異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加69話 ハロウィンをやろう・立案 -4-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:3,943

「ガキどもは、こんな感じの仮装をするんだ」

 

 言いながら、イラストを描いていく。

 シーツを被ったようなゴーストと角ばった体つきのフランケン、そして漆黒のマントとシルクハットを纏ったヴァンパイアだ。

 

「わぁ、可愛いですね。これは魔物なんですか?」

「俺の故郷ではモンスターって言われてるけどな。こいつが死者の魂であるゴースト。こっちのは人造人間フランケン。で、美女の生き血を啜るヴァンパイア。あと、黒い服に白で骨の絵を描いてスケルトンなんてのもありだな」

「みんな、どれも怖いですね」

 

 教会のガキに仮装させた様でも想像しているのだろう。ジネットが楽しそうだ。

 自分が着るのでなければ、ジネットはハロウィンに肯定的なんだよな。

 

 あと、ハロウィンで定番なのが……

 

「これが、満月の夜に変身する狼男だ」

「ん? オオカミ人族じゃないのかい?」

「そう、ですね。オオカミ人族さんですね」

「私、こういう人を狩猟ギルドで見かけたことがありますよ」

 

 あ……

 そうか。狼男って、この街じゃ普通なのか。

 

「じゃあ、魔女とかどうだ?」

 

 黒いローブにとんがり帽子の魔女のイラストを描いてみせる。

 

「レジーナじゃないか」

「ホントですね、レジーナさんにそっくりです」

「えっと……ヤシロさんの中では、レジーナさんは魔物枠なんですか?」

「モリーの意見は否定しないが、そういうわけじゃないんだ……」

 

 この街では、魔法は精霊神が使うもので、魔女なんてものは存在しない。

 いや、俺が知らないだけで存在するのかもしれないが、きっとこういうイメージではないのだろう。

 なんにせよ、魔女の仮装をしたら見た者がそろって「レジーナだ」と認識するようではハロウィンの仮装に向かない。

 ……あの引き籠り薬剤師め。足を引っ張りやがって。

 

「ちなみにだが、この街にはモンスターの伝承みたいなのはないのか?」

「モンスターの伝承?」

「このヴァンパイアやフランケンみたいなものでしょうか?」

 

 エステラとジネットが揃って首を傾げる。

 映画やマンガがないこの世界では、そういう伝聞は少ないのかもしれないな。

 

「私、兄ちゃんに言われたことがあります。『いい子にしていないと、夜中に死者が窓から覗き込んでくるぞ』って」

 

 モリーの話は聞いたことがある。

 以前イメルダが似たような話をしていた。死者が迎えに来るとか。これは四十区に伝わる話なのだろうか。

 

「……わたしのお部屋、二階なので、平気……ですよね?」

「いえ。私の部屋も二階だったんですけど、死者は空が飛べるらしいです」

「ひぃい! わたし、夜中には絶対窓を開けません!」

 

 ジネットが頭を抱えて震えている。

 お前の部屋の窓、木板でフタするから覗きようがないだろうが。

 

「あ……そういうお話、わたしも聞いたことがあります」

 

 泣きそうな顔をしながら、ジネットがこわごわと口を開く。

 

「たしか……四十二区の夜がまだ真っ暗だった時代……夕闇迫る路地裏に、ぼぅっと光る女性の霊が……っ!」

「あぁ、それウェンディだわ」

 

 あったなぁ、そんな幽霊騒動。

 ってことは、一応幽霊とかを信じる層は一定数いるんだよな。

 なら、モンスターみたいな空想上の生き物がいるかもしれない。

 

「モンスターというより、魔獣が身近な脅威だからね。空想上のモンスターを作り出す必要がなかったんじゃないかな。そういう創造性に富んだ人がさ」

 

 物語を創作する一部の人間も、架空のモンスターを生み出すよりも実在する魔獣を題材にした方がイメージしやすいので楽なのではないか。と、エステラが見解を述べる。

 モンスターがいないとなると、仮装のレパートリーが減るよなぁ。

 

「じゃあ、魔獣の仮装でもするか?」

「子供たちは魔獣を見たことがないから、きっと分からないよ」

「じゃあ、ハロウィンは難しいかもしれないな……」

 

 馴染みのないモンスターの仮装をしても、きっと楽しさは半減だろう。

 

「でしたら、ヤシロさんが教えてあげればいいんじゃないでしょうか?」

「教えるって……俺がこいつらの話をして回るのか?」

「はい」

 

 めんどくせっ!

 

「ちなみに、このモンスターたちはどういう方たちなんですか?」

「え~っと、ヴァンパイアは……」

 

 俺はそれぞれのモンスターの特徴や、ちょっとした物語を語って聞かせた。

 

「話を聞く限り、教訓めいたものが含まれているようだね」

 

 エステラが、俺の書いたイラストを指差しながら簡潔に説明していく。

 

「ヴァンパイアやゴーストやスケルトンは『夜はしっかりと施錠して早く寝ないと怖い目に遭うよ』って。フランケンだけは『神の意志に反してはいけない』ってちょっと毛色が違うけどね」

「まぁ、オバケやモンスターの話ってのはガキを早く寝かしつけるために創作されたような部分も大きいだろうしな。あとは、食い物を粗末にすると『もったいねぇ~』ってオバケが襲ってくるぞとか」

「そんな怖いオバケに会わないためにも、食べ物は粗末にしないようにしてほしいですね」

 

