豪雪期。
それは、街中の人間が家に閉じこもり、家族とのひと時を大切にする期間。
何もない閉じられた世界で、ゆったりとした時間を過ごす、そんな期間。
「店長! お汁粉四つ追加で!」
「はぁい!」
「店長さん! お子様ランチ二つと日替わり定食と焼き鮭定食ワンワンです!」
「は、はぁい!」
「……マグダが鮭を焼く」
「助かります!」
陽だまり亭が、修羅場と化していた。
「なんでこんなに客が来てんだよ!?」
あまりの忙しさに、俺までウェイターとして店と庭先を行ったり来たりしている始末だ。
「ヤシロ! かまくら、一つ空いたよ!」
「じゃあ、順番待ちの客を案内してくれ!」
「分かった! ナタリア、厨房に行ってジネットちゃんを手伝ってあげて」
「かしこまりました」
エステラの指示を受け、ナタリアが空いた食器を持って厨房へと入っていく。
そう。
かまくらだ。
こいつが大ヒットしてしまったのだ。
「ヤシロさん! かまくら八号館、完成いたしましたわ!」
「ウーマロの承認済みだな?」
「もちろんですわ!」
「よし! 次の客を案内してくれ! その際、出来たてだってのをアピールしてな!」
「お任せくださいまし!」
イメルダは、ウーマロ&弟たちと新しいかまくら制作を行っている。今回ので八個目だ。
「あ、見て見て、あれ~!」
「かわいい~!」
そんな女性客の声が聞こえてくる。
彼女たちの指さす方向には、デフォルメされた陽だまり亭メンバーの雪像が可愛らしく並んでいた。雪合戦をしている場面だ。
そして、こいつがこのくそ忙しい状況を生み出した発端だ。
そう。発端はみんなでかまくらを作った翌日。あの日だ――
豪雪期の初日。
自作したかまくらで盛大に騒いだ俺たちは、翌日に雪像作りを開始した。
これがやってみると意外に楽しくて、みんなして夢中になってしまったのだ。
雪像作りに飽きたデリアやロレッタからの雪玉攻撃をかわしつつも、俺やエステラ、ナタリアにイメルダ、そして大本命のベッコが魂のこもった雪像を作り上げたのだ。
気分はプチ雪まつりだった。
「ヤシロ、見ておくれよ!」
と、エステラが俺に見せてきた自信作は、どう見てもシメジだった。
「お前はキノコが好きだなぁ……」
「これのどこがキノコだっていうのさ! これは女神像だよ!」
「……精霊神、いい加減ブチギレるぞ?」
「で、ヤシロのその丸いのはなんなんだい?」
「雪だるまだ」
俺が作ったのはどこにでもある、普通の雪だるまだった。木炭で顔も作ってある。
「かっ、可愛いです! ヤシロさんっ、すごく、すごく可愛いですっ!」
どうやらジネットは、心の中の何かを刺激されたらしく、犬みたいに雪だるまの周りを駆け回り始めてしまった。そんなにはしゃがなくても。
「わたしも作りたいです!」
作り方を教えてやると、ジネットは一日中雪だるまだけを黙々と作り続けていた。黙々と、黙々と…………無縁仏でも供養する気なのかというように、手のひらサイズのミニ雪だるまが数百体出来ていた。……怖いっつの。
イメルダは、さすがと言うべきか、美しい物に対する貪欲さが人一倍凄まじく、雪像一つとっても先鋭的でスタイリッシュだった。何かは分からないが、何かをモチーフにしたオブジェのようなものを作成していた。
で、ベッコだが……
「お前、バケモノか……」
陽だまり亭の庭に、俺たちがいた。それも数十セット。
セットというのは、俺たちがみんなで『何かをしている』場面が表現されているからだ。
そっくりなんてレベルじゃなく、もはや生き写しだ。
それを驚異的な速度で作り続けているのだ。なんか……思い出の写真を見せられているような気分になる。
「雪が無くなりそうでござったから、ここからはデフォルメ化するでござる」
以前俺が教えてやったこともあり、どうやらベッコはデフォルメのコツを覚えたらしい。なんだかんだ、こいつも成長しているようだ。
それはそうと……雪が足りないって…………
「なんだよ! 投げて遊ぶ分がねぇじゃねぇか!」
「そうです! 使い過ぎです!」
デリアとロレッタが不満そうに言う。
「わたしも、もっと欲しいです、雪」
すでに気持ち悪いほどの数の雪だるまを作っているジネット。まだ作る気か?
「……では、他所からもらってくればいい」
不平不満を漏らす一同の真ん中に立ち、マグダが解決案を提示する。
そう。
街中に雪は溢れているのだ。
しかも、お年寄りなんかは雪かきすら出来ずに困っているかもしれない。
ずぼらな若いヤツもやってないかもしれない。
誰も通らないような道には、いつまでも雪が残ってしまうかもしれない。
……ヤップロックの家は、潰れているかもしれない…………あいつ、トウモロコシで金が入っても「子供たちのために」って貯蓄しかしないんだもんな……まず、家を建て替えろっつの。
「んじゃ、弟たち」
「「「ほいほ~い!」」」
「暇そうな弟妹を集めて、雪かきが終わってないところから雪をもらってこい」
「「「わ~い! ゆきあそび~!」」」
「よし、ロレッタ! あたいらも行くぞ! この勝負は、こんな小さな庭先だけに収まらないんだ! 四十二区全部があたいたちの戦場だ!」
「望むところです! パウラさんやネフェリーさんも巻き込んで、大雪合戦です!」
「おぉ、ネフェリーか! ……あいつとはいつか決着をと思っていたんだよな……よし! 弟! 何人かあたいたちについて大通りの方に行くぞ!」
「「数名派遣するー!」」
「降って湧いた恵みの労働やー!」
どんだけ労働に飢えてんだよ、お前らは。
そんな感じで、結局全弟妹が出動して四十二区中の雪を掻き集めてきたのだ。
通行するために道の雪を退け、あっちこっちでわいわいと騒ぎ、集めた雪を陽だまり亭へと持ってくる。
街の人間はきっと興味を持ったのだろう。
豪雪期に外で大騒ぎをしている連中に。
そして、外に出てみれば、積もっているはずの雪が無い。
騒がしい連中の後をついていってみれば、そこには雪で出来た様々なオブジェと、雪の家。
さらにその奥の食堂からは堪らなくいい香りが漂ってきている…………
そりゃ、客も来るわ。
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