「な~んじゃ、新規メンバーというから期待をしたというのに、死にかけじゃな」
「こら、リベカ。失礼ですよ。ぎりっぎりの瀬戸際で踏ん張っておられるのです、敬いの気持ちを持たなくてはいけませんよ」
「ソフィー様。その言葉はこのバーサめにも突き刺さっておりますよ」
麹工場の三ウサギが執ジジイを見てそんなことを言う。
誰一人リベカの言った『死にかけ』を否定しない。……お前らの工場大丈夫か? いや、俺が言うのもなんだけどさ。
「ホワイトヘッドの姉妹か。たしか、気難しい職人だと聞いていたんだが……」
おのれのアゴを摘まんで、可愛い隊長に就任したリベカを観察するようにじっくり眺めるリカルド。
端から見れば完全に不審者だ。
通報しようかな?
……と、そんなリカルドの斜め後ろで、執ジジイがピシッとした姿勢のまま動きを止めていた。
呼吸もしていないんじゃないかと思えるほど、ぴくりとも動かない。
……ゼンマイでも切れたか?
「…………お美しい」
「あっ、なんか嫌な香りがする!?」
動かなくなった大きなノッポの執ジジイの口から漏れ出た言葉に、俺はこれまで散々味わってきた嫌な予感をまた味わっていた。
……お前もリベカがストライクゾーンとか言うんじゃないだろうな?
「是非、お名前をお教えください、マドモヮ~ゼル」
と、執ジジイが跪いて名を乞うた相手は……バーサだった。
「意外とまとも!? なのに絵面が酷い!」
「お兄ちゃん、正直過ぎるですよ!?」
騎士のように片膝を突いて、右手を掲げるようにバーサに向ける執ジジイ。
バーサは、生まれて初めて花束をもらった少女のように頬を染め、そして虫の囁くような声で答えた。
「バ、バーサです……バーサ・オオバ」
「おい待て、クソババア!」
なにを勝手にオオバの籍に入り込んでくれてんだ!?
統括裁判所に突き出すぞ。
「……なるほど。敵は、我が軍の中に!」
「物凄ぇ形相で睨んでんじゃねぇよ! じゃあやる! くれてやるから白組のために残りの寿命使い尽くせ!」
「やめて、二人とも! 私のために争わないで!」
「お前の『せい』だよ!」
「バーサを取り合う三角関係じゃ……!? バーサは魔性の女なのじゃ!」
「すごいですね、リベカ!? バーサがここまでモテるだなんて!?」
「おかしいなぁ、耳がいいウサギ人族のはずなのに聞き逃したのかなぁ!? 俺、全然取り合ってないんだわ!」
非常に、凄まじく面倒くさいので、リベカとソフィーもろとも、バーサを執ジジイに押しつけた。
そっちで競技の説明でも受けてろ。
「……くだらねぇ執事を使いやがって」
「あんな爺を見たのは初めてだ……やっぱ、オオバと関わるとろくなことにはならねぇんだな」
「俺のせいじゃねぇわ!」
なんか、俺と関わると残念化するみたいな噂立てるのやめてくれるか!?
元から持ち合わせた資質だろうよ!
「ったく。イネスとデボラの方がまだまともだな」
「にゅふふふ」
「ふふふにゅ」
「ぅおおわう!?」
色恋にボケた執ジジイへ嘆息をもらすと、背後から気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
イネスと、デボラだ。
つかデボラ、最後が「にゅ」になるのはおかしいだろ。
「ふふ。催促をする前に褒めるとは、やりますねコメツキ様」
「『まだまとも』が褒め言葉になるのか? 安いなお前らは」
「『お買い得』いただきました!」
「いや、褒めてねぇよ、デボラ!?」
うん。やっぱり、拳一つ分くらいデボラの方が残念な娘だ。
「四十一区の執事は、目立つような功績こそありませんが、執事歴の長さから、知識と経験が豊富で他区でも信頼のおける人物として認識されています」
「まぁ、ずっと変わらないってのはそれだけである一定の安心感は与えるからな」
「しかし、四十一区という区の特色でもあるのですが、少々保守的な傾向が強く変化に疎い面がありましゅ」
「長い間守りに徹してたもんなぁ」
「それが、四十二区との共同開発で大きく変わったと聞いて驚きました」
「大変だったよ、あいつらを動かすのは」
「コメツキ様が裏で暗躍していたと知れば、保守的な四十一区の大革命も納得でしゅ」
「……デボラ。さっきからずっと甘噛みしてるけど、なんで?」
「いえ、二度も褒められたもので、口元が……ふふふにゅ」
いや、だから最後がどーやったら「にゅ」に……もういいけどさ、別に。
「だがあそこの執事は『リカルド第一』になってチームの和を乱しかねないから注意が必要なんだよなぁ。お前らでうまいことコントロールしてくれるか?」
「見返りはなんでしょうか?」
ものすっごい真顔で聞き返してくるイネス。
友好的なのかそうじゃないのかよく分かんないよ、お前は。
「なんだよ、頭でも撫でてほしいのか?」
催促されても、それくらいのことしか出来ねぇぞ、俺は。
まぁ、マグダじゃあるまいし、そんなもん欲しくもないだろうけど……
「…………うん」
小さく、短い声。
聞き間違えかと思って視線をしっかりと向ける。すると、イネスは微動だにせずにこちらを見つめ返していた。
真顔で。
「……ん?」
「ん?」
「…………撫でてほしいの?」
「えぇ。そう答えたつもりですが」
真顔。
照れもふざけもしていない、素の顔。
いつものクールビューティー。
…………撫でるって、意味分かってないとか?
