よく晴れた爽やかな朝。
エステラが、満面の笑みを浮かべて俺の前に座る。
「ヤシロ。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
ここは教会。
いつもの寄付、兼、俺たちの朝食の時間だ。
「いい知らせだけ聞かせろ」
「子供たちが『りょうしゅさま、いつもありがとう』って手紙をわざわざウチに届けてくれたんだよ。もう、ボク嬉しくて嬉しくて」
「それで、つい……か?」
「なんでボクが幼い子供を誘拐した風な話になってるのかな!?」
「可愛い幼女がいたら分けてくれ」
「分けないよ!」
「一人占めする気か!?」
「しないから! 誘拐してないから!」
バンバンと机を叩き、エステラが鼻息を「すぴー!」と鳴らす。
「それのどこがいい知らせだ? 俺はち~っとも幸せな気分にはなれないんだが?」
「ボクの機嫌がいいと、君も心が軽やかになるだろう?」
「すまんが、俺はお前と精神をリンクさせてはいないんでな。お前が嬉しかろうが悲しかろうが、一切影響されないんだ」
「そっか。うん、そうだよね」
明るい声で言った後、エステラの表情が一気に曇った。
「……じゃ、ちょうどいいや。ボクのダウナーな気持ちに引き摺られないように、悪い方の知らせも聞いておくれよ……」
「聞きたくないと言ってるんだ。朝飯くらい楽しく食わせろよ」
体を横向け、エステラの話を聞かないぞアピールをしてみる。
こいつの重い話は、本気で気分が滅入るから聞きたくないのだ。
「ハム摩呂~、ちょっとおいで~」
「はむまろ?」
エステラが手招きすると、ハム摩呂がとてとてとこちらへやって来る。
認識してないくせにやっては来るんだな、こいつ。
ちなみに、数日前よりロレッタも教会への寄付に参加するようになったため、その付き添いでハム摩呂をはじめとした弟たちも来ているのだ。
「ねぇ、ヤシロ」
エステラは、ハム摩呂に背中から抱きすくめるように覆い被さり、首筋にバターナイフを突きつけた…………っておい!?
「話を聞いてくれないと、この子の顔に傷が付くことになるよ?」
「お前バカだろ!?」
「ほちょぉおお、絶体の、絶命やー!」
何を考えてんだ、こいつは!?
教会でガキを人質に取るとか、脳みそどっかに落としてきたんじゃないのか!?
「バターナイフだから危険はないよ。……ただ、すごくベタベタするけどね……」
「にょほぉぉおお、人質の、パン扱いやー!」
「分かった、分かったからハム摩呂を解放してやれ……」
ベルティーナが怒りに来るぞ。あいつはあれで、意外と教育ママさんなんだから。
「エステラさん」
「あ、シスターベルティーナっ!? や、これはちょっとしたおふざけで……」
ほら見ろ。
冗談でも人質ごっこなど、ベルティーナが許すはず無……
「バターナイフは人に向けるものではありません。ペロペロ舐めるものですよ」
「ペロペロ舐めるものでもねぇよ!?」
「うふふ。冗談ですよ」
今のは嘘じゃなくて冗談とカウントされるのか?
まぁ、ベルティーナをカエルにするつもりなんかないけどさ……
「でも、冗談でも子供に悪い影響を与える行為はやめてくださいね。真似すると危険ですから」
「はい。すみませんでした」
「いいえ。エステラさんもいろいろおありなのでしょう? 何かあったら、いつでも相談してくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「どんなことでも、力になりますよ……ヤシロさんが」
「おいコラ、そこの食いしん坊」
お前が話を聞いてやれっつの。
「お食事は、お静かに願いますね」
と、なんの説得力もない注意を残し、ベルティーナは去っていく。
「怒られたじゃないかっ」
「それでなぜ俺に文句を言うんだ? 自業自得だろう」
「あ~ぁ、ホントまいっちゃったなぁ~、まさかあんなことになるなんてなぁ~」
「あぁ、もう。分かったって! 聞くから、そのわざとらしい聞いてほしいアピールやめろ、鬱陶しい」
嬉しそうな顔を見せ、エステラが姿勢を正して座り直す。
「……でね、すごく悪い話なんだけど……」
にこにこ顔は一瞬で消え去り、またズドーンと暗い表情になる。
コロコロと表情の変わるヤツだな、ホント。
「街門の工事が一時中断されることになった」
「はぁっ!?」
なんだそれ!?
何はなくとも最優先するべき事柄だろう、今の四十二区において!
「実は、外壁の外に強力な魔獣が発見されたんだ」
「そんなもん、前からだろうが」
「……そうでもない」
俺とエステラの会話に、マグダが割り込んでくる。
「……一頭のメスを複数のオスが守るように群れを作っている。これまでにはない形態」
「ボクたちはそれを、仮に『スワーム』と呼ぶことにした」
蜂や蟻なんかはそんな感じなんだろうが、魔獣では珍しいらしい。
なるほど、スワーム……『群れ』ね。
「一週間前に変なゴロツキが陽だまり亭を占領した時に、マグダがボナコンを捕ってきたじゃないか」
「あぁ、アレは美味かったな」
かなりの大物でみんなで寄ってたかってむさぼり食った。
ゴロツキどもを追い払う手助けをしてもらったからな。その礼も兼ねて盛大にボナコンパーティーをしたのだ。
「あの時、マグダは森に異変を感じたんだそうだ」
「……魔獣の動きに偏りがあった。また、森を破壊するレベルの激しい縄張り争いの跡が散見された。これは珍しいこと」
「それで、自警団を調査に向かわせたところ……」
スワームを発見したってわけか。
相当ビビっただろうな。ここの自警団、ゴロツキにも後れ取りまくる連中だし。
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