「あ、帰ってきたね」
あちらこちらを歩き回って、陽だまり亭へ戻ると、エステラがいた。
「おぉ、エステラ。久しぶりだなぁ」
「は? 昨日会ったじゃないか」
はて、そうだったか?
なんとなく、一ヶ月ぶりくらいな気分なんだが。
「それはそうと、ついに出来たんだってね、たい焼き」
「おう。なかなかの逸品になったぞ。な?」
「はい。自信作です」
陽だまり亭風たい焼きは、ジネットも太鼓判の美味さだ。
エステラも、話だけ聞いて気になっていたのだろう。仕事を片付けて飛んできたらしい。
「……じゃじゃーん。たい焼き、やいちゃいました」
マグダが、『甘栗むいちゃいました』的な雰囲気で皿に載ったたい焼きを持って厨房から出てくる。
……焼いちゃったのか。
「……エステラ。試食を」
「あ、ボクはジネットちゃんが作ったヤツをいただくから、それはウーマロにでも食べさせてあげるといいよ」
「……同じ材料を使っているから、味に大差はない……………………(はず)」
物凄~く小さい声で(はず)って言ったな、今。
「マグダさんが焼いたんですか? すごいです」
「……ふふん」
「まだ教えてもいないのに、勝手なことを……」
ジネットは褒めているが、俺は感心していない。
人に提供するのはきちんとマスターしてからにしてもらいたい。
「でもまぁ、エステラならいいか」
「やめてくれるかい、そのリカルドやウーマロと同じような扱い」
甚くご不満な様子で、エステラが頬杖をついて俺を睨んでくる。
そのカテゴリーを嫌がるってことは、あいつらのことをすごく低く見積もっているという証拠だぞ? まったく、知り合いに対して酷いヤツだ。可哀想だとは思わないのかねぇ。
もし俺だったら……俺があいつらと同じカテゴリーに入れられたら………………
「本っっっっっっっっっっ当に申し訳なかった!」
「そこまで本気に謝罪しなきゃいけないような扱いをしたと認識しているとしたら、彼らを物凄~~~~く低く見ているということだよね。酷いヤツだな、君は。可哀想だとは思わないのかい?」
「いや、全っ然」
「奇遇だね。ボクもなぜか、彼らに対してはあまりそういう感情が湧かないんだ」
「もう、酷いですよ、お二人とも」
ジネットが俺とエステラを同時に叱る。
「ぷぷぷっ、叱られてやんの」
「君もだということをお忘れなく」
「俺はもう慣れている!」
「慣れないでくれるかな、そういうのに」
そんな話をしている間中、ずっとマグダがエステラを見つめていた。たい焼き(?)の載った皿を持ったまま。
「……食ってやれよ」
「最初はまともな物がいいんだよ、ボクは」
「俺は徹頭徹尾まともな物がいいぞ」
「それはボクもそうだよ」
じぃ~~~~~~っと見つめるマグダ。
こいつもなかなかしぶといよな。
「では、わたしがいただきましょうかね」
そう言って手を伸ばすジネット。――の腕を、エステラがガシッと掴んだ。
「やめた方がいいよ、ジネットちゃん」
「え……っと、でも」
「なぜなら、さっきマグダが厨房の中で『…………あっ』って言っていたからね」
「おい、マグダ。お前、なに仕出かした?」
「……ぴゅーぴゅー」
「吹けてねぇよ、口笛」
それにしても、よく気が付いたもんだな、厨房の中のマグダの呟きなんて。
普通聞こえねぇぞ。…………執念、かな。どんだけ食いたかったんだよ、たい焼き。
「ふなぁー!?」
その時、突然厨房からロレッタの悲鳴が聞こえた。
俺たちは顔を見合わせ、どうするべきかと視線で合図を送り合う。
と、そうこうしていると、ロレッタが素知らぬ顔で厨房から出てきた。手には、たい焼きの載った皿を持って。
「「「ロレッタ、何をやらかした?」」」
「はぅっ!? お兄ちゃんにエステラさんにマグダっちょ、き、決めつけはよくないですよ!」
いや、確実に何か仕出かしただろう、今の悲鳴は。
「まぁ……だいたい見当はつくけどな」
嘆息しつつ、俺はマグダとロレッタ、それぞれが持つ皿に載ったたい焼きを一尾ずつ手に取り、ひっくり返す。
裏面が真っ黒焦げだった。
「火加減を間違えたな?」
「じ、時間は覚えていたですよ!?」
「……そう。時間は店長とまったく同じだった」
本来弱火のところを強火で同じ時間だけ焼けば、そりゃ黒焦げにもなるわ。
おそらく、最初は慎重に焼いていたのに、片面の焼き色が綺麗だったから「あ、余裕~」とか思って油断したんだろう。ありがちだ。
そしておそらく、こいつらはどっちも最初から強火で焼いている。最初の片面はちょこちょこ確認していたから焦げなかっただけだ。
その証拠に、中が生焼けだ。
「……材料は同じ」
「そうです! 同じです!」
「うん、やっぱりジネットちゃんってすごいんだね。改めて実感したよ」
同じ材料でも、作り手によって料理は感動にも絶望にもなるんだな。
「ジネット。焼いてきてやれ」
「はい。少し待っていてくださいね」
嬉しそうに厨房へと駆けていくジネット。
どうして作るのがそんなに嬉しいのかねぇ。面倒くさくなることはないんだろうか?
「……これは、しかたない」
「ですね」
「……じゃあ、これは」
「ウーマロさんとトルベック工務店の大工さんにお裾分けです」
残飯処理じゃねぇか。
まぁ、ウーマロならマジで美味そうに食うんだろうけどな。
あぁ、そういえば、大工どもの中にはロレッタのファンが多いんだっけ?
チョロいなぁ、この街の男どもは。
「それで、どこに行ってたんだい?」
「いろいろだ」
ホント、いろんなところに行ってきた……って思えるくらいには疲れたな。
なんでか、精神面の方が。
「今日はなんだか空いてるなって思ったら、トルベック工務店の大工たちが見当たらないね」
「あいつらは今、屋台の制作で忙しいんだよ」
二十四区で簡単に組み立てられる屋台を新しく作っているらしい。
俺が発注した遊具は、まだ材料が揃っていないからそっちは後回しだ。
「その代わりというのか……」
エステラの視線が向かう先には――
「注文はなんさね? あ、それならこっちの定食の方がいろいろついてお得さね。でも、ケーキ食べたいならこっちにしてお腹に余裕を持たせておくといいさね。別腹とはいえ、満腹で食べるよりある程度空いてた方が美味しく感じられるからねぇ」
――ノーマがテキパキとウェイトレスの仕事をこなしていた。
「何してるの、ノーマ? たしか、抱えてる仕事の量が物凄いことになってた気がするんだけど?」
「まぁ、いろいろあってな。あいつは今、金物ギルドに帰れない身なんだ」
金物ギルドにいると、文字通り倒れるまで働くからなぁ。
ここにいて休息できるならそれに越したことはない。……と思ったのだが、働いてるなぁ、誰よりも。
「なぁ。もしかして、この街って『休む』って言葉ないのか?」
「あるよ。ボクが四番目に好きな言葉だよ」
「あぁ。『乳』『成長』『誤差』に次ぐ四番目な」
「そんなトップスリーなもんか」
なんだ、違うのか。
「じゃあ、トップスリーはなんなんだよ」
「『愛』『仲間』『平和』だよ」
その次が『休む』で、本当にいいのか?
疲れ溜まってんじゃないのか? 休め、な?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!