異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

249話 『宴』の終わりに -5-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:3,102

「ヤシロ。そろそろいいかな?」

 

 薄く頬を染めるエステラが、ドレスを翻して駆けてくる。

 

「飲んでるのか?」

「あはは。付き合い程度にね。でも、酔ってはいないよ」

「ほっぺたが赤いぞ」

「え、そうかい?」

 

 手の甲で自身の頬を押さえるエステラ。

 そんな仕草まで可愛く見えてしまうのは、闇を照らす光るレンガの幻想的な光と、『宴』の雰囲気のせいなのだろう。

 

「あれ? ヤシロも顔、赤くない?」

「ライトのせいだろう。レンガの」

「ふ~ん……そっか」

 

 特に追及することなく、エステラはからからと笑う。

 うん、酔ってるな、こいつ。笑い上戸だ。

 

「じゃあ、ハムっ子に準備をするように言ってくるよ。お前は発射の合図を頼むぞ」

「うん。任せておいて」

 

 夜になり、『宴』もそろそろ終了だ。

 大盛り上がりの『宴』を締めくくるのは、やはり、花火だ。

 

 この騒動のやり玉に挙げられた打ち上げ花火を、『BU』の七領主どもに見せつけてやる。

 お前らがやめさせようとしていた物は、こんなにすげぇもんなんだぞって。

 

 それを認めさせて、花火に感動でも抱かせてやりゃあ、こっちの完全勝利ってところだ。

 

 持ち場を離れ、ハムっ子たちに「光るレンガに布をかけるように」と言って回る。

 そしてその足で、会場から少し離れた場所に待機する引っ越しギルドのもとへと向かう。

 最近では花火師に憧れて入ってくる新人が増えているという引っ越しギルド。花火を打ち上げる機会をもっと増やしてやりたいもんだ。

 

「よう、久しぶりだなカール」

「おぅ、カタクチイワシ! 久しぶりダゾ!」

 

 シラハの護衛から、花火師への転身を果たしたアゲハチョウ人族のカール(見た目はイモムシ)。

 今回が初花火だそうで、気合い十分だ。

 

「ニッカはどうしてる?」

「今は訓練中で、船に乗って遠海に出ているダゾ」

「なんだよ……セットの『そっちじゃない方』しか来てねぇのかよ」

「誰が『そっちじゃない方』ダゾ!?」

 

 どうせなら、女子に来てほしかったんだがなぁ。

 しかし、そうか。

 ニッカも頑張ってるんだな。……海漁ギルドのギルド長はドレス着て浮かれまくってるのに。

 

「じゃあ、あと十分後から花火を頼む」

「任せておけダゾ!」

 

 カブトムシ人族のカブリエルたちにもよろしくと伝え、俺は会場へと戻る。

 結構な距離があるため普通に歩けば十分弱はかかってしまう。それでは遅い。

 走って戻ってエステラにスタンバイOKと伝える。

 

「皆さん! ご歓談中失礼します!」

 

 声を張り上げて、エステラが話し始める。

 このスピーチが終わると同時に花火が上がるのが理想的だ。

 あと五分。うまく調整しろよ。

 

「今回の騒動のもととなった花火を、これからご覧に入れます。因縁のある物――ではなく、ボクたちと『BU』の新しい関係を生み出してくれた物として、楽しんでいただけると思います。そして今後、より一層友好的な関係を築けることを確信しています。夜空を照らす美しい光は、ボクたちの未来を象徴していると言っても過言ではないでしょう。さぁ! 夜空に咲く大輪の花をご堪能ください!」

 

 エステラのスピーチが終わると同時に、拍手が起こり、そして数瞬後――大きな花火が夜空を明るく照らし出した。

 

 腹の底に響く爆音を轟かせ、次々に打ち上げられては花開き、散っていく花火。

 目まぐるしく咲いては散り、様々な色に夜空を染める花火に、その場にいる誰もが釘付けになっていた。

 

「素晴らしいな……これは」

 

 ドニスが呟く。

 距離的に、二十四区までは音も光も届いていない。

 こんなに大きな音であっても、隣町にまでは届かない。精々7~8キロがいいところだろう。きっと二十八区にすら届いていないはずだ。

『BU』で花火を知っているのは、マーゥルとゲラーシーくらいのもので、それ以外の者は皆、初めて見るその光景に圧倒されていた。

 

 歓声が上がるが、そんな声すらも破裂する花火の音にかき消されていく。

 

「ヤシロさん」

 

