異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

366話 今日はまだまだ終わらない -3-

公開日時: 2022年6月20日(月) 20:01
文字数:3,760

 ちょっと経って、夜。

 

 卵問題が解決したところで――

 

「解決してませんよっ!?」

 

 ――と、アッスントが鳴いていた、ぶひー。

 

「明日! いえ、今日からもうすでに卵が足りないですよ、この勢い!」

 

 一度ギルドに戻って商人たちと打ち合わせをしてきたというアッスントが再び陽だまり亭に顔を出した時、そこにはにっこにこ顔で茶碗蒸しにがっつく大工たちが所狭しと犇めいていた。

 レンガの仕上げはまだ終わってないが、交代で飯を食いに来ているのだ。

 

「うめー!」

「歯ごたえ一切ないけど、うめー!」

 

 うるせぇ。美味いなら黙って食ってろ。

 めっちゃ歯ごたえありまくる茶碗蒸し出すぞ。

 

「なぁ、この丸いくるんってしたのなんだ?」

「エビだよ、エビ」

「エビかぁ! こんなのが、これから毎日でも食えるようになるのか……港の工事、頑張ってよかったー!」

 

 四十二区では珍しいエビも、三十五区ではお馴染みの食材だ。

 ……いや、四十二区でもとっくに出回っとるわ!

 エビフライとか普通に売ってるだろうが。ウチでもお好み焼きに入れてんぞ。

 はは~ん、あいつ、飯は飲み屋で済ます派だな? 確かに、カンタルチカではエビ料理はないよなぁ。あそこは魔獣の肉が売りだし。

 

「なぁ、ヤシロよぉ。ワシには食わせてくれてもいいんじゃねぇか、寿司」

「お前は決起会の時に食ったろうが」

 

 ハビエルがカウンター席でぼやく。

 あ、このカウンターは陽だまり亭に最初からあったカウンターだ。

 にぎり寿司練習用の簡易カウンターはもう撤去した。

 ノーマやパウラたちに食わせた後、速やかに。

 

 ……いやぁ、あいつらの熱狂ぶりはすごかった。

 海の魚を食い尽くすんじゃないかという勢いで寿司を食ってたからなぁ。

 

「明日の大工どもの飯代はワシが出すんだ。ちょっとくらい融通してくれてもいいだろう? なぁ?」

「散々楽しんどいて、どの口が不満を漏らしてんだよ」

 

 妹たちときゃっきゃと戯れて、結局ハビエルは妹たちに負けてやったようだ。

 その結果、明日の大工たちの飯はハビエルとメドラが持ってくれることになった。

 メドラは、果敢に挑むハムっ子たちに「健闘賞だよ」と勝ちを譲ってくれた。

 

 まぁ二人とも、最初から金を出すつもりだったのだろうけれど。

 太っ腹だなぁ。

 

「はい、ハビエルさん」

 

 フロアで騒ぐ大工たちに料理を提供し終えたジネットが、文句を垂れるハビエルの前に平皿を置く。

 

「海魚のお刺身盛り合わせです。ドニスさんがとても美味しい清酒を持ってきてくださったんです。きっと、こちらのお刺身とよく合うと思います。是非試してみてください」

「おぉ、店長! さすが気が利くなぁ、ヤシロとは大違いだ」

「じゃかましい」

「二十四区領主が持ってきたってことは、三十三区の清酒かぁ。ガツンと来るパンチはないが、斬りつけるような鋭さがあって美味いんだよなぁ」

 

 二十四区の酵母と三十三区の米で作られた清酒。

 あの辺は水も美味いからいい酒が出来ると、以前ナタリアが言っていた。

 三十三区は鉱山から運ばれた石の加工をやっていて、美味い酒のために米まで作っている。なんだかドワーフみたいな連中だな。

 力持ちで酒好き。

 ……いや、その条件なら、今目の前にいる木こりがまさにそうだな。

 

「ハビエルはドワーフだったのか」

「違うわい! こんなにスラリと頭身の高いドワーフがいるかよ」

「どこがスラリだよ」

「見ろ、この長い足を! イメルダのスタイルがいいのはワシ譲りなんだぞ」

 

 と、足を組んでみせる。

 まぁ、確かに長い……か?

 筋肉が付き過ぎて丸太にしか見えない。

 樹齢500年の杉を見て「スリム!」とは思わないのと同じ気持ちだ。たとえどんなに長くても。

 

「タコと清酒はとても合うと思いますよ」

「どれ……んっ! こいつは美味いな! ……っかー! 確かに酒によく合う!」

「うふふ。ごゆっくりしていってくださいね」

 

 カウンターで酒飲みの相手をしていると、ジネットでさえ小料理屋の女将に見えるな。

 ノーマの方が似合いそうではあるが。

 

 で、俺たちがなんでこんな端っこに追いやられているかと言えば――

 

「「「ホットケーキ、うまー!」」」

「「「見た目にたがわぬ、ふわふわ食感やー!」」」

「「「かわいいー!」」」

「「「美味しいー!」」」

 

 フロアに入りきらないくらいにハムっこが詰めかけているからだ。

 ハビエルに勝ったら、全弟妹にホットケーキを奢るという約束だったからな。

「本当に全員で来たですか!? 少しは遠慮というものを学ぶですよ! もう!」とか言いながら、ロレッタはすごく嬉しそうにしていた。さっきから目が合うたびに何度も何度も「みんな嬉しそうな顔してるです。ありがとうです、お兄ちゃん」と一番嬉しそうな顔で俺に礼を言ってくる。

