「もぉ~う! なんなんだよ、みんなぁー!?」
一団の先頭はエステラで、その後ろをイメルダ、ネフェリー、デリアにマーシャ、そしてセロン&ウェンディが追いかけている。マーシャはデリアが押す荷車水槽の中だ。……子連れ狼か。
大勢の人間に追われながらも、群を抜いて運動神経がいいエステラは器用に逃げ回っている。右へ左へ切り返し、伸びる腕を掻い潜り、風に揺れる柳のように軽やかに追っ手から逃れ続けている。
「ボクのことは、もう放っておいておくれってばぁ!」
「そうはいきませんわ!」
「そうよ! 放っておけるわけないじゃない!」
「エステラ~! 私たちぃ、お友達でしょ~☆」
「……マーシャ、お前、ちょっと、楽をし過ぎじゃ、ないか? この荷車、意外と、重いんだが……」
「エステラさん! 僕、実は体弱いけど、頑張って走ります!」
「エステラさん! 私、今夜物凄く発光するのを覚悟の上で日中に頑張って走ります!」
「も~ぅ! なんなんだよぉ!」
どうやら、あいつらもエステラを元気づけようとしているようだ。
だが甘い。
あんな安直なやり方ではエステラは捕らえられない。
俺たちのように頭脳&チームプレイを駆使しなけりゃな!
「ロレッタ、マグダ!」
「はいです!」
「……任せて」
俺の指示で、マグダとロレッタがエステラの前に踊り出る。
「マグダにロレッタ!?」
エステラの前に立つと、マグダがお腹を押さえて蹲った。
「……あ、あいたたたぁー」
「わぁ、大変です! どこかに親切な、赤い髪の優しいお姉さんはいないですかぁー!?」
「そんなもんに引っかかると思ってるのかいっ!?」
しかし、そのツッコミが命取りだ!
「今だ! 行くぞジネット!」
「え? えぇっ!? 行くって、なんですか!?」
一瞬速度を落としたエステラを、俺とジネットで挟み撃ちして捕らえる作戦だ!
まず、ジネットがエステラの右側に立つ。その隙に、左側に回り込んだ俺がエステラを力一杯に突き飛ばす。
そこでエステラが「きゃーとばされたー!」と叫ぶ。だが、大丈夫! その先に待ち構えるジネットの爆乳で、エステラの身体は「ぽよ~ん!」、そこですかさずエステラが、「わぁークッションのおかげでたすかったやー!」と歓喜する。
これで、安全にエステラを捕らえられる!
「さぁ、ジネット! スタンバイだ!」
「え? あの? わたし? え?」
なんてことだ!?
ジネットに作戦内容が伝わっていない!
こんなにアイコンタクトを送っているのに、ジネットは小首を傾げるばかりだ。
くそ! マグダならアイコンタクトだけで分かってくれるのにっ!
「ジネットちゃんに無茶ぶりしたって、うまくいくわけないだろう!?」
そんなセリフを吐いて、エステラが俺の横をすり抜けていく。
くそっ! やっぱりエステラの運動神経は抜群だ。どんなに体勢を崩してもトップスピードのまま駆け抜けていく。
ダメだ、ここですり抜けられたら、もう追いつけなくなる。
止めるんだ! ここで! なんとしても!
「エステラァーッ!」
「なっ!?」
俺の脇をすり抜けていくエステラに向かって腕を伸ばす。
逃げていくエステラの背中が見える。
伸びろ! もっと伸びろ! 俺の腕っ!
腕でも服でもどこでもいい! 捕まえてくれ、俺の手っ!
「逃がさねぇっ!」
俺の腕が柔らかいものに触れた。
これを逃すわけにはいかない…………故に、思いっきり掴むっ!
「ぃっ!? ぅきゃぁぁぁあああああっ!?」
叫ぼうが喚こうが、こっちの話を聞くまでは逃がさねぇ!
怒るなら怒ればいい。
殴ったっていい!