 空を見上げている俺のもとに、ジネットが駆け寄ってくる。

 

「屋台の食べ物、完売です」

「マジで?」

「はい」

「……こちらも同じく」

「すっからかんです!」

 

 マグダとロレッタも駆け寄ってきて、誇らしげにVサインを寄越してくる。

 完売か。

 相当用意したんだが……捌けたもんだなぁ。

 

「大成功、だね」

 

 トンッと、肩を小突かれる。

 エステラが満足そうな顔で親指を立てていた。

 

 そうかそうか。

 じゃあ、今日の仕事はもうおしまいか。

 

 一気に肩の荷が下りて、残った時間は花火を堪能してやろう――そんな気分になった。

 

 ジネットにエステラにマグダにロレッタ。

 そんな見知った連中と肩を並べて、咲いては散っていく花火を見上げる。

 

 花火が開く度に、ジネットたちの顔を赤や緑の光が淡く色付かせる。

 時間にすれば、わずか数分間の出来事なのだが、花火の余韻は長く長く心に刻まれる。

 最後の大玉が打ち上げられ、夜空いっぱいに光が溢れて――一瞬で消える。

 

 その瞬間割れんばかりの拍手が湧き起こり、『宴』は終了した。

 

「さぁ、皆さん! これにて『宴』は終了です! 本日はお忙しい中、本当にありがt……」

 

 エステラの締めの挨拶の途中に、「ぼとっ!」と、何かが落ちてきた。

 その異変に気付いたのは一人や二人ではなく、何人もの人が一斉に空を見上げる。

 手のひらを上に向けて、落ちてきたものの正体を確かめるように、夜空をじっと凝視する。

 

 そして、その『粒』は、徐々に落ちてくる数を増やして……

 

 ぼと……

 ぼとぼとぼと…………

 

 ドザァァア……!

 

 一気に土砂降りへと変わった。

 

「雨だっ!」

「みんな、洞窟へ避難しろ!」

「あ、あの、屋台は!?」

「んなもん、あとでいいから!」

「うひゃー、ドレスが濡れるです!」

「……水も滴るいい女」

「マグダ、アホなこと言ってないで、さっさと避難するさよ!」

 

 ギャーギャーと、あっという間に出来上がった水たまりを踏みつけて、領主も給仕長も一般市民もベッコもパーシーも関係なく、全力疾走で洞窟を目指す。

 ニュータウンの住民は自宅へ戻ればいいのだが、混乱の渦に飲み込まれてなぜか全員洞窟へとなだれ込んでいった。

 

「……はぁ…………はぁ………………びっくりした」

 

 洞窟は広く、数百人という人間を収容してもなお、スペースに余裕があった。

 

「お子様連れの方が、早めに帰宅されていてよかったですね」

 

 濡れた髪を指で梳きながらジネットが言う。

『宴』だからな。夜になれば酔っぱらいが増えることは目に見えていた。

 なので、ガキどもとその親たちは夕方くらいには帰っていたのだ。

 花火なら、会場じゃなくても見えるしな。

 

「全員残っていたら、さすがにここには入りきらなかったよね」

 

 濡れた髪を掻き上げてエステラが言う。

 髪の扱いも千差万別だな。

 

 洞窟の中に、激しい雨音が響き、こだましている。

 先ほどの花火の音にも負けないくらいの大きさで、雨脚の強さを物語っている。

 

「精霊神のヤツ、降らし忘れた雨を、今さらまとめて降らしてんじゃないだろうな?」

「ふふ。それは、面白い考え方ですね」

 

 いやいや、ジネット。

 計画性のないヤツってのはどこにでもいてな。夏休みの宿題を最終日にまとめてやろうってガキはいつの時代にもいるもんなんだよ。

 精霊神もきっとその口だぜ。

 ちょいちょい「こいつバカなんじゃねぇの」って思うこともあるしよ。

 

「だとすれば――」

 

 暗い夜の闇を真っ白に染めるような激しい豪雨を見つめながら、ジネットはその場にそぐわないほど穏やかな表情を浮かべて言う。

 

「――これは、恵みの雨ですね」

 

 お恵みを、こんな叩きつけるように寄越してくる女神って、どうなのよ?

 

 

 それからしばらく、弱まる気配もない横殴りの豪雨を眺めながら、俺たちは洞窟の中で時間を過ごした。

 良くも悪くも、印象に残る『宴』になったな、なんてことを思いながら。

 

 

 

 

 

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