「赤組が、またパワーアップしやがった……」
「ま、マズいです……赤組が優勝したら、ルシアさん、本気でうちの弟拉致して帰りそうです……」
「……ヒューイット姉弟、既婚者第一号」
「やめてです! 第一号は長女たるあたしと、昔から決まっているですから!」
ロレッタが妹より先に嫁に行けるかどうかはさておき……
ギルベルタが赤組に組み込まれると、いよいよ勝ち目がなくなってくる。
「なぁ、英雄。んなの、勝手に決めていいのかよ? 選手を他所の区から引っ張ってくるとか、ズルじゃねぇか! 姐さんも言ってたぞ。ズルはダメだって」
そうか!
そもそも、今回の運動会は『区民運動会』なんだ!
四十二区の領民以外に参加資格などないのだ!
「よし! その線でルシアを締め出してやろう!」
「そんなことをしていいのかい、ヤシロ?」
真夜中で、本来なら会うことは出来ないはずの時間帯にエステラを引っ張り出してやろうと思っていたら、なんと向こうからやって来やがった。
エステラが、陽だまり亭のドアにもたれて「やぁ、こんばんわ」と爽やかな挨拶を寄越してくる。……カッコつけめ。
「こういうイベントを企画すると、どこかから情報を聞きつけて混ざろうとしてくる人たちがいるだろうとは思っていたよ。君もそうだろう?」
「……まぁな」
ルシアはその筆頭で、他にもハビエルやデミリー、最近何かと寂しがって絡んでこようとしているリカルドなんかもちょっかいをかけてきそうだ。
「本来であれば、区民の交流を主目的としたいところだけれど……ルシアさんに『あなたの参加は認めない』なんて、言えると思うかい?」
「『さっさと帰れ、ド変質者』くらいなら余裕で言えるが?」
「君は……そうだろうね。けど、ボクらは外交とか、いろいろあるから」
んだよ。
同じ領主だろう? 上も下もあるかよ。
ダメなものはダメだと言ってやるべきだろうが。
「なら仕方ない……三十五区との外交は今後諦めよう」
そうすれば、変質者が四十二区に入り込むこともなくなってすっきりするじゃないか。わぁ、名案!
「それは不可能だよ」
まぁ、そうだろうな。
「それに、三十五区だけじゃないからね」
「ん? それはどういう……?」
と、改めてエステラの方を向いて、俺はあることに気が付いた。
エステラの腰に、何かが巻きついている……あれは…………
「エステラ様……私は、あなたと共にあります…………ぽっ」
「……何やってんの、トレーシー?」
「ボクを助けるために駆けつけてくれたんだってさ」
エステラの声がカッサカサだ。
おそらく……、何時間かかけて正当に参加の拒否を遠回しに言っていたのだろうが、結局押し切られた……と、そんなところか。
「トレーシーさんを認めてルシアさんを認めないわけにはいかないからね」
「じゃあ両方締め出せよ。『四十二区の領民限定だ』ってな」
「そうすると、バルバラも参加できなくなるけど、それでいいのかい?」
「なっ!? なんでアーシが参加できないんだよ!?」
「君がまだ、四十一区の領民だからだよ」
そうか……四十二区の領民限定にしてしまうと、バルバラが参加できなくなるのか……白組の数少ない戦力を失うわけにはいかない……か。
「アーシだけは特別だ! これは、アーシがテレサにカッコいいところを見せるための大会なんだぞ!」
「いや、そのためだけの大会ではないよ……」
バルバラは、物事を自分に都合のいいように解釈する娘なんだなぁ……ある意味幸せなヤツだ。全然羨ましくないけど。
「そういうわけだから、ルシアさんやトレーシーさんの参加を拒否するのは諦めるんだね。…………ボクはもう、角の立たない拒否の言葉を使い果たしたからね……」
相当トレーシーに粘られたようだ。エステラがげっそりしている。
「……げっそり」
「胸を見ながら言わないでくれるかい?」
心労からか、エステラのツッコミに覇気がない。
これはいよいよ……赤組独走か?
いやいや。
赤組のリーダーはデリアだ!
デリアなら、他所の区の人間が突然しゃしゃり出てきても突っぱねるに違いない!
自分たちの手で勝利を掴むんだ的な発想でな!
