよいよ始まる -2-

公開日時: 2022年8月26日(金) 20:01
文字数:4,565

「「「どうもすみませんでした!」」」

 

 妹たちが一通りビックリハウスを体験し、それから少し経って倒れた大工たちが回復したころ、兵士たちが土下座で謝罪をしていた。

 会場内に作った救護室からデッカい声が聞こえたと思ったら、そんな状況だったのだ。

 

「本当は全員一発ずつ殴ってやりたいところだが……」

「あぁ、是非そうしてくれ! 俺たちが100%悪かった! 申し開きのしようもない!」

「ま、そんだけ反省してんなら、……もういい」

 

 難しい顔をしながらも、大工たちは今回のことを水に流そうとしている。

 若干飲み込み難そうではあるが。

 

「これから発展していこうってこの会場で、恨みだ怨恨だって、暴力沙汰は起こしたくねぇ」

「同感だ。この先、真っ当に働いてくれるならもう何も言わねぇよ」

「いや、でも、それじゃ俺たちの気が……」

 

 何か制裁がないと落ち着かない。

 そういう気持ちも分かるが、被害者が何もしないと言っているのに「何かしてくれ」と強要するのは自己中過ぎだ。

 

「じゃあ、こうしろよ」

 

 しょうがないので、折衷案を出してやる。

 

「金で解決だ」

 

 暴力沙汰を起こしたくない大工と、制裁を加えられたい兵士、双方の望みを汲み取った素晴らしい案だ。

 

「……いや、ヤシロさんよぉ。そりゃあ、いくらなんでも」

「そこまで大ごとにしなくてもさぁ……なぁ?」

「お、おぉ……」

 

 被害者の大工の方から異論がぽろぽろ零れてくる。

 兵士は異を唱えこそしなかったが表情が強張っている。

 

 けど、そこまで生々しい話じゃねぇんだよ、別に。

 

「オルキオ。いきなりで悪いが、少しまとまった金を用意できるか?」

「額にもよるけど、努力してみよう」

「そんじゃ、三十区の代表としてこのテーマパークに出資してくれ」

 

 現在、外周区と『BU』の全区の中で、三十区と三十三区だけがテーマパークに出資をしていない。

 三十三区の領主は石と酒にしか興味がないようで、手紙を送ってもなしのつぶてらしいので放置しておくとして。

 三十区はまだ落ち着いていないし、領主が不在の状態だから話を持ちかけられなかった。

 今日これから始まる講習会に、三十区の料理人をいきなり呼んでくるなんてことも出来ない。

 

 なので、ここで少し金を出させて、別枠でテーマパークに関われるようにしておく。

 

「講習会に参加した料理人を、半年後もう一度集めて進捗報告会を開催させよう。そこに、三十区の料理人を招待して、このテーマパークの雰囲気を体験してもらう。レシピはもちろん提供する。半年遅れになるが、そこから努力してテーマパーク内に店を出したいってヤツがいれば、そいつにも店舗を用意しよう」

 

 オルキオが仲を取り持つことで、蚊帳の外に追いやられていた三十区もテーマパークに関わることが出来るようになる。

 これで、少なくとも飲食関係者からの好感度は上がるはずだ。

 オルキオなら、うまくやるだろう。

 

「そこに、今回被害に遭った大工たちも招待してやる」

「えっ!?」

「マジっすか!? やった!」

「で、そのチケット代金分を、兵士たち、お前らがオルキオに収めろ」

 

 オルキオが出資することで、三十区はテーマパークへ参加する権利を得られる。

 その出資金の一部を、今回やらかした兵士たちに負担させる。

 といっても、安月給でも十分払える程度の金額だ。

 5千円~1万円程度になるだろう。500Rb~1000Rb。もしかしたら1200Rbくらいになるかも? プレミアムチケットだしな。

 けどまぁ、その程度だ。

 

「それでどうだ?」

「俺らは、全然問題ないぜ!」

「うぉおお! プレミアムチケットゲットだぜー!」

「半年後が待ち遠しいぜ!」

「半年後までに、ここで料理が出来るようになっているのが最低条件だけどな」

「「「大丈夫! ウチの棟梁がなんとかする!」」」

「お前らが死ぬ気で働くならな」

 

