「とにかく後処理を済ませましょう」
テーブルを押さえて立つナタリアが進言し、ルシアが自身の給仕たちへ指示を出す。
神妙な表情をしているルシア。
だが、それ以上に青い顔をしているのは――今回招かれている三十五区の大工たちだ。
おそらく、このテーブルもヤツらが作ったものなのだろう。
それの不備で領主に頭を下げさせてしまったのだ。
現在進行形で胃に穴があいていてもおかしくはない。
「も……申し訳ございませんでした!」
大工の代表らしき男が地面に四肢を突き、額を土にこすりつけた。
他の大工二人もそれに続き土下座をする。
大工たちの謝罪はルシアに向けられている。
この場の責任はルシアにあるが、その失態はルシアではなく自分たちにこそあるということを知らせたいのだろう。
だが、今はそれをする時ではない。
「何やってるッスか!?」
ウーマロが土下座する大工のもとへ駆け寄り、襟首を掴んで強引に立ち上がらせる。
「謝罪の前に処置が先ッスよ! 他の箇所の点検! そして、二度と同じ事が起きないようにしっかりと対処するッス!」
「え……いや、だが……」
「早くするッス! 怪我人が出たら取り返しがつかないッスよ!」
「は、はい! おい、お前ら!」
「「へい!」」
「ハム摩呂。お前も手伝うッス」
「まかされたー!」
給仕たちがてきぱきとテーブルの上の物を退かし、空いたテーブルをひっくり返して大工連中が総出で確認を始める。
ナタリアはエステラのそばに付き、ドニスのそばに執事が張りつく。
もう事故は起こらないだろうが、万が一の際、もう二度と主に危険が迫らないようにという厳重警戒態勢だ。
ドニスのところの執事にしてみれば、自分がドニスのそばを離れた瞬間に起こった事故だけに、自己嫌悪が酷いだろうな。
ドニスんとこの連中、みんなドニスが大好きだから。
「ミスター・ドナーティ。ミズ・クレアモナ。改めて謝罪を述べさせてほしい」
「そんな……」
「まぁ、待つのだ、ミズ・クレアモナ。こういう時は受け取ってやるのも優しさというものだ」
「その通りだ。有耶無耶にされては、こちらの気が収まらない。きちんと謝罪を受けていただき、出来ることならまた元のように親しい友人関係を築かせてほしい」
「はい。もちろんです。ボクはルシアさんとの関係を壊すつもりなんて微塵もありませんよ。この先も、ずっと」
「……ありがとう」
深々と頭を下げて、そして視線を交わしてにこりと微笑む。
ルシアがまともな領主に見える。
こいつ、失礼を働いたら謝罪するって発想を持ち合わせていたんだな。
「そなたらも、怪我はないか?」
「はい。わたしたちは大丈夫ですよ」
「あたしも大丈夫です」
「……マグダも平気」
「そうか。鍋、助かった。ありがとう」
「……マグダは、そういうのが得意だから」
ルシアに礼を言われ、マグダが少し照れた。
尻尾の先がうにうにと左右に揺れている。
「……あと、トラブルが起こってもマグダが可愛いことに変わりはないから、マグダたんと、呼んでもいい」
「そうか。それはありがたい。では、厚意に甘えさせてもらうぞ、マグダたん」
「……ん。いい」
マグダのヤツ、マグダたんって呼ばれるの嬉しかったんだな。
初めて知った。
陽だまり亭に来るまでは、狩猟ギルドの連中に疎まれていたわけで、こうまではっきり好意を向けてくれる相手はそうそういなかっただろうしな。
マグダにとって、大切な人が着実に増えてるってことだな。
「それから――」
静かに言って、ルシアの顔が俺へ向けられる。
「そなたはどうだ。…………ヤシロ殿」
ぞわっ!
なんだ!?
こいつに名前を呼ばれた瞬間、背筋がぞくぞくってしたぞ!?
「普段とのギャップで、風邪を引きそうだ……」
「し、失敬なことを抜かすなカタ…………ヤシロ殿」
「やめろ、気持ち悪い! なんともねぇから普段通りでいい」
「ケジメというものがあるのだ」
「なら、さっさと切り替えて普段通りにしてくれ」
言って、ルシアの頬をそっと撫でる。
「お前の憂い顔はもう見たくない。いつもみたいに笑っていてくれ」
優しい瞳でそう言うと、ルシアは凄まじい速度で後方へ遠ざかり両腕で自身の二の腕を「それ以上すると火が出ちゃうよ!?」というくらいの勢いで擦りながら吠えた。
「さっ、サブイボが立つわ! 貴様は私を凍死させる気か、カタクチイワシッ!?」
「その気持ち悪さが、俺らが全員今感じているものだよ」
「いや……さすがにボクはそこまでの悪寒は感じていなかったよ」
ルシアは「悪寒を感じている」などと一言も言っていないのに、悪寒を感じているに違いないと決めつけて酷いことを言ってくるエステラ。
お前にも似たようなことしてやろうか? ん?
