異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

232話 昔と今と、老人と若者と -1-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:3,135

 甘酒は、順調にその量を減らしていった。

 

「うむ。確かに酒の香りがする。なのに、甘く、気分も悪くならない」

 

 ドニスが、口の中に残った甘酒を舌で舐め回している。

 いたくお気に入りのようだ。

 

「今の話を聞く感じ、ドニスは、アルコールに耐性がないみたいだな」

「おぉ、さすがヤシぴっぴ。その通りなのだ」

「ヤシぴっぴやめろ」

「一口飲むとすぐに頭が痛くなってな。好き嫌い以前の問題なのだ」

 

 アルコールに弱い人間は、酔うより前に気分を崩す。

 顔が赤くならずに真っ青になってしまうヤツもいる。

 

 ドニスは、そういうタイプらしい。

 

「酒宴の席に顔を出さねばいかん機会も多くてな、難儀していたのだが……」

 

 ごくりと喉を鳴らし、甘酒を飲み干す。

 

「これがあれば、ワシでも酒宴に出られるな。がっはっはっ!」

 

 豪快に笑って、俺の肩をバシバシと叩く。……酔ってんじゃねぇだろうな? アルコール0%だぞ?

 

「はふぅ……甘くて、美味しいです」

 

 俺の向かいには、ベルティーナが座っている。

 温かい甘酒を両手で包み込むように持ち、ちびちびと口を付けては、その度に色っぽいため息をもらす。……だから、酔ってないよな? アルコール0%だからな?

 

「やっぱ、塩鮭うまいよなぁ~!」

 

 向こうでは、デリアが『甘酒』に対抗心を燃やして『塩鮭』を食っている。……他所でやってくれ。

 

「ミリィはどうだ?」

「ぅん、甘くておいしぃ……みりぃも、好き、だょ」

 

 おっ、なんか今、ときめく告白っぽいセリフだったな。

 

「なぁ、ミリィ。一口飲んで、ベルティーナみたいな色っぽいため息ついてみてくれないか?」

「ぅえ!? む、ムリだょう……みりぃ、いろっぽくない、もん……それに、恥ずかしぃし……」

「大丈夫! ミリィなら出来る!」

「そのセリフに根拠が見出せないよぅ!」

 

 俺は、ミリィならなんだって萌えられる自信がある!

 

「さぁ、ミリィ。さん、はい!」

「は…………はふぅ~」

「いいねっ!」

「も~ぅ……恥ずかしぃよぅ……」

 

 甘酒を飲んで顔を真っ赤に染めるミリィ。

 おぉっと、ドニスもちょっとチラ見してるぞ。さすがロリコン。センサーが敏感だな。

 

「何をやらせているのさ、ヤシロ」

 

 俺の斜向かい。ベルティーナの隣に座るエステラから、冷たい視線と枝豆が飛んでくる。

 こら、食い物を投げるな。

 

「サヤ入りだから、落ちても食べられるよ」

 

 そういうこっちゃないっつの。

 

 結局、テーブルを用意したにもかかわらず、それぞれの立場や遠慮や思惑からドニス以外誰も座ろうとはしなかった。

 なので、ドニスの前にエステラ、その隣にベルティーナを座らせて、ドニスの隣に俺、で、近くを歩いていたミリィを捕まえて俺の隣に座らせた。いや、困るミリィが可愛くてな。

 いや~可愛い。あ~可愛い。

 

「絡み酒は退場処分だよ?」

「酔うか、甘酒ごときで」

 

 ん? いや、待てよ。

「酔っちゃった~」とか言って抱きつけば、ジネットなら「大丈夫ですか? よしよし」ってぽぃんぽぃんしているのにも気付かずに介抱してくれるかも!?

 

「ジネット!? ジネットはどこだ!?」

「ヤシロ。今席を立ったら、もぐ!」

「『刺す』じゃなくて!?」

 

 やばいな……さすがにもがれるのは嫌だ。

 

「ふっふっふっ。相変わらず仲が良いな、そなたらは」

 

 ナタリアに新しい甘酒をもらって、上機嫌でドニスが言う。

 仲のいいヤツは、「もぐ」とか言わねぇよ。

 

「付き合っちゃえばいいのにー! ひゅーひゅー!」

「ナタリア。その甘酒って毒入ってないの?」

「はい。残念ながら」

 

 あぁ、残念だ。

 いたく残念だ。

 

「ほれ見ろ、ヤシぴっぴ。ミズ・クレアモナの頬が赤く染まっておるぞ」

「あ、……甘酒の、せいです! ぁ……温かいので……」

 

 言い捨てて、くぴくぴと甘酒を煽るエステラ。

 ほら、そういう反応をするからドニスが嬉しがっちゃうんだろうが。さらっと流せよ、そんなもん。

 

 ん。どーやらこの甘酒にはアルコールが入っているらしいな。顔が熱いぜ。

 

「ぁの、てんとうむしさん、顔、真っ赤だょ? 酔った?」

「ふっ……色っぽいミリィの吐息に照れているだけさ」

「はぅ……も、もぅ、やめてってばぁ……」

 

 いいね!

