「頑張る~のじゃ! 白組レッツゴー!」
「「れっちゅ、ごー!」」
「「「むはぁ~! かわぇえ~!」」」
現在、午後一発目のプログラム『応援合戦』が行われている。
リベカ率いる白組『かわいい隊』の不揃いながらも一所懸命さだけは妙に伝わってくる振り付けに、会場のオッサンオバサンどもが釘付けだ。
筋肉任せの暑苦しい演舞を行った青組や、はちきれん筋肉がより強調されてしまうふりふりの衣装で乙女(オッサン)たちが舞い踊った黄組の忌まわしい記憶はもうすっかり上書きされて、観客の脳内からは抹消されたことだろう。
今朝になって急遽参加が決まったリベカだったが、うまく妹たちを纏め上げてくれたらしい。
参加していない競技の待ち時間に振り付けを考えて、グラウンドのすみっこで練習してもらっていたのだが、いい塩梅で拙く、そこはかとなく纏まってみえる。
幼稚園のお遊戯会みたいなものだ。合唱に求められるのは美しいハーモニーではなく、元気いっぱい大きな声で歌うこと。こいつらの年齢ならバラバラでも見ていられる。むしろ、それくらいがちょうどいいのだ。
「オイラたちが準備していた演舞が消滅したッスね」
「あぁ。結構練習したんだけどなぁ、『農家と大工のアティチュード』」
「うっせぇなぁ。じゃあ、打ち上げの時にでも披露しろよ」
当然、白組も応援合戦の準備は行っていた。
が、どうせやるならウケるものの方がいい。
オッサンの完璧な演舞より、少女たちの拙いダンスの方が見ている側は楽しめる。
「ウッセやゴンスケみたいにヘコみたいのか?」
「いやぁ……正直、オイラもこっちの応援の方がよかったと思ってたところッス」
「俺もよぉ、『やる』ことにばっかり意識がいってて、『見せる』ことはすっかり忘れててなぁ……実は今すげぇホッとしてんだ」
がははと笑うモーマット。
応援合戦は、休憩明けの緩んだ心を運動会へと向き直らせるためのプログラムだ。
昼休憩後、いきなり全力で競い合うのはちょっとしんどいからな。こういうまったりしたものをワンクッション挟み込んで、残りの競技に尽力するのだ。
そういう性質上、応援合戦は全チームに50ポイントずつ加算されることになっている。
なのでテキトーでいいのだ。
まぁ、運動会といえば応援合戦はお約束みたいなもんだからな。一応入れておいたというところだ。
「れ~~~~っつぅ~……」
「「れっつー!」」
「ご~~~~、なのじゃ!」
「ごー!」
「なのじゃー!」
とはいえ、ちょっとは揃えろよ。
ばらっばらじゃねぇか。好き勝手が過ぎるぞチビッ娘ども!
そろそろ、『応援』というキーワードから連想できる動きが尽きてきたんだろう。かわいい隊の動きがぎこちなくなってきた。即興でいつまでも出来るものじゃないからな。
「我が騎士~! やることなくなったのじゃ~!」
だからってはっきり言うなよ。
ほら、妹たちも「え? 終わったの?」みたいな顔で棒立ちになっちまってんじゃねぇか。
「選手が元気になることをしてやれ」
「元気…………皆の者、お昼寝するのじゃ!」
「そうじゃねぇよ! 見てて楽しくなったり、選手が喜びそうなことしてやるんだよ!」
「選手が喜びそうなこと……? とはなんじゃ?」
「あたし知ってるー!」
「あたしもー!」
平均年齢七歳のかわいい隊が集まって相談を始める。
今、一応本番中なんだけどな。
まぁ、そんな様もかわいく映っているようで、大人たちはニヨニヨした顔で見守っている。一応は温かい目、といっていい部類の視線だろう。
「あぁっ、拙い! でもそれがいいっ!」
一部、濁りきった目で見ている不埒な木こりギルドのギルド長もいるみたいだけどな。
「ヤシロさん。ワタクシの手がうっかり滑ってしまったら、後始末はよろしくお願いいたしますわね」
「よぉし、じゃあ手が滑る前に、手に持ってるその物騒なハンドアックスをどこかに置いてこい」
「木こりとハンドアックスは一心同体ですわ!」
「だとしても、森以外では携帯すんな!」