 オマールが冷たい目で大工を見ている。

 カワヤ工務店の大工も混ざっているようだ。

 

「俺らも、異論はない。それで、許してもらえるなら」

「それプラス、今後の仕事ぶりで、な」

 

 俺が指摘すると、兵士たちは顔を見合わせ、気まずそうながらも笑みを浮かべた。

 

「もちろんです。オルキオ様に教えられました。あの街門を守ることで、この街の平和が守られる。俺たちの仕事は、他に類を見ない誇り高い仕事なんだって」

 

 ビックリハウスで楽しそうに笑っていた妹たち。

 その笑顔は、街全体を守る街門があるからこそここに存在しているものだ。

 

 金のため、言われたことをただやるだけって働き方じゃ気付けない、大切なことだ。

 

「俺ら、一生オルキオ様について行きます!」

 

 なんか信者が増えたな、オルキオ。

 

「さすが俺らの親分だ!」

「よっ! ゴロつきたらし!」

「あはは、よさないか、お前たち」

 

 ホント、ゴロつきがこぞって懐いてやがる。

 オルキオ、すげぇカリスマ性だな。

 

 オルキオが領主代行をすれば、三十区は変わる。そんな気にさせてくれる光景だった。

 カンパニュラが正式に領主になるまでに、せいぜい素晴らしい下地を作っておいてやってくれ。

 

 と、そこへ――

 

「ヤーくん、こちらですか?」

 

 タイミングよくカンパニュラが現れた。

 俺を見つけて、救護室へと入ってくる。

 

「来てたのか、カンパニュラ」

「はい。姉様たちとたった今到着したところです」

 

 気が付けば、ぼちぼちと領主たちが集まってくる時間になっていたようだ。

 仮眠をとっていた大工たちも起き出して、会場の設営に勤しんでいる。

 棟梁ズも交代で休憩を取り、現場の指揮をとっている。

 

 今ここには、オマールと、名も知らぬ二人の棟梁がいる。

 おそらく、被害に遭った大工の所属する工務店の棟梁なんだろう。

 

「ジネットたちは会場か?」

「はい。ウーマロ棟梁様に案内され、調理場の準備に向かわれました。ジネット姉様は講師という立場ですので、他の参加者たちよりもやることが多いのだそうです」

 

 まぁ、一番デカい、一番目立つキッチンでの料理になるからな。

 希望の料理に特化する参加者とは違い、ジネットの場合は作るのも全種類だし。

 準備も大変だ。

 

「それで、私とテレサさんで手分けして、ヤーくんを探していたのです」

「そうか、手間をかけさせたな」

「いいえ。テレサさんと競争ごっこをしていましたので、楽しみながら探していましたよ」

「じゃあ、カンパニュラの勝ちだな」

「はい」

「そんじゃ、勝者へのご褒美だ」

 

 カンパニュラの脇に手を入れ、ひょいっと抱き上げる。

「きゃっ!」と短く悲鳴を上げカンパニュラは俺の首に掴まる。

 そして、くすくすと笑い出した。

 

「頑張った甲斐がありました。テレサさんには、申し訳ないことをしてしまったかもしれませんが」

「なぁに、敗者には残念賞がある」

「うふふ。なら、テレサさんも喜ばれるでしょうから、安心ですね。優しい運営様に感謝をしないといけませんね」

 

 言って、きゅっと身を寄せてくる。

 

「あはは。すっかり仲良しだね」

「オルキオ様」

 

 俺に抱えられるカンパニュラを見て、オルキオは頬を緩める。

 オルキオに見られて、カンパニュラは少し気まずそうな、照れくさそうな顔を見せる。

 

「……母様には、内緒にしていただけますか? とっても甘えん坊になってしまったので、少し恥ずかしいです」

「いやいや。その方がルピナスも喜ぶと思うよ。でも、そうだね。このことは内密にしておこう。みんなも、いいね」

「「「はい!(かわいいっ!)」」」

 

 なぜだろう。大工と兵士と若い衆の心の声が聞こえてきた気がした。

 