「教会の子供たちに、是非そのお話を聞かせてあげてほしいです」と、ジネットは言うが、教会で食い物が粗末にされることはないだろう。絶対残らないし。

 

 モンスターにせよ、日本の妖怪にせよ、闇を恐れた人間が恐怖や不安を具現化させて生み出したような側面を持っているので、似たような感じになるのだろう。

 

「そう言われてみると、窓から覗く死霊も子供を早く寝かせるための方便ですよね」

「では、ご家庭によっていろいろなオバケが存在するかもしれませんね」

 

 ジネットはモンスターらをひっくるめてオバケと定義したようだ。

 ハロウィンっぽい発想ではあるから、それでいいだろう。

 

「エステラのところではそういう話はなかったのか?」

「ウチの場合方便を使って行動を制限させるということはあまりなかったかなぁ。領主という立場上、些細なことでも『嘘』と捉えられる言動は控えていただろうから」

 

「オバケが来るぞ」は、確かに嘘になるか。

 来ないと証明出来るのかと言われれば難しいが。

 

「誰か、他にそういう話を聞いたことはないか?」

「あるー!」

 

 突然の声に、全員が厨房の方へと視線を向ける。

 そこには、両手を振り上げてにこにこしているハム摩呂がいた。

 

「上で昼寝してたのか、ハム摩呂」

「はむまろ?」

「お前だ、お前。上で寝てたのか?」

「ねてまろ?」

「言ってねぇだろ!?」

 

 こいつ、まだ寝惚けてんじゃないか?

 

「ハム摩呂さんはお昼過ぎにお昼寝することになっていましたから、わたしの部屋をお貸ししたんです」

「うんー! 店長さんのお部屋、いい匂いしたー!」

「本当か? ちょっと確かめてくる!」

「ダメですよ、ヤシロさん!」

 

 ズルくね?

 俺もジネットのベッドでお昼寝したい!

 

「それで、ハム摩呂。君はどんなお話を知っているんだい?」

「おはなし?」

「君は何かオバケのお話を知っているんじゃないのかい?」

「うんー! しってるー!」

「なら、そのお話を聞かせてくれないかい」

「うんー! …………はむまろ?」

「聞かせてくれないの、かな?」

「聞かせるー! 両耳かっぽじれー!」

「……あとでロレッタに報告しよう」

「はわわ……、お説教決定やー……」

 

 しょぼ~んとうな垂れるハム摩呂。

 いじめるなよ、エステラ。話が進まなくなるから。

 

「ロレッタには俺がうまく言ってやるから、話を聞かせてくれ」

「さすがお兄ちゃんー! はきだめに、ツルやー!」

「『地獄に仏』だろ」

「じごくのどぼとけー!」

「どんなノドボトケだ!?」

「ヤシロ、話を進めてくれるかい?」

 

 お前、こういう時すぐさま手のひら返すよな? なぁ、エステラよ。

 まったく、そういうところばっかり貴族っぽいんだから。

 

「で、どんな話を聞いたって?」

「うんっとねー、子供が大人の許可なく大通りに行っちゃダメなの」

 

 大通りは人が多いし、ガキが親の許可なく出向くのは確かに危険かもしれない。

 暴れ牛が出たりして怪我をするかもしれないし、誘拐なんてことも考えられる。

 

「子供が一人で大通りに出ると……すっぽんぽんオジサンに連れ去られるのー!」

「それ俺だわ! いや、俺でもないんだけど!」

 

 まだ尾を引いてたか、その話!?

 あれは、マグダが大怪我をして獣化して、すっぽんぽんのまま陽だまり亭を飛び出しちまったから「すっぽんぽんの女の子見なかったか?」って聞いて回ってただけなんだよ!

 誘拐してねぇわ!

 

「ヤシロ。すっぽんぽんオジサンの仮装は自重するようにね」

「誰がするか! あぁ、いや、『するか』ってのは仮装のことであって自重のことじゃなくて……つか、自重するまでもなくそんな仮装しねぇから!」

 

 えぇい、ややこしい!

 いちいち聞かなくても分かることを聞いてくるな!

 

「とにかく、仮装するにもこっちのガキどもが想像しやすいモノの方がいいから、ちょっと情報を集めてみるか」

「そうですね。わたしもお手伝いしましょうか?」

「そうかありがとう! じゃあ、あとはよろしくなジネット!」

「え? え!?」

 

 だって、ガキが言うこと聞くくらい怖い話なんて聞きたくねぇもん! 俺、夜中に思い出しちゃうタイプだし!

 馴染みのあるフランケンやヴァンパイアなら、まだかわいげもあるが、聞いたこともない未知のオバケなんか普通の怪談話じゃねぇか!

 誰がわざわざ聞いて回るか、そんなもん!

 

 いや~、ジネットが引き受けてくれてよかったぁ。

 一応心配だから、マグダとロレッタでも連れて行けばいいんじゃないかなぁ。

 

「ヤシロ」

 

 いつの間にか席を立って俺の背後に回っていたエステラの手が、俺の肩へと置かれる。

 

「ボクも協力してあげるから『一緒に』頑張ろうね」

 

 振り返って顔を見上げると「ジネットちゃんだけに苦労を押しつけないように」と一発で分かるような黒い笑顔をしていた。

 なぁ、エステラ。そういうの脅迫って言うんだぜ?

 

「分かったよ……」

 

 肩に食い込むエステラの指を一本ずつ引きはがしながら、俺はため息をついた。

 

 

 

 

 

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