「お~い! ヤシロ~! 三十五区の領主様がさぁ、あたいたちのチームに入りたいってさぁ! いいだろ別に!」
――と、デリアが絶妙のタイミングで陽だまり亭にやって来た。
両手いっぱいの甘そうなお菓子を抱えて。……あれ、ミリィのネクター飴をアレンジした飴細工だな。
ルシアのヤツ、ミリィのネクター飴とベッコの食品サンプルをパクって融合させやがったんだ。それ、もはや俺にロイヤリティ払うべき代物だろう。
アイデアの着想をもらった恩を返すどころか、それを使ってデリアを籠絡するとか、ホントろくでもない領主だな、あいつは。
で、デリアはすっごい簡単に釣られたもんだな、おい。
「……デリア、ってさ」
エステラが、若干引き気味な顔をしている。
お前も呆れているのか、デリアのちょろさに。
「……ルシアさんには『様』使うんだね」
「どこを気にしてんだよ、お前は」
お前が嫌がるからだろうが、『様』とか領主とか。
文句言うなよ。距離は置かれたくないけど適度に敬ってほしいって? 面倒くせぇわ。
「なぁ、いいだろ? ヤシロ」
いいことあるか。
こうなったら、こっちはケーキとポップコーンでデリアを反対派に……
「いいっすよ、姐さん! もちろんじゃないっすか!」
味方に裏切り者がいた!?
いや、こいつはもとからデリアの腹心。そもそも信用してはいけないヤツだったんだ!
「白組も賛成ってことでいいのかい?」
「バカ、待て、エステラ。チーム随一のアホの発言を有効票とするなら、俺はレジーナを青組の代表者としてあることないこと世間に触れ回るぞ」
「それはやめてくれるかい!? おそらく、青組の威厳が著しく損なわれることになるだろうから!」
「レジーナWithナタリア!」
「標的がボクに限定されたね、今の瞬間!? 『青組の』じゃなくて『ボクの』威厳が損なわれるね、その組み合わせを自由にすると!」
どんな組織にも、「いや、お前、それはねぇーだろ」って人材がいるものだ。そいつの言うことを真に受けるなんて、よほどのバカか、分かって嫌がらせしている腹黒かのどちらかだ。
バルバラの妄言はノーカウントなんだよ、つまりはな。
「まぁ、とにかく。青組と赤組は他区の参加者をゲストとして迎えることに賛成というわけさ。これで二対一だね、ヤシロ」
「なぁにが、二対一だ。俺は断固として……」
「それなら、ウチもゲスト選手を招いても問題ないさね?」
俺が孤軍奮闘してでも抗ってやろうと思った矢先、光るレンガの灯りが途切れる薄闇のその向こうから、気怠げで甘ったるい、なんとも艶っぽい声が聞こえてくる。
「え、ノーマ……?」
ふらっと現れたノーマに、エステラが驚いたような視線を向ける。
「『こんな時間まで起きていて、お肌は大丈夫なのかい?』みたいな顔だな、エステラ」
「そんな顔はしてないよ!?」
「……エステラ。明日、楽しみにしておくといいさよ……っ!」
「だから、ボクじゃないから!」
エステラとノーマの確執が生まれたところで、ノーマの話を聞く。
「今度はどこの領主がちょっかいかけてきたんだよ?」
「領主じゃないさね。前にウチで手伝いをしていた臨時雇いの人間が参加したいと言ってきたんさよ」
金物ギルドの臨時雇い? そんなヤツがいたのか。
…………いたっけ?
「まぁ、そういう縁のある人なら、別にいいんじゃないかな。……強引な参加者より、きっと健全だよ」
腰に巻きつくトレーシーに精気でも吸い取られているのか、エステラの笑顔が毎秒乾いていく。
つか、まだ巻きついてたのか、トレーシー……下腹部に顔をすりすりするんじゃねぇよ、どっちも嫁入り前の娘だろうに。
「そうかぃ……」
エステラに取り憑く残念隠れ巨乳に気を取られていると、ノーマが小さく呟き、そしてニヤリと口角を持ち上げた。
……はっ!? そうか!
「エステラ! 今すぐ前言を撤回しろ! でないと……」
「もう遅いさね! パウラ、許可が下りたさよ!」
「やったね、ノーマ!」
街道に並ぶ光るレンガ。夜の闇を振り払うように煌々と光を放つそのレンガは、明るいからこそ一部に闇を生み出す。
普通に街道を歩く分には明るさが途切れることはないが、街道から一歩踏み外すと影になる部分が出来る。
そんな影の中に身を潜めていたパウラがひょっこりと姿を現す。
そして、会心の笑みで言い放つ。
「ヤシロとエステラを手玉に取るなんて、すごいじゃない!」
「手玉……?」
いまいちピンときていないエステラに、ノーマとパウラの策略を教えてやる。
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