異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

34話 海漁ギルドとの取引 -3-

公開日時: 2020年11月2日(月) 20:01
文字数:2,872

「…………ん? これ、なんだ?」

 

 荷車を覗き込んで、俺は一つ不思議なものを発見した。

 いや、物自体は不思議でもなんでもないのだが……なんでこんなもんを持ってきたんだ? 

 しかも、こんな状態で……?

 

「なぁ、マーシャ」

「はいは~い?」

「この網、なんなんだ?」

 

 荷車には、大きな網が積まれていたのだ。

 それも、びっしりと海藻が絡みついた網が。

 

「あぁ、そうそう。忘れるところだったぁ~。ちょっと持ってきてもらっていいかなぁ~?」

 

 ほほぅ……この俺をアゴで使おうってのか?

 いい度胸じゃねぇか。

 どうなっても知らねぇぞ、マーシャ。俺を利用しているつもりで、気が付いたら利用されていた、なんてことになっても泣くんじゃねぇぞ?

 世界にはな、絶対的な身分の差なんてねぇんだよ。人間が勝手に決めた枠組みを取っ払えば、誰もが同じ境遇、同じ土俵に立っているものなのだ。

 だから人をアゴで使おうなんてヤツは、いつか巡り巡って自分自身が痛い目に遭うものなのだ。お前にその覚悟があるのか? ふん、ならいいだろう!

 

「ウーマロ、網を持ってついてこい!」

「……ヤシロさん。人をアゴで使おうって人間は、いつか痛い目に遭うもんなんッスよ?」

 

 何を偉そうに!

 この世界の人間は、使う側と使われる側にきっちり分かれているんだよ!

 身の程を弁えろ!

 

「んで、これはなんなんだ?」

 

 ウーマロの全身を磯臭く濡らした網が、床の上に無造作に置かれる。

 見れば見るほど、ただの網だ。

 わざわざ海からこんな場所にまで運んでくる理由が思い浮かばない。

 

「な~んだ、またかよぉ……」

 

 しかし、その網を見てデリアが顔をしかめる。

 デリアが関係しているのか?

 

「お~ね~が~い~! だって、私たちはみんな水かきがついてるから、手先がそんなに器用じゃないんだよぉ~!」

 

 手をパーに広げ、これでもかと水かきを見せつけつつ、マーシャは涙目で訴える。……というより、おねだりしている。

 あんな顔で「バッグ買ってぇ~」とか言われたら買っちゃうなぁ……

 

「ヤシロ。顔の筋肉が元に戻らなくなる前にシャキッとした方が身のためだと思うよ」

 

 エステラが冷たい視線を寄越してくる。

 ふん。

 悔しかったらお前もあれくらいフェロモンを振り撒いておねだりの一つでもしてみろってんだ。理屈で武装する堅物はモテないぞ。ただでさえ、スッカスカというハンデを背負っているというのに……

 

「あたいだって暇じゃないんだよ! 見たら分かるだろう!? 働いてるんだ、あたいは!」

「そんなぁ~。ここ最近の雨で、デリアちゃんは絶対ヒマしてると思ってわざわざ会いに来たのにぃ~!」

「海藻取るのメンドクサイんだよっ!」

「なぁ、デリア。ちょっといいか」

 

 すがりつくマーシャを振り払おうとしているデリア。ただじゃれているようにも見えるが、デリアはなんとなく本当に面倒くさそうにしている。

 これはつまりあれか?

 

「この網に引っかかった海藻を取り外してほしいって話か?」

「そうなんだよ。ここら辺の海はいろんな海藻が大量に生息してて、網にしょっちゅう引っかかるんだよ。それを定期的にあたいんとこに持ってきては外してくれって」

「外した後、この海藻はどうするんだ?」

「ん? そんなの、捨てるに決まってんじゃないか」

 

 捨てる!? これら海藻をゴミとして捨てるって言うのか!? 本気か!?

 

「食べないのかよ、もったいねぇ」

「こんな雑草みたいなの、どんなに腹が減ってても食べねぇって! ヤシロ、食い意地もほどほどにしないと腹壊すぞ?」

 

 なんてことだ……こいつら、海藻の美味さを知らないのか?