「ハンドアックスは顔の一部ですわ!」
「じゃあ、顔を握り締めてるのか、お前は!? いいから置いてこい!」
イメルダが俺のそばにいるということは、本気でハビエルの息の根を止める気はないのだろう。
だが同時に、俺のそばにいるということは、いざという時自分一人では衝動を抑えきれる自信がないので止めてほしいということでもあるのだろう。
ハビエル。自制しろ。……死ぬぞ。
「「「選手のみんなー!」」」
話し合いが終わったのか、かわいい隊の面々は「くるりん♪」とこちらへ向き直り、横一列に並ぶ。
拳を軽く握り、脇を締め、両腕を体の横にぴたりと添えている。
背負ったリュックサックの肩かけを持つような格好――言い換えれば、「えいえいおー!」をやる時のような腕の形だ。
こいつらがそうやって気勢を上げれば場は盛り上がるか。
妹たちは、大人たちのことをよく見ているんだな。どこで覚えてきたのやら。
「「「せーの!」」」
そんな掛け声と共に、リベカを含む平均年齢七歳のかわいい隊の少女たちが、両腕を側面から体の中心へ向かって押しつけるように動かした。
「「「むぎゅっ!」」」
「なにやってんの、お前ら!?」
「「「選手の元気が出ることー!」」」
「特に……ワタクシのすぐそばにいる方の元気が出る方法ですわね」
「待てイメルダ! 俺はあんな未発達は管轄外だ! どうせならお前がやれ!」
「やりませんわ!」
まったく。
未成年と呼ぶことすらおこがましいようなお子様どもがそんなことをしたところで、元気になるヤツなんざ――
「いやぁ~、無邪気でかわいいですねぇ、うへへ」
「まったく、おませさんというか、おしゃまさんというか、ふひひ」
「大人の真似事が楽しい時期なんでしょうなぁ、でゅふふ」
――結構いるな、おい!?
『可愛い』なんて言葉で誤魔化しつつ、鼻の下がでろ~んと伸びきっている大人の多いことっ!
……この街、もうダメなんじゃないだろうか。
「ホント……子供らは大人をよく見てるさね……じぃ~」
「まったく、誰に教わったんだろうね……じぃ~」
「ヤシロ様。無理せずはしゃいでいいんですよ?」
ノーマとエステラに非難の視線を向けられ、ナタリアに気を遣われた。
俺じゃねぇし、ナタリアの気遣いは見当違いだ!
「あんな小さいガキんちょは、俺のストライクゾーンじゃねぇんだよ」
「へぇ~。じゃあ、ヤシロのストライクゾーンはどのあたりなのさ?」
「DからKだ!」
「年齢じゃないのかい!?」
「Kって、ヤシロあんた……店長さんの二つ上じゃないかさ……いるんかい、そんな人間が……」
「そしておそらくヤシロ様でしたら、L以上の超爆乳を見つけたらストライクゾーンがぐんぐん広がっていくことでしょう」
ナタリア。鋭いな。
んなことよりも、あんな寄らない揺れない揺蕩わない乳になど、俺は興味ないのだ。
そう、『俺は』な。
「な~んか妙に大人しいなぁ、あいつ」とか思って視線を向けると――
「ワシはたった今から白組になる! 鉢巻も手に入れた!」
――ハビエルが白い鉢巻を頭に巻いて拳を突き上げていた。
ヤツの足元にはぐったりとしたウーマロが転がっている。どうやら鉢巻を強奪されたらしい。
「さぁ、かわいい隊のみんな! 同じチームのオジサンに応援っ、応援プリーズっ!」
「「「せ~の、むぎゅっ!」」」
「むはぁ~! オジサン、し・あ・わ・せっ!」
「おぉーっと、斧が滑りましたわっ!」
「イメルダ、殺意が露骨過ぎるっ!」
『区民運動会殺人事件~ロリっ娘は見ていた~』は、すんでのところで未遂に終わった。
が、容疑者は「あのヒゲ筋肉がはしゃぐ限り、第二第三の斧が滑りますわよ」と、意味深な言葉を残して去っていったため、まだ油断は出来ない。
ともあれ、白組の応援が終わったので、これ以上の悲劇は起こらないと信じよう。
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