 ミリィいいね!

 からかいやすいからこういう時、非常に助かるよ!

 

「ミリィ。ずっと友達でいてくれな」

「ぇ、ぅ、うん! ずっとね!」

「あ、ミリィ、ちょっと待って。ヤシロの言うことだけは真に受けない方がいいよ」

 

 ふん。

 エステラが何を言おうが、固い握手を交わした俺とミリィの絆は壊せないのだ。

 

「なぁに、心配すんなミリィ。これからも、ちょいちょい色っぽい何かをさせたりしようかな~と思っているだけだ」

「はぅっ!? …………そぅいぅのは…………ちょっと、こまる……ょ」

 

 そろ~っと、ミリィの手が逃げていく。

 あぁっ!? 契約の握手が!?

 

「色っぽい仕草なら、ミズ・クレアモナにやってもらえばよかろう。端正な顔としなやかなプロポーション。男ならグッとこない者はおるまい」

「そ、そんなことは……!」

 

 そんなお世辞に分かりやすく照れるエステラ。

 で、チラってこっちを見るな。

 期待なんかしてないから。

 

「まぁ確かに。エステラは出るとこ出ないで締まるとこ締まってるからな」

「出てなくて悪かったね!?」

「でもセクシーなポーズくらい出来んじゃねーのー? やってみればー?」

「お断りだよ!」

「あっはん!」

「うるさいよ、ナタリア! 色っぽさが力強過ぎるから!」

「「「「はぁ……美人過ぎる……」」」」

「子供たち!? 毒されないで、こんなものに!」

 

 ナタリアのセクシーハリケーンを浴びて、年中から年長のガキどもがぱたぱたと倒れていった。……いつの間に仕込んだんだ、こんな芸?

 

「まったく……ヤシロがいるといつも騒がしい……」

「俺のせいにすんなよ。ナタリアはお前んとこの給仕だろうが」

「それも含めてヤシロのせいなの…………もぅ、熱くなってきちゃったじゃないか」

 

 とか言いながら、襟元を指でくぃっと引っ張り、ぱたぱたと手団扇で風を送るエステラ。

 頬が紅潮し、湿った唇が微かに開いて細い息を漏らす。

 

 …………ちょっと、色っぽいじゃねぇか。

 

「おっ! ミズ・クレアモナよ! ヤシぴっぴがグッと来たようじゃぞ!」

「えっ!?」

「言いがかりも大概にしろよ、ジジイ!」

 

 えぇい、くそ。なんて察しのいいジジイだ。

 ほんのちょっと「あっ」って思ったまさにその瞬間にぶっ込んでくるとは……これだから有力な領主は嫌なんだ。こいつもデミリーくらい単純ならいいのに。似たような頭してるんだしよぉ!

 

「……だっちゅ~の」

「張り合うな、ナタリア」

 

 それ、前に見たぞ。

 

「「「「むふぁ~ぁあああ! 色っぽさが天井知らずっ!」」」」

「ナタリア、お前。こいつら、責任持って完治させとけよ?」

 

「変態人口増やした罰だ~」とか言って『BU』に絡まれちゃ敵わんからな。

 

 とかなんとか、バカな話に終始しているのは、ドニスにこの場を堪能してもらうための余興だ。

 本題は、もう少し後になったら持ちかける。

 まぁ、盛大に飲んで食え。

 

 ちらりと横目で確認すると、リベカとフィルマンの距離は……ちょっと遠のいていた。

 あいつら……早く慣れろっつの。

 

 現在、「麹工場の若き職人と次期領主、未来の二十四区を担う若者同士、語り合うのもいいだろう」的な言い訳をつけてあいつらを二人きりにしている。

 ある程度慣れていてもらわないと、「二人は結婚します!」と宣言しても、「いや、大丈夫なのか? 不安しかないけども!?」と、本筋以外の部分でケチが付きそうだからな。

 問題は、獣人族が次期領主の嫁になる。その上で、麹工場も変わらず盛り立てる。それこそが二十四区のプラスになる! という点なのだ。

 その説得にかかる前に、「お前ら、結婚できんの?」みたいな状態では話にならないのだ。

 

 というわけで、時間延ばしをしている。

 本当はさっさと麻婆豆腐の登場に移りたいのだが……

 

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