「こりゃ、大掛かりな修理が必要だな」
「えぇ!? ウーマロは忙しいんだろ? どうするんだよ、ヤシロ?」
こいつ……他人事みたいに。
「確かにウーマロは忙しいし、トルベックの大工どもは新しい物作りの方へ意識が向いて盛り上がってるから、こっちの修理には難色を示すかもしれない……だから、デリア。一肌脱いでくれ」
この水車の故障の原因の一端を思いっきり担っている責任を取ってな。
「あたいは何をすればいいんだ? 言っとくけど、あたいには直せないぞ? 実を言うとな、こういう細かい作業は苦手なんだ」
「『実を言うと』がここまで生きてこない文章も珍しいな、知ってるよ、よく理解してるんだ、そんなことは」
デリアに修理させると、かつての陽だまり亭の椅子以上にガタガタしそうだからな。
「デリアとジネットに日曜大工を頼むつもりはない」
「はぅっ!? ……酷いです、ヤシロさん。確かに、わたしも大工仕事はちょっと苦手ですけれど……」
「ふふん。今度教えてやろうか、店長?」
「やめてくれ。覚えたことはなんでもやりたがるんだからな、ジネットは」
「そ、そんなことないですよ!?」
慌てて否定するも、まったく説得力がない。
麻婆茄子やたい型ホットケーキという前例があるだろうが。
デリア仕込みの日曜大工なんかにハマられた日には……陽だまり亭が倒壊してしまいかねない。
そんな危険は冒さない。
俺が取るのは、安心確実で、かつ――お手軽に利用できる方法だ。
「一人、呼んできてほしい大工がいるんだ」
「え? でも忙しいんだろ? オメロが言うには、大工たち、なんか殺気立ってたみたいだぞ?」
トルベックの連中も社畜だらけなのか?
新しい技術に対して貪欲だよな、どいつもこいつも。
「確かに、今の大工たちは殺気立っているかもしれない。『宴』用の屋台の準備とかもあるだろうし、『新作』への期待も高いだろうし」
「じゃあ、あたいが行ってもまた断られるだけなんじゃないか?」
「大丈夫だ。俺が言う通りに、俺の指名するヤツに話を付けてきてくれればいい」
「まぁ、ヤシロが大丈夫って言うならそうするけどさぁ」
そうして、俺はデリアに『取って置きの秘策』を伝授した。
これで、この足漕ぎ水車も早急に修繕されるだろう。それも格安で。材料費も向こう持ちで。
――で、数十分後。
「ご指名ありがとうございます、デリアさん!」
ひょろりと細長い大工がデリアに深々と頭を下げていた。
その大工の名は、グーズーヤ。
デリアのウェイトレス姿にハートを射抜かれて以来、時折出現する巨乳に目を奪われることはあっても、基本的にデリア一筋のご贔屓さんだ。
出会った当初は言い逃れ癖と逃げ癖のあるどうしようもないヤツだったが、最近は人一倍頑張って「腕もそこそこよくなってきたッス」とウーマロが太鼓判を押すくらい真面目に働いているらしい。
今では、自信を持ってトルベック工務店の一員だと名乗れる男になったのだそうだ。
「ぼ、僕っ、(デリアさんのために)死ぬ気で働きますっ!」
(デリアさんのために)は、心で思うにとどめた言葉なのだろうが、思いっきり顔に滲み出ていた。分かりやすいヤツだ。
「なぁヤシロ。ウーマロには断られたんだけど、ヤシロが言った通りこいつに言ったらすぐOKしてくれたんだ。なんでだ?」
「あのな、デリア。この世界には不可能を可能にするすごい力が存在するんだよ」
それが、『愛』だ。
『愛』はいい。『愛』は尊い。
なにせ、『愛』ほど利用しやすくて他人を引っ掛けやすいものはないからな。
詐欺師の大半が『愛』を利用して私腹を肥やしているのだ。
グーズーヤみたいな単純なヤツなら入れ食いだ。チョロいなんてもんじゃない。
「しっかし、ウーマロも酷ぇよなぁ。子供らのために『今日中になんとかしろ』って言ったら断るんだぜ? 考えられねぇよ」
「ウーマロもまったく同じ気持ちだろうよ……逆の意味で」
『今日中に』ってワードがハードルを爆上げしたんだよ。
ウーマロのことだから、工期さえ与えてもらえれば修繕を請け負ってくれたはずだ。あいつは仕事を選り好みするようなヤツじゃないからな。
ただ、次の仕事が控えている状況で足漕ぎ水車の修繕は請け負えない。時間がかかるしな。おそらく、一週間くらいは。
トルベックの連中は今、『宴』の準備で忙しいのだ。
すべてにおいて『宴』の準備が最優先されている。
だが、グーズーヤならその限りではない。
「そんなわけで、グーズーヤ。今日はよろしく頼むな」
「あ、はい。ヤシロさん」
「よろしく頼むぞ、グーズーヤ」
「はいっ! じゃんじゃん頼んじゃってください! なんだって見事にやり遂げてみせますからっ!(デリアさんの笑顔のためにっ!)」
……イラ。
なんだ、この露骨な差は。
俺とお前の出会いの話をここで朗々と語り出してやろうか? ったく。
「あの、でも……よかったんでしょうか? 無理を言ってしまって」
ガキどもの安全を考慮すれば、一日でも早く修理をしたい。
それはジネットもデリアも同じ気持ちなのだろうが、ジネットは大工たちの事情も知っているし、その立場に立って物を考えられる。
グーズーヤに仕事を押しつけることに罪悪を感じているのかもしれない。
「大丈夫ですよ、店長さん」
不安そうなジネットに、グーズーヤが恋する男子特有のちょっとイラッとする爽やかな笑みを浮かべて答える。
「僕、デリアさんと一日中一緒にいられるだけで鼻血を噴きそうなほど幸せなんでs……いや、大工として一つの仕事を任されたというのが幸せなんです!」
おい、本音の方、もうほとんど漏れ尽くしてたけど?