「オルキオ様。こちらの皆様は?」

「そうだね、紹介しよう。彼らは、この素晴らしい会場を作り上げた大工のみなさんだ」

「いやぁ~……へへへっ」

「素晴らしい会場で、私は感嘆の息が漏れるばかりでした。皆様のお仕事はとても素晴らしいものだと思います」

「「「頑張ってよかったぁ! テーマパークもめっちゃ頑張ろう!」」」

 

 だから、そんな長文をピッタリハモるな、大工ども。

 

「それで、こっちが私の仕事を手伝ってくれている若い衆だよ」

「母の恩師であるオルキオ様は私にとっても恩師であります。オルキオ様を助けてくださっている皆様には、私からも感謝の言葉を述べねばいけませんね。皆様の活躍は私も聞き及んでおります。大変なお仕事でしょうけれど、今後ともオルキオ様をよろしくお願いいたします。もちろん、皆様自身のお体も十分に労わってくださいね」

「「「天使かっ!? いや、天使だわ!」」」

 

 お前らも発症したか、オルキオ組の若い衆。

 ルピナスに闇討ちされないよう、ほどほどにしとけよ。

 

「そして、彼らは三十区の街門を守る兵士たちだ。君も私も、これから世話になることになるね」

「まぁ、そうなのですか」

 

 それを聞いて、カンパニュラは体をもぞっと動かす。

 下ろしてやると、スカートをのシワをふわりとした手つきで直し、背筋を伸ばして兵士たちへ笑みを向ける。

 

「裁判の結果と、王族による承認を得た後――ということになりますが、将来的に三十区の領主の座に就く予定のカンパニュラと申します。今はご覧の通り幼い身で頼りないと思われるでしょうが、幸運にも私は素晴らしい方々に囲まれております。オルキオ様やヤーくん。各区の領主様や三大ギルドのギルド長。それ以外にも、とても素敵な方々が私を仲間に加えてくださったのです」

 

 誰もがカンパニュラを気に入り、そして、誰もがカンパニュラを守ろうとしている。

 カンパニュラはそのことをきちんと理解し、そして感謝をしている。

 

「素晴らしい方々を間近で見て、学び、私は必ず皆様に納得していただける領主になります。もう少しお時間をいただくことになるかと思いますが、どうかその間、私の成長を見ていてください。見張り、監視し、少しでも相応しくない言動が見られましたら遠慮なく指摘してください。そうしていただければ、私は三十区の皆様にとってよき領主になれると思うのです」

 

 九歳でこんなしっかりした意見が言えるお前に、誰が指摘なんか出来るんだよ。

 ここにいるヤツ全員「お前が言うな!」って言われるような人間だぞ。

 アヒムやオルフェンだって、偉そうなことは言えないだろう。

 

「皆様に認めてもらえる領主になれた暁には、今度は私が皆様をしっかりと見守ります。日々の些細なことも、共に喜び、笑い合える、そんな街にしていきたいと思います」

 

 カンパニュラなら、きっとそれが出来る。

 なんとなく、そんな気がした。

 

「その土台を守ってくださるのが、皆様です」

 

 と、カンパニュラが腕を広げて兵士たちを指し示す。

 

「私は、あなた方一人一人を誇りに思います。皆様の頑張りが、この街を守っているのだと思います。ここにいない方たちも含め――私は、皆様の日々の努力に心からの賞賛を贈ります。街を守ってくださって、ありがとうございます」

「「「うぉぉお! 一生ついていきます領主様ぁ!」」」

「いえ、私はまだ……」

「「「領主様、ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」」」

 

 オルキオに反発していた兵士たちが、泣きながら笑顔で万歳三唱している。

 ……うざ。

 

「カンパニュラを三十区にあげるの、やめようかな」

「ふふ。そうなれば、私はずっとヤーくんと一緒にいられます。それは、とっても魅惑的な提案ですね」

 

 どこまでが冗談なのか、カンパニュラはくすくすと笑う。

 その笑顔に兵士が「ふにゃ~」っと骨抜きにされる。

 

 つい先ほど、兵士たちに「一生ついて行く」と言われたオルキオだったが……手のひら返されるの早かったなぁ。

 

 

 

 

 

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