 焼いてんのは俺じゃないんだけどな。

 

「ほらほら、あんたたち! しゃべってないでさっさと食べるですよ! 食べたら他の子に席を空けてあげてです! あーもう! 地べたに座って食べ始めないですよ! 席が空くまで待つです!」

 

 ロレッタがフル回転で弟妹をさばいている。

 いや、もうテーブル空くのを待たずに好きに食わせてやれよ。席の前に夜が明けちまうぞ。

 

「ほぅら、じゃんじゃん焼くさよ!」

「も~う! 絶対本番より忙しいでしょ、今!?」

「ねふぇりしゃん、けーち」

「あぁ、うん、ごめんね~。もうすぐ焼けるから、いい子で待っててね」

「ぁい!」

「こら、みなさんの邪魔しちゃダメですよ! こっち来てみんなと一緒に待ってるです」

 

 ノーマ、パウラ、ネフェリーが陽だまり亭二号店七号店を使ってスフレホットケーキをじゃんじゃか焼いている。

 時間かかるんだよなぁ、結構。

 

「可愛い仕上がりになりましたね、スフレホットケーキ」

「まぁな」

 

 ノーマとみんなの頑張りで、ホットケーキの金型はかなり可愛い仕上がりになっていた。

 ミリィが参加していた影響か、テントウムシ型の金型まであった。

 

 そのミリィはというと。

 

「はい。ぉ待たせしましたぁ」

 

 焼けたスフレホットケーキにバターとハチミツをかける係をやっている。

 ……ミリィが焼くと、焦げる確率が、ちょっとな。ほら、こういうのの見極めって、経験だから。

 

「てんとうむしさん。ジャムがなくなっちゃった……」

 

 ミリィがてとてと~っと俺たちのもとへやって来る。

 大量に作ったジャムがすっかりなくなったらしい。

 

「しょうがない。明日用に作っておいたジャムを使うか」

「ぇ……でも、ぃいの?」

「まぁ、明日分は明日の朝作ってもいいしな」

「はい。では、明日はわたしが起こしに行きますね」

 

 ジネットにはジネットの仕事がある。

 なので、俺をちょっと早めに起こしてくれるそうだ。

 ジネットの『起こし』は二度寝厳禁のスパルタ仕様だ。それを防ぐ手立てはただ一つ。

 

「服を脱いで寝れば、睡眠を妨害されない!」

「だっ、ダメですよ!? ちゃんと着て寝てくださいね!? ……はぅう、なんだか明日起こしに行きにくくなっちゃったじゃないですかっ!」

 

 頬っぺたをぷっくりと膨らませて、ジネットが抗議してくる。

 

「じゃあ、メドラを派遣するか? あいつなら、ヤシロが裸でも喜んで起こしに行くぜ」

 

 がははと縁起でもないことを口にするハビエル。

 

「めっちゃ厚着して寝るので、ジネットさん起こしてくださいお願いします」

「ふふ……、もう。普通の格好で寝てください」

 

 ジネットに頭をぺこりと下げるとジネットが笑ってくれた。

 やっぱ、目覚めてすぐに見る顔はこういう笑顔がいいよな。……メドラだったら心臓が「ぷちゅっ☆」っていっちゃう。

 

「ミリィー! ジャムはまだかぃね!?」

「はぁ~い! ぃま行くね!」

「あぁ、悪い。引き留めたな。持ってくるよ」

「いえ、わたしが」

 

 ジネットが厨房へ入り、ジャムの入った器を持ってくる。

 本番用のデッカい器だ。これで今日分はもつだろう。

 

「なので、ベルティーナ。自重するように」

「はい。私はハチミツでもバターだけでも、美味しくいただけますので」

 

 食う量もセーブしろよ。明日に響くぞ。

 ……あはは、響くわけないっかぁ~。

 

「ヤシロさん、茶碗蒸しのおかわりってまだありますか?」

「今日はもう打ち止めだ。明日も用意するから、それを待ってくれ」

「しょうがない。じゃあ、こっからは肉だー!」

「うぉおお!」

「棟梁たちのおごりだぁー!」

「食うぞー!」

「ちょっとは遠慮するッスよ!?」

「「「無理です!」」」

「お前ら……四十二区に来てから性格変わったよな、絶対!」

 

 ウーマロとオマールが大工たちを睨んでいる。

 頑張ったみんなに、棟梁である自分たちが夕飯をご馳走してやる! とか言っちゃったんだろうなぁ。

 大工は明日も食い放題だってのに。あ~ぁ。

 

 おかげで、今日は大工とハムっ子でフロアが埋まっている。

 トムソン厨房でも行って焼肉食ってくりゃあいいのに!

 メドラたち狩猟ギルドは、陽だまり亭の混雑を見て今日は遠慮してくれた。

 木こりも、ハビエル以外は来ていない。

 まぁ、ハビエルはハムっ子たちの夕飯を眺めに来たようなもんだけどな。

 

「んっ! 酒が美味い!」

 

 スフレホットケーキをあむあむ食べる妹を眺め、刺身を食って酒を飲む。

 こいつが一番今日を楽しんでいるかもしれないなぁ。

 マグダが大工を、ロレッタがハムっ子を担当し、その日の陽だまり亭は閉店までずっと賑やかだった。

 

「じゃあ、アッスント。ジャム用のフルーツを明日の朝頼むな」

「あぁ、もう! いろいろ品薄になるぅうう!」

 

 

 一番騒がしかったのは、アッスントかもしれないな。

 

 

 

 

 

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