「まぁ、とりあえず見ておくれよ、ウチの新製品をさ」
ノーマがテーブルに50センチ四方の箱を載せる。
これは、井戸に浸けて中身を冷やす『冷蔵庫(四十二区仕様)』だ。
最近では、冷蔵庫を井戸に浸けると箱の周りに張り巡らされた細い管の中を冷水が流れて、中身が一層よく冷えるように改造されていたりする。
「今回の改良版はすごいさよ。なんと! ドアが左右どちらからでも開くんさっ!」
……冷蔵庫の進化って、異世界でも同じルートを辿るものなのかな。
「……これは、面白い」
「なんで『カポッ』って外れないです?」
冷蔵庫のドアを左右からガチャガチャと開け閉めし、マグダとロレッタが不思議そうに首を傾げている。
ランチの客を全員見送り終わった陽だまり亭は、現在、しばしの休憩タイムだ。
そこへ、ノーマがこの巨大な箱を持ってやって来たというわけなのだが……
「どうさね? 面白いだろう?」
「あぁ、まあな」
なんか、テクノロジー的に先鋭的なのか後進的なのか、悩んでしまう冷蔵庫だな。
冷やし方は井戸の中で冷たい水に浸けるというシンプルなものなのに……両面ドアって。
「なんだい? いまいちな反応だねぇ」
「いや、なんかどんどんと進化していくなぁ……と、思ってな」
「そりゃあんたが……っ」
勢い任せに何かを言おうとして、ノーマは一度言葉を止める。
そして、短く息を吐き出した後、落ち着きを取り戻して言葉を発する。
「あんたが、最近面白い新製品のアイデアを持ってきてくれないからさね」
そういや、ちょっと前までは頻繁にいろんなもんの金型を依頼してたっけな。
「また何か面白い物でも依頼しておくれよ。でなきゃ、井戸に浸けずに物が冷やせる冷蔵庫とか作っちまうよ、アタシはさ」
「いや、それが出来るなら超助かるけどな」
本物の冷蔵庫が誕生する日も、そう遠くないかもしれない……のか?
「ヤシロ氏! 聞いてほしいことがあるでござる!」
大声を上げて、ベッコが陽だまり亭へと入ってくる。
そして、ノーマを見つけるやパッと顔を輝かせた。
「おぉ! チアガールリーダー氏ではござらんかっ!」
という、ベッコの発言が終わらないうちに、ノーマは目にも留まらぬ速さで煙管を投げ、ベッコの額に大ダメージを与えた。
「ごぅっ!? …………ず、頭蓋骨がへこんだでござる……」
「その名を口にするんじゃないよ」
実は、大食い大会以降、この街には一つの組織が誕生していた。
その名も、『チアガールリーダーファンクラブ』通称『CGL-FC』。主に、ノーマの谷間や生足について熱い議論を交わす組織のようだ。
「せ、拙者……これまでは抉れるほどのぺったん娘好きでござったが、あの緊迫した試合を応援しきったチアガールリーダー氏の熱い想い、荒ぶるボインに感銘を受け、まだまだ未熟ではござるがボイン派へこの身を捧げる決意をいたした次第で……」
「他所でやんな! アタシを巻き込むんじゃないさよ!」
「にわかタニマーの拙者が見ても、チアガールリーダー氏の谷間は素晴らし……っ」
「だから、その名で呼ぶんじゃないさね!」
懐から取り出した煙管を投げ、先ほどと寸分たがわぬポイントに大ダメージを与えるノーマ。
ベッコが仰向けに倒れ、床に後頭部を打ちつける。鈍い音が響き……俺は静かに合掌した。
……つか、ノーマ。お前何本持ち歩いてんだよ、煙管……。
「も、もしかして……ヤシロも入ってるんじゃないだろうねぇ、アタシのファンクラブに!?」
「いや、俺は入ってねぇけど」
俺はおっぱいにおいて他人とつるむつもりはない。おっぱいとは一人で盗み見て楽しむものなのだ。
「……なんで入ってないんさね」
「いや、なんでって……」
なんだか、物凄くがっかりされてしまった。
つか、物凄く睨まれてる。……俺が何したんだよ。ファンクラブにも入ってないってのに。
「それでござるさん。何を聞いてほしかったんです?」
「あぁ、そうでござった!」
ロレッタの余計なパスのせいで、ベッコが再び表情を輝かせる。
「拙者! この度石像づくりに挑戦するでござる!」
「へー」
「反応薄いでござるよ、ヤシロ氏!?」
しかし、それ以外に何を言えというのか……物凄く興味がない。
「念願叶って、石像用の石が手に入ったでござる! 今から何を彫ろうかわくわくしているでござる! ……そこで相談なんでござるが……」
「却下だ」
「まだ何も言ってないでござろう!?」
「俺をモチーフにするのは禁止だ。もし俺の像を彫ったら……領主にかけ合って、四十二区全域に谷間禁止令を発令してやる」
「お兄ちゃんがおかしくなったです!?」
「……ヤシロが大変」
「あんた、自分が何を言っているのか、理解しているのかぇ?」
あれ?
