異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

109話 勝利の後の憂鬱 -1-

公開日時: 2021年1月15日(金) 20:01
文字数:2,177

 よく晴れた爽やかな朝。

 エステラが、満面の笑みを浮かべて俺の前に座る。

 

「ヤシロ。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

 

 ここは教会。

 いつもの寄付、兼、俺たちの朝食の時間だ。

 

「いい知らせだけ聞かせろ」

「子供たちが『りょうしゅさま、いつもありがとう』って手紙をわざわざウチに届けてくれたんだよ。もう、ボク嬉しくて嬉しくて」

「それで、つい……か?」

「なんでボクが幼い子供を誘拐した風な話になってるのかな!?」

「可愛い幼女がいたら分けてくれ」

「分けないよ!」

「一人占めする気か!?」

「しないから! 誘拐してないから!」

 

 バンバンと机を叩き、エステラが鼻息を「すぴー!」と鳴らす。

 

「それのどこがいい知らせだ? 俺はち~っとも幸せな気分にはなれないんだが?」

「ボクの機嫌がいいと、君も心が軽やかになるだろう?」

「すまんが、俺はお前と精神をリンクさせてはいないんでな。お前が嬉しかろうが悲しかろうが、一切影響されないんだ」

「そっか。うん、そうだよね」

 

 明るい声で言った後、エステラの表情が一気に曇った。

 

「……じゃ、ちょうどいいや。ボクのダウナーな気持ちに引き摺られないように、悪い方の知らせも聞いておくれよ……」

「聞きたくないと言ってるんだ。朝飯くらい楽しく食わせろよ」

 

 体を横向け、エステラの話を聞かないぞアピールをしてみる。

 こいつの重い話は、本気で気分が滅入るから聞きたくないのだ。

 

「ハム摩呂~、ちょっとおいで~」

「はむまろ?」

 

 エステラが手招きすると、ハム摩呂がとてとてとこちらへやって来る。

 認識してないくせにやっては来るんだな、こいつ。

 ちなみに、数日前よりロレッタも教会への寄付に参加するようになったため、その付き添いでハム摩呂をはじめとした弟たちも来ているのだ。

 

「ねぇ、ヤシロ」

 

 エステラは、ハム摩呂に背中から抱きすくめるように覆い被さり、首筋にバターナイフを突きつけた…………っておい!?

 

「話を聞いてくれないと、この子の顔に傷が付くことになるよ?」

「お前バカだろ!?」

「ほちょぉおお、絶体の、絶命やー!」

 

 何を考えてんだ、こいつは!?

 教会でガキを人質に取るとか、脳みそどっかに落としてきたんじゃないのか!?

 

「バターナイフだから危険はないよ。……ただ、すごくベタベタするけどね……」

「にょほぉぉおお、人質の、パン扱いやー!」

「分かった、分かったからハム摩呂を解放してやれ……」

 

 ベルティーナが怒りに来るぞ。あいつはあれで、意外と教育ママさんなんだから。

 

「エステラさん」

「あ、シスターベルティーナっ!? や、これはちょっとしたおふざけで……」

 

 ほら見ろ。

 冗談でも人質ごっこなど、ベルティーナが許すはず無……

 

「バターナイフは人に向けるものではありません。ペロペロ舐めるものですよ」

「ペロペロ舐めるものでもねぇよ!?」

「うふふ。冗談ですよ」

 

 今のは嘘じゃなくて冗談とカウントされるのか?

 まぁ、ベルティーナをカエルにするつもりなんかないけどさ……

 

「でも、冗談でも子供に悪い影響を与える行為はやめてくださいね。真似すると危険ですから」

「はい。すみませんでした」

「いいえ。エステラさんもいろいろおありなのでしょう? 何かあったら、いつでも相談してくださいね」

「はい。ありがとうございます」

「どんなことでも、力になりますよ……ヤシロさんが」

「おいコラ、そこの食いしん坊」

 

 お前が話を聞いてやれっつの。

 

「お食事は、お静かに願いますね」

 

 と、なんの説得力もない注意を残し、ベルティーナは去っていく。

 

「怒られたじゃないかっ」

「それでなぜ俺に文句を言うんだ? 自業自得だろう」

「あ~ぁ、ホントまいっちゃったなぁ~、まさかあんなことになるなんてなぁ~」

「あぁ、もう。分かったって! 聞くから、そのわざとらしい聞いてほしいアピールやめろ、鬱陶しい」

 

 嬉しそうな顔を見せ、エステラが姿勢を正して座り直す。

 

「……でね、すごく悪い話なんだけど……」

 

 にこにこ顔は一瞬で消え去り、またズドーンと暗い表情になる。

 コロコロと表情の変わるヤツだな、ホント。

 

「街門の工事が一時中断されることになった」

「はぁっ!?」

 

 なんだそれ!?

 何はなくとも最優先するべき事柄だろう、今の四十二区において!

 

「実は、外壁の外に強力な魔獣が発見されたんだ」

「そんなもん、前からだろうが」

「……そうでもない」

 

 俺とエステラの会話に、マグダが割り込んでくる。

 

「……一頭のメスを複数のオスが守るように群れを作っている。これまでにはない形態」

「ボクたちはそれを、仮に『スワーム』と呼ぶことにした」

 

 蜂や蟻なんかはそんな感じなんだろうが、魔獣では珍しいらしい。

 なるほど、スワーム……『群れ』ね。

 

「一週間前に変なゴロツキが陽だまり亭を占領した時に、マグダがボナコンを捕ってきたじゃないか」

「あぁ、アレは美味かったな」

 

 かなりの大物でみんなで寄ってたかってむさぼり食った。

 ゴロツキどもを追い払う手助けをしてもらったからな。その礼も兼ねて盛大にボナコンパーティーをしたのだ。

 

「あの時、マグダは森に異変を感じたんだそうだ」

「……魔獣の動きに偏りがあった。また、森を破壊するレベルの激しい縄張り争いの跡が散見された。これは珍しいこと」

「それで、自警団を調査に向かわせたところ……」

 

 スワームを発見したってわけか。

 相当ビビっただろうな。ここの自警団、ゴロツキにも後れ取りまくる連中だし。

 

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