あとで全部受け止めてやる!
だから、今だけ……
「我慢しろよっ!」
「えっ!?」
捕まえたエステラを強引に引き寄せ、両腕でガッチリと抱きしめる。
エステラの背中から腕を回すような格好で抱きつく。俺の口元に、エステラの耳がある。好都合なポジションだ。
お互い顔が見えないってのも、ありがたい。
「……………………ぇ?」
逃げられないように、力任せにギュッと抱きしめる。
「…………………………ぇぇぇえええええええっ!?」
腕の中でエステラが叫ぶ。
「エステラ! 俺の話を聞け!」
「はぅ……わふ……わぅ…………やし……やしろ…………な、な、なに……なにを……」
「いいから聞け! 聞くまで離さないからな!」
「ぁふっ、あぅ……わ、分かった…………き、聞く……聞くから…………」
ようやく、エステラが大人しくなった。
とはいえ、体中に力が入り、ガチガチだ。
「あのな、エステラ」
「はうぅ……っ! み、耳に息を吹きかけないでくれないかな!?」
「しょうがないだろう、我慢しろ」
「が、我慢って…………!?」
「あのな、エステラ……………………ふぅ~」
「ふにゃああああっ!? わ、わざとやったろう、今っ!?」
「不可抗力だ」
「嘘だね! カエルにするよ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐエステラをからかっていると、冷たい視線に取り囲まれていることに気が付いた。
「……ヤシロ。イチャつき過ぎ」
「たぶん、もう腕を離しても逃げないですよ、エステラさん」
「公衆の面前で、ふしだらですわよっ!」
「そ、そういうの、よくないと思うな、私はっ!」
順に、マグダ、ロレッタ、イメルダ、ネフェリーだ。
「あらあらぁ、エステラってば、真っ赤ぁ~」
「そ、そんなことないよっ!」
「……ヤシロ、あたいも後で、それやってほしいなぁ」
「あれぇ、デリアちゃん。羨ましいのぉ?」
「だって、マグダはたまにやってもらってるんだぞ、アレ!」
……いや、マグダは俺の膝の上に座ってくるだけで…………つか、デリアを後ろから抱きしめるって……俺の身長じゃ無理がないか?
「あの、ヤシロさん……」
周りが騒がしくなる中、ジネットが静かに俺に言う。
「その……非常に言いにくいのですが…………あの、ヤシロさんの手が…………エステラさんの……む、胸に……」
「え?」
むにむにと、指を動かして確認してみる。
「にゃあっ!?」
……柔らかい。
え!?
柔らかいだと!?
「だから! 多少は胸があるって言ってるじゃないかっ!? もう! いい加減離してよ!」
「お、おぉ! すまん!」
慌てて手を離す。
……あり得ないものが存在した……
「まさか……あの薬をちょこっと試していたんじゃ……」
「ヤシロさんっ!?」
ジネットが慌てた様子で俺の口を塞ぎに来る。
「……そのことはっ…………エステラさんが、今一番気にされていることですので……っ!」
禁句だとでもいうのだろうか?
周りを見渡すと、その場にいた連中全員が「空気読めよっ!」みたいな目で俺を見ていた。
そして、エステラが盛大に肩を落としていた。
……なんだよ、この「あ~ぁ……」みたいな空気。
じゃあ何か?
お前らはエステラに「過ぎたことは仕方ないよ」「忘れなよ」「またいいことあるさ」みたいな、なんの解決にもならない薄っぺらい言葉をかけて励まそうとでもしてたのか?
だから逃げられんだよ。
そんな言葉はな、ショックを受けてる人間は聞きたくねぇんだよ!
「気にするな」? 気にするわ!
「忘れろ」? 忘れられねぇからモヤモヤしてんだろ!
いいか?
はっきり言っておくぞ。
そんな言葉、なんの役にも立ちゃしない!
そんな薄っぺらい言葉はな、「私は精一杯励ましてあげました」って自己満足にしかならねぇんだよ!
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