なんで俺が全力で心配されてるんだ?
これはベッコに対する制裁のつもりで……
「……谷間禁止令などというものが発令されたら……おっぱい好きのヤシロ氏が死んでしまうでござる!? 拙者、断腸の思いでモチーフを変えるでござる!」
なんでだよ!?
クッソ、全員が生温かい目で見てきやがる!?
「おや、賑やかですね」
「ごめんくださいませ」
セロンとウェンディが揃って陽だまり亭へとやって来る。
今日も二人一緒か……爆発すればいいのに。
「英雄様。聞いてください! ウチの光るレンガが街道沿いに設置され、全区から注文が殺到しているのです!」
「それもこれも英雄様のおかげです。改めて、お礼申し上げます」
セロンとウェンディが揃って頭を下げる。
光るレンガは、四十二区から四十一区を通過して四十区まで延びる大きな街道沿いに、等間隔で設置されている。
これまで街灯すらなかった四十一区では非常に話題となり、注文が殺到しているようだ。
「それでですね、英雄様! 今度、是非お礼をさせていただきたく、ご都合のよろしい日をお伺いしたいのですが」
セロンが緊張気味に詰め寄ってくる。
「なんで俺に礼なんだよ? 関係ないだろう」
「いえ! この光るレンガが完成したのは英雄様のおかげです! 英雄様無くしては、今の僕たちは存在しませんでした!」
「そうです、英雄様。英雄様がいらっしゃらなければ……私たちはきっと今頃、離れ離れで……」
「あぁ、ウェンディ……君のそばにいられて、僕は幸せだよ」
「私もよセロン……」
見つめ合う二人。
たっぷりと一分間ほど、見つめ合う二人。
背後にいるノーマから発せられる殺意にも似た嫉妬の炎に気付かず、さらにたっぷり三十秒間見つめ合う二人。
「英雄様!」
「どうか!」
「僕たち」
「私たちの」
「「お礼のパーティーへお越しください!」」
「うん。断る!」
こんなイチャイチャを見せつけられるパーティーになんぞ、誰が行くか!
断固拒否だ!
「こ~んに~ち……わっ!? なに? なんでこんなに人がいるの?」
入り口付近にたむろする顔見知りたちに驚き、店に入ってきたパウラが声を上げる。
「なんだ、パウラ。お前も何か用か?」
「あ、うん。新メニュー考えたからさ、ちょっと意見聞かせてよ」
「そういうのは、自分の親父に聞けよ」
「大会で一緒に料理した仲でしょう!?」
「じゃあジネットに頼め」
「なによぉ! ヤシロ最近冷たいんじゃない!?」
ぷりぷりと怒り、ずんずんと俺に詰め寄ってくる。
少し泣きそうな顔で、どこか焦ったような雰囲気を漂わせて……
「ねぇ、ヤシロ。最近ちょっとおかしくない? たまに、変に遠く見ちゃってる時とかあるし……もしかしてあんた……っ」
と、そこでノーマがパウラの口を塞ぎ、強引に俺から引き離した。
「物事にはね、順序ってもんがあるんさよ。自分の思いだけを相手に押しつけるのは、行儀のいいことじゃないさね」
「でもさぁ……!」
「ほら、用が済んだんなら帰るよ」
「ちょっ、あたしはまだ……! ねぇ! 引っ張らないでってば!?」
半ば強引に、ノーマがパウラを引き摺って店を出ていく。
……あ~ぁ。
残った連中に視線を向けると、どいつもこいつも愛想笑いを浮かべていた。
…………あ~ぁ、だな。まったく。
「ジネット~」
「あ、はい!」
俺が呼ぶと、ジネットはひょっこりと厨房から顔を出す。
「ちょっと香辛料をもらいに、レジーナのとこ行ってくるわ」
「はい。お気を付けて」
「ん。あ、マグダ。悪いけど、その冷蔵庫、ノーマんとこに届けてやってくれるか?」
「……了解。もう少し遊んだら、返しに行く」
「壊すなよ」
「……善処する」
「あたしも、なるべく壊れないように願いながら遊ぶです!」
なんか、物凄く壊しそうな気がする……まぁ、試作品つってたし、いっか。
ベッコやセロンたちに軽く視線を送り、俺は陽だまり亭を出た。
誰も、追いかけてくる者はいなかった。
あ~ぁ、だ。
まったく……どいつもこいつも露骨過ぎるっつの。
……なんか、息苦しいぜ。
気を遣われるってのはな。
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