取り繕う必要あったのか、今の?
「で、お前んとこに残ってたヒバの木材持ってきてくれたか?」
「はい。棟梁に言って、必要な分は用意しときましたよ」
グーズーヤが曳いてきた荷車には、修繕に十分な量のヒバの木材が積み込まれていた。
確かに、これだけあれば十分だろう。軸になる綺麗な木材もあるしな。
「工賃は最大限おまけしますけど、材料費だけはおまけすることが出来ないんで、その辺だけご理解くださいね」
「ん? なんでだ?」
デリアは不思議に思ったことはド直球で聞くな。
「材料はトルベック工務店の財産ですから、僕が勝手にどうこうするわけにはいかないんですよ」
「そっかぁ……」
そして、分かりやすくへこむ。
「なぁヤシロ。お金ってどうすればいいかな?」
「お前が頼むんならお前が払えよ」
本来なら街の水不足のために設置した物だからエステラにでも払わせるところなのだろうが、あえてデリアに負荷がかかるように仕向ける。
そして、こんな言葉を言ってやる。
「なに、大丈夫だ。一ヶ月くらい甘い物を我慢すれば払えるだろうよ」
「いっ……一ヶ月も、甘いものを我慢……」
「ガキどものためだろ。頑張れよ」
「う…………………………うん」
耳、ぺたーん。
肩、がくーん。
グーズーヤ、きゅん!
「あ、あのっ! や、やっぱり、いいです! 材料費、いらないです!」
「えー、でもそんなの、なんか悪いじゃねーかー」
俺、渾身の演技。
「デリアさんは、その……あ、甘い物を食べて幸せそうにしてる時が一番きっ、きっ、綺麗なんで! ぼ、僕が払います、材料費っ!」
はい。一丁上がり。
まぁ、俺の迫真の演技のおかげだな、うん。
「おぉ、いいのか!?」
「はい! だ、だから、その……デリアさん、そんな悲しそうな顔をしないで、いつでも笑っていてください!」
「おう! ありがとな、グーズーヤ!」
「むっはぁぁぁああ! 最高の笑顔ー! デリアさん、マジ天使過ぎます!」
あ。発症した。
あれはトルベック工務店特有の病気なんだろうか。
「あの、ヤシロさん……よかったんでしょうか、これで?」
「水車が直ればガキどもも安全で、いいじゃねぇか」
「でも、グーズーヤさんが……」
まったく。ジネットは何も分かってねぇなぁ。
「あれが、苦労を押しつけられたヤツの顔に見えるか?」
グーズーヤは今、生涯で最高の笑顔を浮かべている。
「幸せそう……です、ね」
「なら、みんなハッピーでいいじゃねぇか」
誰も、金を使わないで済むしな。……グーズーヤ以外は。
そうして、お気の毒な末期患者の頑張りによって水車の修繕は行われることとなった。
グーズーヤが絡めば、なんだかんだとウーマロが最終確認をしにやって来るだろう。あいつは、自分とこの大工の仕事を全部チェックしたがるヤツだからな。
これで足漕ぎ水車の安全も守られ、俺は懐を痛めることもなく、すべて丸く収まるというものだ。
いやぁ。『愛』って、やっぱすごいんだなぁ。
なんてことを思いながら、俺は一人ほくそ笑んでいたのだった。
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