異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

46話 ハムっ子のお仕事 -2-

公開日時: 2020年11月14日(土) 20:01
文字数:2,955

「で、被害状況はどうだ?」

「ご覧の有り様だよ。水が抜けるまで手の施しようがねぇ」

 

 溜め池のようになってしまった畑を見渡し、モーマットは諦めたような息を漏らす。

 水が引けるのは、何日後になることやら……

 

「実は今、領主からの命令で慈善事業キャンペーン中でな」

「領主様からの?」

「お前見たことあるか? 四十二区の領主」

「当たり前だろう。俺は農業ギルドのギルド長だぜ?」

 

 知ってるよ。いつも泣き言を言ってる頼りにならないギルド長だよな。

 

「領主様には美しい一人娘がいてな。俺もチラッとしか見たことがないんだが……かぁ~、一度くらいお話をしてみてぇもんだなぁ。まぁ、高嶺の花だから無理だろうがなぁ。ヤシロも、見たら絶対同じことを思うぜ」

 

 いいえ。特には。

 つか、お前ここで話したことあるぞ。

 

 モーマットも領主の娘がエステラだとは気が付いていないようだ。

 

 夢を見るって大切だよな。

 つーわけで、お前は高嶺の花に憧れ続けてろ。

 

「で、慈善事業って、なんなんだ?」

「こいつらがお前の畑の水を抜いてくれる」

「どもッス! トルベック工務店の棟梁、ウーマロッス! あと、こっちはオイラんとこの見習いッス。今日は手伝いをさせるッスよ」

「へ、へぇ……そう、なのかい……」

 

 引き攣った笑みを浮かべた後、モーマットは俺にだけ聞こえるような声でこっそりとこんなことを言ってきた。

 

「なぁ、ヤシロ。お前、そいつらのこと、……その、知ってるのか?」

 

 知り合いか、という質問でないことは明白だ。

 先ほどから視界に入っていながらもずっと無視をし続けていたもんな。

 モーマットも、スラムにはいい印象を持っていないようだ。……ま、それがこの街のスタンダードなんだろうが。

 

「ウチの従業員の弟たちだ。割と使える連中なんだぜ?」

「お、おぉ……そうか。まぁ、ヤシロの知り合いなら……うん……大丈夫か…………野菜も、とられて困るようなもんはねぇし……ま、いっか」

 

 こいつ、弟たちが野菜をくすねると思ってるのか?

 ねぇよ。躾はきっちりされてんだ。

 まぁ、そこんとこよく見とけ。

 

「で、水をどうやって抜くつもりなんだ?」

「穴を掘る。お前ら出来るな?」

「出来るー!」

「水路の隣に大きな水溜まりを作るー!」

「水の避難所やー!」

 

 おい、最後のヤツ。『食の宝石箱やー』みたいに言うなよ。……え、いないよね、こっちにそういうグルメリポーター的な人?

 

「ヤシロさーん! この空き地がいいッス!」

「おー!」

「おい、いいって……何すんだよ?」

「あそこの土地お前んだよな?」

「あぁ。ここら一帯は俺の土地だが……」

「じゃあ貸してくれ。あとで領主から正式に契約書が届くと思うから」

「は? や、まぁ……いいけどよ」

 

 持ち主の許可を得て、その場所を借り受けることになった。

 畑に水を引き入れる水路の上流部分のちょうどいい場所にある空き地で、追々畑にしようとしていた場所らしい。

 ここに大きな穴を掘り、水路からの水を逃がしてやるのだ。下水が完成するまでの間、農地の水調整はここで行ってもらうことにする。

 

「よし、じゃあ、総員! 掘るッス!」

「掘るー!」

「超掘るー!」

「土の大革命やー!」

 

 いや、だから最後のヤツ!?

 お前、『何摩呂』だよ!?

 

「おぉ…………こいつぁ……」

 

 弟たちの働きぶりに、モーマットが言葉を失う。

 それもそのはず。弟たちはまるでバターを抉るようにすいすいと土を掘り返していくのだ。

 …………マジで速いな。こいつら、こんなに穴掘れるのかよ? 本当はモグラ人族なんじゃねぇの?