いや、それはないか、さすがに。
撫でられたところで痛痒を感じないとか、どうでもいいって感じなのか?
だったら「撫でてほしい」なんて言わないだろうし……じゃあなんだよ?
だって、ほら、普通さ、なんか反応あるじゃん?
照れるとか、ちょっとからかってみただけだよ的なヤツとか。
真顔なんだよなぁ……
なに考えてんだ、ホント?
……つか、結構照れくさいんだけどな、年上の頭撫でるのとか。
マグダやテレサなら普通に撫でられるんだけど…………あと、リカルドとかも見てるし………………
「どうされました? 私は待っていますよ?」
催促きた。
結構楽しみな感じか?
「じゃあ、まぁ……撫でるぞ」
「どうぞ」
味も素っ気もなく差し出される銀髪の頭。
近くで見ると小さい。子供のようなサイズだ。
どうしたものかと一瞬考えて、ぽんぽんと軽く叩く。
「…………」
反応がない。
ので、なでなでと左右にスライドさせる。
「…………」
まだ反応がないので、指で髪を梳く。
「……ふっ!」
突然、胸を突き飛ばされた。
両腕をピンと伸ばして、俺から逃れるように背を向けるイネス。
「さ…………」
勢いよく振り返ったせいで乱れた髪の毛をそのままに、震える声で言う。
「最初ので……じゅ、十分……でした、のにっ」
よく見ると、イネスの耳が真っ赤だった。
どうやら、最初のぽんぽんで満足していたらしい。
なのになでなでが追加され、指で髪を梳かれて、ちょっと限界を突破したらしい。
ぽんぽんでいいなら、その時点で申し出ろよ。
無駄なサービスを供給させやがって。追加料金取るぞ、コノヤロウ。
「わぅ、分かりました、ジジイの面倒は私が見ます、責任を持って!」
ようやく気が付いたのか、乱れた髪に手を伸ばし自身で撫でつける。
それが先ほどの感触を思い起こさせたのか、自分で撫でて自分で顔を赤く染める。
「せ……責任を…………取ります」
深々と頭を下げてすたすたと歩き去ってしまった。
……責任取りますって、なんか意味深過ぎんですけど……
別にお前の髪を撫でたからってお婿に行けなくなったりしねぇからな、俺は。
で、こういう展開になると、きっとデボラも羨ましがって「自分も」と言い出すんだろうなと視線を向けると。
「わっ、私にはまだ早いでしゅっ!」
イネス以上に真っ赤な顔をして走り去っていった。
……やめて。まるで俺がイネスにエロいことをしたみたいな空気生み出して逃げるの。
で、最後まで噛みっぱなしだったな。
「オオバ……お前、他区の……」
「なぁ、リカルド。一回くらいまともな恋愛した方がいいぞ?」
あれが『手ぇ出した』ように見えるのは、お前が彼女いない歴を更新し続けているからだ。
あれくらいは普通だ!
どこの男子だってあれくらいはやっている!
巻き込まれ型主人公なら「やれやれ」って言いながらもっとラッキーな目に遭っているのだ!
俺などまだまだ……
「……ヤシロは少し、無自覚テロが酷い」
「お兄ちゃん、頭よさそうで結構天然です」
「ヤシロちゃん、モテるものねぇ」
マグダにロレッタにムム婆さんが勝手なことを言う。
やかましい、あぁ、やかましいわ。
今のだって、俺が軽い冗談で言ったのをイネスが真に受けただけじゃないか。
俺のせいじゃない。俺は悪くない。
…………えぇい、くそ。
なんか俺に集まる視線が不愉快だ!
ジネットはどこだ!? ……ちっ、救護テントにテレサを連れて行ったんだっけな。唯一の味方が不在とは……居心地が悪いぜ。
「リカルド、初戦でコケて変な方向に足曲がれ! ぺっ!」
「不吉なことを言い残してどこかに行くな!?」
空気が悪いので、少しの間白組陣営から出る。
風に当たろう、そうしよう。まぁ、ずっと外なんだけども。
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