「方々から漏れ聞こえてくる噂の出所を、今垣間見た気分であるぞ、ヤシぴっぴよ。少しは気を付けるのだ」
ドニスが酸っぱそうな顔で俺を見ている。
大丈夫だ。
俺との噂など意にも介さないとルシア自身が言っていたからな。「言わせておけばいい」んだそうだぞ。
「ギルベルタ、岩塩でその男の後頭部を殴打するのだ!」
「どんなデカい塩を使う気だ。撒く程度に留めとけよ、そこは」
伊勢エビ界のクイーンを名乗っても遜色ないバックステップを見せたルシア。
さっきよりもちょっと遠ざかっている。
「ヤシロさん。少し、戯れが過ぎますよ」
「あぁ、まぁ……いつまでも気にされてるのも居心地悪いしな」
「ふふ……そうですね。でも、あまり女性にそういうことをしてはいけませんよ」
ジネットが優しく叱る。
本意は汲んでくれているようで、非難するようなことはない。
「思わせぶりな態度は、もしかしたら、傷付けてしまうこともあるかもしれませんからね」
「ないだろう。ルシアだぞ? ないって」
「…………もう。ヤシロさんは」
まかり間違ってもルシアが俺に本気になるなんてことはない。
だから、思わせぶりな態度で傷付けるなんてこともない…………と、思うんだが。
「……あとで謝っとく」
「はい。そうしてあげてください」
ジネットに叱られたのなら、そうしておくしかないよな。
懺悔室は居心地悪いしな。
「ヤシロさん、原因が分かったッス」
「ん。じゃあそれは領主に伝えてくれ」
なんで真っ先に俺に報告に来るんだよ。
エステラかルシアに言えっつの。
「いや、あの……オイラ、美人とは話せないッスから」
「はぁ……ルシアが美人なのは外見だけだぞ?」
「ヤシロ、それは褒めてるの? けなしてるの?」
「呆れてんだよ」
「さて、それが本人にどう受け止められるかね」
肩を竦めるエステラ。
まぁ、ルシアはちょっと褒められるとすぐ照れるからな。特に顔やスタイルを。
いい加減彼氏でも作ればいいのに。
「で、原因はなんだったんだ?」
「折りたたみ式にするために足の付け根の部分の木材を減らしてあったんッス。最初はしっかりしてたっぽいんッスけど、やっぱり何度も折りたたんでいるウチに摩耗してしまったようッスね」
可動式にするには、接合部の木材を減らす必要がある。
動かさないならがっちりと固定できるのだが、折りたたむためには接合部は一点止めになる。そこにすべての負荷が掛かれば摩耗も早くなるだろう。
そこへきて、今日のこの催し物だ。
重い鍋やら七輪を大量に乗せて、接合部が堪えきれなくなったのだろう。
「直せるか?」
「木材があれば可能は可能……ッスけど」
チラリと、ウーマロは三十五区の大工たちへ視線を向ける。
ウーマロがやれば早く修繕できるのだろうが、ここは三十五区。このテーブルを作ったのも連中だ。
そこへ出しゃばっていくことには、ちょっと躊躇いがあるのだろう。
「よい。キツネの棟梁よ」
伊勢エビ界のクイーン、ルシアがウーマロの前へと歩いてくる。
「どこが悪かったのか、また、どうすればよくなるのか、そなたの知恵をこの者たちに貸してやってはくれぬか?」
「や、はは、いや、でも、あの、その、オイラ、あの、ああぁああ、あのあのっ」
「私は、そなたの腕と心根を信用している。どうか、頼まれてくれぬか?」
「……」
まん丸く目を見開いて、背筋を伸ばして、そしてルシアの顔を見てはっきりと首肯する。
「はいッス! そこまで言っていただけるなら、オイラの持つ知識と技術でこのテーブルを完全完璧に修繕してみせるッス! お宅の大工たちをしばしお借りするッス」
「うむ。よろしくな」
「はいッス!」
期待が嬉しかったのだろう。
ルシアの顔を見て嬉しそうに受け答えしたウーマロ。
そういえば、水害で困っていた時、ロレッタの弟妹が作った洞窟を使わせてほしいってお願いしていた時も、ロレッタの顔を見て真摯に頼み込んでいたっけ。
ウーマロは、大工仕事のことになると一時的に緊張を忘れるようだ。極稀に、だけどな。
「それじゃあ、三十五区の大工のみなさん。悪いッスけど、少し力を貸してほしいッス」
「あ、いや。こちらこそ、よろしく頼む……いや、お願いします!」
「「お願いします!」」
「やはは。同じ大工同士、仲良くやりましょうッス。ハム摩呂」
「はむまろ?」
「お前も手伝うッス」
「格安の、ご用やー!」
大工が四人と見習が一人、仲良く集まって修繕の話し合いが始まる。
それを遠くから眺め、「あ、もう大丈夫だな」と確信する。
エステラと目が合うと、同じ事を考えていたようでにこりと笑みをくれた。
隣にいるジネットも、その向こうにいるマグダも。どこか満足そうに大工たちを見守っていた。
ロレッタだけは、ハム摩呂が何か仕出かさないかとはらはらした顔をしていたけれど。
「という具合に修繕するッス。じゃあ、ちょっと木材の追加を――はうぅうううっ!」
てきぱきと指示を出していたウーマロが、急に胸を押さえて蹲った。
どうした!?
何があった!?
「ル、ルシア様と、お話、したのを、思い出したら……今さら緊張してきたッスぅぅううう……っ!」
「「「いや、遅っ!?」」」
他区の大工が揃って驚いている。
あぁ、すまんな。そいつは、そーゆー病気なんだ。
かくしてテーブルはあっという間に、以前よりもより頑丈に、そしてきちんと折りたためるギミックを残して修繕された。
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