 

「これ、どうなるんだ?」

 

 俺の隣に並び、ウーマロの指揮下で働く弟たちを眺めているモーマット。視線を弟たちに向けたまま尋ねてくる。

 目が離せないらしい。確かに、見ていて飽きない。感心するような働きぶりだ。

 弟たちは至って楽しそうだけどな。

 

「まず、水路の脇に巨大な穴を掘る。で、深さを確保した後で、水路の壁を一部破壊する。そうすると水が今掘っている穴に流れ込んでいって、お前んとこの畑の水も、水路の高さまでは一気に引いてくれる。あとは自分で頑張って水路に水を捨ててくれ」

「だが、ここは水路の一番上流だ。水が引いた後はどうすりゃいい?」

「破壊したところに木の板を立てかければ、穴の方には流れ込まなくなるよ」

「板は倒れたりしねぇのか?」

「ある程度嵌るように作っておけば、あとは水圧で水の方が板を押さえておいてくれんだよ」

「へぇ……そうなのか」

 

 う~んと唸るモーマット。

 その視線はずっと弟たちに注がれていた。

 

「……俺も、まだまだだなぁ…………」

 

 モーマットが漏らしたその言葉が何を意味するのかは聞かない。

 だが、最初の仕事をここにしたのは正解だったと、俺は確信した。

 

 モーマットの顔にはもう、スラムの住人を忌避する感情は浮かんでいない。あるのはただ、感心と少しの罪悪感だけだ。

 

 それから俺たちは黙って弟たちの穴掘りを眺めていた。

 

 あれよあれよと穴は深くなり。あっという間にタテヨコ3メートル、深さ5メートルほどの巨大な穴が誕生した。

 …………速ぇよ。

 

 水路の一部を破壊すると水がどんどん流れ込み、思惑通りに畑の水位はどんどん下がっていった。あとは、モーマットたちだけでなんとかなるだろう。

 

「よくやったな、お前たち」

「褒められたー!」

「お兄ちゃんに褒められたー!」

「兄の大絶賛やー!」

 

 こいつら、なんでそんなに俺が好きなんだろうな。……ったく。

 で、最後のヤツ。お前はハム摩呂に決定な。

 

「いやぁ、思った以上に働けるッスね、弟たち」

「だな。予想以上だ」

「これなら、今日中に深刻な箇所は回り切れるかもしれないッス」

 

 弟たちの働きぶりに、ウーマロも感心したようだ。

 なんだか活き活きした表情を見せている。

 

「んじゃ、モーマット。あとはしっかりやれよ」

「お、おぉ!」

 

 挨拶もそこそこに、穴掘り道具を載せた荷車を引き、俺たちは歩き出す。

 

「あっ、あのよっ!」

 

 慌てたように声をかけてくるモーマット。

 振り返ると、なんとも言えない表情で俺を見ていた。いや、弟たちを見ているようだ。

 

「あの…………なんつうか…………いや、すまん。なんでもない」

 

 まぁ、長年染みついた忌避感情はそうそう払拭できるものではないだろう。

 そうやって行動を起こそうとしてくれただけで良しとしとくさ。

 こっちも、一朝一夕でどうこうなるとは思ってねぇからよ。

 

「が、頑張れよ!」

「お前もな~。んじゃ」

 

 軽い挨拶をして、俺たちは歩き出す。

 弟たちは今の反応をどう思っただろうか。

 特に気にしている様子は見受けられない。

 穴掘りが楽しかったとか、誰が一番掘っていたかとか、次は競争だとか、楽しそうに話をしている。だがそれは、自分たちの中だけで完結していることで、対外的な部分は俺というフィルターを通してでしか見ていない。こいつらにとっては『お兄ちゃんのお手伝いをしている』に過ぎないのだ。誰からの依頼かは関係ないのだ。……移動販売の時に変に悟っちまったのかもしれねぇな。何も期待していなければ、傷付くことも少なくて済むからな。

 それはそれで、悲しいことだけどな。…………って、俺が言える立場かよ。

 

「次は金物通りだ。まだまだ掘るところは多いからな。前半でバテたりすんじゃねぇぞ」

「「「は~いっ!」」」

 

 こいつらの元気は、たまに切なくなる時がある。

 ……なんとかしなきゃな。俺が切なくならなくて済むように。

 

 

 

 

 

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