 確かに、日本以外で海藻を食べる国は少数だと聞くしな。異世界も海藻を食べない方に入ってたのか……

 

「ねぇ~デリアちゃん~、お~ね~が~い~。水かきがついてると細かいところに引っかかった海藻が取りにくいんだよぉ~。お礼にいっつもお魚あげてるんだからいいでしょ~!?」

「あたいは鮭が好きなんだよ! アジとかイワシとか、そんな食わねぇんだよ!」

「好き嫌いよくないよぉ~!」

「なぁ、二人とも! ちょっと待ってくれるか!?」

 

 これは……いいっ!

 

「マーシャ、デリア! この仕事、ゴミ回収ギルドに譲ってくれねぇか!?」

「仕事……?」

「でもでもぉ、お金は出せないよぉ~?」

「いい! 金は要らない。その代わり、デリアにやっていたのと同じ報酬をくれないか?」

「同じ報酬…………って、お魚?」

「そうだ」

 

 海漁ギルドから魚を『買う』ことは出来ない。

 ならば、『報酬』としてもらえばいいではないか!

 

「ウチにはよく食べる同居人がいるからな、少し多めにいただけると張り切って網の修繕まで請け負っちゃうぜ」

「ヤシロ君は手先が器用なのかな?」

「すげぇ器用だ。ジネットのパンツのレースがほつれてたんで、この前こっそり修繕して、いまだにジネットには気付かれていないレベルで器用だ!」

「そんなことしてたんですかっ!? い、いい、いつの間にっ!? もう! 懺悔して…………でも、行い自体は善意ですし…………でも無断で下着を…………あぁ、もう! やっぱり懺悔してください!」

 

 吠えるジネットを無視して、マーシャが「ふむ」と首肯する。

 

「それじゃあ、お願いしようかな~」

 

 よしっ!

 

「なら、二週間から三週間に一度の頻度で持ってきてくれるか? その間に、前に預かっていた網を綺麗にしておく」

「じゃあ、使った網を持ってきて、綺麗になった網を持って帰るのねぇ~」

「そういうことだ」

「常に綺麗な網が用意されてるっていうのは、助かるよぉ~」

 

 マーシャはにこにこと満足げな笑みを浮かべている。

 二週間使った網を持ってきてもらい、次の二週間でそいつを綺麗にしておく。そして、使った網と綺麗な網を交換し、これを延々と繰り返す。

 掃除用具のリース業者みたいなもんだ。

 この契約をすれば、海漁ギルドはいつだって綺麗な網が使える。

 

「どうだ?」

「いいでしょう。交渉成立で~す!」

 

 差し出されたマーシャの手を固く握り返し、契約が完了した。

 

 そして、手を離す前にマーシャがグッと体を寄せてきて、耳元でこんなことを囁いてくれた。

 

「ある程度までならお魚を融通できるからねぇ」

 

 ありがたい申し出だ。

 行商ギルドの目を盗んで俺たちに魚を融通してくれるというのだ。

 

「行商ギルドに目をつけられない範囲でよろしく頼むよ」

「任せてぇ~!」

「あと、それから」

 

 俺は重要なことを伝えておく。

 

「網に引っかかってる『ゴミ』は、こっちで処分しておくから」

「うん。お願いね」

「だから、魚を取り忘れたりするなよ? 俺は目利きに自信はないから、いい魚でも処分しちまう可能性が極めて高い」

「目利き……?」

 

 少し考えて、マーシャは「あぁ~!」と口をまんまるく開いて声を上げた。

 

「行商ギルドに目をつけられそうな量が必要になったら、『うっかり大漁のお魚を網から取り忘れちゃう』ことがあるかもしれないよねぇ~」

「まぁ、そうなっても、俺は粛々と『処分』するだけだけどな」

「うんうん。それじゃあ、網に引っかかった物の権利は、網の修繕期間中においてはヤシロ君に譲渡するよ」

「そりゃありがたい。んじゃ、さっそくこの網を預かっていくぜ」

「うん! よろしくねぇ~!」

 

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